②シャリム外伝 潜竜談

テジリ

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恩讐愛半ば

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 シャリムはアリネとの正式な結婚報告の為、シビル連邦前大長官エウリヤ/ナタルコの自宅を訪れていた。


「聞いて下さいナタルコ、思ったより簡単でした。あれなら子供も問題無いかと。具体的感想は控えさせていただきますが」

「では貞淑ではあっても、貞潔では無かったということですか。無理もありません。母校では後輩と親しくなり過ぎて退学になったような方ですしねえ、それに軍なんて男所帯ですし」

「はて、自分は何も言っていませんが。どうしてそう、ご想像逞しく、さも事実かのように仰るのでしょうね。聞くところに拠れば、軍はまだ入隊前の人間を掻き集めては、あれこれと指図して、外部とは一切連絡も取らせないそうではありませんか。確かに辞めるのは自由ですが、何名かは自殺者も出ているとか。とうに廃止された軍服を着た人間が、夜中にうろついている所を目撃した者まで居るそうですよ」



 ナタルコはテーブル上の煎茶で口を湿らすと、それに反駁した。




「たかが王位請求者の気にされる事ではありませんな。それより太子、彼とのご関係は漏れなく清算していただけるのでしょうね。再びたちの悪い権力者に見初められて、年や性的指向で誤魔化されていますが、貴方のやっている事はヨウゼン議員の亡父の猿真似です」



 シャリムは椅子から立ち上がって、再び茶を啜るナタルコを睨み付けた。




「何だとこのMurder! それなら言わせて貰うが、ヴィンラフ朝は貴殿とも長い付き合いだな。何せ、帝王宮の大火災で逃げ遅れた帝后、帝后の姉であった太子妃の忘れ形見にして、
当時22歳のダリヤ帝女と20歳のイシク太子、

帝后の子である16歳のフィルス帝子・13歳のファキウェル帝子・9歳のフェルガナ帝女

全員まとめて煙殺されて以来の付き合いだものな。

政治犯として投獄されていたお前が裏から指図していたことなんて、もうとっくに知っているんだ我々は。政治的実権とやらがそんなに欲しかったか? 地位を退いて尚手放せない権力の座は、何の罪もない青年や、女子供の命を捧げるに値したか?」




 得体の知れない元政治犯である仇を見つめ、シャリムは両手をそれぞれ握り、きつく締めた。





「ええ。この上なく役立ってくれましたよ。しかも遠いご親戚であるジルキット将軍まで。あなた方ヴィンラフの後裔は、互いの美点を見事打ち消し合ってくれました。

そして彼の娘バーダト・ジルキットは、今も一軍人として女性兵士達の希望となり、貴方はその異国情緒漂う美貌で倡店街ラパタの落とし子達への偏見の目を抑え、国内の美の基準を塗り替え、不当な差別を根絶するのです」




 このままではこの根性曲がったクサレ爺には太刀打ち出来ない。だがすごすごと引き下がれば、内縁関係の解消に同意したことになってしまう。悩んだシャリムはもう一度議論を吹っ掛ける事にした。




「まるで彼らが殺される為に生きていたとでも言いたいようだな」

「ええ。そうです。何の為に毎日綺麗なおべべを着て、傅かれているとでも。
それは偉いからでも貴いからでもありません。犠牲となる為の代償です。

例えば戦に負けたとして、もし皆が平等なら誰が責任を取れば良いのでしょう。全員が等しく同じ立場なら、皆殺しにするしかありませんね。

しかしそれではあまりに勿体無い、土地と微々たる財産と、死体の山だけ貰っても嬉しくありません。それに誰だって皆殺しは嫌です。だから、人々は軽い神輿を担ぐんですよ。
負けた時はそれを差し出して、勝った方に許して貰うんです」




 シャリムは再び椅子に腰掛け、ナタルコの方に身を乗り出した。



「ほう、つまり自分達は、皆の哀れみで成り立つ不幸な存在だということか」

「ご理解いただけたようで。だから替え玉など本来許されざる存在なのですよ。自身の立場を履き違えているとしか思えない。

私は、替え玉を立てて命からがら落ち延びて――という歴史を持つ人間は大嫌いです。それが例え赤子であろうと許せない。代わりに殺され名を奪われた誰かが浮かばれません。

犠牲の羊は最初から殺されないよう全力をもって努めるべきで、いざ王手が掛かったら逃げてはいけないのです。

赤子の場合は、まあ親が悪かったとしか言えませんね。ですが、ずっと恵まれた立場に変わりはありませんので、犠牲になるのは致し方ありません」



 ナタルコの茶器が空になったのを見て取ったシャリムは、伴侶の機嫌を損ねた際に散々仕込まれたサーブ技術を駆使して、まるで孝行者の孫息子のように甲斐甲斐しく煎茶を淹れた。




「その赤子についてだが。結局の所シャハルを自分から引き離したいのは、自分と彼が同性だからだろう。もし同性間でも子供が授かるのであれば、世の中はもっと祝福に満ちているとは思わないか」



 ナタルコは若干和らいだ声で有り難く茶器を受け取って口を付けると、茶の熱さを少しずつ冷ましながら言った。



「呆れた事を仰いますね。例えどちらかが女性であろうと、私は反対します。シャハルは私の旧友であるバルトロメ神父が、遠く離れた庇護の国で守り育てた、大切な子供達の1人だ。

神父はまだ旧王国時代、宣教師として赴任し、やがて発見したチャイルド・マレスターである上位者を告発しようと、様々な伝手を駆使して政治犯である私の元を訪ねて来た。だが厄介な事に、その上位者はヴィンラフ朝とは昵懇の仲だったのですよ。ああご安心を、神父は放火とは無関係ですよ。アレはただのチンピラの仕業です」



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