声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

文字の大きさ
43 / 66

Sweets Party 14

しおりを挟む
 時間は進み、日曜日。

 時刻は午前9時を過ぎた所。保徳と良太を除く、5名が“水面カフェ”に集合していた。

 着々と準備が進み、店の中は誕生日パーティーらしく、華やかに飾られていた。

 楽しそうに飾り付けをする未来と梓。明彦は勇気を手伝って料理をしている。明彦は以外にも料理が上手だった。

 百合は全体の監督役として、それぞれに指示を出している。

 約束の時間は正午。あまり時間の無い中、それぞれの役割をこなしていた。

 「ちょっとー、梓さぁ~そこ歪んでる~」

 「うるさい‼︎ 偉そうに言うなら手伝え‼︎」

 雰囲気良く飾り付けは進み、約束の時間まで残り30分となった。

 料理よりもデザートがメインのパーティー。所狭しと色取り取りのデザートが並び、店内が甘い香りに包まれていた。

 「そろそろ時間じゃ無い? みんなクラッカーを持って」

 約束の時間まで残り5分。各自クラッカーを手に、出迎える準備をする。

 皆がドキドキしながらその瞬間を待った。そして約束の時間丁度。店の前に人影が見える。小さな影と、大きな影が重なり、扉に手をかけるのが見えた。

 “チリンチリン”

 ドアベルが鳴り、良太が店に入った瞬間。

 “パン‼︎ パパパン‼︎”

 クラッカーの音が鳴り響く。良太が音に驚き、目を大きくしている所で、勇気、梓、明彦、百合が声を上げた。

 「「「「おめでとう‼︎ 良太君‼︎」」」」

 良太は驚きを通り越し、状況が理解出来ていない様子だった。

 良太はチラリと未来を見る。良太の視線の先には、輝くような笑顔でホワイトボードを掲げていた。

 『お誕生日おめでとう‼︎ 良太君‼︎』

 良太は状況を理解した。そして、良太は保徳を見た。保徳はニコリと笑い、そして言った。今まで仕事ばかりで一度も言った事がない言葉。

 「ハッピーバースデー。良太」

 保徳の言葉が良太の心に届く。良太は涙を浮かべ、保徳に抱き着いた。保徳は良太を優しく抱き、頭を撫でる。

 「良太。本当に大きくなったな。今まで一緒に誕生日を祝ってあげられなくてごめんな」

 良太は保徳の胸に顔を埋め、首を左右に振った。

 その様子を笑顔で見つめていた勇気が、2人の肩に手を当てて言う。

 「お2人とも、良かったですね。それもこれも、保徳さんが決断したおかげです。本当にありがとうございます」

 「こちらこそありがとうございます。こんなに立派なパーティーを準備していただけるなんて……何てお礼を言えば良いか……」

 「お礼なんて、このパーティーを楽しんで頂ければそれで十分です。さぁ、お腹が空いたでしょう? いっぱい食べてくださいね」

 良太がようやく保徳から離れ、皆で料理を食べようとした時、

 “チリンチリン”

 と、ドアベルが鳴った。

 全員の視線がドアを開けた人物に集中する。そこには、背が高く、痩せ型で黒いスーツに身を包んだ男が肩で息をしながら立っていた。

 「あれ? なんで君がここにいる?」

 その男に反応したのは保徳だった。男は息を整え、額に汗を滲ませながら保徳を見た。その表情は、とても悲しく、今にも泣き出しそうな笑顔だった。

 「椚と同じ部署の子から聞いたんだ。何もかも全部」

 そう言って、男は膝を折って座り、床に頭をつけて叫んだ。

 「本当にすまなかった‼︎‼︎ お前が大変な状況にあったとも知らず、今まで何もしてこなかった‼︎」

 保徳は慌てて男に駆け寄り、頭を上げるように言う。男はしばらく涙を流した後、ゆっくりと立ち上がった。

 あまりの急展開に呆然とする一同に対して、保徳は男を紹介する。

 「こいつは俺の幼馴染で、榊 真司さかき しんじと言います。私が元いた会社の代表取締役です」

 「え? 代表取締役と言う事は、社長っすか⁉︎」

 そう驚きの声を上げる明彦。

 「えー‼︎ 社長が頭を下げるって‼︎ 保徳さんは一体何者なの⁉︎」

 梓の質問に、保徳は照れ臭そうに頬をかきながら返答をする。

 「今の会社はこの榊と私で学生時代に起こしたものなんです。榊は代表取締役として、私はそれを支える為に働いていたのですが、会社が大きくなるにつれ、だんだんと外部から人が集まってどうしようもない状態になってしまいました。思い入れのある会社なので、何とかしようと頑張っていたのですが……」

 「そうだったの……そうとは知らず、酷い事を言ってしまってごめんなさい」

 百合が申し訳無さそうに頭を下げる。それを見た保徳は慌てて百合に頭を上げるように言った。

 「頭を上げてください‼︎ 百合さんのあの言葉と、未来さんの喝で目が覚めたんです‼︎ 感謝こそすれ、怒ったり恨んだりする事は私にはありません⁉︎」

 未来は保徳の顔を思い切り叩いた事を思い出し、顔を赤くした。

 「椚、戻って来る気は無いか?」

 真司が真剣な眼差しで保徳を見て尋ねた。保徳は少し笑みを浮かべ、自分の意見を口にした。

 「誘いは嬉しいよ。しかし、今は会社よりも家族の方が大切なんだ。戻ればきっと、今までと変わらず毎日遅くなるだろう。そうすれば息子が寂しい思いをする。そんな思いはもうさせたく無いんだ。わかってくれ」

 そう言われた真司は、しばらく俯いて考えた後、顔を上げて笑顔で保徳を見た。

 「わかった。椚、本当に済まなかった。せめて、何か俺に償いをさせてくれないか? そうでもしないと俺の気が治らない」

 保徳は笑い、”償いはいらない“と言った。

 「その代わり、今日は息子の誕生日なんだ。償いとかそう言うのは抜きにして、息子の誕生日を祝ってくれないか? 友人として」

 真司は目を丸くした後、笑顔で良太と目線を合わせ、そして目の前に跪き言う。

 「良太君。お誕生日おめでとう。誕生日パーティーの邪魔をしてごめんね。おじさんからも、何か贈り物をしたいんだが、何が良い?」

 良太は少し暗い顔をして、真司に向かって言った。

 「…お父さんを連れて行かないで」

 「それは大丈夫。良太君のお父さんは良太君の事が大好きだから、そんな2人を引き離す様な事はもうしないよ」

 「わかった‼︎ じゃあもう何もいらない‼︎」

 良太は笑顔で真司に言った。真司は少し驚いたが、直ぐに優しい笑顔になり、良太と握手をした。

 「これで良太君とおじさんは友達だ。困った事があれば何でも言ってくれ」

 「早速お願い事をして良い?」

 「何でも言ってくれ。遠慮なんてするなよ」

 「じゃあねぇ、一緒にご飯を食べて、遊ぼうよ‼︎」

 「はははは‼︎ ありがとう。じゃあおじさんもご馳走になるよ」

 真司は全員を見渡し、一礼してパーティーを中断した事を謝罪した。

 一同は各々のに好きな物を皿に取り、楽しく話し、笑いながらお腹いっぱいになるまで食べる。

 真司が勇気を見た時、驚いた様子で何かを言おうとしたが、勇気が口元に人差し指を当てた。それを見た真司が会釈をし、何も無かったかの様に保徳の横に座る。

 その様子を未来は不思議に思い、首を傾げた。

 楽しいパーティーは夜まで続き、良太にとって、初めて父親と過ごす誕生日だった。この日以降、毎年誕生日には”水面カフェ“でパーティーをするのが恒例行事となった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする

夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】 主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。 そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。 「え?私たち、付き合ってますよね?」 なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。 「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。

処理中です...