君が見つめるたった一つの世界

たまりん

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10 交際宣言

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「凛子…?」

拓海の唇から紡がれた彼女の名前が脳内をこだまする。

もし、あの夢のように、この場を取り繕うことに失敗したなら、一体どうなるのだろう?
そう思うと自然と顔が強張った。

私には、どうしても無くしたくないものがあるのだ。

だけど その名を呼ばれた凛子ちゃんも、またその場で固まったように、私達を見つめていた。

どれ程そうしていただろう。
とてつもなく長い緊張状態。
先にそれを破ったのは凛子ちゃんだった。
意を決したかのように、 鞄を前にギュッと握りしめて私に向かって足を一歩踏み出して華奢な立ち姿で私に対峙する。

だけど、気付いてしまう。
彼女の貼り付けている笑顔もどこか痛々しいものだったのだ。緊張したような、今にも泣き出しそうな、そんな顔。そう感じた時、痛いのは、泣きたいのは、私だけじゃなかったんだと思い知る。

(そうだよね、拓海は、なんだ、やはり私は距離を上手く取れなかった…)

だから、悪いのは、私。

なのに、ぎこちなく歩み寄る凛子ちゃんは多分懸命に微笑もうとしている。私は罪悪感から、それに、どう接していいのか分からない。

(本当に、最低だ、私、人としても、拓海の幼馴染としても…)

 「も…も・も・ももこさんですよね。い…以前から、お話聞いていて、ご…ご挨拶が遅くなって、申し訳ありません。わ、わたし、く…倉田(くらた)凛子(りんこ)で…す。」

そう言って、きちんと挨拶をしてくれる凛子ちゃんの手は震えている。そんな動揺を隠せない姿を見て本当に、私は自分勝手な人間だったんだ、そう思った。

 私は精一杯の平常心を保って、凛子ちゃんに微笑みかけた。でもちゃんと笑顔に映っているかの自信は無い。

 「あ… 九重、桃子です。拓海の幼馴染って…あは、聞いてるかな?」

そう挨拶する私に彼女はコクンと小さく頷いた。
淡い髪色の短い髪が揺れる。小動物のように守ってあげたくなる可憐な佇まい。これが拓海の好きな人。

「拓海の、…彼女さんだよね?はじめまして」

そう掠れそうになる声でなんとか自己紹介した私は懸命に取り繕う。その時、隣にいた拓海の肩がピクリと揺れた事に気付く余裕なんてあるはずもない。

「私もだけど、拓海も…空手馬鹿だから、大変だよね?はは…、すぐ周りが見えなくなっちゃって…、毎日、稽古稽古… あぁ稽古って、今も稽古の事だけ考えて『道場へ一番乗り』なんて、滅茶苦茶急いでみたりして…、いまだに子供同士の競争みたいな?」

「…………」

「ほ、ほんと、私達、嫌になっちゃうくらいそれ以外、何も考えてないし、何も見えてないんだ、あっ、でも、それでも、拓海は悪い奴じゃないから。はははっ、…仲良くしてあげてね」

そう言って乾いた声で笑う事しか出来ない私に、凛子ちゃんは明らかに瞳を曇らせて俯いた。そして、顔を上げた凛子ちゃんは、まるで訴えかけるような口調で私に詰め寄った。

 「た・た・たっくんは、きっと、そ…そうじゃないと思います」

「……え?」

「で…でも、も、桃子さんは、そ、そ、そうなんですか…?そう、だったら…わ…わたし…」

 決して、私を責めてる訳じゃないのだと思う。だけど、どこか真意を探るような真剣な瞳で凛子ちゃんは私を見つめている。

(やっぱり、私は疑われている…?)

後ろめたい私は、凛子ちゃんの澄んだ真っ直ぐな瞳に、≪拓海に対しての邪心≫を見透かされたくなくて、目を逸らして小さく顔を歪めた。

ドクンドクンドクンドクン…
嫌な音をたてる脈拍が激しくなり私を追い詰める。

(お願い、これ以上見ないで。私は、これ以上何も望まないから、だから、お願い…)

明らかに挙動不審な自分に冷や汗がでる。
一刻も早く、この場を立ち去りたい。
このままだと失敗してしまうから…。

今、思うのはそれだけだった。

 「おい… 凛子…」

そう責めるように呼ばれた自分の名前に、凛子ちゃんは申し訳無さそうに拓海を見つめ眉を下げた。
叱られるのを恐れた小動物みたいだ。

(駄目だよ、拓海、彼女を責めないで……)

悪いのは私なんだと、誰でもなく自分が知っている。
それでも凛子ちゃんは、思いつめた顔をしながら、再び私に顔を向けて唇を開いた。それは酷く弱弱しくて、たどたどしい口調だった。

 「も・も・桃子さんは、どう、思ってるんですか? たっくんのこと…、す…好き、なんですよね… わ…わたしは… 」


 ―――たっくん

女の子に、そう呼ばれる拓海なんて知らない…
私は痛む胸を心の中で抱きしめるようにして必死に言葉を探した。

 何とも思っていない。
そう言うのが正しいのか…
ただの友達
それが、適切な答えなんだろうか…

ずっと、一緒に育った拓海に相応しい言葉を、選びに選んでいるのに、今、面識すらないはずの他人に対して、咄嗟に答えさえ出せない自分が、酷く惨めだった。

(拓海の事、一番近くで見てきたのは、彼女ではなく私のはずなのに…)

 「おい… 凛子、いい加減にしろ。もう、俺達は行かなきゃならないから、お前は帰れ… 」

 拓海がそう言いかけた瞬間、突然後ろからの熱と重みを受け止めた。

「……ひっ?」

その瞬間、拓海の目が大きく見開かれた。
そして、耳元によく通る、甘い低音の声がした。

 「心配いらないって、…そう言ってあげてよ、桃ちゃん?」

 私の耳元から、皆に聞こえるようにはっきりとした声で囁くのは、颯太くん以外にあり得なかった。

 「颯太、くん…?」

 私の声を聞いた瞬間、颯太君は「うん、桃ちゃん、お待たせ」そう至近距離で覗き込む颯太くんの目が細められた。同時に背中から回された腕にぎゅっと力が込められて私の体は颯太くんにもたれかかるように絡め取られた。

周囲から騒めきと同時にいくつもの悲鳴が聞こえた。

その瞬間、凛子ちゃんも驚愕したように琥珀色の目を見開いて、口をパクパクさせてこちらを見ている。

(なに、なんで、颯太くん…)

凛子ちゃんの後ろで、拓海が、憤怒の形相で私達を見つめていた。颯太くんも颯太くんだけど、拓海の絶対零度のオカンの顔はこんな時でも健在なのだと、もはやどう捉えていいのか分からない。

だけど颯太くんは、そんな拓海の目を皮肉な笑顔で受け止めて、むしろ挑発するかのように、私を包み込む腕に力を加えたのを感じた。

(……この状況は一体、何?)

躊躇うばかりの私を無視する形で、颯太くんは、私を後ろから抱き寄せたまま、凛子ちゃんに瞳を合わせる様にして、にっこりと微笑みかけた。

(……颯太くん?)

 「はじめましてだよね?一之瀬の彼女さん、だよね?何度か、一之瀬と一緒に下校してる君を見た事があって、今度、声をかけてみようって思ってたんだ、僕」

そんな颯太くんに、凛子ちゃんは怯えた様子でピクリと肩を震えさせた。

「梶原、てめぇ、何企んでやがる?」

そう言って、凛子ちゃんを庇うように、一歩下がらせる拓海に対して、颯太君は私を抱き寄せたまま、凛子ちゃんに、また一歩近づいて顔を寄せる。

「このやろ…」

目で射殺しそうな勢いの拓海の眼圧をものともせず、颯太君は飄々と拓海に守られた凛子ちゃんに話しかける。

 「ほんと、一之瀬といい、桃子ちゃんといい、空手に夢中で不安になっちゃうよね?だから君、凛子ちゃんだっけ?その心配、僕、分からなくもないんだけどね、心配しなくても大丈夫だよ?だって、桃子ちゃんは、僕の彼女だから。一之瀬とは、幼馴染だよ」

そう言ってにっこり微笑む颯太くん。
私はその言葉に驚いて即座に振り返った。
そんな私の瞳を受け止めた颯太君の瞳には有無を言わせない強い何かが宿っていて、私はそのまま言葉を飲み込んだ。

その瞳は「今は喋らないで」と明らかに私を制していたからだ。

(…もしかして、助けてくれようとしている?)

そうだとしたら、私は一刻も早く、この場を立ち去りたい。

その一心で私は颯太くんを見つめて顔を歪めた。
その気持ちを受け止めてくれたように颯太くんは一瞬、瞳を細めて頷いたように思えた。

 「ねぇ、桃ちゃん、一之瀬だって折角、彼女に会えたんだしさ、明日から夏休みだから、やっぱり、昼くらい僕と一緒に食べようよ?昼からの稽古の邪魔はしないから、ね?それくらい、いいでしょ?」

そう言って、颯太くんは有無を言わせない笑顔を私に向けた。

「っ……お前、いい加減に…」

「う、うん、いいよ……」

「もこ……!?」

同時に発した私の言葉に驚愕したような拓海の声。
一瞬憎々しい口調で何か続きを言いかけた拓海は、ハッとしたように周囲を慮った。

周りにはいつの間にか、かなりの人数が何事かと足を止めて様子を伺っていた。

私は、内心躊躇いながらも、颯太君の腕から一度抜けた出したのち、颯太君のシャツの後ろを少しだけ引っ張った。

(お願い、早く、これで、この場から離れられる……)

「もこ……」
 
拓海は信じられないという様子で呆然として私を見ている。その隣で凛子ちゃんは、そんな拓海を辛そうに見つめている。

(ダメだよ、拓海、そんなんじゃ、誤解されちゃうよ…)

私達の常識、それが控えめな彼女を傷つけているのだとしたら、やはり、改めなければいけないのは、私達なのだ。私はそっと颯太くんを見つめた。

 私の意思を感じ取ったのだろう、颯太くんは、にっこりと笑って凛子ちゃんと拓海を交互に見つめて「じゃあ、僕達は行くから、お二人もごゆっくり」そう言って、私の手を繋いで踵を返した。

その時、すれ違いざまの拓海と目があった。
 まるで裏切られたような、悔しそうな顔で私を見つめる拓海。

彼女の前でも、そうなんだ…。

(ダメだよ、拓海、そんな顔してちゃ……)

私は心の中で、拓海を制止するように顔を歪めた。

 
周囲から、騒めく声が聞こえた。
思った以上に、注目を浴びてしまった。

 「やっぱり、あの二人って、付き合ってたんだね。」
 「わたし、実は違うのかなと、思ってたのに、やっぱりそうだったんだ。ショック~」

どっちが、どっちに対しての言葉なのかすら、もう分からない。途中、哲ちゃんと沙耶香、一也君、晴人君とすれ違った。

全部見られていたのかもしれない。
それでも、皆、もう何も言わなかった。

「……もこ」
「………ごめん、さや、昼からの稽古には、ちゃんとでるから」

沙也加とそれだけの言葉を交わした私は、颯太くんに手を引かれて、皆が向かうのとは違う方向の裏門に向った。
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