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幕間 庇護の国
サルサを君と
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ジョアン・マルチノは、よく気分転換として、この近辺で唯一完璧に言葉が通じる、バルトロメ神父の書斎に入り浸っていた。
だからその日も、ジョアンと同い年くらいの来客が1人訪れ、神父と親しげに挨拶を交わすのを見ていた。挨拶が終わると、彼女は分かりやすくゆっくりとジョアンに話し掛けた。
「初めまして。あなたがジョアン?」
「誰?」
「アタシはルシーア・マルチノ。でも芸名はラハブ」
「マルチノ?」
そういえば、学校にマルチノを名乗る女子生徒は居ても、何故かジョアンも暮らす寄宿舎には、女子が1人も居ない。
そこでジョアンが質問すると、神父曰く、女子寄宿舎は乳児院も併設して別にあり、そちらはマルチノ姉妹会の運営で、ルシーア・マルチノもそこの出身者という話だった。そして彼女はしばらくの間、里帰りに来たのだという。
ジョアンは1人書斎を出て、まずは恐らく彼女と知り合いだろうと目される、エリコ・マルチノの元へ知らせに向かい、彼のライフワークである絵のモデルとして捕まった。
「サルサダンサー?」
「そう。ルシーアは、踊るのが得意です。プロダンサーがスカウトして、彼女は都会の国へ行きました。サルサダンスは移民の影響で、都会の国でも人気です。――本当に、何で今更戻ってきたんだろうな」
「エリコ、最後が分かりません」
「おっと、そうだな……何故彼女は帰ってきたんだろう?」
「スランプ。それ以外に何がある訳? コーチもパートナーも待ってくれてるけど、オーディション番組への出演まで、あと3ヶ月しかないのに。アタシは……もう蝶にも蜂にもなれない!」
こっそりとジョアンの後を追い、同じくエリコがアトリエと称して不法占拠している倉庫部屋に辿り着いていたルシーアは、椅子に腰掛けたエリコの真後ろに仁王立ちした。エリコは振り向くと、久しぶりに再会した幼馴染に対して、それこそいつもと変わらない調子で言い放った。
「おっ、良いなあ、その悲痛。ちょっと待ってろ、お前も絵に描くから」
「エリコ……あんたちっとも変わってない。どうせ泣いてる人を慰めもしないで、そうやって絵ばかり描いてるんでしょう。ずっとずっとそうだったもんね、アタシがコーチに引き取られる時だって…」
「何だよ、それがオレですけど? 文句あるなら、優しくあやしてくれる奴のとこにでも行けば? 大体、同じ日に置き去りにされた赤ん坊の仲だからって、あれこれ期待する方がおかしいだろ」
ルシーアはエリコの胸倉を掴むと鼻で笑い、すぐ手を放してから、今度はジョアンの方につかつかと歩み寄った。
「さっき会った時から気になってたんだけど……、これって香水? ジョアン、あなた何かつけてるの?」
「おいルシーア、そんな小難しい口説き文句、ジョアンに使ったって無駄だぞ」
「ご忠告どうも。――ジョアン、あなたって超・超・超・素敵! サルサダンス教えてあげるから、アタシと踊りましょう? 絶対にもっと格好良くなるから!」
「そんなの踊らないに決まってるだろ。なっ、ジョアン」
「OK!」
その日から放課後と休日は、倉庫部屋でルシーアによる、一対一のサルサダンス授業が始まった。
「そうだよジョアン、サルサはあなたがリードする踊り。まずは決まったステップを覚えるの」
練習が進みいよいよ踊るとなると、曲は適当に何曲か、ダミアンに知っている曲をケーナで吹いて貰った。その中で良さ気なものを、これまた彼の自宅でほこりを被っていたラジカセに録音した。ダミアンは楽しそうに練習を見学していたが、それとは裏腹に、エリコは練習当初から倉庫部屋を締め出され、代わりに外でスケッチに勤しんでいた。そこへクリケットの球が転がって来た。
「ははっ、エリコダッセー。あんなに大事なかわい子ちゃん、2人もダミアンに取られてやんの」
「アグスチーノ、それは違う。ダミアンなんかどうでもいい。知ってるだろ、ルシーアがオレから奪ったんだ……教室の隣の席まで。もうしばらく寝顔しか描いていない。ジョアンも何故か反抗期で破り捨てるようになったから」
「うわあ……まあ、良い事じゃん。ジョアンも元気になって来て何よりだ」
「畜生、ルシーアめ、 もうじき出演日だろ。邪魔してないでさっさと行けよ」
「本当に踊りたい人と踊れないから?」
「それって、何について言ってるの?」
「スランプの原因」
ジョアンにそう言われ、ルシーアは目を丸くした。
「まさか! パートナーの彼は素晴らしいダンサーなんだから、不満は何も無いよ。それに…思い付いて出来る限りの事は、全部やり尽くした」
「ルシーアも良いダンサーだよ。凄く上手! 何かあった? スランプになる前」
この間もジョアンとルシーアは踊り続けていたが、ルシーアは流れる様にジョアンからリードを奪い、彼が目を回して踊れなくなるまで何度も何度も一回転させた。
「 ¡Gracias! ジョアン。やっと分かった。原因は、アタシとエリコとあなたの三角関係」
だからその日も、ジョアンと同い年くらいの来客が1人訪れ、神父と親しげに挨拶を交わすのを見ていた。挨拶が終わると、彼女は分かりやすくゆっくりとジョアンに話し掛けた。
「初めまして。あなたがジョアン?」
「誰?」
「アタシはルシーア・マルチノ。でも芸名はラハブ」
「マルチノ?」
そういえば、学校にマルチノを名乗る女子生徒は居ても、何故かジョアンも暮らす寄宿舎には、女子が1人も居ない。
そこでジョアンが質問すると、神父曰く、女子寄宿舎は乳児院も併設して別にあり、そちらはマルチノ姉妹会の運営で、ルシーア・マルチノもそこの出身者という話だった。そして彼女はしばらくの間、里帰りに来たのだという。
ジョアンは1人書斎を出て、まずは恐らく彼女と知り合いだろうと目される、エリコ・マルチノの元へ知らせに向かい、彼のライフワークである絵のモデルとして捕まった。
「サルサダンサー?」
「そう。ルシーアは、踊るのが得意です。プロダンサーがスカウトして、彼女は都会の国へ行きました。サルサダンスは移民の影響で、都会の国でも人気です。――本当に、何で今更戻ってきたんだろうな」
「エリコ、最後が分かりません」
「おっと、そうだな……何故彼女は帰ってきたんだろう?」
「スランプ。それ以外に何がある訳? コーチもパートナーも待ってくれてるけど、オーディション番組への出演まで、あと3ヶ月しかないのに。アタシは……もう蝶にも蜂にもなれない!」
こっそりとジョアンの後を追い、同じくエリコがアトリエと称して不法占拠している倉庫部屋に辿り着いていたルシーアは、椅子に腰掛けたエリコの真後ろに仁王立ちした。エリコは振り向くと、久しぶりに再会した幼馴染に対して、それこそいつもと変わらない調子で言い放った。
「おっ、良いなあ、その悲痛。ちょっと待ってろ、お前も絵に描くから」
「エリコ……あんたちっとも変わってない。どうせ泣いてる人を慰めもしないで、そうやって絵ばかり描いてるんでしょう。ずっとずっとそうだったもんね、アタシがコーチに引き取られる時だって…」
「何だよ、それがオレですけど? 文句あるなら、優しくあやしてくれる奴のとこにでも行けば? 大体、同じ日に置き去りにされた赤ん坊の仲だからって、あれこれ期待する方がおかしいだろ」
ルシーアはエリコの胸倉を掴むと鼻で笑い、すぐ手を放してから、今度はジョアンの方につかつかと歩み寄った。
「さっき会った時から気になってたんだけど……、これって香水? ジョアン、あなた何かつけてるの?」
「おいルシーア、そんな小難しい口説き文句、ジョアンに使ったって無駄だぞ」
「ご忠告どうも。――ジョアン、あなたって超・超・超・素敵! サルサダンス教えてあげるから、アタシと踊りましょう? 絶対にもっと格好良くなるから!」
「そんなの踊らないに決まってるだろ。なっ、ジョアン」
「OK!」
その日から放課後と休日は、倉庫部屋でルシーアによる、一対一のサルサダンス授業が始まった。
「そうだよジョアン、サルサはあなたがリードする踊り。まずは決まったステップを覚えるの」
練習が進みいよいよ踊るとなると、曲は適当に何曲か、ダミアンに知っている曲をケーナで吹いて貰った。その中で良さ気なものを、これまた彼の自宅でほこりを被っていたラジカセに録音した。ダミアンは楽しそうに練習を見学していたが、それとは裏腹に、エリコは練習当初から倉庫部屋を締め出され、代わりに外でスケッチに勤しんでいた。そこへクリケットの球が転がって来た。
「ははっ、エリコダッセー。あんなに大事なかわい子ちゃん、2人もダミアンに取られてやんの」
「アグスチーノ、それは違う。ダミアンなんかどうでもいい。知ってるだろ、ルシーアがオレから奪ったんだ……教室の隣の席まで。もうしばらく寝顔しか描いていない。ジョアンも何故か反抗期で破り捨てるようになったから」
「うわあ……まあ、良い事じゃん。ジョアンも元気になって来て何よりだ」
「畜生、ルシーアめ、 もうじき出演日だろ。邪魔してないでさっさと行けよ」
「本当に踊りたい人と踊れないから?」
「それって、何について言ってるの?」
「スランプの原因」
ジョアンにそう言われ、ルシーアは目を丸くした。
「まさか! パートナーの彼は素晴らしいダンサーなんだから、不満は何も無いよ。それに…思い付いて出来る限りの事は、全部やり尽くした」
「ルシーアも良いダンサーだよ。凄く上手! 何かあった? スランプになる前」
この間もジョアンとルシーアは踊り続けていたが、ルシーアは流れる様にジョアンからリードを奪い、彼が目を回して踊れなくなるまで何度も何度も一回転させた。
「 ¡Gracias! ジョアン。やっと分かった。原因は、アタシとエリコとあなたの三角関係」
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