声を失くした女性〜素敵cafeでアルバイト始めました〜

MIroku

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Sweets Party 13

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 皆でパーティーの詳細を話し合った翌日、火曜日の事。保徳はいつもの様に朝早くに会社へと向かい、仕事をしていた。

 日曜日の出社が出来なくなった事は昨日に上司へ報告済み。その埋め合わせを行う為、朝早くから仕事を片付けていた。

 9時になり、続々と出社してくる同僚や、後輩達。

 「おはようございます。今日も早いですね」

 後輩の女の子が笑顔で保徳に挨拶をする。保徳も女の子に向かい笑顔で挨拶をした。

 「おはよう。日曜日が息子の誕生日パーティーなんだ。だからそれまでに仕事を片付けようと思って」

 「そうなんですか⁉︎ 私に何か手伝える事はありますか?」

 「うーん。じゃあ今作っている書類の精査をお願い出来るかな? おかしな日本語や、表現が伝わり難いと感じたら教えて欲しい」

 「わかりました‼︎ 頑張って終わらせて、今日も早く帰りましょうね」

 そう言うと、後輩の女の子は席へと戻って行った。

 保徳は書類を作り上げ、メールで送る。そしてまた違う仕事へ取り掛かり始めた。

 時刻は11時を過ぎ、仕事は大方片付いた。今日も定時で帰る目処が立った保徳は、後輩の女の子へお礼のメールを送る。

 女の子から返事が来て、保徳は笑顔になった。

 (今日も早く帰って、良太と一緒に夕飯を食べよう。今日のメニューは何がいいかな)

 保徳が夕飯に思いを馳せていると、部屋の扉が勢い良く開き、恰幅のいい男が入って来た。

 「おはよう」

 「「「「おはようございます」」」」

 皆からの挨拶に“うんうん”と頷きながら、男は保徳の元へと歩く。

 「椚君、おはよう」

 「…おはようございます。部長」

 保徳は声を暗くして挨拶を返す。部長が保徳に話しかけに来ると、大体無理難題をふっかけて来る。今回の要件も、保徳の予想通りだった。

 「椚君。昨日言ってた“日曜出社が出来ない件”についてだが、考え直してもらえないだろうか?」

 部長は猫なで声で保徳に話しかける。この部長は何か頼みがある時は猫なで声で話しかけて来る。保徳はうんざりしながら答えた。

 「昨日も言いましたが、その日は大切な用事がありますので出社は出来ません」

 「そこをなんとかさぁ~。頼むよ。俺もその日ゴルフなんだよ~、今更断れないんだ」

 「そもそも、日曜日は今年度の方針を決定する緊急会議ですよね? 私が出席した所で場違いです」

 「いやいやいや。椚君の能力には素晴らしいものがある。椚君なら十分、私の代わりを果たしてくれるよ」

 「いえ、能力云々の話ではなく、の話です。部長と言う役職の責任として、部長が出席するべきだと私は思います」

 いつもなら直ぐに了解の返事をする保徳。それを期待して部長は保徳に話を持ちかけた。しかし、部長の期待は大きく外れ、保徳は真っ直ぐに部長を見つめ、正論を口にする。

 保徳の言葉に反論出来ない部長は、舌打ちをしながら自席へと歩き、不機嫌に座った。

 保徳はため息を吐き、パソコンへと向き直る。一件のメールが来ている事に気がついた。

 『椚先輩かっこよかったです』

 それは後輩の女の子からのメールだった。保徳は少し笑い、返事を打つ。

 『もうすぐ不機嫌に声をかけて来るよ。それと、さっきの書類を印刷して貰えると嬉しい。取りには行かなくて良いから、印刷だけよろしくお願いします』

 メールの送信をした直後、

 「おい‼︎ 椚‼︎」

 部長から不機嫌な声で呼ばれた。部屋の中は静まり返り、皆は部長の機嫌を伺い始めた。

 (ほら来た)

 心の中でそう思い、立ち上がる保徳。部長の元へと真っ直ぐ歩き、机の前に立つ。

 「何か御用でしょうか?」

 保徳に対して無言で1枚の紙を差し出す。保徳は受け取らず、紙に書かれている内容を読んだ。

 部長は受け取れと言わんばかりに、無言で紙を上下に揺らす。その様子を見た保徳はため息混じりに言った。

 「これは何でしょうか?」

 「チッ‼︎ 日曜の会議に使う書類のリストだ‼︎ 明日までに俺へ提出しろ‼︎」

 「内容を拝見した所、どれも部長が作るべき資料の様に見受けられますが?」

 「良いから早く受け取れ‼︎ 良いか‼︎ 納期は絶対に守れよ‼︎ 守れなければ---」

 「私は解雇でしょうか?」

 「ッ‼︎ そうだ‼︎ お前はクビだ‼︎ 明日からお前の席は無いと思え‼︎」

 「では」

 保徳は懐に手を入れ、1枚の封筒を取り出した。封筒を部長の前に丁寧に置き、そして言う。

 「あなたを守る為の席なんか要りません。あなたの言動は全てパワハラに該当します。よって、それにより精神的な苦痛を受けた私は、本日を持って退職させて頂きます」

 保徳の言葉を聞いた社員一同は絶句した。影では“YESマン”と揶揄されていた保徳が、本当に同一人物かと見間違える位にきっぱり、はっきり断ったのだ。

 自体を飲み込めない部長は、差し出していた紙を落とす。

 「最後に“大掃除”をして、私はこの会社から去ります。よろしいですか?」

 保徳の質問に“はっ‼︎”と現実に引き戻された部長は、声を荒げて“好きにしろ‼︎”と叫んだ。

 「では」

 保徳は再び懐に手を入れる。そこから取り出されたのは1つの小さな機械。その機械を見た部長は、不思議そうに首を傾げた。

 「これはボイスレコーダーです。先程の部長がした発言は全て録音済みです」

 保徳の言葉を聞き、部長の顔から血の気が失せた。

 「ちょッ‼︎ ちょっと待て‼︎」

 立ち上がろうとして転ぶ部長を尻目に、保徳は扉に向かい歩き出す。途中に置いてあるプリンターから、後輩の女の子に印刷をお願いしていた紙を1枚手に取り、自席に置いてある鞄を持って、扉の前で部長へ向き直る。

 「では、失礼いたします」

 保徳は丁寧に頭を下げ、部屋を後にした。

 青ざめたまま動かない部長の元へ、社長からの呼び出しがあったのはその数分後の事だった。

 社長からの呼び出しの後、部屋へと戻ってきた部長。その足取りは重く、静かに自分の席に戻り、机の片付けを始める。丸一日かけて机を片付けた後、皆にお辞儀をして去って行った。

 保徳の“大掃除”はそれに留まらず、会社全体での人事見直しに繋がった。人事配置が全て見直され、権力に物を言わせていた者達が一掃された。

 これにより、保徳の言った“大掃除”は完了した。
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