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第一話 転生した世界は様子がおかしい?
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「悪いが、聖女ひよりよ、私は貴女を妻として愛することは出来ない……」
苦渋を帯びた精悍な瞳を気まずそうに若干私から逸らしてそう言い放ったのは、この国随一の剣技を誇る王宮騎士団、副団長であるケイツ様だ。
ケイツ様は美しい。
何が美しいかというとその全てが美しい。
プラチナブロンドのその髪も、片方のみが月色に輝くような青灰色の瞳も、少し軽薄な印象を与える薄い唇も、しなやかな筋肉をバランスよく纏った長身の逞しい体も……
そして何より、少し不遜な感じがするその雰囲気がすごくいい。
――ああ、理想だ
そう思うのも、彼が日本にいた頃の私の推しキャラの雰囲気を醸し出しているからだろう。
若干キレイ目過ぎるのが少しだけ残念ではあるが、私の愛する不遜の騎士『バーディーン』さまにどこか似ているのだ。
そして、私は、この世界の女王から、この騎士様を褒美として賜ったのだ。
あの時、女王は美しい顔で、こう宣ったのだ。
『そなたは救国の聖女じゃ、この恩、決して忘れまいぞ、まずは、そなたに救国の聖女の称号と、その立場に相応しい褒美を進ぜよう』
そして女王はこう加えた。
『屋敷と使用人はすぐにでも用意させよう、不自由があればいつでも申すがよかろう、そのうえで……』
少し年齢はあれだが、まるでエルフを思わせる美しい女王は鈴のような美しい声音で私に尋ねた。
『この国の名産品を褒美としよう、さぁ、選ぶがよい、そなたが所望するのは、金のディルドか、銀のディルドか、それとも生のディルドか?』
そう告げられた瞬間私は意味が分からず固まった。
多くの貴族、遠く一般市民まで集まった盛大な恩賞の儀に失礼があるのはよろしくない。
――ディルド?
(ディルド、ディルドって、なんて意味だっけ?どこかで聞いた言葉のような、ダメだ、横文字の暗記は昔から苦手で思い出せない、だけど、ちょっと待って、この世界観とこのストーリー展開はあれだよね、そう、あれだ!!)
《そなたの落としたのはこの金の斧か、銀の斧か、それとも普通の斧か?》
これは、欲にくらんで、金や銀を所望するとよくないことが起こる、そんな気がする。
まだ転生のショックが冷めやらぬなかで、私はここは失敗は許されないと察して無難に答えた。
『ふ、普通のでお願いします?』
(どうか正解でありますように……)
『……それは、生がよいということだな?』
少しだけ女王が真顔になったその瞬間、周囲が一瞬音を無くし、その後騒めいた。なんなら、悲鳴やら泣き出す声までが聞こえてきた。
ぎょっとしたわたしは取り繕った。
『いや、べつに他のでも……』
だが、女王の声によりそれは遮られた。
『……よし、分かった、わらわに二言はない、副騎士団長ケイツ・ビコティッシュよ、ここに出でよ』
『はっ……』
『今日この時よりそなたは聖女ひよりのディルドとする、わらわへの忠誠に引けをとらぬよう、献身的に務めを果たすがよい』
『――御意』
「キャー、ケイツさまぁ!」「そんなぁぁ!!!」
「あの方の……が特定のだれかのモノになってしまうなんてぇ」
それは、私がこの国に転生した三日後の話である。
◇◇
そして、話は私がここに来る前の日本という島国にいた最期の日に遡る。
その世界では魔力はなく科学というものが魔法以上の発展をみせていた。
私は、そこで看護師という病人や怪我人の手当や清潔を保つ為の仕事をしていた。
――それは激務でブラックとも言われる恐ろしい世界だった
その頃、経済が衰退して少子化が叫ばれるその国で、夜勤明けの休日だった私は、お見合いなるものをしていた。
何故夜勤明けに見合いなど?と思う人もいるかもしれない。
土壇場での日程変更を強要されたのだから仕方ない。
そして、あの日、私は飄々とした優男とのお見合いに辟易していた。顔と私と大差ない収入は許容範囲としてもあれには食指が動きようがなかった。
「ところでひよりさんは、看護師をされているようですが、休日とかは何をして過ごされてますかぁ?」
「はぁ、だいたいは寝てますね……」
「そうですかぁ!それはよかった、僕は割と趣味が多い方で、週末は家を空けることが多いんですぅ!」
「はぁ……」
「あっ、でも大丈夫ですよ、僕は自分のことは大概自分で出来る手のかからないタイプなんで、着替えも自分ですませて、食事はその辺のコンビニで買いますから、ひよりさんは、気兼ねなくゆっくり眠って、起きたら僕のいない間に掃除とか洗濯とかちゃちゃっと纏めて済ませてもらったら問題ないと思うし、平日は僕、基本疲れてすぐ寝ちゃう方なんで、食事も簡単なものを作っておいてくれたら勝手に食べて、食器もシンクにちゃんと運んでおきますから」
「……」
「あ、気にしないでくださいね、僕、そんなに理想自体は高くないんです、容姿だって人並みでいいんですよ、ちゃんと仕事してて、これからもきちんと働き続けてくれる人だったら、大概誰でもいいんです」
「あー……、そ、そうですか」
「はい、あとは、そうだな、趣味に理解がある女性かな、僕、拘りはない方なんで、子ども出来たら教育方針も任せますし、習い事の費用だってやらせたいって思った方が負担すればいいですよね?お互い収入があるわけだし」
「……はぁ、ちなみに、先ほど仰ってた趣味というのは?」
「はい、スマホゲーム片手にご当地巡りしたり、僕、馬が大好きなんで、自分が趣味で出資した馬の応援にいったりしてますね、泊まりな事もありますが、心配しなくても夜のお姉さんがいるようなところには遊びにいったりしませんから、ただ女性とお話するのにお金をかけるなんて今どきもったいないですからね……」
「は、はぁ……」
――帰りたい
誰だよ、こんなやつとお見合いしろといったやつは、と私は心のなかで舌打ちをしつつもにっこり笑って切り出した。もう体力も気力も限界だった。本当はこっちがドタキャンしたいくらいには……
もはや、この不毛な状態に長居は無用だろう。
「あっ、ごめんなさい、職場から電話が入ってるようで……」
「えっ?でも、今日は夜勤明けでしょう?」
――知ってて、土壇場で日にち変更したんかーい!?
「も、もしもし」
私は、実は繋がってもいない電話を耳に押し当てて、お手洗いに入り、洋室便座に座り込んで脱力した。
疲れがどっと押し寄せた。
――これはない、こんなタイミングで
一人の先輩看護師の顔が浮かんだ。
昨日退職の知らせを聞いた就職した頃からずっとお世話になってきた大好きな先輩だ。
ピリッとした美人で、優しくて、責任感の強い先輩。
結婚して、妊娠しても、人手不足の関係で夜勤すら外して貰えず働き続けて、ついに倒れた彼女は切迫流産の危険があるとかで遂に辞表をだした。
「迷惑をかけてごめんなさいね」
先輩からのメールをみつめる。
もう一緒には仕事出来ない、当分シフトの穴埋めに更に忙しくなるだろう。
――だけど
謝らなければいけないのは先輩だろうか?
私は違うと思っている。
社会の仕組みが、組織の仕組みが未だ未成熟なのだ。
その証拠にその先輩だけではない、似たような例はたくさん見てきた。
なのに、婚活市場ではああいった無責任な期待を押し付けてくる男が未だ多いことに私は以前から憤りを感じてしまうのだ。
産め、育てろ、働け、子どもを理由にするな、甘えるな、これがご時世なのかな、なんて思ってみても、彼らに安定した収入がない女性が魅力的に映らないのと同様に、あの手の考えの男性達に私はどうしても男性としての魅力を感じないのだ。
それはもうどうしたって仕方ない価値観の不一致だ。
――もう、やめようかな、婚活、一人だったら気兼ねなく毎日を過ごせるし
そんな気分になりながら、席を立つも、脳裏に結婚を待ちわびている両親の顔が過る。
――あぁ、もう
そして席に戻った私は急な仕事が入ったから、と男性に断りを入れる。
男性は渋々と立ち上がり、千二百円のコーヒー代金のうちの五百円の支払いを私に求めた。
私は、財布からきっちりと六百円を取り出して、男性に頭を下げる。
「それでは、今日はごめんなさい」
「あー、いや、いいですよ、じゃあ今度はゆっくりお話ししましょうね」
その言葉に私は曖昧な笑顔を返して、その場を去った。
――ちゃんと相談所を通して断らなきゃね
理由を聞かれるだろうか、「そんなことでは成婚なんて出来ませんよ」と、また小言を言われるだろうか。
そう思うとため息が零れた。
――考えたくない、帰って寝よう
だけどそう思った道すがら、突然黒猫が私の目の前に現れて、道路に飛び出したのだ。
気づいた時にはそれを助けようと身体が動いていた。
そして私は大型トラックのブレーキ音とともに意識を失った。
――死んだ、そのはずだったのだが
何故か次の瞬間私はとんでもない場所に立ち尽くしていたのだ。
――――――えっ、ええと、これなに?
私は咄嗟に目の前の出来事が理解出来なかった。
目の前では、人とモンスターの壮絶な戦いが繰り広げられていたのだ。
王宮の、王座の間のような場所に思えた。
鬼気迫った戦闘のなかで大声が飛び交う。
「怪我人を非難させろ!」
「召喚は、召喚は成功したのか?」
「はっ、こちらに……」
「もはや猶予はないぞ、早く陛下と姫をお助けせねば」
「陛下ぁ、もう少しの辛抱ですぞ!」
そんな声が少し離れた場所で飛び交っている。
「わかっております、さっ、聖女様、どうぞこちらから魔法石をお選び下さい」
「…………」
「聖女様!お早く!!」
息がかかりそうなくらい近くで威圧する小柄で黒髪の男が目を吊り上げて詰め寄っている。
「聖女さま!!」
状況が全くわからないなか、突然、耳元でで怒鳴られた私はびっくりして声を上げそうになった。
「っ、……は、はい?」
驚きで目を見開いたまま、まさか、と思い自分に指をさしてみた私に、目の前の黒髪に翠の瞳の中年男性は大きく頷いた。
――わ、わたしかーい?なにこれ、どゆこと??
「ささっ、お早く、一番美しく光り輝いて見える石、それが貴女様を守護する武具となりましょう」
焦れたように、たくさん宝石のような大きな石の塊の入った箱をゴリゴリと押し付けられた私はそのなかから水色に輝く石を取り出した。
「へっ…、でも、え、えええ???」
その瞬間、石は豪華な銀色の弓に変わり、いつの間にか私の服装も女戦士のような落ち着いた装いに代わっていた。
――なに、これは??
その瞬間、周囲は歓声に包まれた。
「おお、なんと神々しいのか!」
「聖女さまだ!聖女さまが降臨されたぞ!!みなのもの、諦めてはならん!踏ん張るのだ!!」
「オーっ!!!」
――いや、ちょっと、待って、待とうよ?
「天は我らに味方したぞぉ!!」
「おおおっー」
「陛下を救え――」
――これ、戦わないといけないところだよね?
そして、そのまま複数の狼風の魔物に取り囲まれた私は抵抗するしかなくなり、戦いが始まった。
「援護します……」
騎士らしき数名が声をかけてきたと思ったら、華麗な剣技で進路を切り開く。
「さぁ、聖女様」
「は、はい」
もはや前進あるのみ、と悟った私は、弓を放ち、剣を振るい、老人の懇願するままに王女に被さるスライム状のでっかいモンスターを切りつけた。
それにも関わらず集まって再生しようとする破片を投げつけては切り刻み、狼の形の魔物を追い払った。
「お見事でした聖女さま」
他の騎士を従えて、鎧を脱いで跪くその人を見た瞬間、ここは異世界だと悟った。
それが私とケイツ様の出逢いだった。
そして私は、その戦いの後、この国の女王から王家の恩人、聖女だと感謝されて、数日の滞在の後、褒美として何故かこの男性と屋敷を頂いて今に至るのだ。
この能力は所謂チートなのか、だけどそうとばかりは言えないのだろうか?そう思うのは現れた武器は全て私に元から心得のあるものばかりだったからだ。
転生の前の世界の私の実家はちょっとは名の知れた総合格闘技道場であり、私の兄が後を継いでいた。
その為、親類縁者には兄を初め錚々たる武道家も輩出してきた。
そんな環境で育った私は、格闘技道場が遊び場で、武器はその探求心を満たす道具で、屈強な男達はよき遊び相手でもあった。
ここが異世界ならば、ゼロの能力は強化されない、だけど、一定のレベル以上の力は魔力により強化される?ここはそんな理論に成り立った世界ではないだろうかと思えるのだ。
その証拠に、看護師である私は、あの戦いの後、多くの怪我人を魔法らしき力で治癒させるという大業すらもやってのけたのだから。
苦渋を帯びた精悍な瞳を気まずそうに若干私から逸らしてそう言い放ったのは、この国随一の剣技を誇る王宮騎士団、副団長であるケイツ様だ。
ケイツ様は美しい。
何が美しいかというとその全てが美しい。
プラチナブロンドのその髪も、片方のみが月色に輝くような青灰色の瞳も、少し軽薄な印象を与える薄い唇も、しなやかな筋肉をバランスよく纏った長身の逞しい体も……
そして何より、少し不遜な感じがするその雰囲気がすごくいい。
――ああ、理想だ
そう思うのも、彼が日本にいた頃の私の推しキャラの雰囲気を醸し出しているからだろう。
若干キレイ目過ぎるのが少しだけ残念ではあるが、私の愛する不遜の騎士『バーディーン』さまにどこか似ているのだ。
そして、私は、この世界の女王から、この騎士様を褒美として賜ったのだ。
あの時、女王は美しい顔で、こう宣ったのだ。
『そなたは救国の聖女じゃ、この恩、決して忘れまいぞ、まずは、そなたに救国の聖女の称号と、その立場に相応しい褒美を進ぜよう』
そして女王はこう加えた。
『屋敷と使用人はすぐにでも用意させよう、不自由があればいつでも申すがよかろう、そのうえで……』
少し年齢はあれだが、まるでエルフを思わせる美しい女王は鈴のような美しい声音で私に尋ねた。
『この国の名産品を褒美としよう、さぁ、選ぶがよい、そなたが所望するのは、金のディルドか、銀のディルドか、それとも生のディルドか?』
そう告げられた瞬間私は意味が分からず固まった。
多くの貴族、遠く一般市民まで集まった盛大な恩賞の儀に失礼があるのはよろしくない。
――ディルド?
(ディルド、ディルドって、なんて意味だっけ?どこかで聞いた言葉のような、ダメだ、横文字の暗記は昔から苦手で思い出せない、だけど、ちょっと待って、この世界観とこのストーリー展開はあれだよね、そう、あれだ!!)
《そなたの落としたのはこの金の斧か、銀の斧か、それとも普通の斧か?》
これは、欲にくらんで、金や銀を所望するとよくないことが起こる、そんな気がする。
まだ転生のショックが冷めやらぬなかで、私はここは失敗は許されないと察して無難に答えた。
『ふ、普通のでお願いします?』
(どうか正解でありますように……)
『……それは、生がよいということだな?』
少しだけ女王が真顔になったその瞬間、周囲が一瞬音を無くし、その後騒めいた。なんなら、悲鳴やら泣き出す声までが聞こえてきた。
ぎょっとしたわたしは取り繕った。
『いや、べつに他のでも……』
だが、女王の声によりそれは遮られた。
『……よし、分かった、わらわに二言はない、副騎士団長ケイツ・ビコティッシュよ、ここに出でよ』
『はっ……』
『今日この時よりそなたは聖女ひよりのディルドとする、わらわへの忠誠に引けをとらぬよう、献身的に務めを果たすがよい』
『――御意』
「キャー、ケイツさまぁ!」「そんなぁぁ!!!」
「あの方の……が特定のだれかのモノになってしまうなんてぇ」
それは、私がこの国に転生した三日後の話である。
◇◇
そして、話は私がここに来る前の日本という島国にいた最期の日に遡る。
その世界では魔力はなく科学というものが魔法以上の発展をみせていた。
私は、そこで看護師という病人や怪我人の手当や清潔を保つ為の仕事をしていた。
――それは激務でブラックとも言われる恐ろしい世界だった
その頃、経済が衰退して少子化が叫ばれるその国で、夜勤明けの休日だった私は、お見合いなるものをしていた。
何故夜勤明けに見合いなど?と思う人もいるかもしれない。
土壇場での日程変更を強要されたのだから仕方ない。
そして、あの日、私は飄々とした優男とのお見合いに辟易していた。顔と私と大差ない収入は許容範囲としてもあれには食指が動きようがなかった。
「ところでひよりさんは、看護師をされているようですが、休日とかは何をして過ごされてますかぁ?」
「はぁ、だいたいは寝てますね……」
「そうですかぁ!それはよかった、僕は割と趣味が多い方で、週末は家を空けることが多いんですぅ!」
「はぁ……」
「あっ、でも大丈夫ですよ、僕は自分のことは大概自分で出来る手のかからないタイプなんで、着替えも自分ですませて、食事はその辺のコンビニで買いますから、ひよりさんは、気兼ねなくゆっくり眠って、起きたら僕のいない間に掃除とか洗濯とかちゃちゃっと纏めて済ませてもらったら問題ないと思うし、平日は僕、基本疲れてすぐ寝ちゃう方なんで、食事も簡単なものを作っておいてくれたら勝手に食べて、食器もシンクにちゃんと運んでおきますから」
「……」
「あ、気にしないでくださいね、僕、そんなに理想自体は高くないんです、容姿だって人並みでいいんですよ、ちゃんと仕事してて、これからもきちんと働き続けてくれる人だったら、大概誰でもいいんです」
「あー……、そ、そうですか」
「はい、あとは、そうだな、趣味に理解がある女性かな、僕、拘りはない方なんで、子ども出来たら教育方針も任せますし、習い事の費用だってやらせたいって思った方が負担すればいいですよね?お互い収入があるわけだし」
「……はぁ、ちなみに、先ほど仰ってた趣味というのは?」
「はい、スマホゲーム片手にご当地巡りしたり、僕、馬が大好きなんで、自分が趣味で出資した馬の応援にいったりしてますね、泊まりな事もありますが、心配しなくても夜のお姉さんがいるようなところには遊びにいったりしませんから、ただ女性とお話するのにお金をかけるなんて今どきもったいないですからね……」
「は、はぁ……」
――帰りたい
誰だよ、こんなやつとお見合いしろといったやつは、と私は心のなかで舌打ちをしつつもにっこり笑って切り出した。もう体力も気力も限界だった。本当はこっちがドタキャンしたいくらいには……
もはや、この不毛な状態に長居は無用だろう。
「あっ、ごめんなさい、職場から電話が入ってるようで……」
「えっ?でも、今日は夜勤明けでしょう?」
――知ってて、土壇場で日にち変更したんかーい!?
「も、もしもし」
私は、実は繋がってもいない電話を耳に押し当てて、お手洗いに入り、洋室便座に座り込んで脱力した。
疲れがどっと押し寄せた。
――これはない、こんなタイミングで
一人の先輩看護師の顔が浮かんだ。
昨日退職の知らせを聞いた就職した頃からずっとお世話になってきた大好きな先輩だ。
ピリッとした美人で、優しくて、責任感の強い先輩。
結婚して、妊娠しても、人手不足の関係で夜勤すら外して貰えず働き続けて、ついに倒れた彼女は切迫流産の危険があるとかで遂に辞表をだした。
「迷惑をかけてごめんなさいね」
先輩からのメールをみつめる。
もう一緒には仕事出来ない、当分シフトの穴埋めに更に忙しくなるだろう。
――だけど
謝らなければいけないのは先輩だろうか?
私は違うと思っている。
社会の仕組みが、組織の仕組みが未だ未成熟なのだ。
その証拠にその先輩だけではない、似たような例はたくさん見てきた。
なのに、婚活市場ではああいった無責任な期待を押し付けてくる男が未だ多いことに私は以前から憤りを感じてしまうのだ。
産め、育てろ、働け、子どもを理由にするな、甘えるな、これがご時世なのかな、なんて思ってみても、彼らに安定した収入がない女性が魅力的に映らないのと同様に、あの手の考えの男性達に私はどうしても男性としての魅力を感じないのだ。
それはもうどうしたって仕方ない価値観の不一致だ。
――もう、やめようかな、婚活、一人だったら気兼ねなく毎日を過ごせるし
そんな気分になりながら、席を立つも、脳裏に結婚を待ちわびている両親の顔が過る。
――あぁ、もう
そして席に戻った私は急な仕事が入ったから、と男性に断りを入れる。
男性は渋々と立ち上がり、千二百円のコーヒー代金のうちの五百円の支払いを私に求めた。
私は、財布からきっちりと六百円を取り出して、男性に頭を下げる。
「それでは、今日はごめんなさい」
「あー、いや、いいですよ、じゃあ今度はゆっくりお話ししましょうね」
その言葉に私は曖昧な笑顔を返して、その場を去った。
――ちゃんと相談所を通して断らなきゃね
理由を聞かれるだろうか、「そんなことでは成婚なんて出来ませんよ」と、また小言を言われるだろうか。
そう思うとため息が零れた。
――考えたくない、帰って寝よう
だけどそう思った道すがら、突然黒猫が私の目の前に現れて、道路に飛び出したのだ。
気づいた時にはそれを助けようと身体が動いていた。
そして私は大型トラックのブレーキ音とともに意識を失った。
――死んだ、そのはずだったのだが
何故か次の瞬間私はとんでもない場所に立ち尽くしていたのだ。
――――――えっ、ええと、これなに?
私は咄嗟に目の前の出来事が理解出来なかった。
目の前では、人とモンスターの壮絶な戦いが繰り広げられていたのだ。
王宮の、王座の間のような場所に思えた。
鬼気迫った戦闘のなかで大声が飛び交う。
「怪我人を非難させろ!」
「召喚は、召喚は成功したのか?」
「はっ、こちらに……」
「もはや猶予はないぞ、早く陛下と姫をお助けせねば」
「陛下ぁ、もう少しの辛抱ですぞ!」
そんな声が少し離れた場所で飛び交っている。
「わかっております、さっ、聖女様、どうぞこちらから魔法石をお選び下さい」
「…………」
「聖女様!お早く!!」
息がかかりそうなくらい近くで威圧する小柄で黒髪の男が目を吊り上げて詰め寄っている。
「聖女さま!!」
状況が全くわからないなか、突然、耳元でで怒鳴られた私はびっくりして声を上げそうになった。
「っ、……は、はい?」
驚きで目を見開いたまま、まさか、と思い自分に指をさしてみた私に、目の前の黒髪に翠の瞳の中年男性は大きく頷いた。
――わ、わたしかーい?なにこれ、どゆこと??
「ささっ、お早く、一番美しく光り輝いて見える石、それが貴女様を守護する武具となりましょう」
焦れたように、たくさん宝石のような大きな石の塊の入った箱をゴリゴリと押し付けられた私はそのなかから水色に輝く石を取り出した。
「へっ…、でも、え、えええ???」
その瞬間、石は豪華な銀色の弓に変わり、いつの間にか私の服装も女戦士のような落ち着いた装いに代わっていた。
――なに、これは??
その瞬間、周囲は歓声に包まれた。
「おお、なんと神々しいのか!」
「聖女さまだ!聖女さまが降臨されたぞ!!みなのもの、諦めてはならん!踏ん張るのだ!!」
「オーっ!!!」
――いや、ちょっと、待って、待とうよ?
「天は我らに味方したぞぉ!!」
「おおおっー」
「陛下を救え――」
――これ、戦わないといけないところだよね?
そして、そのまま複数の狼風の魔物に取り囲まれた私は抵抗するしかなくなり、戦いが始まった。
「援護します……」
騎士らしき数名が声をかけてきたと思ったら、華麗な剣技で進路を切り開く。
「さぁ、聖女様」
「は、はい」
もはや前進あるのみ、と悟った私は、弓を放ち、剣を振るい、老人の懇願するままに王女に被さるスライム状のでっかいモンスターを切りつけた。
それにも関わらず集まって再生しようとする破片を投げつけては切り刻み、狼の形の魔物を追い払った。
「お見事でした聖女さま」
他の騎士を従えて、鎧を脱いで跪くその人を見た瞬間、ここは異世界だと悟った。
それが私とケイツ様の出逢いだった。
そして私は、その戦いの後、この国の女王から王家の恩人、聖女だと感謝されて、数日の滞在の後、褒美として何故かこの男性と屋敷を頂いて今に至るのだ。
この能力は所謂チートなのか、だけどそうとばかりは言えないのだろうか?そう思うのは現れた武器は全て私に元から心得のあるものばかりだったからだ。
転生の前の世界の私の実家はちょっとは名の知れた総合格闘技道場であり、私の兄が後を継いでいた。
その為、親類縁者には兄を初め錚々たる武道家も輩出してきた。
そんな環境で育った私は、格闘技道場が遊び場で、武器はその探求心を満たす道具で、屈強な男達はよき遊び相手でもあった。
ここが異世界ならば、ゼロの能力は強化されない、だけど、一定のレベル以上の力は魔力により強化される?ここはそんな理論に成り立った世界ではないだろうかと思えるのだ。
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