シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

クルガノイの洗礼

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 ある朝、シャハルは自転車で、前日アナンと地図片手に辿って覚えた通学路を通り、武家クルガノイが運営する初等教育機関に登校した。

前日に贈った菓子折りが効を奏し、受付で氏名の記された入門許可書を提示しても、正しい教室名を教えられた。シャハルは履物と足袋を脱いで、教室名と同じ下駄箱に仕舞いに行った。その後も規則通りに裸足で廊下を歩き、まだ誰も居ない教室に入ると、席は自由と知っていたので、取り敢えず一番前の窓際に腰を降ろして、しばらく外を眺めた。

「お前、新入りか。見ない顔だな、どこのどいつだ」

シャハルが初めて見た、同じ年頃のクルガノイ生達は、教室の出入り口に突っ立ったまま、不審感もあらわに睨み付けていた。

「土手近くのシャハル=イェノイェだけど」

「はああっ、イェノイェかよ。退けよ、ここは俺達の席だぞ」

喋りながら近づいてきた彼等はシャハルを囲み、内一人は蹴りつける素振りを見せた。

「元武家のくせに。何でうちに入門して来るんだ、厚かましい」

「入門が許されてるから。ねえ、そこの君は何=クルガノイなの」

先程蹴る素振りを見せて発言した相手は、シャハルの質問に困惑の表情を浮かべた。

「あれっ、だってさっき言ったよね。何でうちにって。へー、もしかして、名前にクルガノイも無い癖にうちって言ったんだ。現役御武家様って、そういう所なんだね」

「何を言うか貴様っ、クルガノイを侮辱したな」

「今すぐ教官に言いつけるぞっ」

「そうだそうだ、お仕置きされろー」

私闘禁止の規則から、直接の手出しを戒められているクルガノイ生達は、教室を飛び出して教官室に早歩きして行った。帰ってきた彼等は担当教官を味方に付けていた。

ざまの分際で」

教官はシャハルを廊下に引っ張り出し、入門早々面倒事の原因を作った問題児には、言い訳無用とばかりに物差しを構え、シャハルの頭だけ数発殴ると、授業開始まで廊下に立たせた。

シャハルは、次々と登校して来るクルガノイ生の好奇の目に晒されながら、逆にこれから級友となる相手全員の様子を伺った。誰も彼も似たり寄ったりの身なりと態度に、シャハルは人知れず溜め息を吐いた。

その直後、廊下の向こう側から二人分の足音が聴こえ、他とは異質な二人組がやって来た。一人は小綺麗な身なりで出席簿を胸に抱え、もう一人は圧倒的に良い身なりを着崩し、はばかることなく大欠伸をした。二人とも廊下に立たされているシャハルに怪訝な顔をしたが、それ以外は特に何もせず、教室に入っていった。中で点呼取りが始まり、シャハルは出席簿を持っていた方が級長だと気が付いた。

何とか放課後を迎え、シャハルが下駄箱に向かうと、自分のものが見当たらなかった。あちこち探し回った挙げ句、教官には冷たくあしらわれ、渋々裸足で自転車を漕いで、先日ハルシヤを見送った橋の所までたどり着いた。

どうしてもそのまま真っ直ぐ帰宅する気にはならず、シャハルは土手に自転車を停め、斜面の草地を歩いて川岸を渡り、小川に足を浸けて時折ばしゃばしゃと水音を立てた。

「はあ…嫌な所っ」

「そこに居るのはシャハルじゃないか。おーい、こっちこっち。上上っ」

シャハルが辺りを見回してから頭上を見上げると、鉢巻き姿のサイモン=イェノイェが、土手から駆け降りてくるところだった。

「サイモンさん、うわあ久しぶりだ。会いたかったー、お元気そうで何よりです」

シャハルも川岸に引き返し、屈んで両腕を差し伸べてくれたサイモンに抱きついた。

「ほーらおいで。ぐるぐるぐるぐる~」

「あはは、目が回る~」

すっかり視界が回転したところで地面に降ろされ、よろけながらも何とか持ちこたえた。視界が回復すると、シャハルは自分の額を指差してサイモンに告げた。

「格好良いけど、鉢巻きしっぱなしだよ。サイモンさん」

「あ、こいつはうっかり。さっきまで兎狩りをしていてね。獲物を追い掛けて、気が付いたら裏山から下りていたのさ。そう言えばシャハル、今いくつ」

「7つ。もう、そのくらいちゃんと覚えててよ」

「覚えていたさ。ちょっと訊いてみただけだよ」

「えー、怪しい」

「はは…、そうだ。シャハルもハルシヤも、もうあそこに入門したんだろう」

「いいえ、ハルシヤは行ってないよ。ソピリヤお嬢様の所に出仕しちゃったから」

「ええっ、知らない間にそんなことになっていたとは。じゃあシャハル、一人で行ってるのか」

「そうなんです。今日から」

「そっか……よし、負けないようにこれでも食べて元気を付けるんだ。ここに置いておくから。私も、久し振りに家族の皆に会ってみるよ」

「ありがとう。会ったらシトナも喜ぶよ」

「私は駄目な兄だけどね。あー…それと、君ん家のアナンは、元気かな」

「はい。集会所で昼間、シトナ達を教えています」

「そう、良かった。まだ彼は居るんだね」

「はいっ」

「それじゃ。早く帰るんだよ」

サイモンが立ち去った後、シャハルは貰った野兎の扱いに悩んだ。

「うわあ死体だ」

サイモンに仕留められた野兎はきちんと両手足を縛られており、シャハルが抱えて自転車籠に載せ、家にもって帰れば済む話であったが、肉類の前段階を見慣れていないシャハルには刺激が強かった。おっかなびっくり指でつついても、当然全く反応はないが、その事実がまた恐ろしく、シャハルは震えながら野兎を運搬した。

「ひょええ、死体だ」


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