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月に向かって彼は吼えた今宵は母の命日だ
不知火(しらぬい)
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数年後――
避暑地の湖へ向かう小寿林氏の一行。
領主を先頭に、しつりと傅役も同行していた。
湖面は陽光を反射し、遠くの山々が霞んで見える。
傅役は、しつりの横顔を盗み見た。
(この肉塊も……いずれ乳母に手ほどきされるのか?
もう子もなせぬ身体なのに。
なんの意味もないではないか。
幽鏡は、何のために死んだんだ?)
誰もふたりを見ていない。
風が、木立を揺らすだけ。
傅役は発作的に、しつりの背を、強く押しやった。
「ぬわぁ!!」
しつりは湖に落ち、水しぶきを上げて泣き叫ぶ。
すぐに傅役が飛び込み、抱えて岸に引き上げた。
しつりは、びしょ濡れで領主にすがりついた。
「あやつに突き飛ばされたんじゃ!」
しつりは、この時物心ついた。
しつりは、確かにそう叫んだ。
だが傅役はすぐに救助した。
普段から品行方正で、誰もが「神童」と呼ぶ元服者だ。
領主は、「何を世迷言を」と、しつりを叱責し、
事態は片付いた。
✦
――川下りの帰路。
船の上で、領主が溜息をついた。
「そなたのような神童が欲しかったが、
しつりは癇が強い。
まるで役に立たぬ、おなごのようじゃ」
その一言が、傅役の胸奥に不知火を灯す。
傅役は船底に、短刀を突き立てた。
刃が木を裂き、水がじわり、船内に染み込んでくる。
傅役は、短刀に加えて柄杓を、川に投げ捨てる。
船はゆっくりと、傾き始めた。
「小寿林氏の血など、ここで絶えてしまえばよい!」
船は激流に呑まれ、沈没した。
傅役は下流に流れつき、目を覚ました。
上流では領主の亡骸が、見つかったという。
避暑地の湖へ向かう小寿林氏の一行。
領主を先頭に、しつりと傅役も同行していた。
湖面は陽光を反射し、遠くの山々が霞んで見える。
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(この肉塊も……いずれ乳母に手ほどきされるのか?
もう子もなせぬ身体なのに。
なんの意味もないではないか。
幽鏡は、何のために死んだんだ?)
誰もふたりを見ていない。
風が、木立を揺らすだけ。
傅役は発作的に、しつりの背を、強く押しやった。
「ぬわぁ!!」
しつりは湖に落ち、水しぶきを上げて泣き叫ぶ。
すぐに傅役が飛び込み、抱えて岸に引き上げた。
しつりは、びしょ濡れで領主にすがりついた。
「あやつに突き飛ばされたんじゃ!」
しつりは、この時物心ついた。
しつりは、確かにそう叫んだ。
だが傅役はすぐに救助した。
普段から品行方正で、誰もが「神童」と呼ぶ元服者だ。
領主は、「何を世迷言を」と、しつりを叱責し、
事態は片付いた。
✦
――川下りの帰路。
船の上で、領主が溜息をついた。
「そなたのような神童が欲しかったが、
しつりは癇が強い。
まるで役に立たぬ、おなごのようじゃ」
その一言が、傅役の胸奥に不知火を灯す。
傅役は船底に、短刀を突き立てた。
刃が木を裂き、水がじわり、船内に染み込んでくる。
傅役は、短刀に加えて柄杓を、川に投げ捨てる。
船はゆっくりと、傾き始めた。
「小寿林氏の血など、ここで絶えてしまえばよい!」
船は激流に呑まれ、沈没した。
傅役は下流に流れつき、目を覚ました。
上流では領主の亡骸が、見つかったという。
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