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最終章 ヘイサラバサラ
消極的に乞い願う
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私は指揮権を取り戻したソピリヤ様の命により、スミドを離れシャハルが暮らす異国の地へと向かっていた。
✳
一方その頃シャハルは――
シャハルは帰国後、撮影した映像をもとに、自宅で編集作業を開始した。
「へー、これがスミドですか。緑豊かで何と憩いに満ちた場所だろうか…グスッ、お母様。お元気かなあ」
「うん。元気元気、超元気」
母であるザビネ様の故郷を映像で目にし、涙ぐむケイレブ様をよそに、シャハルは一刻も早く完成品を提出しようと頑張っていた。
その努力の甲斐あっていつもより早目に完成したドキュメンタリーを、速やかにメールで送付したシャハルだったが、事実は小説より奇なりということなのか、先方から内容について、ご都合主義のやらせ扱いをされてしまった。
「よし! まあとにかく仕事は片付けた。イズミを迎えに行こう」
荒れ放題の部屋に入ると、1人で泣いていたイズミルがヨロヨロと狭い廊下に這って出て、シャハルの脚に縋り付いた。
シャハルが抱き上げてそのままイズミルを連れ帰ると、その間にシャハルの自宅に来ていた恋人のテルマと、予め呼び出しておいた依頼者のクレメンタインもそこに揃っていた。
シャハルは直接会うのは初めてであるクレメンタインに依頼の品を渡し、彼女の夫であるネルガルからの伝言と、状況が落ち着いてもし可能であれば、貴方がシビル連邦に行くのも1つの手だと告げた。
もう一人の依頼者であるエステルについては、その内容上、達成に時間がかかるため、また後日改めて連絡を取りたい旨を彼女の知人でもあるクレメンタインに託してお引き取り願うと、シャハルはイズミルとボードゲームを始めた。その様子を眺めながら、テルマは話を切り出すことにした。
「ねえシャハル。ちょっと良いかしら?」
「んー? 何、どうしたのテルマ」
「私ね、どうしても貴方の子供が欲しいのよ。だから、結婚しましょう?」
「え…?」
「心配ならご無用よ。卵子提供と代理母出産を頼めば十分可能だし、後は貴方が、ただ頷いてくれるだけでいいの」
「テルマ…それだけは嫌だ! 自分の子供の顔なんか見たくない」
「どうして? 貴方は子供嫌いじゃないでしょ、イズミルの事だって可愛がってるし」
その後もとにかく駄目なんだと拒絶するシャハルに対して、腹が立ったテルマは寝室に立て籠もった。テルマはクローゼットの中から密閉容器を取り出して、テディベアのように抱きかかえて眠った。密閉されたボトルの中身は、かつて健康体の彼女から切り取られた、元身体の一部の標本だった。やがてテルマが目を覚ますと、側にシャハルが居た。
「白状するとね、僕は君がMale to Femaleだと知ってから付き合いだしたのさ。つまりは君の去勢性こそに、何よりも惹かれていた」
――僕はもう、この世の中に絶望してしまった。
もし自分の子が産まれて来て、また僕と同じような目に遭ったらと思うと耐えられない。
皆が皆、人生不幸な目に遭う訳じゃないなんて、そんなことは分かってる。
でもこの世の中でどうしても合わない人間は沢山居るし、今日もどこかで誰かが泣いている。それは少なくとも、僕が生きている間には、無くなりそうもない現実だ。
お願いだ。愛しているから、こんな所に産まれてくるな。
話しを聴いて、テルマはシャハルと別れるまでには至らなかったが、しばらくはお互いに冷却期間を設けようということになった。そんなある日、イズミルが事故に遭った。急に道端に飛び出して、自転車と激突したのだ。連絡を受けたイオニアは、急いで自宅に必要となる物を取りに帰って悲鳴を上げた。
イオニアから知らせを受け、病院に駆け付けたシャハルは、ヘンリーを怒鳴りつけた。
「輸血を拒否してるって、どういう事!?」
「何だサワ、文句があるなら言ってみろ」
大量の血を流し、血溜まりの中で倒れている所を自宅で発見されたヘンリーは、娘と同じ病院に救急搬送されていた。イズミルはイズミルで、現在意識不明の状態が続いていたが、ヘンリーの場合、今すぐ輸血をしなければ命が危ない状態だった。
「こんな時に意味不明な事しないでよ、それともいつ改宗したの?」
「意味ならある。これでイズミルは人殺しだ。残念だったな、サワ。お前がどんなに世話したって、クズのガキはクズなんだよ。やっぱりあいつは俺の娘だ」
「馬鹿じゃないのか、ヘンリー。君は迷惑極まりない人間だけど、いっそ殺したくなるほど悪い人間じゃあない。良い人間とはとても呼べないけれど、それよりはどちらかと言うと、限り無く不器用で、自分をクズだと思い込んだまま、たった一人で死んでいこうとしている哀しい人間だ」
「はっ、おだてようったってそうはいかねえ」
「いや、褒めてないんだけど」
結局その後もイオニアやシャハルの説得は実らず、病院の倫理委員会の判断でヘンリーへの輸血は見送られ、間もなく彼は、娘イズミルの誤射が原因となって死亡した。
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一方その頃シャハルは――
シャハルは帰国後、撮影した映像をもとに、自宅で編集作業を開始した。
「へー、これがスミドですか。緑豊かで何と憩いに満ちた場所だろうか…グスッ、お母様。お元気かなあ」
「うん。元気元気、超元気」
母であるザビネ様の故郷を映像で目にし、涙ぐむケイレブ様をよそに、シャハルは一刻も早く完成品を提出しようと頑張っていた。
その努力の甲斐あっていつもより早目に完成したドキュメンタリーを、速やかにメールで送付したシャハルだったが、事実は小説より奇なりということなのか、先方から内容について、ご都合主義のやらせ扱いをされてしまった。
「よし! まあとにかく仕事は片付けた。イズミを迎えに行こう」
荒れ放題の部屋に入ると、1人で泣いていたイズミルがヨロヨロと狭い廊下に這って出て、シャハルの脚に縋り付いた。
シャハルが抱き上げてそのままイズミルを連れ帰ると、その間にシャハルの自宅に来ていた恋人のテルマと、予め呼び出しておいた依頼者のクレメンタインもそこに揃っていた。
シャハルは直接会うのは初めてであるクレメンタインに依頼の品を渡し、彼女の夫であるネルガルからの伝言と、状況が落ち着いてもし可能であれば、貴方がシビル連邦に行くのも1つの手だと告げた。
もう一人の依頼者であるエステルについては、その内容上、達成に時間がかかるため、また後日改めて連絡を取りたい旨を彼女の知人でもあるクレメンタインに託してお引き取り願うと、シャハルはイズミルとボードゲームを始めた。その様子を眺めながら、テルマは話を切り出すことにした。
「ねえシャハル。ちょっと良いかしら?」
「んー? 何、どうしたのテルマ」
「私ね、どうしても貴方の子供が欲しいのよ。だから、結婚しましょう?」
「え…?」
「心配ならご無用よ。卵子提供と代理母出産を頼めば十分可能だし、後は貴方が、ただ頷いてくれるだけでいいの」
「テルマ…それだけは嫌だ! 自分の子供の顔なんか見たくない」
「どうして? 貴方は子供嫌いじゃないでしょ、イズミルの事だって可愛がってるし」
その後もとにかく駄目なんだと拒絶するシャハルに対して、腹が立ったテルマは寝室に立て籠もった。テルマはクローゼットの中から密閉容器を取り出して、テディベアのように抱きかかえて眠った。密閉されたボトルの中身は、かつて健康体の彼女から切り取られた、元身体の一部の標本だった。やがてテルマが目を覚ますと、側にシャハルが居た。
「白状するとね、僕は君がMale to Femaleだと知ってから付き合いだしたのさ。つまりは君の去勢性こそに、何よりも惹かれていた」
――僕はもう、この世の中に絶望してしまった。
もし自分の子が産まれて来て、また僕と同じような目に遭ったらと思うと耐えられない。
皆が皆、人生不幸な目に遭う訳じゃないなんて、そんなことは分かってる。
でもこの世の中でどうしても合わない人間は沢山居るし、今日もどこかで誰かが泣いている。それは少なくとも、僕が生きている間には、無くなりそうもない現実だ。
お願いだ。愛しているから、こんな所に産まれてくるな。
話しを聴いて、テルマはシャハルと別れるまでには至らなかったが、しばらくはお互いに冷却期間を設けようということになった。そんなある日、イズミルが事故に遭った。急に道端に飛び出して、自転車と激突したのだ。連絡を受けたイオニアは、急いで自宅に必要となる物を取りに帰って悲鳴を上げた。
イオニアから知らせを受け、病院に駆け付けたシャハルは、ヘンリーを怒鳴りつけた。
「輸血を拒否してるって、どういう事!?」
「何だサワ、文句があるなら言ってみろ」
大量の血を流し、血溜まりの中で倒れている所を自宅で発見されたヘンリーは、娘と同じ病院に救急搬送されていた。イズミルはイズミルで、現在意識不明の状態が続いていたが、ヘンリーの場合、今すぐ輸血をしなければ命が危ない状態だった。
「こんな時に意味不明な事しないでよ、それともいつ改宗したの?」
「意味ならある。これでイズミルは人殺しだ。残念だったな、サワ。お前がどんなに世話したって、クズのガキはクズなんだよ。やっぱりあいつは俺の娘だ」
「馬鹿じゃないのか、ヘンリー。君は迷惑極まりない人間だけど、いっそ殺したくなるほど悪い人間じゃあない。良い人間とはとても呼べないけれど、それよりはどちらかと言うと、限り無く不器用で、自分をクズだと思い込んだまま、たった一人で死んでいこうとしている哀しい人間だ」
「はっ、おだてようったってそうはいかねえ」
「いや、褒めてないんだけど」
結局その後もイオニアやシャハルの説得は実らず、病院の倫理委員会の判断でヘンリーへの輸血は見送られ、間もなく彼は、娘イズミルの誤射が原因となって死亡した。
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