声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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一日前②

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　“チリンチリン”

　ドアベルが鳴る。

　「あれ?　お客さんですかね？」

　店の看板は休みで出してあるにも関わらず、ドアベルが鳴った事を疑問に思う。

　未来が外出してからまだ15分程しか過ぎていない。勇気は首を傾げて自室から店舗へ下りて行った。

　「あっ‼︎　店長‼︎　おはようございます‼︎」

　元気よく挨拶する制服姿の少女が、店の玄関に立っていた。
　
　「おや?　柊さん、テストはもう終わったのですか?」

　柊梓ひいらぎあずさ。髪はショートカット、身長は150センチ。活発で、明るい性格の高校生であり、高校入学と同時に“水面カフェ”でアルバイトをしている。全国模試が近いとの理由で、約1ヶ月間休ませていた。

　「昨日終わったよ。今日は休み?」

　梓はニコニコしながら勇気に尋ねる。

　「えぇ、今日は---」

　「あぁ‼︎　そうだ‼︎　さっき物凄い可愛い子とぶつかりました‼︎」
　
　勇気の言葉を遮り、梓は言った。自分でした質問にも関わらず、思いついたら違う話をする。マイペース、彼女にはその言葉がぴったりだった。

　「可愛い子とぶつかった?」

　梓の言葉に、勇気は質問を返す。

　「うん。店の近くにある雑貨屋で」

　勇気は不思議そうに首を傾げながら、梓を見た。

　「雑貨屋さんでぶつかるって、どう言う状況なのでしょうか…」

　梓はニコニコして、勇気の質問に答える。

　「えっとねぇ、私が階段から飛び降りたところに、女の人が立ってた。だからぶつかった」

　梓のその言葉を聞いて、勇気は苦虫を噛み潰した様な顔になり、こめかみを押さえた。

　「柊さん?」

　「うん?」

　梓はニコニコしながら首を傾げた。

　「今の話を聞いて、客観的な意見を言言います。その状況だと柊さんが全面的に悪いですよね?　ですが今の言い方だと相手が悪いと言っている様に聞こえますが?」

　「あれ?　そんな事言ってないけど?　私も謝りまくったし、女の子も怒っていなかったよ?」

　「……まぁ、相手も謝罪を受け入れてくれたなら良しとしましょう。ですが、もういい大人なのですから、その様に危険な事はしないで下さい」

　勇気はため息を吐き、半ば諦めた様な口調でそう言った。

　「……いい大人…」

　勇気の注意も、梓には何処吹く風。自分に都合のいいセリフだけを切り取り、顔を赤く染めていた。

　「くれぐれも気をつけて下さいね。それで、相手の方は怪我などされませんでしたか?」

　噂に聞く“頭痛が痛い”と言うのは今日の勇気の状態を言うのであろう。何を言っても都合の良い様に切り取り、自分のプラスになる様に脳内で変換して理解する。それが梓の性格だった。

　「怪我はしていない…と、思う…多分」

　「随分と不確定な言い方ですね?」

　「だって‼︎　大丈夫かどうか聞いても、何も答えてくれなかったんだもん‼︎」

　梓は頬を膨らませて拗ねた様に言った。

　「そうですか。その人はどの様な人でしたか?」

　勇気が優しい口調で尋ねる。

　「だから‼︎　物凄く可愛い女の子‼︎　思わず見惚れちゃうくらいに‼︎」

　梓はそっぽ向いて怒った口調で返答する。性格の変化が激しいのも、梓の梓たる特徴のひとつだ。

　「可愛いのはわかりました。服装とかは覚えていませんか?」

　勇気は諦めずに優しい口調で問う。梓は勇気の顔を見て、機嫌を伺う様に上目遣いになって答える。

　「覚えてないよ。顔に見惚れちゃってて。多分変な人と思われたと思う。そんな顔してたから。一言も喋らなかったけど、すごく表情が豊かな女の子だった」

　「なるほど。わかりました。多分その人とは直ぐに再開する事になります」

　「え?　どう言う事ですか?」

　梓は、自分が見惚れた女の子に再開できる喜びと、勇気がその女の子と知り合いなのかと言う疑問。そして、自分が知らない所でその女の子と会っているのでは?　と言う推測により、急に不安な気持ちになった。

　「あれ?　メールで連絡しましたよね？　実は、明日から---」

　「あっ‼︎　やばい‼︎　もうこんな時間‼︎　じゃあ店長、また明日‼︎」

　勇気の言葉を遮り、梓は一例をして店から飛び出した。

　しばらく呆然とする勇気だったが、急に可笑しくなり、笑った。

　「まるで“不思議の国のアリス”に登場する“白うさぎ”の様ですね」

　勇気は結局の所、梓が何をしに店へ来たのかはわからなかった。本当に可愛い女の子とぶつかったと言う報告だけをしに来たのだろうか。

　「テストが終わったから、明日からまたよろしくお願いします。と、言いに来たのでしょうかね」

　勇気はそう解釈し、明日からの事を思い描く。

　「柊さんと未来さん。仲良くして頂ければ良いのですが…後でもう一度柊さんにメールしておきましょう。柊さんの事ですし、恐らく前回のメールも見ていないでしょうね」

　時刻は午前11時。後1時間もしないうちに未来が戻ってくる。

　「先にお昼にしましょうか。未来さん、メニューは何が良いですかね…カルボナーラを随分気に入って頂いたみたいですが、今日は違うメニューにしましょうか」

　そう独り言を呟きながら、勇気は自室へと戻って行った。

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