シャハルとハルシヤ

テジリ

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第一章 シャハルとハルシヤ

鑑の家 / マウラの金細工

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 学校でタイとスラーと一緒に行動するようになってから、シャハルの色々な被害は減った。当のシャハルは、ようやく馴染んできた教室で、自身の名前が呼ばれるのを、今か今かと待っていた。

「シャハル=イェノイェ」

 教官に呼ばれ、急いで席を立ったシャハルは、入校以来初めての試験答案を返却された。

「スラー=アリム。…満点だ」

次に呼ばれたスラーは、答案用紙を受け取る際に、教官が付け加えた一言で、教室の雰囲気が悪くなった。

スラーは、朝からシャハルの左隣に確保した席に踵を返し、呼ばれる前から席を立っていたタイとすれ違うために、一旦道を譲った。

たかむらタイ」

教官の前に立ったタイは、涼しい顔で自身の答案を受け取り、席に戻った。シャハルは、着席したタイの左側から答案を覗き、点数を確認した。

「やった。タイには勝った」

「このー、俺が馬鹿だと言いたいのか」

ふざけだしたシャハルとタイを、スラーが私闘禁止の規則に抵触する恐れがあるとして止め、タイはあの教官が一々咎め立てたりするだろうかと訝ったが、大人しく従ったシャハルは、スラーに頼んで満点の答案を見せて貰い、点数横の名前欄に目を留めた。

「もしかしてアリムって、スラーのお父さんの名前か何か」

「そう。父の名はアリム=ジアだった」

「じゃあ、お祖父さんは。ジア=何ていうの」

「ジア=スルフォン」

「良いよなー、お前らは。うちなんか元々竹林農家だったから、屋号も篁屋(たかむらや)なんて付けてんだぞ。店ん中は隙あらば竹材だらけだし、家の方は門の表札まで竹で出来ていやがる」

「竹かあ。僕、筍好きだよ。ちゃんと灰汁抜きしたやつが」

「ああ、だよな。臭くて味も変だし、あれはそのまんまじゃあ、とても食えたもんじゃない」

「二人とも、食通みたいなこと言ってないで、次の準備をしなよ」

スラーの言う次とは、体力作りの一環として、二人もしくは三人一組になり、交互に何周走り回ったかを数えながら、ひたすら校庭を走らされることを指していた。

立ち止まったり歩いたりしてはいけない上に、そもそも長距離を走り慣れないシャハルは、頑張って走っても最後尾に近く、スラーは前の方を走っていた。

「何でこんなに走り続けなくちゃいけないんだ……苦しい……お腹痛い……」

「シャハル、苦しくても鼻で息しないと。益々きつくなるよ」

シャハルは、その後周回して追い付いて来たスラーに、鼻呼吸が大事と教わった。




 ずっと走らされてお腹も空いた所で、昼食の時間になった。タイの取り出した弁当の包み紙には、いつもと同じ竹林の標章が描かれ、タイは包みを大雑把に破いて弁当を取り出した。

「筍入ってら、食うか」

「ありがとう。タイ」

シャハルは筍を一切れ貰い、母レラムお手製の弁当と一緒に食べた。すると口の中に石ころが入ったような違和感を覚え、吐き出すと下側の乳歯が一本抜けていた。

「ちょっと投げてくる」

シャハルは学校の中庭に出て、歯を倉庫の屋根に投げた。

「どぅえりゃーー、あれっ。よーしもう1回。とう、とうっ」

歯は5投目で屋根に乗り、シャハルが急いで教室に戻って弁当を掻き込むと、程無くして掃除が始まった。

「うるせえ、バイコン野郎が指図すんな」

級長であるスラーの注意も聞かず、居直るクルガノイ生を横目で見ながら、シャハルは床を箒で掃いた。タイはそうして集まった塵を、塵取りに入れやすくするため、自身の手に持った塵取りの位置を、少しずつ動かした。

「大根大根って、スラーの家は大根でも育てているの」

「は、何言ってんだシャハル。農家じゃあるまいし、あいつらが言ってるのは、売るに婚姻と書いて売婚な」

「えー、良く分からないけど、大根役者と掛けてるのかと思ってた」

「あいつらにそんな頭があるわけ無いだろ。うちの妹とスラーの婚約を、気に入らないから悪く言ってるだけだ」




 放課後、シャハルがタイと一緒にスラーの家に付いて行くと、またもや木戸の向こうから、タイの妹が出迎えた。

タイの妹は、シャハルの姿を見て取ると、先日の態度とはうって変わってどこか嬉しそうな表情を浮かべ、婚約者のスラーに話し掛けた。

「スラーさん、また遊びに連れて行って下さい。この前の所が良いです」

スラーは驚いたようにタイの妹を見て、何か言おうと口を開いたが、それは奥から聞こえた別の声と、一人分の足音に遮られた。

「サニュさん。何度言ったら分かるの、生返事ばかりで、庭のお掃除も放り出して。あなたがすると言ったからお任せしたのに。ただの怠ける口実だったということが、これではっきりしました。とにもかくにも、スラーさんの、大切なお勉強の邪魔だけはしないでくれる」

そう言いながら箒を持って現れたのは、一人の女性で、年格好からするとスラーの母親だった。シャハルは、恐る恐るその人に話し掛けた。

「あの、もし良かったら、スラーが勉強している間だけ、遊び相手になりましょうか」

「こんにちは。貴方がスラーのお友達ですね。私はスハ、スラーの母です」

「こんにちは」

「……ねえ、もし良かったら聞いてもいいですか。貴方がどこのお家の子なのか」

スハと名乗ったスラーの母親は、顔こそ笑っていたが、どこか威圧感があり、シャハルは若干の恐怖を覚えつつ、自身のちょっとした失敗に気が付いた。

「あっ、シャハル=イェノイェです。申し遅れました」

「ありがとう。気にしないで、貴方は大事な息子のお友達だから、これからどう呼び掛けたら良いのかと思って。ああそうそう、サニュさんはね、息子の許嫁として、たかむらさんから我が家の養女に迎えているんです」

「あっ、そうでしたか。大事な娘さんに失礼しました。でも僕、好きな人は他に居るので」

シャハルはスハに詫びを入れながら、何となく不愉快で情報を付け足し、その不遜さで他の子供達3人をたじろがせた。スハは黙ってシャハルを見ていたが、そこへスラーの祖父らしき人物までもが現れた。

「これ、スハやスハ。ちょっと良いかい」

「ええ。何でしょうお義父さん」

「アリムはまだかい、一体いつになったら帰ってくるんだ。勝ち逃げなど許さんからな。今日こそあいつの鼻を明かしてやる」

「お義父さん、アリムさんはとっくの昔に亡くなりましたよ。流行り病で、お義母さんのところに旅立ってしまったんです」

「何だ、まだ帰って来ないのか。仕方のない奴め」

「私で良ければ、お相手致しましょうか。今、碁盤を持って来ますね。スラー、少しだけ遊んだら、すぐ帰っていらっしゃい」

スハは、そう言い残すと、スラーの祖父であるジアの後ろに回って、相手の両肩に手を置き、ゆっくりと優しく声を掛けながら、屋内まで誘導を始めた。

「あー、まあそのあれだ、今から俺ん家に行こうか。たかむらにさ」

タイの提案に皆頷き、荷台のサニュも含めて4人全員が、自転車でたかむらへと向かって行った。



 タイに誘われ、スラーの家から移動した先の、タイの家族が営んでいるという篁屋は、街の中心部からは少し離れた場所で、大きく堂々とした店舗を構えていた。店内に入り、タイが先頭を歩くのにくっついて、他の面々は通り過ぎる多様な小店をちらちら眺めながら奥に向かっていた。そしてちょうど宝飾品売り場に差し掛かったところで、シャハルがぴたと足を止めた。

「あっ、マウラさんだ。マウラさーん、何してるのー」

シャハルが駆け寄った先には、彼のはとこに当たるマウラとシトナの姿があった。マウラはにこやかにシャハルの頭を撫でた。

「嫁入り道具の下見に来たの。シャハル、そちらは学校のお友達かな」

「そうだけど、嫁入り……って、結婚っ。誰と誰がっ」

「そんなのお姉ちゃんに決まってるじゃん。――そっちこそ何で」

あからさまに落ち込んだシャハルを尻目に、シトナは近付いて来たタイに目線をやった。

「そりゃあ、篁屋はうちの店だからさ」

「え、ここあんたの家なの。クルガノイの店なんて最悪~」

シトナはぷいと横を向き、マウラがそれをたしなめた。

「タイはクルガノイじゃないけど」

「スラーお前…」

スラーが訂正すると、シトナは尚も食って掛かった。

「へー、だったらあんたはクルガノイなんだ。あたし、クルガノイとは口を聞きたくないの。行こう、お姉ちゃん。ね、良かったらセウロラも一緒においでよ~」

「えっ、それはちょっと…」

「口を慎みなさいシトナ。それは八つ当たり。彼はお兄ちゃんの事とは関係無いでしょう。…皆ごめんね」

セウロラはたじろぎ、マウラは改めてシトナを叱った。タイは何とかこの場を取り繕おうとして、マウラとシトナを含む全員を、店の奥に引っ張っていった。

『お邪魔しまーす』

「やあこんにちは。タイ、そちらはお友達かい。おおサニュ、久し振りだなあ。元気か」

店の奥に入ってすぐ、商談していたタイの父が話し掛けた。父親の問いに、サニュはこくりと頷いた。さらに奥に進むと、タイの母は電話口に立って、何やら紙に書き付けていた。サニュは感極まって、母親の背中に抱きついた。

「ああびっくりした。すみません、ちょっとお待ち下さいね。よしよ~しサニュ。ごめんねえ、今お電話の最中だから。タイ、あんた自分でお茶淹れなさいね。ああもしもし、すみません。もう大丈夫でございます」

サニュは一人で母親の元に残り、他の全員はタイ達が居住している離れに到着すると、タイが慣れた手つきでお茶を淹れながら、篁屋の成り立ちについて話し始めた。

元々竹林農家だったタイの両親は、天秤棒を使う行商人用の竹かごも売っていたが、そうやって商売付き合いをするうちに、個々人で高い地代を稼いで店を出すのではなく、皆で金を出し合って巨大な店舗を作り、そこへ多様な種類の小店を入れる構想を掲げ、実行したのだという。

そのうちサニュがやって来て、タイはもう一つお茶を淹れた。

タイの話を聴きながら一服して、今度はマウラが語り出した。

「さっきはごめんね。私達の兄は、近い将来イェノイェのまとめ役になることを期待されているんだけど。でもその立場のせいで、クルガノイの学校ではとても酷い目に遭った。挙句の果てには厠に閉じ込められて、出して欲しければそこの水を飲めと言われ、兄は泣く泣く従ったの。それから山に篭るようになった」

そのあまりにむごいやり口に、セウロラは眉をひそめた。

「それは流石に……何て言うか、サイモンさんがとてもお気の毒です」

「ね、セウロラもそう思うでしょう。だからあたしは、関係なくても嫌なものは嫌なの」

「シトナ、私はシャハルが同じ目に遭うんじゃないかって、心配で堪らなかった。せっかく同い年の従兄弟も居たのに、ハルシヤは直前になって出仕が決まって。だから、タイ君もスラー君も、シャハルと仲良くしてくれて本当にありがとう」

シトナは姉の発言に、はっとして黙り込んだ。

「えーっと、どういたしまして。でもこいつ、俺が見聞きした話じゃ初日から喧嘩売りまくってて」

「ちょっと辞めてよ~、タイ。あれはたまたま口が滑って…」 

「何と言うか、怖いもの知らずだなぁ……」

シャハルが焦り出し、スラーは苦笑しながら茶器に口を付けた。タイは茶菓子をむさぼり食いながら、助けにならない助け舟を出した。

「まっ、教官も偉そうにしてむかつくけど。あんま気にすんな。あいつらみーんな、うちに借金してるんだぜ。しかも中々返してこないし、それでスラーも、篁屋と縁付いたせいで大変なんだ」

シャハルは話題を変えつつ、マウラの結婚事情に探りを入れることにした。

「そういえばマウラさん、許嫁って誰だったの。僕も知ってる人かな」

「あれ、許嫁なのに知らなかったんですか」

それにスラーが食い付き、サニュも興味津々の様子で身を乗り出した。

「そう。許嫁は小さい頃に決められるけど、本人達には知らされないの。大人になったら教えて貰えるけど、別に断っても良いし。私も断って、遠方の人と紹介結婚することにした」

「あのっ、どうしてそうしようと思ったんですか」

「よその土地に行ってみたかったから。スミドは良い所だけど、それでも一生ここで暮らすのかと思ったら、何か、つまらないなあって思ってね」

「許嫁にも色々あるんですね。武家は武家としか結婚出来ないから、そこのサニュは、我が家に養女に入っています。自分は頭の良さを見込まれて、篁屋さんから援助を受けているんです。だからちゃんと出世して恩返ししないと、篁屋さんも娘婿として格好がつかないでしょうし」

「そうなんだ、…大変だね。これは私が前々から思っていたことなんだけど…」

マウラはそう前置きして話し始めた。

スミドの両武家、ウラシッドとクルガノイは、太守を勤めるヨウゼン家代々の風習で、毎度どちらかが贔屓にされていた。現太守ハンムラビ・ヨウゼンは、亡き愛妻マイラ=ウラシッドの存在により、ウラシッド贔屓である。そのためクルガノイは出番を奪われ、部下達に満足な給料を支払えない。皆少ない給料では生活が苦しく、借金をして首が回らなくなる。そうやってクルガノイの親達の心は荒み、子供達にも悪い影響が出ている。

「っていうのが、ヨウゼン家奉公人である私の分析ね」

「それって、クルガノイが儲からないと、シャハルの学校の人達の悪さは止まらないってことですか」

セウロラはマウラに訊ねたが、だからといって一体どうすれば良いのか。その場に居た誰にも、答えは見出せ無かった。やがていくつかの部屋遊びをして盛り上がり、ふと気が付くと夕刻になっていた。別れ際、タイは頭を掻きながらマウラに話し掛けた。

「お姉さんは何か買い物途中だったでしょ。悪いな~引き止めちゃって」 

「大丈夫。そう簡単に決められる物じゃ無いから、金細工は。婚家に馴染めなかったら路銀にして実家に帰るし、もし相手方が好きになれたら、その危機に売り払ってまとまった費用を捻出したりもする為の物なんだから、じっくり選ばないと」

「あのっ、この前わざと避けたのと…今日失礼なことを言ってごめんなさい」

シトナはマウラに諭されて以降、落ち込んで姉の影に隠れていたが、意を決してタイ達三人に謝った。謝られた側は、一瞬怪訝そうな顔でお互い見合わせたものの、代表してスラーが答えた。

「別にいい。これからは堂々と遊びに行けるなら」



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