15 / 65
第一章 シャハルとハルシヤ
クルガノイの洗礼
しおりを挟む
ある朝、シャハルは自転車で、前日アナンと地図片手に辿って覚えた通学路を通り、武家クルガノイが運営する初等教育機関に登校した。
前日に贈った菓子折りが効を奏し、受付で氏名の記された入門許可書を提示しても、正しい教室名を教えられた。シャハルは履物と足袋を脱いで、教室名と同じ下駄箱に仕舞いに行った。その後も規則通りに裸足で廊下を歩き、まだ誰も居ない教室に入ると、席は自由と知っていたので、取り敢えず一番前の窓際に腰を降ろして、しばらく外を眺めた。
「お前、新入りか。見ない顔だな、どこのどいつだ」
シャハルが初めて見た、同じ年頃のクルガノイ生達は、教室の出入り口に突っ立ったまま、不審感もあらわに睨み付けていた。
「土手近くのシャハル=イェノイェだけど」
「はああっ、イェノイェかよ。退けよ、ここは俺達の席だぞ」
喋りながら近づいてきた彼等はシャハルを囲み、内一人は蹴りつける素振りを見せた。
「元武家のくせに。何でうちに入門して来るんだ、厚かましい」
「入門が許されてるから。ねえ、そこの君は何=クルガノイなの」
先程蹴る素振りを見せて発言した相手は、シャハルの質問に困惑の表情を浮かべた。
「あれっ、だってさっき言ったよね。何でうちにって。へー、もしかして、名前にクルガノイも無い癖にうちって言ったんだ。現役御武家様って、そういう所なんだね」
「何を言うか貴様っ、クルガノイを侮辱したな」
「今すぐ教官に言いつけるぞっ」
「そうだそうだ、お仕置きされろー」
私闘禁止の規則から、直接の手出しを戒められているクルガノイ生達は、教室を飛び出して教官室に早歩きして行った。帰ってきた彼等は担当教官を味方に付けていた。
「外方の分際で」
教官はシャハルを廊下に引っ張り出し、入門早々面倒事の原因を作った問題児には、言い訳無用とばかりに物差しを構え、シャハルの頭だけ数発殴ると、授業開始まで廊下に立たせた。
シャハルは、次々と登校して来るクルガノイ生の好奇の目に晒されながら、逆にこれから級友となる相手全員の様子を伺った。誰も彼も似たり寄ったりの身なりと態度に、シャハルは人知れず溜め息を吐いた。
その直後、廊下の向こう側から二人分の足音が聴こえ、他とは異質な二人組がやって来た。一人は小綺麗な身なりで出席簿を胸に抱え、もう一人は圧倒的に良い身なりを着崩し、はばかることなく大欠伸をした。二人とも廊下に立たされているシャハルに怪訝な顔をしたが、それ以外は特に何もせず、教室に入っていった。中で点呼取りが始まり、シャハルは出席簿を持っていた方が級長だと気が付いた。
何とか放課後を迎え、シャハルが下駄箱に向かうと、自分のものが見当たらなかった。あちこち探し回った挙げ句、教官には冷たくあしらわれ、渋々裸足で自転車を漕いで、先日ハルシヤを見送った橋の所までたどり着いた。
どうしてもそのまま真っ直ぐ帰宅する気にはならず、シャハルは土手に自転車を停め、斜面の草地を歩いて川岸を渡り、小川に足を浸けて時折ばしゃばしゃと水音を立てた。
「はあ…嫌な所っ」
「そこに居るのはシャハルじゃないか。おーい、こっちこっち。上上っ」
シャハルが辺りを見回してから頭上を見上げると、鉢巻き姿のサイモン=イェノイェが、土手から駆け降りてくるところだった。
「サイモンさん、うわあ久しぶりだ。会いたかったー、お元気そうで何よりです」
シャハルも川岸に引き返し、屈んで両腕を差し伸べてくれたサイモンに抱きついた。
「ほーらおいで。ぐるぐるぐるぐる~」
「あはは、目が回る~」
すっかり視界が回転したところで地面に降ろされ、よろけながらも何とか持ちこたえた。視界が回復すると、シャハルは自分の額を指差してサイモンに告げた。
「格好良いけど、鉢巻きしっぱなしだよ。サイモンさん」
「あ、こいつはうっかり。さっきまで兎狩りをしていてね。獲物を追い掛けて、気が付いたら裏山から下りていたのさ。そう言えばシャハル、今いくつ」
「7つ。もう、そのくらいちゃんと覚えててよ」
「覚えていたさ。ちょっと訊いてみただけだよ」
「えー、怪しい」
「はは…、そうだ。シャハルもハルシヤも、もうあそこに入門したんだろう」
「いいえ、ハルシヤは行ってないよ。ソピリヤお嬢様の所に出仕しちゃったから」
「ええっ、知らない間にそんなことになっていたとは。じゃあシャハル、一人で行ってるのか」
「そうなんです。今日から」
「そっか……よし、負けないようにこれでも食べて元気を付けるんだ。ここに置いておくから。私も、久し振りに家族の皆に会ってみるよ」
「ありがとう。会ったらシトナも喜ぶよ」
「私は駄目な兄だけどね。あー…それと、君ん家のアナンは、元気かな」
「はい。集会所で昼間、シトナ達を教えています」
「そう、良かった。まだ彼は居るんだね」
「はいっ」
「それじゃ。早く帰るんだよ」
サイモンが立ち去った後、シャハルは貰った野兎の扱いに悩んだ。
「うわあ死体だ」
サイモンに仕留められた野兎はきちんと両手足を縛られており、シャハルが抱えて自転車籠に載せ、家にもって帰れば済む話であったが、肉類の前段階を見慣れていないシャハルには刺激が強かった。おっかなびっくり指でつついても、当然全く反応はないが、その事実がまた恐ろしく、シャハルは震えながら野兎を運搬した。
「ひょええ、死体だ」
前日に贈った菓子折りが効を奏し、受付で氏名の記された入門許可書を提示しても、正しい教室名を教えられた。シャハルは履物と足袋を脱いで、教室名と同じ下駄箱に仕舞いに行った。その後も規則通りに裸足で廊下を歩き、まだ誰も居ない教室に入ると、席は自由と知っていたので、取り敢えず一番前の窓際に腰を降ろして、しばらく外を眺めた。
「お前、新入りか。見ない顔だな、どこのどいつだ」
シャハルが初めて見た、同じ年頃のクルガノイ生達は、教室の出入り口に突っ立ったまま、不審感もあらわに睨み付けていた。
「土手近くのシャハル=イェノイェだけど」
「はああっ、イェノイェかよ。退けよ、ここは俺達の席だぞ」
喋りながら近づいてきた彼等はシャハルを囲み、内一人は蹴りつける素振りを見せた。
「元武家のくせに。何でうちに入門して来るんだ、厚かましい」
「入門が許されてるから。ねえ、そこの君は何=クルガノイなの」
先程蹴る素振りを見せて発言した相手は、シャハルの質問に困惑の表情を浮かべた。
「あれっ、だってさっき言ったよね。何でうちにって。へー、もしかして、名前にクルガノイも無い癖にうちって言ったんだ。現役御武家様って、そういう所なんだね」
「何を言うか貴様っ、クルガノイを侮辱したな」
「今すぐ教官に言いつけるぞっ」
「そうだそうだ、お仕置きされろー」
私闘禁止の規則から、直接の手出しを戒められているクルガノイ生達は、教室を飛び出して教官室に早歩きして行った。帰ってきた彼等は担当教官を味方に付けていた。
「外方の分際で」
教官はシャハルを廊下に引っ張り出し、入門早々面倒事の原因を作った問題児には、言い訳無用とばかりに物差しを構え、シャハルの頭だけ数発殴ると、授業開始まで廊下に立たせた。
シャハルは、次々と登校して来るクルガノイ生の好奇の目に晒されながら、逆にこれから級友となる相手全員の様子を伺った。誰も彼も似たり寄ったりの身なりと態度に、シャハルは人知れず溜め息を吐いた。
その直後、廊下の向こう側から二人分の足音が聴こえ、他とは異質な二人組がやって来た。一人は小綺麗な身なりで出席簿を胸に抱え、もう一人は圧倒的に良い身なりを着崩し、はばかることなく大欠伸をした。二人とも廊下に立たされているシャハルに怪訝な顔をしたが、それ以外は特に何もせず、教室に入っていった。中で点呼取りが始まり、シャハルは出席簿を持っていた方が級長だと気が付いた。
何とか放課後を迎え、シャハルが下駄箱に向かうと、自分のものが見当たらなかった。あちこち探し回った挙げ句、教官には冷たくあしらわれ、渋々裸足で自転車を漕いで、先日ハルシヤを見送った橋の所までたどり着いた。
どうしてもそのまま真っ直ぐ帰宅する気にはならず、シャハルは土手に自転車を停め、斜面の草地を歩いて川岸を渡り、小川に足を浸けて時折ばしゃばしゃと水音を立てた。
「はあ…嫌な所っ」
「そこに居るのはシャハルじゃないか。おーい、こっちこっち。上上っ」
シャハルが辺りを見回してから頭上を見上げると、鉢巻き姿のサイモン=イェノイェが、土手から駆け降りてくるところだった。
「サイモンさん、うわあ久しぶりだ。会いたかったー、お元気そうで何よりです」
シャハルも川岸に引き返し、屈んで両腕を差し伸べてくれたサイモンに抱きついた。
「ほーらおいで。ぐるぐるぐるぐる~」
「あはは、目が回る~」
すっかり視界が回転したところで地面に降ろされ、よろけながらも何とか持ちこたえた。視界が回復すると、シャハルは自分の額を指差してサイモンに告げた。
「格好良いけど、鉢巻きしっぱなしだよ。サイモンさん」
「あ、こいつはうっかり。さっきまで兎狩りをしていてね。獲物を追い掛けて、気が付いたら裏山から下りていたのさ。そう言えばシャハル、今いくつ」
「7つ。もう、そのくらいちゃんと覚えててよ」
「覚えていたさ。ちょっと訊いてみただけだよ」
「えー、怪しい」
「はは…、そうだ。シャハルもハルシヤも、もうあそこに入門したんだろう」
「いいえ、ハルシヤは行ってないよ。ソピリヤお嬢様の所に出仕しちゃったから」
「ええっ、知らない間にそんなことになっていたとは。じゃあシャハル、一人で行ってるのか」
「そうなんです。今日から」
「そっか……よし、負けないようにこれでも食べて元気を付けるんだ。ここに置いておくから。私も、久し振りに家族の皆に会ってみるよ」
「ありがとう。会ったらシトナも喜ぶよ」
「私は駄目な兄だけどね。あー…それと、君ん家のアナンは、元気かな」
「はい。集会所で昼間、シトナ達を教えています」
「そう、良かった。まだ彼は居るんだね」
「はいっ」
「それじゃ。早く帰るんだよ」
サイモンが立ち去った後、シャハルは貰った野兎の扱いに悩んだ。
「うわあ死体だ」
サイモンに仕留められた野兎はきちんと両手足を縛られており、シャハルが抱えて自転車籠に載せ、家にもって帰れば済む話であったが、肉類の前段階を見慣れていないシャハルには刺激が強かった。おっかなびっくり指でつついても、当然全く反応はないが、その事実がまた恐ろしく、シャハルは震えながら野兎を運搬した。
「ひょええ、死体だ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる