媛彦談《ひめひこだん》

テジリ

文字の大きさ
41 / 53
惹この章

神鳴り山

しおりを挟む
 にいさまは、前を歩くハイタークの背負子に腰掛けておられる。うちはそのお姿を目で追いながら、必死に山道を登り続けていた。

あゝ口惜しや。寵姫に扮したままでは虫刺されが危ぶまれる故、平素と変わらぬ装束へお戻しに。それにしてもにいさま、たといどんな格好でも、どこで何をされていようと、なんてお美しいんでしょう。

「遅いぞハイターク。揺れで酔わぬ程度にさっさと歩かぬか」

「いえしかし、後ろのタマル冠が遅れて道迷いでもしてしまっては……」

「迷わなければ良いのだろう。タマル冠、木々に(※ハイタークが)道しるべを刻む故、見落とさずついて参れよ」

そんな、うちはにいさまのお姿を拝見しながら登りたいのに。でもうちの為に目印を刻む、にいさまを想像すると感極まる。なんと慈悲深いお心遣いでありましょうや。

遅れることしばらく、うちは道しるべを頼ってにいさまを追い求め、息も絶え絶えながら、道中拾った棒で杖をつき、どうにかこうにか頂上までたどり着いた。
はてさて、にいさま。いずこへいらっしゃいます。おや、先のヒイナがバテておるわ。

「ぜーはー……ぜーはー……もう歩けにゃい。ひいなくたくた……帰りは長上おさがみがおんぶして、匪躬ひきゅうは視界が高すぎて怖いの。また蜂の巣があったらやだやだやだ~」

「下りは楽だぞ。どうしても無理なら仕方ないが」

 長上おさがみが差し出した竹水筒を、すっと現れたにいさまが、さっと奪い取り飲み干した。じつに賢い、まこと理にかなっております。確実な不利益を敵に与え、毒を盛られるおそれもない。

「意地汚い戴冠タイカンめ。最年少のひめですらそんな振る舞いはしなかったぞ」

「当然だろう。われ戴冠タイカン、そちのひめでも何でもないからな」

「終始ハイタークに背負われていた癖に。そこまでして飲み水が必要なのか、まあよいわ。と共用になるが、ひいなも飲め」

まったく、腹立たしいくらい用意のいいこと。いや待てい、うちも竹水筒を携えておけば、にいさまからお褒めに浴する栄誉が叶ったのではあるまいか。
しかも一つだけなら実質口移し……ううむ、後学のため覚えておかねば。

「なあ戴冠タイカン、何をするにも体力は必要だろ。その点縄跳びは都合が良い。出来れば走りたいのだが、不測の怪我と警備上の問題で留守役るすやくから止められていてな。今回の件でどうにか説得できればな~」

「くくくっ、それには同意する。もう少し脚の遅ければ、ハイタークが息の根を止めただろうに。まったく命拾いしたのう。――ほれ見いや、これがお目当ての石くれだ」

にいさまはそう仰いながら、この神鳴り山名物の、磁石石じしゃくせきを手ずからお渡しになった。

「ああこれが。思ったより占領統治に手こずってしまったから、ようやく見れたな」

「そうだろう、そうだろう。サルヌリ朝の民共は、とにかく臆病で怠け者だからな。何かあればすぐ山へ逃げる。盛大に感謝せよ。われが来なければ、いつまで経っても待ちぼうけだ」

「まあな、あやぎり朝とはあまりに気質が違いすぎる。――何かあったらヒイナのせい。大の大人が揃いも揃って、口々に泣き言や暴言を浴びせる様は正直ぞっとした。あんなのが地続きになって、街中を闊歩したらと思うと気が滅入るのなんの……あやぎり朝に繋がる関所も、前以上に厳格化した位だ」

あれえ、長上おさがみも意外と気が小さいのだな。なれば幾らでも見習うがよい。にいさまはサルヌリ朝きっての素晴らしき指導者なのだから。

「そうか、やはりわれらは気が合うな。お義兄様と呼べ。名族の血を与えてやる」

「調子に乗るな、この雑魚が」

なんと無礼な長上おさがみめ、にいさまに向かって何を言うか。

「なんだと、戴冠タイカンを愚弄するか」

おうおう、言っておやりハイターク。実力行使もよいぞ。

「やめよハイターク。お前如きが口を挟むでない。――やや、そういえば。そちは確かタマル冠を、憎からず想うておったよなあ、愛する妹だとか余計な一言抜かして」

ななっ、今なんと仰いましたか。にいさま、うちは虫唾が走りました。

「滅相もない。私如き無骨者、貴人方には相応しくも何ともございません」

「当たり前だろう。貴人は貴人同士番うべきなのだから」

にいさま、左様でございます。うちも極一瞬だけ見直して、大損を被りました。不心得なハイタークなど、もっともっと、殊更に懲らしめておやりになって。

「実に憐れでひとりぼっちな我が妹よ。戴冠タイカン命令だ。あやぎり朝に嫁げ。婚資に神鳴り山とその麓を付けてやる」

無論です。にいさま、うちはよろこんで従います。

「これで不満は無いな。代わりに兵を引き上げよ、長上おさがみ

「ハイタークが落とした砦はどうなる」

「即刻返そう。……にしてもつまらんなー、せっかくひと月も猶予をくれてやったのに。古ビイナは穢らわしいから分からんでもないが、タマル冠とさえ何もないのか」

「あいにくだったな。そういう相手はひめ霧彦きりひこに限っている。ただ最近、わりと霧彦きりひこさえいれば良いような気がしてならんのだ。関係各所と折合いがつけば、ひめはまた実家に帰すつもりだ。維持費も莫迦にならないし」

「たはははっ、何だそれは。とんでもない冷血漢だな、益々仲良くなれそうだ」

あらまあ、長上おさがみにそこまで言わせるとは、いったいどんな方だろう。にいさま、うちは少しだけ楽しみになって参りました。帰って支度を急ぎましょう。

帰りの道中、長上おさがみは、結局歩いている前ヒイナへぼやいていた。というか、この小娘いつまで着いてくるのやら。

「なあ、ひいな。は、冷たいのだろうか」

「んなわけ無いでしょ。戴冠タイカンの言うことなんか気にしちゃって。ひいなの今後を託せる位にはまともだよ。だから預け先は、愛娘同然に扱ってくれる裕福家庭をよろしくね。相手は自分で探すから、形式上の仲人もお願いね。そうそうついでに、ひいなの納得いくまで素行調査も付けといて」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...