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生き辛いのは何故でしょうか
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公園で話を終えた私達は肩を並べて歩いた。
「翔、もう、ここでいいから…」
そう出口付近になったところで翔の顔を見上げた。
「いや、送るよ。病み上がり、なんだろ?もう、本当に大丈夫?」
「ん、平気、もう全然大丈夫だから…」
そう言った瞬間、ポンと頭に手を乗せられた。
「最期、なんだろ?それくらいさせて…」
そう言われた私は頷いた。
そうしてまだ残暑の残る道を時折言葉を交わしながら二人歩いた。
家の前に着いたその時、大切な事を思い出しアッと声を上げる。
(そうだよ!私、指輪返さなきゃ…)
「翔、そう言えば、私、ごめん、指輪返さなきゃ、準備するから、少しだけ寄ってくれる?」
そう言うと翔はあからさまに顔を歪めた。
「あれは、別に、…婚約指輪とかじゃないから、そのまま莉子が記念にでも、持っててくれると嬉しいんだけど…」
そう言われたが、素人目に見ても今の私が容易く受け取っていいような安価な代物ではない事くらい分かっていた。
「そんな訳にいかないよ、兎に角、ちょっと上がって待ってて、直ぐに準備するから」
そう言ってリビングに翔を座らせた私は、冷たいお茶を翔に差し出し、隣室の寝室に向かった。
そしてキャビネットの引き出しから、指輪の箱を取り出し、中身を確認する。曇りがないか確認して念の為ゴシゴシと専用の布でそれを磨いてケースに戻した。
「これ、ありがとう、…ごめんね?」
そう言って少し気不味く差し出した宝石ケースの前で顔を曇らせる翔。
「…返して貰っても、俺、使い道なんてほんとないから、このまま莉子のアクセサリーの一つにでもしてもらった方が有り難いんだけど」
翔の言葉に首を振る。
「ダメ、絶対、ダメ、そっ、そういう訳にはいかないから!」
そう反論すると、次の瞬間、翔は俯いた。
「へぇ…」
少し不穏に上げられた口角。
「翔…?」
「そう言う訳にはいかない相手が、…いるのかな? 俺の知らない莉子には」
そう問われ目を見開いた。
「べ、別にそう言う訳じゃないから!へっ、変に勘繰らないでよ!」
そんな私を見つめて、苦く笑みを作る翔。
「ごめん、でもさ、単純に、…興味を持っちゃいけないかな?」
「なっ、何にだよ?」
そう問い返す私にどこか薄暗い瞳で問いかける翔。
「俺を好きじゃない莉子がどんな男に惹かれるのか…、とか?」
「っ………」
黙った私を翔は追い詰める。
「今、言葉に詰まったよね?満更さ、的外れな問いでも無かったのかな?」
「ちょ、翔……」
「あの時の、…年下くんとか?」
一段低い声で静かにそう問われ、ジッと反応を見定められる。
「ねぇ、莉子、そうなの?」
「いっ……、泉とはそんなんじゃ…」
(そりゃ、一回だけしちゃったけど…)
「ふーん、違うんだ、彼、まるでさ、野犬のような目で訴えてたけどね…」
「え……」
(何を…?)
翔は、怜悧に笑って言った。
「莉子に近づくなって…」
そう言われ目を見開いた。
「い。いや、大袈裟に言わないでよ?あ、あれはちょっと私に懐いてる?だけ、だから……」
何故か焦ってマゴマゴと言い訳をする私を翔は複雑な面持ちで見つめている。
そして僅かばかりの沈黙の後、至近距離で私の顔を覗き込んだ翔は、皮肉のこもった笑みを浮かべて私を捉えた。
「ふーん、そうやって、ずっと逃げ続けてるんだ?俺を好きじゃない莉子は…」
「なっ……」
「それで、——幸せになれるの?」
口角を釣り上げた意地悪な笑みとその言葉にカチンと来た私は言い返した。
「そっ、そんなの、翔には関係ないでしょ?!」
そう言った瞬間、翔の目が薄暗く陰った。
「……あるよ?」
「何を…?」
次の瞬間、絡め取られるように抱き締められた。
背中に翔の指先が食い込む。
「関係あるよ…」
「なっ…」
「だって、莉子をそうさせたきっかけは、俺だろう?」
「違っ……」
「…違わない筈だ」
「ちょ、違うから、もう離し…」
「嫌だ…」
懸命に翔の肩を押し返す。
(ちょっと待って…)
「待って、さっき、私達ちゃんと…」
(別々に生きていく話をしたはずだ…)
なのに、それを遮るようにまた強く抱き締められた。
「俺は、それでもやっぱり、…莉子を不幸にしたくない」
そう言われて戸惑う。
「え…?ちょ…」
「ちゃんと、幸せであって欲しいと思う」
そう言われて心が騒めく。
「ち、違う!私、不幸なんかじゃないから!!」
そう口を突いた時、自分の言葉に今までにない違和感を感じた。
今の自分で生きていく事は楽な事だった。
その筈だった。
でも、近頃、それを上回る生き辛さを感じる。
どうしても、どうしたって自分に自信が持てない
———だから欲しいものにも手が伸ばせない
涙が溢れた。
(それは不幸な事なんだろうか…)
ようやく自分の生き方をこれでいいのだと肯定して、今の生活に満足して生きていけるようになったのに。
例えそれが万人受けするものではなくても
人にあまりオープンに出来ないものであっても
腐敗臭漂うものであっても
私はそれで良かった。
——それなのに多分、今、私は怖いのだ。
手を伸ばしても、手を伸ばすことが出来なくても…
壊れてしまいそうなそんな危うい板の上にいるような錯覚に陥る事が増えた。
再び取り残される事が、怖くてらたまらない。
今までの安定は、全て欲しがらない事を前提に成立していたから。
そんな自分の不安や薄暗さを翔に見透かされいるようで酷く怖くなった。
翔は知っている。
昔の私の弱さも狡さも醜さも…
「莉子……?」
そう名を呼びかけられ瞳を真っ直ぐに向けられる。
(やめて、見ないで…)
そう心が叫ぶ、図らずも涙が溢れそうになる。
「莉子、ごめん…、俺そんなつもりじゃ…」
反発する気持ちを諭すように、後頭部の髪を優しく撫でられた。まるで、子供にそうするかのように優しい指使い。
「なぁ、莉子、泣かなくていいから、だから、もう一度考えてみて…」
「………」
「俺じゃ、ダメなのか…?」
「なにを…」
意を決したように息を吐いた翔は私をみつめた。
「今の莉子が、俺を好きじゃ無くても、…構わない」
その言葉に眉を寄せる。
「何言って…」
「俺は、それでも、きっとまた、莉子を好きになる…」
「翔……?」
「きっと、そうなるんだ」
驚いた私は涙を浮かべたまま、翔を見つめた。
「だから、一から、始められないか?俺と一緒に…」
「……、そんなの」
(無理だよ……)
そう言おうとした唇をそっと人差し指で制される。
「今度は焦らない…、ちゃんと莉子の心が付いて来るまで、待つから」
「翔…、だっ」
「莉子の目を見て、莉子の息を聞いて、莉子の歩幅に合わせて歩くから……」
そう言われ、近づく唇を涙で霞む瞳で呆然と見つめていた。
「翔、もう、ここでいいから…」
そう出口付近になったところで翔の顔を見上げた。
「いや、送るよ。病み上がり、なんだろ?もう、本当に大丈夫?」
「ん、平気、もう全然大丈夫だから…」
そう言った瞬間、ポンと頭に手を乗せられた。
「最期、なんだろ?それくらいさせて…」
そう言われた私は頷いた。
そうしてまだ残暑の残る道を時折言葉を交わしながら二人歩いた。
家の前に着いたその時、大切な事を思い出しアッと声を上げる。
(そうだよ!私、指輪返さなきゃ…)
「翔、そう言えば、私、ごめん、指輪返さなきゃ、準備するから、少しだけ寄ってくれる?」
そう言うと翔はあからさまに顔を歪めた。
「あれは、別に、…婚約指輪とかじゃないから、そのまま莉子が記念にでも、持っててくれると嬉しいんだけど…」
そう言われたが、素人目に見ても今の私が容易く受け取っていいような安価な代物ではない事くらい分かっていた。
「そんな訳にいかないよ、兎に角、ちょっと上がって待ってて、直ぐに準備するから」
そう言ってリビングに翔を座らせた私は、冷たいお茶を翔に差し出し、隣室の寝室に向かった。
そしてキャビネットの引き出しから、指輪の箱を取り出し、中身を確認する。曇りがないか確認して念の為ゴシゴシと専用の布でそれを磨いてケースに戻した。
「これ、ありがとう、…ごめんね?」
そう言って少し気不味く差し出した宝石ケースの前で顔を曇らせる翔。
「…返して貰っても、俺、使い道なんてほんとないから、このまま莉子のアクセサリーの一つにでもしてもらった方が有り難いんだけど」
翔の言葉に首を振る。
「ダメ、絶対、ダメ、そっ、そういう訳にはいかないから!」
そう反論すると、次の瞬間、翔は俯いた。
「へぇ…」
少し不穏に上げられた口角。
「翔…?」
「そう言う訳にはいかない相手が、…いるのかな? 俺の知らない莉子には」
そう問われ目を見開いた。
「べ、別にそう言う訳じゃないから!へっ、変に勘繰らないでよ!」
そんな私を見つめて、苦く笑みを作る翔。
「ごめん、でもさ、単純に、…興味を持っちゃいけないかな?」
「なっ、何にだよ?」
そう問い返す私にどこか薄暗い瞳で問いかける翔。
「俺を好きじゃない莉子がどんな男に惹かれるのか…、とか?」
「っ………」
黙った私を翔は追い詰める。
「今、言葉に詰まったよね?満更さ、的外れな問いでも無かったのかな?」
「ちょ、翔……」
「あの時の、…年下くんとか?」
一段低い声で静かにそう問われ、ジッと反応を見定められる。
「ねぇ、莉子、そうなの?」
「いっ……、泉とはそんなんじゃ…」
(そりゃ、一回だけしちゃったけど…)
「ふーん、違うんだ、彼、まるでさ、野犬のような目で訴えてたけどね…」
「え……」
(何を…?)
翔は、怜悧に笑って言った。
「莉子に近づくなって…」
そう言われ目を見開いた。
「い。いや、大袈裟に言わないでよ?あ、あれはちょっと私に懐いてる?だけ、だから……」
何故か焦ってマゴマゴと言い訳をする私を翔は複雑な面持ちで見つめている。
そして僅かばかりの沈黙の後、至近距離で私の顔を覗き込んだ翔は、皮肉のこもった笑みを浮かべて私を捉えた。
「ふーん、そうやって、ずっと逃げ続けてるんだ?俺を好きじゃない莉子は…」
「なっ……」
「それで、——幸せになれるの?」
口角を釣り上げた意地悪な笑みとその言葉にカチンと来た私は言い返した。
「そっ、そんなの、翔には関係ないでしょ?!」
そう言った瞬間、翔の目が薄暗く陰った。
「……あるよ?」
「何を…?」
次の瞬間、絡め取られるように抱き締められた。
背中に翔の指先が食い込む。
「関係あるよ…」
「なっ…」
「だって、莉子をそうさせたきっかけは、俺だろう?」
「違っ……」
「…違わない筈だ」
「ちょ、違うから、もう離し…」
「嫌だ…」
懸命に翔の肩を押し返す。
(ちょっと待って…)
「待って、さっき、私達ちゃんと…」
(別々に生きていく話をしたはずだ…)
なのに、それを遮るようにまた強く抱き締められた。
「俺は、それでもやっぱり、…莉子を不幸にしたくない」
そう言われて戸惑う。
「え…?ちょ…」
「ちゃんと、幸せであって欲しいと思う」
そう言われて心が騒めく。
「ち、違う!私、不幸なんかじゃないから!!」
そう口を突いた時、自分の言葉に今までにない違和感を感じた。
今の自分で生きていく事は楽な事だった。
その筈だった。
でも、近頃、それを上回る生き辛さを感じる。
どうしても、どうしたって自分に自信が持てない
———だから欲しいものにも手が伸ばせない
涙が溢れた。
(それは不幸な事なんだろうか…)
ようやく自分の生き方をこれでいいのだと肯定して、今の生活に満足して生きていけるようになったのに。
例えそれが万人受けするものではなくても
人にあまりオープンに出来ないものであっても
腐敗臭漂うものであっても
私はそれで良かった。
——それなのに多分、今、私は怖いのだ。
手を伸ばしても、手を伸ばすことが出来なくても…
壊れてしまいそうなそんな危うい板の上にいるような錯覚に陥る事が増えた。
再び取り残される事が、怖くてらたまらない。
今までの安定は、全て欲しがらない事を前提に成立していたから。
そんな自分の不安や薄暗さを翔に見透かされいるようで酷く怖くなった。
翔は知っている。
昔の私の弱さも狡さも醜さも…
「莉子……?」
そう名を呼びかけられ瞳を真っ直ぐに向けられる。
(やめて、見ないで…)
そう心が叫ぶ、図らずも涙が溢れそうになる。
「莉子、ごめん…、俺そんなつもりじゃ…」
反発する気持ちを諭すように、後頭部の髪を優しく撫でられた。まるで、子供にそうするかのように優しい指使い。
「なぁ、莉子、泣かなくていいから、だから、もう一度考えてみて…」
「………」
「俺じゃ、ダメなのか…?」
「なにを…」
意を決したように息を吐いた翔は私をみつめた。
「今の莉子が、俺を好きじゃ無くても、…構わない」
その言葉に眉を寄せる。
「何言って…」
「俺は、それでも、きっとまた、莉子を好きになる…」
「翔……?」
「きっと、そうなるんだ」
驚いた私は涙を浮かべたまま、翔を見つめた。
「だから、一から、始められないか?俺と一緒に…」
「……、そんなの」
(無理だよ……)
そう言おうとした唇をそっと人差し指で制される。
「今度は焦らない…、ちゃんと莉子の心が付いて来るまで、待つから」
「翔…、だっ」
「莉子の目を見て、莉子の息を聞いて、莉子の歩幅に合わせて歩くから……」
そう言われ、近づく唇を涙で霞む瞳で呆然と見つめていた。
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