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第二話
張り巡らされた糸の中で(上)⑮
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その後、解放された百合子が、朱兄とお袋の治療をした。
鶯黒美夜が二人の治療を申し出てきたが、百合子は毅然とした態度で、それを断った。
ついでに、俺と朱兄の上着とズボンは血や泥などで汚れた上に破れてしまっているため、車にあった予備のものと交換した。
「さぁて、ではルールを今一度……」
「いらねぇよ!
こっちは、お前らが出していたルールを受け入れる。」
笑みを浮かべながら得意気に喋り始めた鶯黒悠を、俺は怒鳴りつけた。
それから、手間を取らせやがって、と横目で朱兄を睨んだ。
朱兄は『スマン』と言ったように、俯いて目を伏せた。
「俺が知りてぇのは、このふざけたゲームの目的だ。
お前ら、何を考えていやがる?」
「目的?ただ殺すだけじゃ、面白く無いからだよ。」
「面白く無いから……だと?」
「それが理由じゃ不服かい?
それに君達からしたら、好都合でしかないでしょう?」
「こっちはなぁ、お前らの掌の上に踊りに行くのは、胸糞悪くてしょうがねぇんだよ!」
「ハハハッ……何、言ってんのさ。
結局こうして、自分達から掌の上に乗った訳じゃない?」
「このクソガキッ!」
「凱!」
お袋の声に我に返った俺は、鶯黒悠に殴りかかりたい気持ちを、なんとか抑えつけた。
「お前らで考えたルール、きっちり守るんだろうな?」
「それなら、安心して欲しい。
……僕自らの命を懸けた契約をしようじゃないか!」
鶯黒悠は両腕をバッと広げ、得意げに宣言した。
「命を懸けた契約……だと?」
俺の問いへの回答と言わんばかりに、鶯黒悠は、右手に持った紙をこちらに見せつけるように掲げた。
その紙には、こいつがビデオレターで説明していた今回のゲームのルールが、赤い字で箇条書きされていた。
そこに、フードを降ろしたアンドラスと思われる長髪の中年男が、鶯黒悠に向けて魔術用の杖を構えた。
鶯黒悠は、ルールの書かれた紙を、その杖に前にかざす。
そして、アンドラスがボソボソと何か呪文を唱えると、ルールの書かれていた紙が瞬く間に炎に包まれた。
次にその炎は発光する赤い縄に姿を変え、蛇のように動きまわると、鶯黒悠の首にぐるりと巻き付いて、キリキリと締め上げ始めた。
「グッ……ギギギ……」
こいつ、このまま死ぬんじゃないか?と勘違いするくらい、鶯黒悠は、赤い縄で首を絞められることによって、真っ赤な顔で目を見開いていた。
しかし、五秒もすると、赤い縄は白く輝いて、消え去った。
「ハァハァ……フ…フフフ。
これで、この『契約の赤い縄』は7月9日までの僕達の行動を監視し続ける。
もしも、僕やダスク教側がルールを破るような真似をすれば、今の赤い縄は刃となって僕の首を切り落とす。」
鶯黒悠は、自分の首を手で押さえ、肩で息をしながらも、満足そうに笑みを浮かべていた。
こいつのゲームに対する本気度は伝わったが、俺は鶯黒悠に呆れと共に恐怖を覚えた。
「お前、筋金入りの異常者だな。」
「フフッ……僕には誉め言葉だね。
さて、こちらは契約を破った場合の補償を示し、約束した。
君達も代償を示すのが筋。小夜啼百合子……お前なら分かるだろう?」
俺は百合子の方を見た。
「……分かっています。
こちらも対価を示さなければ、契約は有効とならない。
もしも私達が貴方達の示したルールに違反したのなら、私の命で償う……
それでよろしいですか?」
百合子の提案に、俺はすぐに反対の声を上げた。
「おい、勝手な約束するな!
この変態野郎の趣味に付き合って命を天秤にかける必要はねぇだろ!
契約なんていらねぇよ!」
俺は百合子の肩を掴んで説得する。
「まぁ、小夜啼百合子の命でも、それはそれで面白んだけどさ、それだと凱君が承知してくれないだろう?
そんなことは最初から分かり切っていることだ。だから、君達二人が納得できる条件を既に考えてある。
ゲームの参加に際し、小夜啼百合子の闇魔法の一切を禁じ、光魔法にも規制をかけるという条件を提示したい。」
鶯黒悠は、先ほどと同じような紙を一枚、こちらに提示してきた。
「何々……闇魔法の一切を禁じ……『治しの光』『解毒の光』『解縛の光』『解呪の光』『光の盾』のみ使用可能……おい!ほとんどの魔法が使えないじゃねぇか!?」
「あのねぇ凱君。認めたくは無いが、その女は天才という次元じゃない。
その女に魔法の制約を与えないと、ゲームが成立しないんだよ。」
鶯黒悠は『分かっていないな』といったように手の平を上にあげ、首を振った。
思わず俺は舌打ちをした。
こいつも百合子の凄さに気付いていやがったか。これで楽は出来ない。
「それにね、そこに書いてある制限は、あくまで見積であり希望に過ぎない。
僕の命……というか今まで生きてきた年数になるのかな?
それで、小夜啼百合子の魔法をどこまで封じ、天秤が釣り合うかのか、ちょっとした賭けでもある。」
鶯黒悠はニヤリと笑みを浮かべた。
奴の提示した紙を無言で眺めていた百合子は、
「分かりました。」
条件を飲むことを承諾した。
「お、おい、百合子。」
「闇の魔法は一切使用が出来なくなり、光の魔法については、私と悠君の歳の差、つまり私が三歳までに習得していた魔法だけが使えるという事でしょうか?
後は、火、水、風、土については、制限が無いのですね?」
「そういうことじゃない?」
百合子に質問されると、鶯黒悠は無表情になり、ぶっきらぼうに答えた。
さっきの戦闘で、鶯黒悠の百合子に対する感情は、なんとなく分かっていたが……
それよりも、三歳までに習得していた魔法だと?
「それなら支障はありません。」
百合子は特にいつもと変わらない様子で答えた。
そんな百合子に、鶯黒悠は不機嫌な表情を浮かべ舌打ちした。
俺は百合子の実力も知っているつもりだし信用もしているが、今回ばかりは少し心配になった。
百合子は悠から、条件の書かれた紙を受け取ると、呪文を唱え始めた。
悠と同じように、その紙は白い炎に包まれと、二本の白い縄となり、百合子の両腕に巻き付いた。
「……ッ」
百合子は少し辛そうな顔をしたが、白い縄はすぐに消え去った。
「よし!これで、ようやくゲームの開始だ。
さぁて、僕達は配置に着かせてもらおうかな。
では凱君、せいぜい楽しく遊ぼうね!」
鶯黒悠はニンマリ笑みを浮かべ、歳相応にワクワクした様子だ。
そして、別れ際には俺に馴れ馴れしく手を振ってきた。
次に、鶯黒弥宵は俺を睨みつけながら、
「フン。最初は乗り気じゃなかったけどさ……
空見 凱……この礼はきっちりさせてもらうわ!」
そう吐き捨てると、二人は黒い球体に包まれ、この場から消え去った。
ハウレスは朱兄に切り落とされ、鶯黒美夜に治してもらった腕を見せつけて、豪快に笑った。
「さて、俺の仕事はひとまず終わりだ。
鶴星朱明……お前とは、もう一度戦いたいもんだなぁ!
ガーッハッハッハーッ」
「鶴星流柔術に入門するなら、考えてやるよ。」
朱兄は、とっとと去れと、追い払うように手を振った。
ハウレスはニヤニヤしながら、鶯黒美夜の後ろに控えた。
アンドラスとか言う奴と、数体いたオークは既にこの場所から立ち去っていた。
先輩の話では、アンドラスに使役され、自分達を襲ってきたオークは、元々は人間だと聞かされたらしい。
胸糞悪い話だし、出来れば戦いたくはない。
最後に……
「では、私もこれで……
うちの悠と弥宵を、よろしくお願いいたします。」
鶯黒美夜が、俺達に丁寧に一礼してきた。
「あのガキ共の口の利き方について、ちゃんと教育しておけよ。
俺と百合子の方が歳上なんだぜ?」
俺は憎まれ口を叩きながら、鶯黒美夜を睨みつけた。
俺とエイチ……鷹見魔術探偵事務所には、鳳凰院の研究所を調査し、転魂の書を使ったブツ『X』を探し出すという別任務もあるから、最初からゲームに参加をするつもりだった。
しかし、結果的にこの女に力でねじ伏せられ、強引に参加させられた体になってしまったため胸糞悪い事この上ない。
そんなこと考え悔しさのあまり目を伏せた時だった。百合子が俺の腕を強く掴んだ。
何事かと目の前を向くと、いつの間にか俺のすぐ目の前に、鶯黒美夜が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
奴から漂ってくる甘い香りに、脳が痺れてくる。
俺は後退る事も出来ずに、その場から動けなくなった。
「凱君。貴方とは、いずれどこかで、ゆっくりとお話をしたいですね。
色々と、私に聞きたい事もあるでしょうし……」
そして、俺の顎をスッと撫でて来る。
「凱君に触らないで!」
百合子は、俺の顎に触れていた鶯黒美夜の手を払う。
それから、俺と鶯黒美夜の前に入り、奴に敵意剥き出しの目を向けた。
……こんな百合子は、中々見ることは無いので、俺は呆気に取られた。
「いずれ私は、鶯黒闇華と小夜啼愛唯華に、いつぞやの礼をした上で、忌々しい鶯黒と小夜啼の連中を滅ぼすことでしょう。
……でも、貴女は最後にしてあげる。
その時の恐怖と絶望に歪んだ顔が楽しみだわ。」
鶯黒美夜は一転、冷たい表情となり、百合子にそう言い放つ。
殺気を感じた俺は、反射的に百合子を抱きかかえ、奴から距離を取るように飛び退いた。
「あらあら、アツアツですねぇ。思わず嫉妬してしまうわ。
……まぁ、いいでしょう。
来るべき日まで、せいぜい凱君との日々を楽しみなさい。
……紛い物の女神様。」
鶯黒美夜は微笑みながら捨て台詞を残すと、後ろに控えていたハウレスと共に黒い球体の渦に包まれ、消え去った。
奴らが消え去ると同時に、俺と百合子は思わずその場に座り込んだ。
しかし、これからすぐに護衛任務が始まるのだ。
気持ちを切換えなければ……
とりあえず俺達が集合すると、朱兄は手を合わせながら、俺達に勢いよく頭を下げてきた。
「凱、百合子さん!怜姫さん!社員の皆も!
巻き込んで、申し訳ありませんでした!」
「全くだぜ!
朱兄には、この一件が落ち着いたら、きっちり礼をしてもらわねぇとなぁ……
さぁて、高級ステーキ、いや、回らない寿司屋もいいな。」
俺は顎に手をやりながら、高くて日頃食べたいものを思い浮かべた。
「お……お手柔らかに。」
苦笑いというか、顔を引き攣らせる朱兄。
「おい、凱!
朱明君は、お前と百合子ちゃんの事を考えて……」
お袋が低い声を出して、俺を窘めてきた。
「分かっているよ。冗談だって。
ダスク教の親玉の顔が拝めたんだから、結果オーライだろ。」
「ああ。
しかし私は、今回も何も出来なかった。」
お袋が視線を落とした。面目ないといった感じだ。
「よせよ!お袋がそんな顔していると、蒼姫が心配するぜ。
俺の士気も下がるわ!」
「凱……」
「とにかく、お袋は家で、ゆっくり休んでいろよ!
もう時間だから、皆行こうぜ!」
お袋を気遣って、なんだか気恥ずかしくなった俺は、とっとと研究所に入るよう皆を促した。
これから様々な出会いと、そして悲しい別れが待ち受けていることを、この時の俺と百合子は、まだ知る由も無かった。
そしてそれは、俺の甘っちょろい価値観を変え、暗い闇の入り口に立たせるのに、十分すぎる出来事でもあったのだから……
〇第二話 張り巡らされた糸の中で(上) 完
鶯黒美夜が二人の治療を申し出てきたが、百合子は毅然とした態度で、それを断った。
ついでに、俺と朱兄の上着とズボンは血や泥などで汚れた上に破れてしまっているため、車にあった予備のものと交換した。
「さぁて、ではルールを今一度……」
「いらねぇよ!
こっちは、お前らが出していたルールを受け入れる。」
笑みを浮かべながら得意気に喋り始めた鶯黒悠を、俺は怒鳴りつけた。
それから、手間を取らせやがって、と横目で朱兄を睨んだ。
朱兄は『スマン』と言ったように、俯いて目を伏せた。
「俺が知りてぇのは、このふざけたゲームの目的だ。
お前ら、何を考えていやがる?」
「目的?ただ殺すだけじゃ、面白く無いからだよ。」
「面白く無いから……だと?」
「それが理由じゃ不服かい?
それに君達からしたら、好都合でしかないでしょう?」
「こっちはなぁ、お前らの掌の上に踊りに行くのは、胸糞悪くてしょうがねぇんだよ!」
「ハハハッ……何、言ってんのさ。
結局こうして、自分達から掌の上に乗った訳じゃない?」
「このクソガキッ!」
「凱!」
お袋の声に我に返った俺は、鶯黒悠に殴りかかりたい気持ちを、なんとか抑えつけた。
「お前らで考えたルール、きっちり守るんだろうな?」
「それなら、安心して欲しい。
……僕自らの命を懸けた契約をしようじゃないか!」
鶯黒悠は両腕をバッと広げ、得意げに宣言した。
「命を懸けた契約……だと?」
俺の問いへの回答と言わんばかりに、鶯黒悠は、右手に持った紙をこちらに見せつけるように掲げた。
その紙には、こいつがビデオレターで説明していた今回のゲームのルールが、赤い字で箇条書きされていた。
そこに、フードを降ろしたアンドラスと思われる長髪の中年男が、鶯黒悠に向けて魔術用の杖を構えた。
鶯黒悠は、ルールの書かれた紙を、その杖に前にかざす。
そして、アンドラスがボソボソと何か呪文を唱えると、ルールの書かれていた紙が瞬く間に炎に包まれた。
次にその炎は発光する赤い縄に姿を変え、蛇のように動きまわると、鶯黒悠の首にぐるりと巻き付いて、キリキリと締め上げ始めた。
「グッ……ギギギ……」
こいつ、このまま死ぬんじゃないか?と勘違いするくらい、鶯黒悠は、赤い縄で首を絞められることによって、真っ赤な顔で目を見開いていた。
しかし、五秒もすると、赤い縄は白く輝いて、消え去った。
「ハァハァ……フ…フフフ。
これで、この『契約の赤い縄』は7月9日までの僕達の行動を監視し続ける。
もしも、僕やダスク教側がルールを破るような真似をすれば、今の赤い縄は刃となって僕の首を切り落とす。」
鶯黒悠は、自分の首を手で押さえ、肩で息をしながらも、満足そうに笑みを浮かべていた。
こいつのゲームに対する本気度は伝わったが、俺は鶯黒悠に呆れと共に恐怖を覚えた。
「お前、筋金入りの異常者だな。」
「フフッ……僕には誉め言葉だね。
さて、こちらは契約を破った場合の補償を示し、約束した。
君達も代償を示すのが筋。小夜啼百合子……お前なら分かるだろう?」
俺は百合子の方を見た。
「……分かっています。
こちらも対価を示さなければ、契約は有効とならない。
もしも私達が貴方達の示したルールに違反したのなら、私の命で償う……
それでよろしいですか?」
百合子の提案に、俺はすぐに反対の声を上げた。
「おい、勝手な約束するな!
この変態野郎の趣味に付き合って命を天秤にかける必要はねぇだろ!
契約なんていらねぇよ!」
俺は百合子の肩を掴んで説得する。
「まぁ、小夜啼百合子の命でも、それはそれで面白んだけどさ、それだと凱君が承知してくれないだろう?
そんなことは最初から分かり切っていることだ。だから、君達二人が納得できる条件を既に考えてある。
ゲームの参加に際し、小夜啼百合子の闇魔法の一切を禁じ、光魔法にも規制をかけるという条件を提示したい。」
鶯黒悠は、先ほどと同じような紙を一枚、こちらに提示してきた。
「何々……闇魔法の一切を禁じ……『治しの光』『解毒の光』『解縛の光』『解呪の光』『光の盾』のみ使用可能……おい!ほとんどの魔法が使えないじゃねぇか!?」
「あのねぇ凱君。認めたくは無いが、その女は天才という次元じゃない。
その女に魔法の制約を与えないと、ゲームが成立しないんだよ。」
鶯黒悠は『分かっていないな』といったように手の平を上にあげ、首を振った。
思わず俺は舌打ちをした。
こいつも百合子の凄さに気付いていやがったか。これで楽は出来ない。
「それにね、そこに書いてある制限は、あくまで見積であり希望に過ぎない。
僕の命……というか今まで生きてきた年数になるのかな?
それで、小夜啼百合子の魔法をどこまで封じ、天秤が釣り合うかのか、ちょっとした賭けでもある。」
鶯黒悠はニヤリと笑みを浮かべた。
奴の提示した紙を無言で眺めていた百合子は、
「分かりました。」
条件を飲むことを承諾した。
「お、おい、百合子。」
「闇の魔法は一切使用が出来なくなり、光の魔法については、私と悠君の歳の差、つまり私が三歳までに習得していた魔法だけが使えるという事でしょうか?
後は、火、水、風、土については、制限が無いのですね?」
「そういうことじゃない?」
百合子に質問されると、鶯黒悠は無表情になり、ぶっきらぼうに答えた。
さっきの戦闘で、鶯黒悠の百合子に対する感情は、なんとなく分かっていたが……
それよりも、三歳までに習得していた魔法だと?
「それなら支障はありません。」
百合子は特にいつもと変わらない様子で答えた。
そんな百合子に、鶯黒悠は不機嫌な表情を浮かべ舌打ちした。
俺は百合子の実力も知っているつもりだし信用もしているが、今回ばかりは少し心配になった。
百合子は悠から、条件の書かれた紙を受け取ると、呪文を唱え始めた。
悠と同じように、その紙は白い炎に包まれと、二本の白い縄となり、百合子の両腕に巻き付いた。
「……ッ」
百合子は少し辛そうな顔をしたが、白い縄はすぐに消え去った。
「よし!これで、ようやくゲームの開始だ。
さぁて、僕達は配置に着かせてもらおうかな。
では凱君、せいぜい楽しく遊ぼうね!」
鶯黒悠はニンマリ笑みを浮かべ、歳相応にワクワクした様子だ。
そして、別れ際には俺に馴れ馴れしく手を振ってきた。
次に、鶯黒弥宵は俺を睨みつけながら、
「フン。最初は乗り気じゃなかったけどさ……
空見 凱……この礼はきっちりさせてもらうわ!」
そう吐き捨てると、二人は黒い球体に包まれ、この場から消え去った。
ハウレスは朱兄に切り落とされ、鶯黒美夜に治してもらった腕を見せつけて、豪快に笑った。
「さて、俺の仕事はひとまず終わりだ。
鶴星朱明……お前とは、もう一度戦いたいもんだなぁ!
ガーッハッハッハーッ」
「鶴星流柔術に入門するなら、考えてやるよ。」
朱兄は、とっとと去れと、追い払うように手を振った。
ハウレスはニヤニヤしながら、鶯黒美夜の後ろに控えた。
アンドラスとか言う奴と、数体いたオークは既にこの場所から立ち去っていた。
先輩の話では、アンドラスに使役され、自分達を襲ってきたオークは、元々は人間だと聞かされたらしい。
胸糞悪い話だし、出来れば戦いたくはない。
最後に……
「では、私もこれで……
うちの悠と弥宵を、よろしくお願いいたします。」
鶯黒美夜が、俺達に丁寧に一礼してきた。
「あのガキ共の口の利き方について、ちゃんと教育しておけよ。
俺と百合子の方が歳上なんだぜ?」
俺は憎まれ口を叩きながら、鶯黒美夜を睨みつけた。
俺とエイチ……鷹見魔術探偵事務所には、鳳凰院の研究所を調査し、転魂の書を使ったブツ『X』を探し出すという別任務もあるから、最初からゲームに参加をするつもりだった。
しかし、結果的にこの女に力でねじ伏せられ、強引に参加させられた体になってしまったため胸糞悪い事この上ない。
そんなこと考え悔しさのあまり目を伏せた時だった。百合子が俺の腕を強く掴んだ。
何事かと目の前を向くと、いつの間にか俺のすぐ目の前に、鶯黒美夜が柔らかい笑みを浮かべて立っていた。
奴から漂ってくる甘い香りに、脳が痺れてくる。
俺は後退る事も出来ずに、その場から動けなくなった。
「凱君。貴方とは、いずれどこかで、ゆっくりとお話をしたいですね。
色々と、私に聞きたい事もあるでしょうし……」
そして、俺の顎をスッと撫でて来る。
「凱君に触らないで!」
百合子は、俺の顎に触れていた鶯黒美夜の手を払う。
それから、俺と鶯黒美夜の前に入り、奴に敵意剥き出しの目を向けた。
……こんな百合子は、中々見ることは無いので、俺は呆気に取られた。
「いずれ私は、鶯黒闇華と小夜啼愛唯華に、いつぞやの礼をした上で、忌々しい鶯黒と小夜啼の連中を滅ぼすことでしょう。
……でも、貴女は最後にしてあげる。
その時の恐怖と絶望に歪んだ顔が楽しみだわ。」
鶯黒美夜は一転、冷たい表情となり、百合子にそう言い放つ。
殺気を感じた俺は、反射的に百合子を抱きかかえ、奴から距離を取るように飛び退いた。
「あらあら、アツアツですねぇ。思わず嫉妬してしまうわ。
……まぁ、いいでしょう。
来るべき日まで、せいぜい凱君との日々を楽しみなさい。
……紛い物の女神様。」
鶯黒美夜は微笑みながら捨て台詞を残すと、後ろに控えていたハウレスと共に黒い球体の渦に包まれ、消え去った。
奴らが消え去ると同時に、俺と百合子は思わずその場に座り込んだ。
しかし、これからすぐに護衛任務が始まるのだ。
気持ちを切換えなければ……
とりあえず俺達が集合すると、朱兄は手を合わせながら、俺達に勢いよく頭を下げてきた。
「凱、百合子さん!怜姫さん!社員の皆も!
巻き込んで、申し訳ありませんでした!」
「全くだぜ!
朱兄には、この一件が落ち着いたら、きっちり礼をしてもらわねぇとなぁ……
さぁて、高級ステーキ、いや、回らない寿司屋もいいな。」
俺は顎に手をやりながら、高くて日頃食べたいものを思い浮かべた。
「お……お手柔らかに。」
苦笑いというか、顔を引き攣らせる朱兄。
「おい、凱!
朱明君は、お前と百合子ちゃんの事を考えて……」
お袋が低い声を出して、俺を窘めてきた。
「分かっているよ。冗談だって。
ダスク教の親玉の顔が拝めたんだから、結果オーライだろ。」
「ああ。
しかし私は、今回も何も出来なかった。」
お袋が視線を落とした。面目ないといった感じだ。
「よせよ!お袋がそんな顔していると、蒼姫が心配するぜ。
俺の士気も下がるわ!」
「凱……」
「とにかく、お袋は家で、ゆっくり休んでいろよ!
もう時間だから、皆行こうぜ!」
お袋を気遣って、なんだか気恥ずかしくなった俺は、とっとと研究所に入るよう皆を促した。
これから様々な出会いと、そして悲しい別れが待ち受けていることを、この時の俺と百合子は、まだ知る由も無かった。
そしてそれは、俺の甘っちょろい価値観を変え、暗い闇の入り口に立たせるのに、十分すぎる出来事でもあったのだから……
〇第二話 張り巡らされた糸の中で(上) 完
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