男装ホストは未来を見る

Shell

文字の大きさ
20 / 108

しおりを挟む
灰色の煙がどんどん空に広がりアパートの火はどんどん周りを燃やしていく。

「ど、どうしよう…あ!大家さん!大家さん無事なのっ!?」

慌てて燃えている火のアパート内に入ろうとした瞬間、何者かの腕が伸び体を固定され口をもう片方の腕で塞がれたまま人けのない路地裏に連れ込まれた。

「んっー!!んっー!!」

何もかも身動きが取れず恐怖で逃れようと足をばたつかせ動くが捕まえられた人は男性のようで、力でかなうはずもなくもがいても程なくして力尽きた。

「…少し黙ったままそのままじっとしてくれ」

耳元で囁かれた男の声は何処か聞き覚えのある声だった。

この声…大家さんの息子さんだ!

思わず振り返ろうと首を回そうとするが後ろから抱きすくめられた状態で固定されているので思うように動かなかった。
程なくして消防車が着き消防士の人達の声とホースで水をかける音が聞こえ数分後、鎮火された模様だった。
火が消え鎮火されると直ぐに警察が来て警察官の話し声が聞こえた。
 
「はぁ…ごめん、こんな真似して」

後ろからため息混じりに謝罪の言葉が囁かれ体は固定されたまま塞いでいた口が離される。
ゆっくりと首を回し振り向くと予想通り男は大家さんの息子だった。

「あの…もしかして火をつけたのって…」 

「…これしかなかったんだっ!これしか母を説得出来なかったんだ」

「説得?理由があるんですか?」

「実は、一緒に暮らしたくて…」

「一緒に暮らすならあのアパートでも出来たんじゃないんですか?火なんかつけて燃やさなくても…」

「留学の際に実は向こうの人と結婚して子供が出来たんだが、一人ここでアパートの大家してる母が心配で前に一緒に海外で暮らそうって誘ったんだが断固として行かないの一点張りで…母も歳だしこのままずっと一人にしておけなくて、だからあの父が残した古びたアパートさえなければ首を縦に振ってくれると思ったんだ!」

「それは間違っ…」

「それは違うよ、良一」

すると後ろから声がかかり見ると大家さんが路地裏をゆっくりと歩いてこちらに近づいていた。

「母さん…」

「大家さん生きててよかった…!」

その瞬間、良一から腕が離れすぐさま抜け出すと大家さんに飛びついた。

「ごめんなさいね、せなちゃん…」

星那の背中をさすり申し訳なさそうに言う大家さんに首を横に振った。

「私は平気です。それより大家さんが生きててよかった…」

そう言うと大家さんはどこか悲しそうな顔をしながらも穏やかな笑顔をする。

「良一、私はいくら家族と離れて一人でいても寂しくなんかないし辛くもないんだよ。むしろ、お父さんが残してくれたアパートを残す事が出来てこうやって可愛い住人さんの面倒を見ることが出来て私は幸せなんだよ。良一の気持ちは嬉しかったし一緒にいたい気持ちはあったけど私には大事なもの手放す気にはなれなかった…」

「母さん…ごめん!ごめんなさい…!」

良一はその場に崩れ落ちると泣きわめきながら謝罪の言葉を述べる。

「良一…これを見てごらん」

大家さんは崩れ落ち泣きながら謝罪する良一に近づき座ると懐から若干黒くなった額縁入りの写真を取り出した。

「これは…」

「良一がまだ幼い頃、あのアパートでお父さんと三人で撮った写真だよ」

「あ…」

そこに映るのはアパートの前で幸せそうに笑う三人の家族写真だった。

「この時、良一がお父さんに”将来は僕がお父さんのあとを引き継いでアパートを守るんだ”って真剣な顔してお父さんに言ってお父さんが喜んでたわね。でも、お父さんも亡くなって良一も留学する事になって私がお父さんのためにも良一の代わりに守って行かなきゃって…だからね、アパートは私やお父さんだけのためじゃなくて良一のためにも手放す事が出来なかった。守れなくてごめんなさいね…」

「いいんだ母さん!俺が母さんの気持ちも考えず勝手に燃やしたのが悪かったんだ!悪いのは何もかも俺だ…俺なんだ!」

「ううん…燃えてしまったアパートは返らないけど、アパートよりも一番大切な良一がいるんだもの。私にはもうそれだけで幸せだわ」

「母さん…母さん!」

泣きわめく良一を優しく母の顔で抱き締める大家さんの姿に穏やかな気持ちが胸いっぱいに広がった。

「…物より家族か」

思い出の詰まった物より、切っても切れない親子の絆の方が強いんだとその未来は物語っていた…


 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...