11 / 33
第一話
胎動する闇⑨
しおりを挟む
胎動する闇 エピローグ
心地よい風が、俺の顔を撫でている。
森林の木々の香りに、気持ちが穏やかになる。
ふと、その感覚に気がついて目を開いてみると、視界に入ってきたのは、とても立派な大木だった。
高さは……5階建てのビルくらいはあるだろうか。
幹も、俺が両腕を回しても、半分もいかないくらいの太さはあるだろう。
周囲を見回してみると、ここは、だだっ広い草原の中のようだ。
更に目を凝らしてみると、緑の葉を茂らせた木々がぐるりと、この草原一帯を取り囲んでいる。
こんな場所、鳥飛光にあっただろうか?
知っている場所にも思えるが、そうでないようにも思える。
そんな疑問が、頭に浮かんだ矢先のことだった。
「ついに、始まりましたね。」
物静かな少年の声。
気配の生じた、立派な大木の方に目をやると、太い幹の後ろから、緑色の髪の、黒いマントを身に着けた少年?が姿をあらわした。
歳は俺と同じくらいだろうか?
背は160cmくらいで、緑色の長い髪を途中で結び、それを右肩にかけている。
瞳の色は、ルビーのように赤い。
その左手には、俺が奪い返したはずの降魔の剣を、何故か持っていた。
しかし、何より妙なのは、この少年とは初めて会ったような気がしない事だった。
「俺は空見……鷹空 凱と言う者だ。
その剣、何でアンタが持っているんだ?
それは今日、俺が死ぬような思いで取り返したモノなんだが?」
まずは、当然の疑問を少年に投げかけてみる。
……もしも返す気が無いなら、力ずくで取り返すまでだ。
「僕は……アオと申します。
以後お見知りおきを……
ご安心下さい。貴方の取り返した降魔の剣は、今も貴方達の傍らにありますよ。
この一振りは、私の降魔の剣です。」
特に表情を変えず、俺の質問に返答する。
え?降魔の剣って一本だけじゃないのか?
「そ、そうなの?
じゃあ、アンタとは、前に会ったこと、あったっけ?」
「僕は、貴方です。
いつも貴方の傍におります。」
「は?僕は貴方?傍にいる?
何を訳の分からないことを……」
俺が戸惑っていると、
「その言葉通りだよ。
そして、私もあなた、なの。」
明るい少女の声と共に、またまた立派な大木の後ろから、緑色の髪をした、黒いマントの少女?が姿をあらわした。
先にあらわれた少年とそっくりで、緑色の長い髪を左肩にかけているが、瞳の色は水色だった。
更に右手には、蒼姫の頭のたまねぎを模した、珍妙なコブのついた杖を持っていた。
あれは、蒼源のジジイがいつも持っている杖だった。
それを、なぜこいつが持っているんだ?
「ええっと、俺は鷹空 凱って言うんだが……」
「知ってるー。
私もアオと言うの。よろしくね。」
とニッコリ笑う。
なんだかノリが、うちの妹にそっくりだった。
並んで立つ二人の姿は、身に着けている物は若干異なるし瞳の色は違うが、瓜二つだった。
双子なのだろうか?何故、同じ名前なのだろうか?
俺が訝しげに二人を見ていると、アオ、少年の方が、口を開いた。
「貴方の中に眠る力を、利用しようと企む者達がいます。」
「俺の中に眠る力、それはなんだ?」
「この幽世を広げる力です。」
と、少年のアオは無表情のまま言い、
「そして常世を破壊する力、だよ。」
と、少女のアオが明るく言う。
『幽世を広げる力』、『常世を破壊する力』
……全く意味が分からない。
「神器は既に穢れはじめた。
それに囚われ、魂を汚さぬように……」
そして、少年のアオは、左手に持っていた降魔の剣を鞘から引き抜くと、俺に突き付けてきた。
「……何の真似だ?」
殺気は感じないから、避けることも無いが……
「貴方が、人間の思惑に乗り、暴走するならば……」
「貴方が、私たちに望んだ通り……」
『貴方を……処刑します』
そのアオ達の声を最後に、辺りが急に真っ暗になり……
…
……
………
「!」
俺は目を覚ました。
常備灯に照らされた、自室の見慣れた天井が目に入る。
夢か……夢にしては、リアルだった。
スースーと聞こえてきた寝息に、両隣を見てみると、
蒼姫と蒼彦が、あどけない顔で眠っていた。
蒼姫と蒼彦の誕生日会は、夜の9時に終わった。
誕生日会を終え、参加してくれた留美瑠達は、迎えが来たので自宅に帰ったが、蒼彦は途中で眠ってしまったため、うちに泊まったのだ。
しかし、なんで蒼姫まで、俺の部屋に寝ているんだ?
まぁ、トイレに起きて、用を足して、部屋に戻る時に、間違えて俺の部屋に入って、そのまま寝るが、たまにあるから、それに違いない。
布団の前に置いてある時計を見ると、ちょうど0時。
これからどうなることやら……
ふと机の上を見ると、百合子のものと思われるハンカチがある。
小学生の頃は、まるでお人形のようだったが、それに比べると大人っぽくなった。
特に胸とか腰とか……
「……ああ、やめろ、やめろ!」
妙な事を考えそうになったので、頭をブンブン横に振った。
両隣には、妹と従弟が、すやすや眠っているのだ。
凱よ、煩悩は消し去れ!
俺は布団に横になり目を強く瞑ると、呼吸に意識を集中し、雑念を振り払った。
すると、あっという間に再び眠りに落ちていったのだった。
鷹見邸 大広間
翌朝、蒼姫達を学校に送った後、俺はシュテンドウジとの交戦と、降魔の剣奪還について報告する為、鷹見邸を訪れていた。
「要、凱よ。よくやった。
こんなに早く、東流神社に祀られていた降魔の剣を取り返すとは思わなかったぞ。」
要への報告の途中、大広間に顔を出した蒼源のジジイは、珍しく上機嫌だった。
4公家の前で、あれだけ大見得を切ったのだから、面目を保てるというものだ。
「死者が3名、出てしまいました。」
「犠牲者が出たのは残念だが、相手はあのシュテンドウジ。少ないほうだ。
それに、駅前でのあの騒ぎは、むしろ夜の市民への外出抑制に大きく寄与するだろう。」
「それ、死んだ人の家族の前で言えるのかよ?」
俺は思わず、毒づいたが、
「フン。言える訳なかろう。
それよりも、報告の続きを聞かせてもらおうか。」
その一言で終わり。
まぁ、このジジイらしい。
要は蒼源のジジイから報告を促されると、シュテンドウジに体を乗っ取られた杉野、シュテンドウジの傍にいた生意気な黒いローブのガキ、そいつらが商店街で暴れ、俺と百合子に退治されるまでの経緯を説明した。
要の報告が終わると蒼源のジジイは、
「ふむ。……後はどう動くか、お前達で決めるがよい。
要、今後は毎週月曜日の朝に、状況を報告しろ。
ただし、鳥飛光にとって、緊急を要する事案や、大きな動きがあれば、その都度報告するように。」
「かしこまりました。」
要が一礼すると、ジジイは俺の方を向いた。
「凱よ。
この一件が終わるまで、降魔の剣は、お前に預ける。」
蒼源のジジイは、昨日取り返し要に預けてあった降魔の剣を、俺に手渡してきた。
ちなみに、昨日見た夢については、二人に報告はしていない。
魔術に素養の無い俺が見た夢なんぞに、意味など無いだろうから……
「いいのか?」
「どちらにしろ、お前は神器が無くては、妖鬼や悪魔を殺すのは難しいだろう。」
確かにジジイの言う通りだ。
要から預かっていた呪符付きのグローブでは、シュテンドウジに有効打を与えられなかったが、降魔の剣の威力は桁違いだった。
昨日の話では、神器を取り戻せず1年もすれば、鳥飛光は魔界のようになってしまうという話だ。
ならば神社で遊ばせておくよりも、俺達の化物退治に利用した方が良いに決まっている。
「ところで、このふざけた犬はなんだ?」
受け取った降魔の剣を見つめながら、色々と考えていると、ジジイの低い声が耳に入った。
ジジイは眉間に皺を寄せ、汚物を見るような視線を、すでに部屋にいた『太もも大好き犬』に向けていた。
俺の秘蔵のグラビア雑誌を、鼻の下を伸ばし、ハァハァ息をしながら見ている。
……よい子には見せられねぇ姿だ。
「これが、今回の神器奪還のため、警察から借りてきた魔具探知犬でございます。」
「これが……」
蒼源のジジイは、自分の髭を撫でながら、渋い顔で太もも大好き犬を見つめている。
ジジイが髭を撫でるのは、何かを考えているときの癖なのだが、この後は決まってクソ面倒くせぇ指示命令が口から出て来るのがお決まりだった。
「凱よ、この犬はお前の家で面倒を見ろ。」
ジジイは渋い顔を戻し、さらっと、とんでもないことを言い出した。
「はいぃ?」
俺は思わず上ずった声で、変な返事をしてしまう。
ほら!やっぱり面倒くせーこと言い出したよ!
「調査員の家で飼った方が、都合が良かろう。
餌代はこちらで出す。それに犬に詳しい者をサポートにつけてやるから安心するがよい。」
「蒼源様、この犬は女性の多い家で飼うには、色々と問題が……」
要も難色を示す。
お袋や蒼姫が、この犬から何かしら被害に遭うかもしれないと、危惧しているのだろう。
お袋が青筋立てて、グラビア雑誌やH本をくわえたこの犬を、追いかけ回す姿が目に浮かぶぜ。
それに、そんな事態となったら、俺が苦労して買ったグラビア雑誌や、H本没収の危機でもある訳だ。
「フン。怜姫と蒼姫ならば、この程度の犬など問題なかろう。」
うーん。どうしたものか。
蒼姫が『ワンワンが欲しいよ』なんて言っていた時期が以前あった。
それを考えると、いい機会だとは思う。
しかし、女子大生やOLでないと反応しないにしても、グラビア雑誌を愛読する犬なんて、妹に近づけたくはない。
腕を組んで、うむむ……と考え込む俺に、蒼源のジジイは、俺が折れる最後の一言を放った。
「手間賃として、お前への小遣いも増額しよう。」
「こいつは、責任を持って、俺の家で面倒見ます。」
俺は任せなさいと言わんばかりに、ドンと自分の胸を叩いた。
とりあえず、グラビア雑誌をこっそり見る習慣だけは、早急に教え込む必要があるが、後はなんとかなるだろう。
「決まりだな……
要、あの子を連れてこい。」
「かしこまりました。」
要は蒼源に促され、部屋を退出すると、
「失礼します。」
間を置かず、聞き覚えのある少女の声が、外から聞こえてきた。
「入れ。」
要と共に部屋に入ってきたのは、昨日再会し、シュテンドウジを一緒に倒した小夜啼 百合子だった。
聞き取り調査の為、鷹見邸に来ることになってはいたが……
「この小夜啼 百合子も、神器調査員として協力してもらう。」
「所長、凱君。
今日から、よろしくお願いいたします。」
ジジイに紹介された百合子は、俺達に頭を下げ挨拶をした。
「え、ちょっと待ってくれ。百合子が調査員?」
「そうだ。百合子の癒しの力はお前の大きな力となり、ダスク教や化物共にとっては脅威となろう。
どちらかというと、凱。お前のお目付け役としての役割が大きいのだが……」
蒼源はニヤリと口元を歪めた。
確かに、百合子の力は頼りになるが……
「凱君。ダメ……ですか?
私、また、あなたの力になりたいのです。」
百合子は祈るように手を合わせ、俺を見つめて来る。
こいつには、昔から敵わないな。
ここは、俺の中で一番大きくなっていた気持ちに、素直に従うことにした。
「ああ、百合子。
また、よろしく頼むぜ。」
俺は笑顔で、彼女を歓迎した。
「要。」
蒼源のジジイの声に、要が姿勢を正すと、
「我々の組織の名称を発表しよう。
その名も『鷹見魔術探偵事務所』だ。」
凛とした声が大広間に響き渡り、一瞬、大広間が沈黙する。
「だっせえ名前。」
俺は、思ったことを遠慮なく口にした。
睨み合う俺と要。
慌てて仲裁に入る百合子。
我関せずと、グラビア雑誌を読みふける、太もも大好き犬。
言う事を言って、部屋を出ていく蒼源のジジイ。
一枚岩とは言えない俺達だが、この先、一体どうなることやら……
しかし、俺の心は不安よりも、これから待ち受ける事に対するワクワクの方が、この時は勝っていたのだった。
ダスク魔道教団 本部
薄暗い、わずかな蝋燭に照らされた中世の城を思わせる石造りの一室。
人骨や悪魔の描かれた禍々しい帳の前で一人の少年が跪いていた。
「今日はお疲れさまでした。悠。
早速、状況を報告しなさい。
帳の向こうにいるであろう人物?の、女の優しい声が室内に響き渡る。
しかし、報告を促された悠は、『何か』に気が散って仕方が無かった。
悠の視線の先、帳の前の部屋の端に、禿げ頭の太った裸の男が、仰向けで倒れていた。
白目を剥き、だらしなく口を開き、汚らしく泡を吹いている。
この男は『表の世界』の大手自動車メーカーの重役なのだが、今は惨めにゴミのように、床に打ち棄てられていた。
更に、うわ言のように、「た、たしゅけて……」と繰り返し呟いている。
適切な処置をしなければ、そう遠くないうちに死んでしまうのだが、それに意を介す者は、この部屋にはいない。
「あのぉ……報告の前に、この臭くて目障りなモノを、片付けても構わないでしょうか?」
悠は自分の鼻をつまんで、裸の男を指差した。
「分かりました。
すぐに処分しましょう。離れていなさい。」
帳の奥にいる人物がそう答えると、突然、裸の男が青白い炎に包まれ、
「タッ!タシュケッ!」
そう、ひと際、大きな声を上げようとした瞬間、あっという間に燃え尽き、青白い炎と共に骨も残さず消え去った。
「これで良いですか?」
悠はにっこり笑い、満足そうに感謝した。
「ありがとうございます。
叔母様の魔法のおかげで、このお部屋の空気も僕の心も清々しくなりました。
では、報告いたしますね。」
悠はその後、杉野のシュテンドウジ化、鷹空凱との交戦や状況について、帳の奥にいる『叔母』に伝えた。
「……という訳で、シュテンドウジは敗れ、降魔の剣は奪われてしまいました。」
悠はペロリと舌を出し、悪びれも無く言い放ち、報告を終えた。
「まあ、良いでしょう。
ともあれ、神器は穢れ、『王』の下に帰ったのですから。
……ところで、神器を与えるに『相応しい者達』は、どうしているのです?」
「既にコンタクトを開始しております。
皆、素晴らしい心の持ち主ばかりですから、悪魔たちとの親和性は十分でしょう。」
『叔母』に、そう答えると、悠はニヤリと口元を歪めた。
「私の可愛い悠。貴方には期待していますよ。
この地に正しき神の使い達を降臨させ、正しき教えを広めるのです。
そして、とても残念で、悲しい事ですが……」
優しい声の主は、一度言葉を止め、
「相容れぬ邪教徒達を地獄に叩き落としなさい。
特に小夜啼達は根絶やしにするのです。」
一転して、凍てつくような冷たい言葉で締めくくった。
「はい。叔母様。
期待していて下さい。
小夜啼 百合子……お前は僕の手で、直々に殺してやる。」
百合子の名を呟いた悠の顔からは、笑みは消え去り、鬼のような形相となっていた。
凱と百合子は、まだ知らない。
産声をあげた闇との、長く熾烈な戦いが待ち受けている事を……
第一話 胎動する闇 完
心地よい風が、俺の顔を撫でている。
森林の木々の香りに、気持ちが穏やかになる。
ふと、その感覚に気がついて目を開いてみると、視界に入ってきたのは、とても立派な大木だった。
高さは……5階建てのビルくらいはあるだろうか。
幹も、俺が両腕を回しても、半分もいかないくらいの太さはあるだろう。
周囲を見回してみると、ここは、だだっ広い草原の中のようだ。
更に目を凝らしてみると、緑の葉を茂らせた木々がぐるりと、この草原一帯を取り囲んでいる。
こんな場所、鳥飛光にあっただろうか?
知っている場所にも思えるが、そうでないようにも思える。
そんな疑問が、頭に浮かんだ矢先のことだった。
「ついに、始まりましたね。」
物静かな少年の声。
気配の生じた、立派な大木の方に目をやると、太い幹の後ろから、緑色の髪の、黒いマントを身に着けた少年?が姿をあらわした。
歳は俺と同じくらいだろうか?
背は160cmくらいで、緑色の長い髪を途中で結び、それを右肩にかけている。
瞳の色は、ルビーのように赤い。
その左手には、俺が奪い返したはずの降魔の剣を、何故か持っていた。
しかし、何より妙なのは、この少年とは初めて会ったような気がしない事だった。
「俺は空見……鷹空 凱と言う者だ。
その剣、何でアンタが持っているんだ?
それは今日、俺が死ぬような思いで取り返したモノなんだが?」
まずは、当然の疑問を少年に投げかけてみる。
……もしも返す気が無いなら、力ずくで取り返すまでだ。
「僕は……アオと申します。
以後お見知りおきを……
ご安心下さい。貴方の取り返した降魔の剣は、今も貴方達の傍らにありますよ。
この一振りは、私の降魔の剣です。」
特に表情を変えず、俺の質問に返答する。
え?降魔の剣って一本だけじゃないのか?
「そ、そうなの?
じゃあ、アンタとは、前に会ったこと、あったっけ?」
「僕は、貴方です。
いつも貴方の傍におります。」
「は?僕は貴方?傍にいる?
何を訳の分からないことを……」
俺が戸惑っていると、
「その言葉通りだよ。
そして、私もあなた、なの。」
明るい少女の声と共に、またまた立派な大木の後ろから、緑色の髪をした、黒いマントの少女?が姿をあらわした。
先にあらわれた少年とそっくりで、緑色の長い髪を左肩にかけているが、瞳の色は水色だった。
更に右手には、蒼姫の頭のたまねぎを模した、珍妙なコブのついた杖を持っていた。
あれは、蒼源のジジイがいつも持っている杖だった。
それを、なぜこいつが持っているんだ?
「ええっと、俺は鷹空 凱って言うんだが……」
「知ってるー。
私もアオと言うの。よろしくね。」
とニッコリ笑う。
なんだかノリが、うちの妹にそっくりだった。
並んで立つ二人の姿は、身に着けている物は若干異なるし瞳の色は違うが、瓜二つだった。
双子なのだろうか?何故、同じ名前なのだろうか?
俺が訝しげに二人を見ていると、アオ、少年の方が、口を開いた。
「貴方の中に眠る力を、利用しようと企む者達がいます。」
「俺の中に眠る力、それはなんだ?」
「この幽世を広げる力です。」
と、少年のアオは無表情のまま言い、
「そして常世を破壊する力、だよ。」
と、少女のアオが明るく言う。
『幽世を広げる力』、『常世を破壊する力』
……全く意味が分からない。
「神器は既に穢れはじめた。
それに囚われ、魂を汚さぬように……」
そして、少年のアオは、左手に持っていた降魔の剣を鞘から引き抜くと、俺に突き付けてきた。
「……何の真似だ?」
殺気は感じないから、避けることも無いが……
「貴方が、人間の思惑に乗り、暴走するならば……」
「貴方が、私たちに望んだ通り……」
『貴方を……処刑します』
そのアオ達の声を最後に、辺りが急に真っ暗になり……
…
……
………
「!」
俺は目を覚ました。
常備灯に照らされた、自室の見慣れた天井が目に入る。
夢か……夢にしては、リアルだった。
スースーと聞こえてきた寝息に、両隣を見てみると、
蒼姫と蒼彦が、あどけない顔で眠っていた。
蒼姫と蒼彦の誕生日会は、夜の9時に終わった。
誕生日会を終え、参加してくれた留美瑠達は、迎えが来たので自宅に帰ったが、蒼彦は途中で眠ってしまったため、うちに泊まったのだ。
しかし、なんで蒼姫まで、俺の部屋に寝ているんだ?
まぁ、トイレに起きて、用を足して、部屋に戻る時に、間違えて俺の部屋に入って、そのまま寝るが、たまにあるから、それに違いない。
布団の前に置いてある時計を見ると、ちょうど0時。
これからどうなることやら……
ふと机の上を見ると、百合子のものと思われるハンカチがある。
小学生の頃は、まるでお人形のようだったが、それに比べると大人っぽくなった。
特に胸とか腰とか……
「……ああ、やめろ、やめろ!」
妙な事を考えそうになったので、頭をブンブン横に振った。
両隣には、妹と従弟が、すやすや眠っているのだ。
凱よ、煩悩は消し去れ!
俺は布団に横になり目を強く瞑ると、呼吸に意識を集中し、雑念を振り払った。
すると、あっという間に再び眠りに落ちていったのだった。
鷹見邸 大広間
翌朝、蒼姫達を学校に送った後、俺はシュテンドウジとの交戦と、降魔の剣奪還について報告する為、鷹見邸を訪れていた。
「要、凱よ。よくやった。
こんなに早く、東流神社に祀られていた降魔の剣を取り返すとは思わなかったぞ。」
要への報告の途中、大広間に顔を出した蒼源のジジイは、珍しく上機嫌だった。
4公家の前で、あれだけ大見得を切ったのだから、面目を保てるというものだ。
「死者が3名、出てしまいました。」
「犠牲者が出たのは残念だが、相手はあのシュテンドウジ。少ないほうだ。
それに、駅前でのあの騒ぎは、むしろ夜の市民への外出抑制に大きく寄与するだろう。」
「それ、死んだ人の家族の前で言えるのかよ?」
俺は思わず、毒づいたが、
「フン。言える訳なかろう。
それよりも、報告の続きを聞かせてもらおうか。」
その一言で終わり。
まぁ、このジジイらしい。
要は蒼源のジジイから報告を促されると、シュテンドウジに体を乗っ取られた杉野、シュテンドウジの傍にいた生意気な黒いローブのガキ、そいつらが商店街で暴れ、俺と百合子に退治されるまでの経緯を説明した。
要の報告が終わると蒼源のジジイは、
「ふむ。……後はどう動くか、お前達で決めるがよい。
要、今後は毎週月曜日の朝に、状況を報告しろ。
ただし、鳥飛光にとって、緊急を要する事案や、大きな動きがあれば、その都度報告するように。」
「かしこまりました。」
要が一礼すると、ジジイは俺の方を向いた。
「凱よ。
この一件が終わるまで、降魔の剣は、お前に預ける。」
蒼源のジジイは、昨日取り返し要に預けてあった降魔の剣を、俺に手渡してきた。
ちなみに、昨日見た夢については、二人に報告はしていない。
魔術に素養の無い俺が見た夢なんぞに、意味など無いだろうから……
「いいのか?」
「どちらにしろ、お前は神器が無くては、妖鬼や悪魔を殺すのは難しいだろう。」
確かにジジイの言う通りだ。
要から預かっていた呪符付きのグローブでは、シュテンドウジに有効打を与えられなかったが、降魔の剣の威力は桁違いだった。
昨日の話では、神器を取り戻せず1年もすれば、鳥飛光は魔界のようになってしまうという話だ。
ならば神社で遊ばせておくよりも、俺達の化物退治に利用した方が良いに決まっている。
「ところで、このふざけた犬はなんだ?」
受け取った降魔の剣を見つめながら、色々と考えていると、ジジイの低い声が耳に入った。
ジジイは眉間に皺を寄せ、汚物を見るような視線を、すでに部屋にいた『太もも大好き犬』に向けていた。
俺の秘蔵のグラビア雑誌を、鼻の下を伸ばし、ハァハァ息をしながら見ている。
……よい子には見せられねぇ姿だ。
「これが、今回の神器奪還のため、警察から借りてきた魔具探知犬でございます。」
「これが……」
蒼源のジジイは、自分の髭を撫でながら、渋い顔で太もも大好き犬を見つめている。
ジジイが髭を撫でるのは、何かを考えているときの癖なのだが、この後は決まってクソ面倒くせぇ指示命令が口から出て来るのがお決まりだった。
「凱よ、この犬はお前の家で面倒を見ろ。」
ジジイは渋い顔を戻し、さらっと、とんでもないことを言い出した。
「はいぃ?」
俺は思わず上ずった声で、変な返事をしてしまう。
ほら!やっぱり面倒くせーこと言い出したよ!
「調査員の家で飼った方が、都合が良かろう。
餌代はこちらで出す。それに犬に詳しい者をサポートにつけてやるから安心するがよい。」
「蒼源様、この犬は女性の多い家で飼うには、色々と問題が……」
要も難色を示す。
お袋や蒼姫が、この犬から何かしら被害に遭うかもしれないと、危惧しているのだろう。
お袋が青筋立てて、グラビア雑誌やH本をくわえたこの犬を、追いかけ回す姿が目に浮かぶぜ。
それに、そんな事態となったら、俺が苦労して買ったグラビア雑誌や、H本没収の危機でもある訳だ。
「フン。怜姫と蒼姫ならば、この程度の犬など問題なかろう。」
うーん。どうしたものか。
蒼姫が『ワンワンが欲しいよ』なんて言っていた時期が以前あった。
それを考えると、いい機会だとは思う。
しかし、女子大生やOLでないと反応しないにしても、グラビア雑誌を愛読する犬なんて、妹に近づけたくはない。
腕を組んで、うむむ……と考え込む俺に、蒼源のジジイは、俺が折れる最後の一言を放った。
「手間賃として、お前への小遣いも増額しよう。」
「こいつは、責任を持って、俺の家で面倒見ます。」
俺は任せなさいと言わんばかりに、ドンと自分の胸を叩いた。
とりあえず、グラビア雑誌をこっそり見る習慣だけは、早急に教え込む必要があるが、後はなんとかなるだろう。
「決まりだな……
要、あの子を連れてこい。」
「かしこまりました。」
要は蒼源に促され、部屋を退出すると、
「失礼します。」
間を置かず、聞き覚えのある少女の声が、外から聞こえてきた。
「入れ。」
要と共に部屋に入ってきたのは、昨日再会し、シュテンドウジを一緒に倒した小夜啼 百合子だった。
聞き取り調査の為、鷹見邸に来ることになってはいたが……
「この小夜啼 百合子も、神器調査員として協力してもらう。」
「所長、凱君。
今日から、よろしくお願いいたします。」
ジジイに紹介された百合子は、俺達に頭を下げ挨拶をした。
「え、ちょっと待ってくれ。百合子が調査員?」
「そうだ。百合子の癒しの力はお前の大きな力となり、ダスク教や化物共にとっては脅威となろう。
どちらかというと、凱。お前のお目付け役としての役割が大きいのだが……」
蒼源はニヤリと口元を歪めた。
確かに、百合子の力は頼りになるが……
「凱君。ダメ……ですか?
私、また、あなたの力になりたいのです。」
百合子は祈るように手を合わせ、俺を見つめて来る。
こいつには、昔から敵わないな。
ここは、俺の中で一番大きくなっていた気持ちに、素直に従うことにした。
「ああ、百合子。
また、よろしく頼むぜ。」
俺は笑顔で、彼女を歓迎した。
「要。」
蒼源のジジイの声に、要が姿勢を正すと、
「我々の組織の名称を発表しよう。
その名も『鷹見魔術探偵事務所』だ。」
凛とした声が大広間に響き渡り、一瞬、大広間が沈黙する。
「だっせえ名前。」
俺は、思ったことを遠慮なく口にした。
睨み合う俺と要。
慌てて仲裁に入る百合子。
我関せずと、グラビア雑誌を読みふける、太もも大好き犬。
言う事を言って、部屋を出ていく蒼源のジジイ。
一枚岩とは言えない俺達だが、この先、一体どうなることやら……
しかし、俺の心は不安よりも、これから待ち受ける事に対するワクワクの方が、この時は勝っていたのだった。
ダスク魔道教団 本部
薄暗い、わずかな蝋燭に照らされた中世の城を思わせる石造りの一室。
人骨や悪魔の描かれた禍々しい帳の前で一人の少年が跪いていた。
「今日はお疲れさまでした。悠。
早速、状況を報告しなさい。
帳の向こうにいるであろう人物?の、女の優しい声が室内に響き渡る。
しかし、報告を促された悠は、『何か』に気が散って仕方が無かった。
悠の視線の先、帳の前の部屋の端に、禿げ頭の太った裸の男が、仰向けで倒れていた。
白目を剥き、だらしなく口を開き、汚らしく泡を吹いている。
この男は『表の世界』の大手自動車メーカーの重役なのだが、今は惨めにゴミのように、床に打ち棄てられていた。
更に、うわ言のように、「た、たしゅけて……」と繰り返し呟いている。
適切な処置をしなければ、そう遠くないうちに死んでしまうのだが、それに意を介す者は、この部屋にはいない。
「あのぉ……報告の前に、この臭くて目障りなモノを、片付けても構わないでしょうか?」
悠は自分の鼻をつまんで、裸の男を指差した。
「分かりました。
すぐに処分しましょう。離れていなさい。」
帳の奥にいる人物がそう答えると、突然、裸の男が青白い炎に包まれ、
「タッ!タシュケッ!」
そう、ひと際、大きな声を上げようとした瞬間、あっという間に燃え尽き、青白い炎と共に骨も残さず消え去った。
「これで良いですか?」
悠はにっこり笑い、満足そうに感謝した。
「ありがとうございます。
叔母様の魔法のおかげで、このお部屋の空気も僕の心も清々しくなりました。
では、報告いたしますね。」
悠はその後、杉野のシュテンドウジ化、鷹空凱との交戦や状況について、帳の奥にいる『叔母』に伝えた。
「……という訳で、シュテンドウジは敗れ、降魔の剣は奪われてしまいました。」
悠はペロリと舌を出し、悪びれも無く言い放ち、報告を終えた。
「まあ、良いでしょう。
ともあれ、神器は穢れ、『王』の下に帰ったのですから。
……ところで、神器を与えるに『相応しい者達』は、どうしているのです?」
「既にコンタクトを開始しております。
皆、素晴らしい心の持ち主ばかりですから、悪魔たちとの親和性は十分でしょう。」
『叔母』に、そう答えると、悠はニヤリと口元を歪めた。
「私の可愛い悠。貴方には期待していますよ。
この地に正しき神の使い達を降臨させ、正しき教えを広めるのです。
そして、とても残念で、悲しい事ですが……」
優しい声の主は、一度言葉を止め、
「相容れぬ邪教徒達を地獄に叩き落としなさい。
特に小夜啼達は根絶やしにするのです。」
一転して、凍てつくような冷たい言葉で締めくくった。
「はい。叔母様。
期待していて下さい。
小夜啼 百合子……お前は僕の手で、直々に殺してやる。」
百合子の名を呟いた悠の顔からは、笑みは消え去り、鬼のような形相となっていた。
凱と百合子は、まだ知らない。
産声をあげた闇との、長く熾烈な戦いが待ち受けている事を……
第一話 胎動する闇 完
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる