シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

セウロラの曇り

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 教師役のアナンは集会所に留まり、一足先に帰宅したシャハルとセウロラは、居間でトビラスに遭遇した。

「おかえり、二人とも」

「あれお父さん。帰ってたんだ」

「ああ。二人とも、暇なら家の仕事をしなさい」

シャハルとセウロラは素直に返事をして台所に向かい、トビラスはその後ろ姿にこっそり溜め息を吐くと、寝室の仕事机へ向かった。



やがて帰って来たアナンも交えて早めの夕食が始まり、セウロラが今晩もしっかりと平らげたのを見て、トビラスは話を切り出した。

「セウロラ」

「はい」

「実は…悲しい知らせがあるんだ。お祖父様が亡くなられた」

セウロラは息を呑んで黙り込み、その隣に座っていたシャハルは驚いて疑問を口にした。

「旅行に行ったんだよね、何で死んじゃったの」

「正確に言うと湯治だ。出発前に容体が急変されたそうだ。…それとシャハル、言い方が良くない。死んだ、ではなく亡くなった、と言いなさい」

トビラスは少し語気を強めて注意し、シャハルが黙り込むと、加えてシェイマスの遺言により通夜や葬式の類いは一切行わず、留守番を命じられたアナン以外は白い服に着替えて火葬場に直行することを告げた。

「シャハル、大丈夫なの。トビラスと私の間を走りなさいね」

出発の際にレラムがそう言って、トビラスと後部座席のセウロラ、シャハル、レラムの順番に先頭から一列になって自転車を漕いで行った。



火葬場には先客がいた。

「あ、セウロラのお母さん」

シャハルが何とは無しに声を上げ、付き添いの男女と共に待合所の椅子に腰掛けていたシェイマは入り口を向いた。

「久しぶり、セウロラ」

「お母さん……」

セウロラはおずおずとシェイマに向かって歩み寄り、シェイマは座りながらセウロラを抱き寄せた。

「良かった、元気だった。髪も伸びて…、また一段と可愛くなったね。お母さん嬉しいよ」

シェイマに両腕ごと抱き締められ、抱き返すことの叶わないセウロラは、肘に当たるシェイマの腹が固く膨らんでいることに気が付いた。当のシェイマはセウロラの背中を軽く二度叩いてから体を離し、目に付いた髪も整えて遣ると、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「お待たせ致しました。父の所へ参りましょう」

シェイマが加わり、彼女の付き添いの男女の見送りを受けた一行は、待合所を出て奥へと続く一本道を歩き出した。やがて開けた場所に行き着くと、そこで待っていた男等が一行の姿を認め、吸っていた煙草の火を消した。男等は近くに建っていた小屋に入り、担架で布包みを運んで来ると、地面に点在する石床の上にそれを横たえた。トビラスが屈んで包みを少し開くと、目を瞑ったシェイマスの死に顔が現れた。

「父は、あまり苦しまれなかったようですね。まるでお休みになっている時みたい」

トビラスはシェイマの言葉に頷き、皆でしめやかに別れを済ませた後、男等に声を掛けた。

「では、よろしく頼む」

親達が踵を返し、シャハルとセウロラも後に続いた。そして歩きながら後ろを振り返ると、先程の男等がシェイマスの上に薪を積み重ね、火を着けていた。人は死んだら燃やされるということを、二人は今日初めて知った。



待合所に戻り、皆が椅子に腰を降ろしたところで、シェイマはレラムに話し掛けた。

「レラムさん。…ごめんなさい。トビラスは快く引き受けてくれたけれど、貴方に負担を強いてしまいました」

「負担だなんて。あの時のご恩に比べれば、全く釣り合いが取れていませんよ。トビラスが相談してくれた時、私はすぐに賛成しました」

「それほどまで仰っていただくなんて…。レラムさん、貴方のような方に、わたくしは…、何とお礼を申し上げたものでしょうか」

「お気持ちは充分に伝わっております。それに僭越ながら、わたしとシェイマさまは、同じ年頃の子を持った者同士ではありませんか。遠慮もございますが、ここは一つ、親しくお話をしませんか」

シェイマも快諾し、レラムとあれこれ話し出した。その横でシャハルとセウロラは、付き添いの男女が眠気と勘違いするほどぼんやりと物思いに耽り、トビラスは無言で外の景色を眺めていた。




遠くで半鐘が鳴った。

「……終わったようですね」

トビラスが立ち上がり、シェイマとレラムも話を止めた。彼等に急かされ、シャハルとセウロラは先程の広場に舞い戻った。火はもう燃えておらず、そこに残っていた男等は、シェイマに木箱と布袋を受け渡し、人数分のちりれんを配り終えると、一礼して退散した。
辺り一面に燃え尽くした薪の匂いが立ち込め、石床に近付くと燃え差しに混じって白い骨が覗いていた。シェイマがゆっくりと屈んで箱の中から壺を取り出し、トビラスが置いてあった火箸で骨とその他を選り分けた。レラムに手招きされ、散蓮華を握ったまま立ち尽くしていたシャハルとセウロラもおっかなびっくり後に続き、骨片をすくって壺に入れていった。

「やはり、もう入りきりませんね」

「そうみたい。この位にしておきましょう」

少なくない遺骨を残してのトビラスとシェイマの会話に、セウロラは耳を疑った。だがレラムは平然とし、シャハルも何ら口を挟まなかった。そのまま火葬場を後にした一行は、駐車場でシェイマを見送った。

「トビラス、一晩だけお父様をお願いね」

「お任せ下さい」

シェイマは小さく哀笑し、座席の前に向き直った。窓が閉じられ、トビラスが後ろに下がったのを見計って運転手が発車した。シェイマと付き添いの男女を乗せた車は、婚家に向けてすぐに遠ざかっていった。





――おじいちゃまが欠けちゃった

夜になっても残してきた遺骨が気掛かりなあまり眠れずにいると、同じく横で起きていたシャハルが話し掛けた。

「セウロラ、まだ起きてるの」

「…うん」

「そっか、何か考えてるの」

「おじいちゃま…じゃなかったお母さんのこと」

「やっぱり寂しい」

「ううん。慣れてるからそんなに寂しくない。シャハルもトビラスさんも居るし。さっき考えていたのは…、今日お母さんに抱っこされた時のことなんだけど」

セウロラは、シェイマに感じた違和について、シャハルに説明した。

「へー、そうだったんだ。それならハルシヤの妹達が産まれる前と似てるから、たぶんお腹に赤ちゃんがいるんだよ。ニンシンってやつ」

「でもお腹の中っておかしくない、胃は食べた物を溶かすところでしょう。赤ちゃんは溶けないの」

「あ…本当だ、何でだろう。今度聞いてみよう」





翌朝、朝食後に再びアナンに留守を任せ、自転車で目的地に向かっていた一行は、客人を見送った帰りのタハエとハルシヤとすれ違った。

「おはようございます。トビラスさん、どちらへおいでですか」

「ああ、おはよう。ちょっとそこまでね」

「そうでしたかー。お気を付けて」

トビラスが自転車を漕ぎ出し、シャハルもそれに続いたが、最後尾のレラムは急に用事を思い出したタハエに呼び止められ、おすそわけの約束を交わしてから追い付いた。





墓場の入り口でシェイマと合流し、墓を開くと、中の棚に骨壺が三つ並んでいた。シャハルが墓穴を覗き込み、シェイマに質問した。

「セウロラのお母さん、どの壺がセウロラのお父さんですか」

「一番右の壺ですよ」

「じゃあお隣の壺は、セウロラのお祖母さんですか」

「あらいいえ。お母様は、ご実家の近くにちょっとね。だから別のところに眠ってらっしゃるの。この人達は…、大事なご先祖様なの。ちゃんとご冥福をお祈りしましょうね」

――きっとこれで全部じゃないのに、みんないい加減だ……わたしも死んだら同じ目にあうんだ。

ひたすら黙りこくったまま塞ぎ込むセウロラに、シェイマが声を掛けた。

「セウロラ、どうかしたの」

「ううん。何でもない、お母さん」
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