シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

田中の季節

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 母さんの作った昼食を食べ、妹等と後片付けを済ませると、日の匂いがする布団を引き摺って一人部屋へと向かった。寝床を整え雨戸を閉めれば、部屋は真昼の夜になった。



枕元でひそひそと声が聴こえ、誰かが頬をつつく。黙って目を瞑ったまま逆の手を捕まえると、相手は驚いたように身じろいた。目を開けると、シャハルが布団に頬杖をついて、こちらを覗き込んでいた。

「何なんだよもう……字、習いに行くにはまだ早いだろ」

「うん。ところでそれ、僕の手じゃないよ」

言われて首を傾ければ、薄暗い中、シャハルの隣に見知らぬ女の子が座っているのが見えた。

「えっ、うわごめんっ」

気付いた瞬間手放して跳ね起きると、女の子は慌てて後ろに下がり、シャハルは吹き出した。

「ああ面白い。ちゃんと起きたし紹介するね」




女の子の名前はセウロラだった。学者のお祖父さんがしばらく旅に出るとかで、小さい頃から繋がりのあるシャハルのところで暮らすらしい。私達がこうして出歩いているのも、その道案内を兼ねてのことだった。

「こう行って、こう行って、こう」

道中ほとんどシャハルが喋り、セウロラはふんふんと頷いていた。到着すると、やはり誰もいなかった。シャハルが広場を横切って、集会所まで箒を取りに行った。 

「ねー、何してるのー」

声の主はシトナだった。小走りにやって来ると、セウロラに目を向けた。

「そっちは何してんの」

「ただのお散歩。ね、その子だあれ」

「ああ、セウロラ。しばらくシャハルんとこで暮らすんだと」

「へー、そうなの。…初めまして。シトナです」

「セウロラです。初めまして」

「おーい、取ってきたよー」

シャハルが広場で箒を掲げ、私達は土手を駆け下りた。こうして四人集まったところで、シャハルは箒の柄で大きな正十字をえがき、それを四角で囲むと、出来た四升に四季の名前を書き入れるため、セウロラと交代した。

「もう綴れるの。すごい」

「おじいちゃまに教わったから。は…る、な…つ、あ…き、ふ…ゆっと」

いつもなら年上の姉さん達が居ないと出来ない遊びも、セウロラが来たおかげで遊べるようになった。

「あたし鬼やりたい」

「いいよ。シトナが鬼ね」

シャハルの了解を得ると、シトナは歩いて十字路の真ん中に立った。残りの私達もそれぞれが生まれた季節の升に散らばり、せーので声を合わせ、鬼に向かって問い掛けた。

はるなつあきふゆどーれだっ』

「夏っ」

鬼の返事に従って、私とシャハルはそれぞれの季節からひとっ飛びでセウロラの居る夏に合流した。次こそ本番だ。

『春夏秋冬どーれだっ』

「うーん…秋っ」

鬼は夏の周りを蟹歩きしながら返事した。秋はここから一番遠く、春か冬を越えないと行けない。その間も鬼は十字路を駆け回り、時には身を乗り出して私達を狙う。

「セウロラー、ちょっとでも触られたら負けだからね。鬼を交代するんだよ」

シャハルが思い出したように説明を加え、つい気を引かれて振り向くと、鬼も私と同じように気を取られていた。今しかない。私は春に突進した。すかさず鬼が反応し、ぎりぎりまで迫ったが、私の方が一足早く、何とか触れられずに済んだ。

「ふー…危ない、危ない」

残りの二人はどうなっただろうか。ちらりと確認すると、二人共いつの間にか冬に移っていた。

「あっ、虹。虹が出てる」

シャハルだけ空を指差して鬼を引っ掛けようとしたり、突然身を翻して夏に戻ったりしたが、鬼はただ見ているだけで特に何もせず、私達全員の動きを見張っていた。

「ふっ、ふふふふふ」

そうすると何だか可笑しさが込み上げて来て、私は笑ってしまった。皆呆気に取られたが、それでも笑いの収まらない私にシャハルが笑い、シトナが笑い、しまいには全員笑って収拾がつかなくなった。

「もうやめて。ハルシヤが笑うと、笑いがうつる」

シトナはひとしきり笑って涙を拭いながらそう言った。シャハルが冬に戻り、何となく遊びが再開すると、鬼は冬の二人を待ち伏せして、私は難なく秋へと渡った。そこから状況を見守っていると、シャハルが鬼に追加規則を要求した。

「シトナー、三歩までありにしてー」

「えー…いいけど、三歩目で秋についてよ」

シャハルは一歩場外に出てすぐ鬼に捕まりそうになり、慌てて冬に取って返した。機会は一度きりで三歩までなのだから、単純に距離を稼いでも足が届かなくなるだろうに、次のセウロラは助走をつけて跳び、外枠に対して平行に向き直った。そしてすっと前屈みになりながら後ろ手に振り上げると、すぐに踏みきって万歳し、着地間際には両膝を突き出し両足とも前に出して、秋に並ぶくらいの飛距離を稼いだ。

「ちょっとどいて」

私は急いで後ろに下がり、セウロラは片足跳びの三歩目で秋に着いた。

「つっかまえたー。次、シャハルが鬼ね」

ふいにシトナの弾んだ声がして、シャハルが春と夏の間で捕まっていた。



後から集まってきた他の女の子達も、セウロラには興味津々だった。全員が木陰に場所を移し、残った私とシャハルが自転車の練習をしようとしたところで、先生役のアナンさんが来てくれた。

「始めるぞーっ。入れ入れー、箒は仕舞えー」




今日の分が終わり、途中まで一緒だったシャハルとセウロラとも別れて家に帰り着くと、玄関を入ったところで父さんの笑い声が響いてきた。居間に顔を出すと、放牧家の小父さんが来ていた。

「えっと…、こんにちは」

「おおっ、おおおおーっ」

挨拶すると、小父さんは大声を上げながら近寄って来て、私を抱き上げた。

「大きくなったなーハルシヤ。元気か、元気か」

あまりの勢いに、私は何の返事も出来なかったが、久しぶりに会った小父さんはとても嬉しそうだった。

「どうだ、ハルシヤも食うか」

食卓には飲みかけのお酒と、小皿に載った干し肉と、各々大皿に振り分けられた串焼きと肉饅頭が置いてあった。料理は全てが小父さん家の手作りで、お祭りで買おうとすると人気で高いのだが、今日はその打ち合わせに来た帰りに、わざわざ立ち寄ってくれたようだった。

「いただきます」

大きめの干し肉を取ってかじりつくと、強い肉の味がした。堅くてすぐには噛み切れず、端の方を握ってそのままがじがじ噛み締めていると、唾液にまで味が溶け出した。

「渋いなー。皆そうだったら、お前も苦労しないのになあ」

そう言って頷き合う父さん達に訳を訊ねると、小父さんの姪っ子が来年着る婚礼衣装のために、今年はたくさんお金を稼がなくてはならないらしい。

「だったら、羊の丸焼きをしたら」

「あれは当番だからなー。皆やりたがっていつもくじ引きで…小父さんもはずれちゃったんだよ」

「そう……」

これ以上他にいい考えも浮かばず、私は干し肉を食べることに専念した。

「ちょっと、どいてどいて。鍋敷はどこ」

大鍋を抱えた母さんが現れ、小父さんと父さんが食器をずらして鍋敷を置いた。

「干し肉で出汁を取って、適当に野菜を入れたの」

「…これだっ、フラムさん。ぜひ作り方を」

「…いいですけど。なら横に干し肉も並べといたらどうでしょ、ついでに買っていくかも」

小父さんの悩みは一気に解決し、母さんは妹等を起こしに行った。
 
「ところでハルシヤ。祭りの後、小父さん達と一緒に冬営地に行かないか」

「そりゃいい。ぜひ連れて行ってくれ」

父さんはとても乗り気だったが、私は不安で行きたくはなかった。

「でも、ちゃんと自転車の練習しないと」

「自転車なら、確か持ってたよなあ」

「ああ。あるある、子供用もちゃんとある。それに広い所で練習した方が、早く乗れるようになると思うぞ」

とっさに考えついた言い訳もすぐに切り捨てられ、私の焦りは頂点に達した。そこへ母さんと寝起きの妹等がやって来た。

「二人とも。盛り上がってるようだけど、ハルシヤはそもそもおねしょを治さないと…」

「ちょっと、何で言うのっ」

「あんたが今朝もおねしょしたからでしょ」

「毎日はしてないもんっ」

私にかまわず、母さんは会話を切り上げて汁をお皿によそい始めた。父さんと小父さんは笑いながら私の冬営地行きを諦め、つられて妹等まで笑い出した。お前等あとで絶対叩く。

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