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第三話
張り巡らされた糸の中で(下)①
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〇鳳凰院自動車研究所 ロビー
午前八時四十五分、鳳凰院自動車研究所社内では各部署での朝礼が終わり、社員達が慌ただしく動き始めていた。
社員達からは『不夜城』と呼ばれ、夜遅くまで研究施設や工場、開発棟の灯りが消えることは無く、人の行き来も終わらないのだが、このロビーだけは終日ゆったりとしていた。
入口正面には、社内選りすぐりの美人女性社員が三人ほど控えており、清潔感漂う白色に統一された壁で構成されていた。
高い天井には真鍮製の構造物がオブジェとして吊り下げられており、右手の奥に並ぶ大きな窓の外には、松などの庭木、鯉が泳ぐ大きな池など、美しい日本庭園の景色が広がっている。
鳳凰院自動車の事業所は、そのほとんどが工場を占めている。
例え、油や鉄から極力隔離した事務所であっても、工場と併設されていれば、独特のにおいや雰囲気に、工場の一部といった感が抜けることは無い。
しかし、本社営業所やショールーム、それにこの研究所のロビーは別だ。
この雰囲気が、製造業に馴染みのない顧客担当者との商談成立に、一役買っているというのは決して大げさな話では無かった。
そんな会社自慢のロビーで、二人の男が豪華なソファーに腰を降ろし、会話をしていた。
一人は作業着を着た美形の青年、もう一人は白衣姿の眼鏡をかけた冴えない中年男性だ。
「原黒所長。あれが幸子と吾太丘部長達の護衛ですか?
えらく若い人もいますね。大丈夫かなぁ?」
そう話す美形の青年の視線の先に居るのは、凱や百合子、朱明ら、鶴星セキュリティサービスの面々だ。
「ああ、ひと月……来月の九日まで居座るらしい。
面倒事を持ち込みやがって……あの三人は本当に疫病神だよ。」
原黒所長と呼ばれた白衣姿の中年男が、自分の眼鏡の位置を右手で直すと、青年にだけ聞こえる声量で、そう吐き捨てた。
「本当に悪い奴は、幸子達を殺そうと『殺し屋』に頼んだ連中でしょう?」
「ああ、その不届き者探しも、秘密裏に進めるように彼らに頼んでいる。
とっとと、お得意の魔法で捕まえてくれって話だ。
その不届き者が若い女だったら、直々にお仕置きしてやろうかと思っているがね。」
原黒はいやらしい笑みを浮かべた。
青年は、冷めた顔で原黒に問う。
「……それで、僕はこの件で、どう動いたらいいですか?」
「君は何もしなくていい。
……強いて言えば、金井戸くんのケアを、しっかりやってくれと言ったところかな。
なんせ、君の大事な『フィアンセ』なんだからねぇ。」
そういいながら、原黒は青年の肩を軽くパンパンと叩き、立ち上がった。
「では、彼らと打ち合わせをしてくるよ。
君はさっさと持ち場に戻りたまえ。
白鳳岳部長に、君が私と油を売っていたと知れると、後々煩いからな。
特別開発事業設計部・係長 銀堂寺 照正君。」
銀堂寺と呼ばれた青年は、受付にいる凱達の下に歩いていく原黒の背中を睨みつけながら立ち上がった。
「フン。ピエロが……
せいぜい、いい気になっていろ。」
そして、次に凱と百合子の方に視線を向ける。
「あんなガキ共がね……
まぁ、こちらはそれでも、それなりの金を渡しているんだ。
しっかり仕事をしてもらおうか。」
銀堂寺は、馬鹿にするように独り言を口にした。
「あっ、銀堂寺係長、おはようございます!」
通りがかった若い女性社員二人が、銀堂寺に声をかけた。
「おはよう!
可愛い子に挨拶して貰ったから、今日も元気に仕事が出来そうだ!」
銀堂寺は打って変わって、爽やかスマイルを女性社員に向けた。
「もう、銀堂寺さんったら!」
その後、銀堂寺は女性社員達と談笑しながら、持ち場に戻っていった。
〇鳳凰院自動車研究所 本社棟 2階会議室
「いやぁ、まさかうちの社員の殺害予告が来るなんてビックリしました。
予め三人に内容を説明して、状況について理解してもらいましたが……」
そう話すのは、鳳凰院自動車研究所の所長、原黒 登だ。
なんとか、打ち合わせの時間ギリギリで社内に入った俺達は、原黒に案内され、本社棟の二階の会議室に入った。
そこには、作業着を着た禿げ頭で恰幅の良い中年の男と、同じく作業着を着た太った男、彼らと向き合う形で、白いブラウス姿の女性社員が、会議用テーブルの席に座っていた。
「三人とも待たせたね。
彼らが君らの警護をしてくれる、鶴星セキュリティサービスの方々だ。
ええと……」
原黒の言葉を引き継いで、朱兄が挨拶と自己紹介を始めた。
「おはようございます。
本日から皆さんの警護を担当させていただく鶴星セキュリティサービスの鶴星と申します。よろしくお願いいたします。」
朱兄に促され、先輩達や俺達も簡単な挨拶をした。
すると、禿げた中年男がイライラしながら声を上げた。
「原黒所長!
俺が狙われるのは、今月の二十八日から七月の二日なんだろ?
なんで、今日からボディガードさんが、俺に付いて回る必要があるんだ?
こっちは、試作品の組立で忙しいんだけどね!」
「まぁまぁ、吾太丘部長。
非合法な連中の言う事なんて、信用ならんでしょう。
貴方に何かあったら製造が回らなくなるんですから……それは分かるでしょう?」
その一言で、吾太丘部長と呼ばれた男は押し黙った。
この男が、名前が長くて忘れたが、ナントカ製造部の部長・吾太丘鼓舞一らしい。
そこで太った男が、いきなり俺を指差して、デカい声を上げた。
「あーっ!てめぇは、あの時の生意気なガキ共じゃねーか!」
ん?
よく見ると、この男は先日の夜に、西原工業団地で餓鬼に襲われていた男だった。
「太郎丸、知り合いなのか?」
吾太丘鼓舞一が、太った男に問う。
こいつが購買課課長の吾太丘 太郎丸のようだ。
「ああ!こいつのお陰で、俺が警官にどれほど怒られたことか……」
吾太丘太郎丸は俺を睨みつけた。
「馬鹿野郎!テメェ!
だったら、この人達はお前の命の恩人じゃねぇか!」
吾太丘部長は怒鳴り声を上げて立ち上がると、太郎丸の頭をパシンと引っぱたいた。
「いってぇ!やめてくれよ!伯父さん!」
「会社では吾太丘部長と呼べ!コラッ!
てめぇが死んだら、会社にどれだけの迷惑がかかると思っているんだ!このボケェッ!」
更に吾太丘鼓舞一は吾太丘太郎丸の胸倉を掴んで無理やり立たせた。
原黒はお腹の辺りを抑えながら、
「ホントにコイツらは……もう!
……二人ともさぁ!恥ずかしいから、そういうのは人前では控えて貰えないかな!?
社外の人達が目の前にいるんだよ!」
ため息交じりに二人のやりとりを制止した。
吾太丘鼓舞一は舌打ちをして太郎丸から手を離すと、椅子にドカッと腰を降ろした。
「……ああ、見苦しいところをすみませんね。
私は、この研究所の特別開発事業製造部を取り仕切っている吾太丘 鼓舞一と申します。
よろしく頼みます。……おい太郎丸、挨拶とお礼を言え!」
吾太丘鼓舞一は、俺達に自己紹介をした後に一礼した。
事前に聞かされていた通り、気性の荒いオッサンのようだ。
今のところ、悪人では無いように思えるが……それに比べると……
「購買課課長の吾太丘 太郎丸と申します。
この間は助けていただいて、誠にありがとーございましたー」
吾太丘太郎丸は、俺の顔を睨みつけながら、棒読みで挨拶をした。
こいつを護衛する二十一日から二十五日の事を考えると憂鬱になる。
また、それ以外の期間、こいつの警護を担当する朱兄や先輩方が不憫になってきた。
「おい、金井戸……金井戸室長!
ボーっとしてねぇで、お前さんも自己紹介しろ。」
吾太丘鼓舞一が、金井戸と呼んだ女性社員に自己紹介を促した。
「え、あ、ああ。」
苦笑いを浮かべながら、女性は立ち上がり、こちらを向くと、
「人事部女性活躍推進室の金井戸幸子と申します。
色々とご面倒をお掛けするとは思いますが、よろしくお願いいたします。」
金井戸と名乗った女性は、深々と頭を下げた。
最初の護衛対象はこの人だ。
吾太丘二人と比べると、アクの強さは無いように思える。
護衛経験が、ほぼ無い俺達からすれば有難いか?
その後、朱兄が護衛体勢の説明や、警護にあたり三人に対する注意点、してはならない事を伝えた。
吾太丘の二人は行動を制限されることを嫌がったが、その都度、原黒が二人を宥めていた。
「では、質問が無ければ、これで解散いたします。」
朱兄が打ち合わせを終えようとしたときのことだった。
「一つ、よろしいですか?」
どこかで聞いたことのある声の方向に、部屋にいた全員が振り向くと、
部屋のドアの前に、アンドラスと呼ばれていた男が立っていた。
「ひゃあ!」
吾太丘太郎丸が情けない悲鳴を上げながら、椅子から転げ落ちた。
「お初にお目にかかる方もいらっしゃいますね。
私、ダスク魔道教団の……安藤とでもお呼びください。」
アンドラスだから安藤……安直だ。
ツッコミを入れてやろうかと思ったが、その間もなくアンドラスは言葉を続けた。
「正式に、吾太丘鼓舞一様、吾太丘太郎丸様、金井戸幸子様の命を貰い受ける旨を、皆様に伝えるよう、主から仰せつかってまいりました。」
朱兄がアンドラスの前に立ちはだかる。
「先程は世話になったね。アンドーさん。
しかし、こちらで説明してあるから気遣いは不要だ。
お客さんが腰抜かしちまっただろうが、とっとと失せろ!」
朱兄が強い口調で去るように声を上げるが、アンドラスは口元を笑みで歪め、取り合おうとせずに言葉を続けた。
「一つだけ、ご忠告を差し上げましょう。
何故、自分が狙われているのか、よく考えていただきたいのです。
自分が今まで誰を傷つけきたのか、結果、誰に恨まれているのか……
そして、自分の日頃の行いが、このような状況を生み出している事をね。」
「何を偉そうな事を……」
朱兄がアンドラスに掴みかかろうとするが、アンドラスはそれをさっとかわした。
「血の気の多い方だ。こちらには戦う気はありませんよ。
しかし、こちらが狙わないとした期間も、ターゲットの護衛にあたる……
ふむ……その意気込みなら、ひと月近く持つかもしれませんねぇ。」
そこまで話すと、アンドラスの背から黒い翼がバサりと出現し、辺りに黒い羽根をまき散らした。
「伏せて!」
朱兄の言葉に部屋の一同が咄嗟にテーブルの下に隠れた。
「では、せいぜい楽しませて下さい。」
アンドラスはそう捨て台詞を残すと、テーブルを踏み台に飛び上がり、そのまま窓ガラスを蹴り破った。
ガラスが割れ、辺りに散乱する派手な音に、吾太丘太郎丸と原黒が悲鳴を上げる。
アンドラスは窓から、そのまま飛び去って行った。
「あ、あんな空を飛ぶ化け物が、お、お、俺の事を狙うのか?」
太郎丸が声を震わせながら震えている。
「ご安心下さい。我々が絶対に守りますから。」
朱兄の声が会議室に響くが、皆、無言だった。
それから気を落ち着かせるため、少し休憩すると、各々の持ち場に戻ることにした。
「ったく、しばらく仕事がやりづらくなるな。
だからって太郎丸!サボるんじゃねぇぞ!」
吾太丘鼓舞一は、アンドラスにあまり動じなかった。
……ああいう輩に狙われるのは、初めてじゃなかったりしてな?
「わ、わかっているよ!」
いくらか気を落ち着かせた太郎丸は、ブツブツと文句を言いながら、先輩達と部屋を出ていく。
「じゃあ二人とも、俺達は手助け出来ないが、ミーティング通りやれば大丈夫だから、落ち着いてな。」
最後に朱兄が俺の肩をポンと叩いて、原黒と共に会議室から出ていった。
俺と百合子と、今週の護衛対象である金井戸が会議室に残された。
「……では、行きましょうか。」
金井戸に促されて、俺達は金井戸達が仕事をしているフロアに向かうことにした。
先頭は俺と犬用リュックに入ったエイチが務め、部屋を出る際には先に廊下の様子をうかがい、大丈夫そうなら金井戸、その後ろを百合子が続いた。
午前八時四十五分、鳳凰院自動車研究所社内では各部署での朝礼が終わり、社員達が慌ただしく動き始めていた。
社員達からは『不夜城』と呼ばれ、夜遅くまで研究施設や工場、開発棟の灯りが消えることは無く、人の行き来も終わらないのだが、このロビーだけは終日ゆったりとしていた。
入口正面には、社内選りすぐりの美人女性社員が三人ほど控えており、清潔感漂う白色に統一された壁で構成されていた。
高い天井には真鍮製の構造物がオブジェとして吊り下げられており、右手の奥に並ぶ大きな窓の外には、松などの庭木、鯉が泳ぐ大きな池など、美しい日本庭園の景色が広がっている。
鳳凰院自動車の事業所は、そのほとんどが工場を占めている。
例え、油や鉄から極力隔離した事務所であっても、工場と併設されていれば、独特のにおいや雰囲気に、工場の一部といった感が抜けることは無い。
しかし、本社営業所やショールーム、それにこの研究所のロビーは別だ。
この雰囲気が、製造業に馴染みのない顧客担当者との商談成立に、一役買っているというのは決して大げさな話では無かった。
そんな会社自慢のロビーで、二人の男が豪華なソファーに腰を降ろし、会話をしていた。
一人は作業着を着た美形の青年、もう一人は白衣姿の眼鏡をかけた冴えない中年男性だ。
「原黒所長。あれが幸子と吾太丘部長達の護衛ですか?
えらく若い人もいますね。大丈夫かなぁ?」
そう話す美形の青年の視線の先に居るのは、凱や百合子、朱明ら、鶴星セキュリティサービスの面々だ。
「ああ、ひと月……来月の九日まで居座るらしい。
面倒事を持ち込みやがって……あの三人は本当に疫病神だよ。」
原黒所長と呼ばれた白衣姿の中年男が、自分の眼鏡の位置を右手で直すと、青年にだけ聞こえる声量で、そう吐き捨てた。
「本当に悪い奴は、幸子達を殺そうと『殺し屋』に頼んだ連中でしょう?」
「ああ、その不届き者探しも、秘密裏に進めるように彼らに頼んでいる。
とっとと、お得意の魔法で捕まえてくれって話だ。
その不届き者が若い女だったら、直々にお仕置きしてやろうかと思っているがね。」
原黒はいやらしい笑みを浮かべた。
青年は、冷めた顔で原黒に問う。
「……それで、僕はこの件で、どう動いたらいいですか?」
「君は何もしなくていい。
……強いて言えば、金井戸くんのケアを、しっかりやってくれと言ったところかな。
なんせ、君の大事な『フィアンセ』なんだからねぇ。」
そういいながら、原黒は青年の肩を軽くパンパンと叩き、立ち上がった。
「では、彼らと打ち合わせをしてくるよ。
君はさっさと持ち場に戻りたまえ。
白鳳岳部長に、君が私と油を売っていたと知れると、後々煩いからな。
特別開発事業設計部・係長 銀堂寺 照正君。」
銀堂寺と呼ばれた青年は、受付にいる凱達の下に歩いていく原黒の背中を睨みつけながら立ち上がった。
「フン。ピエロが……
せいぜい、いい気になっていろ。」
そして、次に凱と百合子の方に視線を向ける。
「あんなガキ共がね……
まぁ、こちらはそれでも、それなりの金を渡しているんだ。
しっかり仕事をしてもらおうか。」
銀堂寺は、馬鹿にするように独り言を口にした。
「あっ、銀堂寺係長、おはようございます!」
通りがかった若い女性社員二人が、銀堂寺に声をかけた。
「おはよう!
可愛い子に挨拶して貰ったから、今日も元気に仕事が出来そうだ!」
銀堂寺は打って変わって、爽やかスマイルを女性社員に向けた。
「もう、銀堂寺さんったら!」
その後、銀堂寺は女性社員達と談笑しながら、持ち場に戻っていった。
〇鳳凰院自動車研究所 本社棟 2階会議室
「いやぁ、まさかうちの社員の殺害予告が来るなんてビックリしました。
予め三人に内容を説明して、状況について理解してもらいましたが……」
そう話すのは、鳳凰院自動車研究所の所長、原黒 登だ。
なんとか、打ち合わせの時間ギリギリで社内に入った俺達は、原黒に案内され、本社棟の二階の会議室に入った。
そこには、作業着を着た禿げ頭で恰幅の良い中年の男と、同じく作業着を着た太った男、彼らと向き合う形で、白いブラウス姿の女性社員が、会議用テーブルの席に座っていた。
「三人とも待たせたね。
彼らが君らの警護をしてくれる、鶴星セキュリティサービスの方々だ。
ええと……」
原黒の言葉を引き継いで、朱兄が挨拶と自己紹介を始めた。
「おはようございます。
本日から皆さんの警護を担当させていただく鶴星セキュリティサービスの鶴星と申します。よろしくお願いいたします。」
朱兄に促され、先輩達や俺達も簡単な挨拶をした。
すると、禿げた中年男がイライラしながら声を上げた。
「原黒所長!
俺が狙われるのは、今月の二十八日から七月の二日なんだろ?
なんで、今日からボディガードさんが、俺に付いて回る必要があるんだ?
こっちは、試作品の組立で忙しいんだけどね!」
「まぁまぁ、吾太丘部長。
非合法な連中の言う事なんて、信用ならんでしょう。
貴方に何かあったら製造が回らなくなるんですから……それは分かるでしょう?」
その一言で、吾太丘部長と呼ばれた男は押し黙った。
この男が、名前が長くて忘れたが、ナントカ製造部の部長・吾太丘鼓舞一らしい。
そこで太った男が、いきなり俺を指差して、デカい声を上げた。
「あーっ!てめぇは、あの時の生意気なガキ共じゃねーか!」
ん?
よく見ると、この男は先日の夜に、西原工業団地で餓鬼に襲われていた男だった。
「太郎丸、知り合いなのか?」
吾太丘鼓舞一が、太った男に問う。
こいつが購買課課長の吾太丘 太郎丸のようだ。
「ああ!こいつのお陰で、俺が警官にどれほど怒られたことか……」
吾太丘太郎丸は俺を睨みつけた。
「馬鹿野郎!テメェ!
だったら、この人達はお前の命の恩人じゃねぇか!」
吾太丘部長は怒鳴り声を上げて立ち上がると、太郎丸の頭をパシンと引っぱたいた。
「いってぇ!やめてくれよ!伯父さん!」
「会社では吾太丘部長と呼べ!コラッ!
てめぇが死んだら、会社にどれだけの迷惑がかかると思っているんだ!このボケェッ!」
更に吾太丘鼓舞一は吾太丘太郎丸の胸倉を掴んで無理やり立たせた。
原黒はお腹の辺りを抑えながら、
「ホントにコイツらは……もう!
……二人ともさぁ!恥ずかしいから、そういうのは人前では控えて貰えないかな!?
社外の人達が目の前にいるんだよ!」
ため息交じりに二人のやりとりを制止した。
吾太丘鼓舞一は舌打ちをして太郎丸から手を離すと、椅子にドカッと腰を降ろした。
「……ああ、見苦しいところをすみませんね。
私は、この研究所の特別開発事業製造部を取り仕切っている吾太丘 鼓舞一と申します。
よろしく頼みます。……おい太郎丸、挨拶とお礼を言え!」
吾太丘鼓舞一は、俺達に自己紹介をした後に一礼した。
事前に聞かされていた通り、気性の荒いオッサンのようだ。
今のところ、悪人では無いように思えるが……それに比べると……
「購買課課長の吾太丘 太郎丸と申します。
この間は助けていただいて、誠にありがとーございましたー」
吾太丘太郎丸は、俺の顔を睨みつけながら、棒読みで挨拶をした。
こいつを護衛する二十一日から二十五日の事を考えると憂鬱になる。
また、それ以外の期間、こいつの警護を担当する朱兄や先輩方が不憫になってきた。
「おい、金井戸……金井戸室長!
ボーっとしてねぇで、お前さんも自己紹介しろ。」
吾太丘鼓舞一が、金井戸と呼んだ女性社員に自己紹介を促した。
「え、あ、ああ。」
苦笑いを浮かべながら、女性は立ち上がり、こちらを向くと、
「人事部女性活躍推進室の金井戸幸子と申します。
色々とご面倒をお掛けするとは思いますが、よろしくお願いいたします。」
金井戸と名乗った女性は、深々と頭を下げた。
最初の護衛対象はこの人だ。
吾太丘二人と比べると、アクの強さは無いように思える。
護衛経験が、ほぼ無い俺達からすれば有難いか?
その後、朱兄が護衛体勢の説明や、警護にあたり三人に対する注意点、してはならない事を伝えた。
吾太丘の二人は行動を制限されることを嫌がったが、その都度、原黒が二人を宥めていた。
「では、質問が無ければ、これで解散いたします。」
朱兄が打ち合わせを終えようとしたときのことだった。
「一つ、よろしいですか?」
どこかで聞いたことのある声の方向に、部屋にいた全員が振り向くと、
部屋のドアの前に、アンドラスと呼ばれていた男が立っていた。
「ひゃあ!」
吾太丘太郎丸が情けない悲鳴を上げながら、椅子から転げ落ちた。
「お初にお目にかかる方もいらっしゃいますね。
私、ダスク魔道教団の……安藤とでもお呼びください。」
アンドラスだから安藤……安直だ。
ツッコミを入れてやろうかと思ったが、その間もなくアンドラスは言葉を続けた。
「正式に、吾太丘鼓舞一様、吾太丘太郎丸様、金井戸幸子様の命を貰い受ける旨を、皆様に伝えるよう、主から仰せつかってまいりました。」
朱兄がアンドラスの前に立ちはだかる。
「先程は世話になったね。アンドーさん。
しかし、こちらで説明してあるから気遣いは不要だ。
お客さんが腰抜かしちまっただろうが、とっとと失せろ!」
朱兄が強い口調で去るように声を上げるが、アンドラスは口元を笑みで歪め、取り合おうとせずに言葉を続けた。
「一つだけ、ご忠告を差し上げましょう。
何故、自分が狙われているのか、よく考えていただきたいのです。
自分が今まで誰を傷つけきたのか、結果、誰に恨まれているのか……
そして、自分の日頃の行いが、このような状況を生み出している事をね。」
「何を偉そうな事を……」
朱兄がアンドラスに掴みかかろうとするが、アンドラスはそれをさっとかわした。
「血の気の多い方だ。こちらには戦う気はありませんよ。
しかし、こちらが狙わないとした期間も、ターゲットの護衛にあたる……
ふむ……その意気込みなら、ひと月近く持つかもしれませんねぇ。」
そこまで話すと、アンドラスの背から黒い翼がバサりと出現し、辺りに黒い羽根をまき散らした。
「伏せて!」
朱兄の言葉に部屋の一同が咄嗟にテーブルの下に隠れた。
「では、せいぜい楽しませて下さい。」
アンドラスはそう捨て台詞を残すと、テーブルを踏み台に飛び上がり、そのまま窓ガラスを蹴り破った。
ガラスが割れ、辺りに散乱する派手な音に、吾太丘太郎丸と原黒が悲鳴を上げる。
アンドラスは窓から、そのまま飛び去って行った。
「あ、あんな空を飛ぶ化け物が、お、お、俺の事を狙うのか?」
太郎丸が声を震わせながら震えている。
「ご安心下さい。我々が絶対に守りますから。」
朱兄の声が会議室に響くが、皆、無言だった。
それから気を落ち着かせるため、少し休憩すると、各々の持ち場に戻ることにした。
「ったく、しばらく仕事がやりづらくなるな。
だからって太郎丸!サボるんじゃねぇぞ!」
吾太丘鼓舞一は、アンドラスにあまり動じなかった。
……ああいう輩に狙われるのは、初めてじゃなかったりしてな?
「わ、わかっているよ!」
いくらか気を落ち着かせた太郎丸は、ブツブツと文句を言いながら、先輩達と部屋を出ていく。
「じゃあ二人とも、俺達は手助け出来ないが、ミーティング通りやれば大丈夫だから、落ち着いてな。」
最後に朱兄が俺の肩をポンと叩いて、原黒と共に会議室から出ていった。
俺と百合子と、今週の護衛対象である金井戸が会議室に残された。
「……では、行きましょうか。」
金井戸に促されて、俺達は金井戸達が仕事をしているフロアに向かうことにした。
先頭は俺と犬用リュックに入ったエイチが務め、部屋を出る際には先に廊下の様子をうかがい、大丈夫そうなら金井戸、その後ろを百合子が続いた。
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