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分岐点
ハローワーク
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今日は随分と雪が積もっている。水分が多いのかボタ雪になっていた。お陰でバス停からハローワークまでのわずかな間で、身体には沢山の雪が積もっている。雪を振り払うのも一苦労だ。
━━いつの間にか、すっかり真冬か…。施設の皆は元気だろうか。
ハルさんは100歳間近で体力もさがっていた。俊蔵さんはあれ以来寝たきり状態に近いし、ほかの皆も…。いや、私はもう殆ど部外者の身だ。後は、1番気が重たい施設への挨拶と荷物の引取りさえ済ませてしまえば、完璧な『過去の人間』として、あそこにいた殆どの人間が私のこと等忘れ去るのだろう。
それはそれで切ないが仕方ないのだ。いいのだ。これで…。こうするしか…。と溜め息の一つもしたくなる気持ちと厄介な雪を振り払い、入口を通ると営業スマイルの受付のお姉さんが、本日は失業保険の支給日で大変混みあっており待ち時間がかかると思うから、とハローワークエントリー用紙を取り出しペンを手渡し書き終えたら番号を呼ばれるまで暫く待つようにと付け加えると、身を乗り出し視線はすぐに新しく玄関から入ってきた溶けた雪の雫で滑りそうになった中年男性へと向かっていた。
ふぅ。と、息をつきエントリー用紙に目をやるとそこには氏名、住所、生年月日、希望職種やできない仕事そしてその事情を書く欄があった。
『上原子ほのか』とまず記入した。
━━そのままの読みでいいのだが、この苗字を見た人は必ずと言っていい程混乱してしまう。
組み合わせが組み合わせだけに、『ジョウゲンシ様…ですか』等聞かれた事は1度や2度ではない。
『ウエハラコ』は長いから、大抵の友人からは『ハラコ』だとか『ハラちゃん』と呼ばれている。
2児の母である私の母は初めての子である私に『穂』という漢字をつけるのが夢だったらしいが、この苗字がそれを許さなかった。
『穂』は諦めた母だったがせめて音だけでもつけたいと母は父と相談し『ほのか』でうまくまとまったという事らしい。
そして住所、生年月日と書き進み、希望職種→自動車免許不要な職業と書いた所で手が止まった。
私が車の免許を取得できない理由。
本当の理由。
私はメガネをかけているので大概の所では視力を理由に言うようにと両親から言われているが、本当の理由はそんな事じゃない。
もっともっと深い理由なのだ。
私は…どうすべきなのか。
本当の事を言えば自分に合った仕事を紹介してもらえるのだろうか。
━━メグム…
メグムの事が頭をよぎる。
メグムならなんて言う?
本当の自分を押し殺してまで、社会に合わせるべきというのだろうか?
━━ふぉーたん。ふぉーたん。
どんなふぉーたんでも俺はふぉーたんがいいのっ。
俺がそう決めたのっ。誰がなんと言おうと俺が決めたからいいのっ。だからふぉーたんはそんな悲しい顔しないで?ね…?
そんなメグムの甘えた声が今にも聞こえてきそうだ。
私は頭によぎったメグムの幻影に励まされ細かくは書かず[持病による服薬のため]とだけ書き用紙の提出と交換に待ち番号が書かれた紙切れを受け取り、一本タバコを吸いに玄関先の喫煙所へ向かってあるきだした。
━━いつの間にか、すっかり真冬か…。施設の皆は元気だろうか。
ハルさんは100歳間近で体力もさがっていた。俊蔵さんはあれ以来寝たきり状態に近いし、ほかの皆も…。いや、私はもう殆ど部外者の身だ。後は、1番気が重たい施設への挨拶と荷物の引取りさえ済ませてしまえば、完璧な『過去の人間』として、あそこにいた殆どの人間が私のこと等忘れ去るのだろう。
それはそれで切ないが仕方ないのだ。いいのだ。これで…。こうするしか…。と溜め息の一つもしたくなる気持ちと厄介な雪を振り払い、入口を通ると営業スマイルの受付のお姉さんが、本日は失業保険の支給日で大変混みあっており待ち時間がかかると思うから、とハローワークエントリー用紙を取り出しペンを手渡し書き終えたら番号を呼ばれるまで暫く待つようにと付け加えると、身を乗り出し視線はすぐに新しく玄関から入ってきた溶けた雪の雫で滑りそうになった中年男性へと向かっていた。
ふぅ。と、息をつきエントリー用紙に目をやるとそこには氏名、住所、生年月日、希望職種やできない仕事そしてその事情を書く欄があった。
『上原子ほのか』とまず記入した。
━━そのままの読みでいいのだが、この苗字を見た人は必ずと言っていい程混乱してしまう。
組み合わせが組み合わせだけに、『ジョウゲンシ様…ですか』等聞かれた事は1度や2度ではない。
『ウエハラコ』は長いから、大抵の友人からは『ハラコ』だとか『ハラちゃん』と呼ばれている。
2児の母である私の母は初めての子である私に『穂』という漢字をつけるのが夢だったらしいが、この苗字がそれを許さなかった。
『穂』は諦めた母だったがせめて音だけでもつけたいと母は父と相談し『ほのか』でうまくまとまったという事らしい。
そして住所、生年月日と書き進み、希望職種→自動車免許不要な職業と書いた所で手が止まった。
私が車の免許を取得できない理由。
本当の理由。
私はメガネをかけているので大概の所では視力を理由に言うようにと両親から言われているが、本当の理由はそんな事じゃない。
もっともっと深い理由なのだ。
私は…どうすべきなのか。
本当の事を言えば自分に合った仕事を紹介してもらえるのだろうか。
━━メグム…
メグムの事が頭をよぎる。
メグムならなんて言う?
本当の自分を押し殺してまで、社会に合わせるべきというのだろうか?
━━ふぉーたん。ふぉーたん。
どんなふぉーたんでも俺はふぉーたんがいいのっ。
俺がそう決めたのっ。誰がなんと言おうと俺が決めたからいいのっ。だからふぉーたんはそんな悲しい顔しないで?ね…?
そんなメグムの甘えた声が今にも聞こえてきそうだ。
私は頭によぎったメグムの幻影に励まされ細かくは書かず[持病による服薬のため]とだけ書き用紙の提出と交換に待ち番号が書かれた紙切れを受け取り、一本タバコを吸いに玄関先の喫煙所へ向かってあるきだした。
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