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第二話
張り巡らされた糸の中で(上)⑬
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「オラオラッ!さっきまでの威勢はどうしたのさ!」
クラーケンと同化した鶯黒弥宵は調子に乗りながら、タコ足を俺に向かって叩きつけた。
俺と鶯黒弥宵の周りは、叩きつけたタコ足によって、コンクリートの地面のあちこちが、ひび割れ、抉れていた。
俺は、つい先ほどまでは、鶯黒悠と交戦していた百合子を気にかける余裕があったが、合体して本調子となった鶯黒弥宵の猛攻に、そんな余裕はなくなっていた。
「クソッ!」
タコ足をかわし、隙を見てタコ足を切断しようと切りつけるが、切断には至らない。
強度も先ほどとは比べ物にならない。
「いったー!このっ!不細工がぁ!」
鶯黒弥宵が怒りに任せて振るった2本のタコ足が俺の体を薙ぎ払う。
「ぐぅッ!」
降魔の剣と力を込めた腕で、なんとかガードをするが、あまりの強さに体勢を崩し吹っ飛ばされた。
「もういっちょおおおお!」
鶯黒弥宵は嬉々とした声を上げながら、別のタコ足で更に俺を殴りつけた。
俺は、テニスのラリーのボールのように、左右のタコ足に何度も何度も打たれ返され続けた。
「キャハハハ!さっきまでの威勢はどぉうしたぁ!」
「ぐはっ!調子に乗るなッ!こ、この化物!ぐおっ!」
「しぶとい奴だなぁ!でもぉ!これで……フィニーッシュ!」
鶯黒弥宵は渾身の力を込めた3本のタコ足で、俺を打ち上げた。
身体に伝わる衝撃と共に、パァーンという乾いた音が耳に大きく響いた。
激しく打ちのめされながらも、なんとか頭や急所は守ってはいたが、流石にキツイ。
どのくらいの高さにいるのか考える間もなく、上空に打ち上げられた俺は緑地の中に突っ込んだ。
「イテテテ……あのクソアマ……」
木の枝を緩衝に利用し、受け身を取りながら地面に落ちた俺は、自分の状態を確認する。
体中が痛いが、腕と脚の動きに支障は無い。どうやら骨折は免れたようだ。
あれだけの攻撃を受けても、なんとか立ち上がれることに、自分でも驚いていた。
「キャハッ!最高の気分!さぁて、死んだかどうか確認ターイム!」
鶯黒弥宵の嬉々とした大声が、俺の耳に届いた。
あの巨体で、この緑地の木々の間を入ってくるには、少し時間がかかるだろう。
俺は懐から準備していた『ある道具』を取り出した。
「森の精霊さんよ。ちょっとばかり木に傷がつくかもしれないが、許してくれよ。」
俺は辺りの木を使って、罠を張ることにした。
「畜生……こいつを使うのは、気乗りはしねぇが、背に腹は代えられねぇ。」
…
……
そして『罠』の準備を終えた俺は、木の近くに仰向けで寝転がり、奴が来るのを待った。
「クッソ、邪魔な木だなぁ。」
鶯黒弥宵は巨体をグニャグニャと変形させながら、じわりじわりと俺に向かって進んでくる。
「みーっけ!」
薄目で確認すると、鶯黒弥宵がニンマリ笑みを浮かべながら、俺を見下ろしていた。
「……死んだふりぃ?それとも死んでるぅ?
どっちでもいいかぁ!ミンチにしちゃえば、絶対に死ぬんだしぃ!」
巨体を持ち上げると、俺に向かって5本のタコ足を振り下ろしてきた。
「な!?」
しかし、奴の足は俺に届く前に宙で停止し、更に張った糸が食い込んだように一部がへこんでいた。
それは、俺が緑地の木々を使って張り巡らせた、糸よりも細く強度の高い鋼線。
小鳥遊の、一矢の爺さん仕込みの暗器術の一つだ。
「はぁ~ドキドキしたぜ!
女の子とのデートの待ち合わせとかって、こんな感じなのかな?」
鶯黒弥宵とのデートなんて、絶対に願い下げだけどな!
俺はスクっと立ち上がり、手元に忍ばせていた2本のクナイを、鶯黒弥宵の足元にある2本の鋼線に向かって投げつけた。
鋼線を使って張っておいた別の鋼線が、鶯黒弥宵の体に絡みつき、奴の動きを止めた。
「か、身動きが、取れないぃ!」
あの鋼線は小鳥遊特注のもので、切るにはコツがある。
それを力任せに切ろうとすれば、逆に大怪我をするだけなのだが……
「この線、人間の皮膚だったら触れ方によっては、スッパリ切れるんだが、やっぱ無理だったか。」
鋼線に気を取られている鶯黒弥宵に向け、俺は降魔の剣を構えた。
そこで奴は、ようやく俺に気付いて慌てふためき、驚きの声を上げた。
「こ、これはお前の仕業か!
クソが!あれだけブチのめしたのにぃ!化物かぁ!」
「てめぇに言われたくは……ねぇよ!」
俺は奴の腹を目掛けて、降魔の剣を突き刺した。
「ギャアアアアアアアアア!」
鶯黒弥宵の腹の辺りから、禍々しい紫色の血が噴き出した。
クソ……まだ浅いか。
俺はもう一撃加えるため、剣を引き抜こうとするが、剣と腕にタコ足が絡みついた。
「このカスが!
ああ!大いなる闇の神よ!我が前に立ち塞がる野蛮なる光の徒に、地獄の裁きを与え給へ!」
鶯黒弥宵の体から禍々しい魔力が立ち昇る。
こいつ、この状態でも魔法は使えるようだ!
「畜生!放しやがれ!」
俺は力任せに腕を動かし、絡みついたタコ足を、なんとか振りほどいたが、
「もう遅い!死ねッ!
『闇の包雷!』」
鶯黒弥宵は、目を見開いて邪悪な笑みを浮かべながら、振り上げた右腕を素早く降ろし、俺を指差した。
避ける間もなく、黒い雷が俺を捉えた!
「ぐああああああああああ!」
俺は黒いエネルギー体に包まれ、体全体に広がる激しい痛みと痺れに、もがき苦しんだ!
雷と闇の複合魔法……こんな魔法を食らうのは初めてだった。
自分を包み込む闇は、人間の根源的な恐怖、いわば原初の恐怖を呼び起こすような効果があるのだろうか……
俺は、体を包みこむ闇によって呼び起こされた恐怖心に支配され、『魔法に対する抗う気持ち、自分の中に取り込み消し去るイメージを持て』というジジイの教えをすっかり忘れてしまっていた。
一瞬なのか一時間なのか、全く分からないが、闇の包雷から解放された俺は、ズタボロの雑巾のようになりながら、地面に転がった。
「…くん!……凱くん!」
俺の耳に、百合子の声が入った。
声のする方に、なんとか首を動かすと、木々に囲まれているにも関わらず、百合子がこちらに走って向かってくるのが目に入った。
これは魔法を食らって俺がおかしくなったのか?
どちらにしろ、百合子に鶯黒弥宵を近づけさせたくないことに変わりはない。
「く……来るな。」
百合子に向かって叫びたいが、あまりのダメージに掠れた声が出るだった。
多分、この状態の鶯黒弥宵が相手では、百合子は防戦一方になるだけだろう。
魔力が尽きて防御魔法が張れなくなれば、そこで終わりだ。
「あらま!悠の奴、捕まってんじゃん。
仕方ないねぇ、私が代わりに小夜啼百合子をブチ殺してやるわ!」
鶯黒弥宵は俺が放ったクナイを念道力で拾い上げてコントロールすると、いくつかのタコ足に絡まっていた鋼線を切り裂いた。
「安心しなよ。アイツをとっ捕まえたら、仲良くアンタと一緒にバラバラに引き裂いてやるよ……寂しくないようにねぇ!」
鶯黒弥宵は俺を見下ろしながら、ニンマリと笑みを浮かべた。
そして、鋼線を切ったクナイを俺の近くに放って捨てると、意気揚々に木々の間を抜けながら百合子の方に向かっていく。
俺は懐から、親父から貰っていた札を取り出し、どの魔法が使えるのか確認する。
「『風刃』か……」
なんとか取り出したのは、風を刃にして切り裂く魔法・『風刃』が封じられた札だった。
俺は、奴が捨てたクナイを拾い上げ、電撃で焦げている親指を切り裂き、札に塗り付けた。
魔力の無い俺が使ったところで、威力は大したこと無いだろうが、まずは奴を怒らせて、こちらに引き戻せることが出来ればいい。
痛む身体を、気力を振り絞ってなんとか起こし、札を顔の前に構えて必死にイメージする。
タコ足の強度は高いが、奴の腹は降魔の剣でなんとか切り裂くことが出来た。
上半身は大して強くは無いと判断した俺は、鶯黒弥宵の背中を狙い……
「いけ!『風刃!』」
俺がそう呟いた瞬間、手元の札が輝くと、鶯黒弥宵に向かって物凄い速さの風の刃が射出された。
「何?!」
辺りの風の不自然な流れに気付いた鶯黒弥宵は、咄嗟に上半身を捻って風刃を避けようとするが、
「ギャアアアアアアアア!」
避けきることが出来ずに、俺の放った風刃は奴の右肩から右腕を吹っ飛ばした。
「……な、なんだ、あの威力と速さ。
ジジイの風刃と同等じゃねぇか。」
それだけ親父が凄いのか?
それなりに高位の魔術師とは聞いていたが、これほどのものとは……
しかし、なぜ俺が並外れた風刃を放つことが出来た本当の理由を知るのは、まだ先のことだった。
右腕を切り落とされた鶯黒弥宵は、クラーケンと分離した状態にみるみるうちに戻り、切られて真っ赤な血を噴き出した上腕を手で押さえながら、痛みに奇声と泣き声を上げ、地面をのたうち回っていた。
「あああああああ!痛いッ!痛いぃ!」
俺は転がっていた降魔の剣を回収すると、鶯黒弥宵の元に歩いていく。
百合子や朱兄、先輩達、敵方の奴らは戦いを止め、呆然としていた。
「ほーら、言わんこっちゃない!なめてかかるなって言ったろっ!」
そんな中、百合子の結界に捕らえられていた鶯黒 悠だけは、ニヤニヤしながら鶯黒弥宵を窘めた。
「凱君!」
百合子は、ボロボロ状態の俺に気付くと、こちらに駆け寄ってきて、俺に対して治癒呪文を唱え始めた。
俺は体の痛みや傷が癒えるのを感じながらも、泣き叫ぶ鶯黒弥宵に再び降魔の剣を向けた。
「待ってください凱君!この子も早く治療しないと!」
俺は、鶯黒弥宵に駆け寄ろうとする百合子の腕を掴んで、引き止めた。
「待て!百合子。
このガキは常人とは違う。そう簡単に死なねぇよ。」
泣き、のた打ち回る鶯黒弥宵に剣を突き付けることに抵抗はある。
しかし、こいつは俺達を殺そうとしている凶悪な敵だ。
それに、あの好戦的な態度と残忍さ……
治療してやった途端、俺達に再び戦いを挑んでくるのは目に見えていた。
変な動きを見せたら、剣でブッ刺すぐらいの態度で脅しておくべきだろう。
「…おい、鶯黒弥宵って言ったな?
降参するなら、百合子が腕を治してくれるぜ。
ただし、治った後に変な動きをしたら、また腕を切り落とすけどな……」
俺はまず、鶯黒弥宵に降伏を持ち掛け、次に、
「あと、ハウレスとアンドラスと言ったな!こいつの命が惜しかったら動くんじゃねぇ!」
ハウレスとアンドラスに大声で警告した。
「はいはい、分かったよ……」
「これは、仕方がありませんね。」
二人は素直に動きを止め、両手を挙げた。
しかし、鶯黒弥宵には俺の声が届いていないようで……
「痛いよ!痛いぃ!ママッ!ママァッ!助けてぇ!」
それどころか、ここには居ないであろう『母親』に助けを求め始めた。
「ママなんて、来ねぇよ!
死にたくなかったら、とっとと降参しろや!」
俺は焦りを覚え、鶯黒弥宵を怒鳴りつけた。
治療をしようとした百合子を止めておいてなんだが、やはり死なれたら夢見が悪い。
そんなときだった。
キュウウウウウウン……
急に妙な耳鳴りがし始め、肌がヒリ付く感覚に襲われ、次に上空に禍々しい気配を感じ取った。
「凱…君。」
百合子は俺の名を呼びながら、俺が禍々しい気配を感じた辺りを指差した。
そこに黒く激しい渦とうねりが生まれ、それがおさまると、その場に黒いローブの人影が浮かんでいた。
「あら、あらあら、弥宵ちゃん。
腕を切られちゃったのね。可哀想に……」
キレイな女性の声……
そいつはスーッと鶯黒弥宵の近くに降りて来るが、この場にいる俺達は誰一人動く事は出来なかった。
そいつが発する、あまりに強力で、禍々しい妖気に……
「ワン!ワンッ!」
今まで、どこかに隠れていたエイチが、俺達に向かって緊迫した様子で鳴き声を上げた。
俺達に対する警告だった。
黒いローブの女(?)は、鶯黒弥宵の切り落とした腕を両手で大事そうに拾うと、鶯黒弥宵の近くに腰を降ろした。
近くにいるのに、この女の勝手を止めることは、俺には出来なかった。
更に俺は、鶯黒弥宵に突き付けていた降魔の剣を、無意識に降ろしていた。
「すぐに治してあげるわね。」
黒いローブの女は、鶯黒弥宵に顔を近づけ、頭を撫でると優しい声をかけた。
「グスっ……ママァ……来てくれたんだね……ママァ……」
鶯黒弥宵は泣くのを止め、甘えるような声を出した。
黒いローブの女は、鶯黒弥宵の切り落とした腕を肩の切断部の辺りにくっつけ、そこに手をかざした。
すると、淡く暗い光がその部分を包み、鶯黒弥宵の腕をあっという間に治してしまった。
闇の治癒魔法……
その力は百合子と同等か、それ以上だった。
「……やってくれたわねぇ!鷹空 凱!
私をこんな目に遭わせてくれたのは、お前が初めてだ!」
憎悪と喜びからなのか、鶯黒弥宵は俺に向かって目を見開きながら、笑顔を浮かべた。
「弥宵ちゃん。待ちなさい。
ちょっとママに言わせて欲しいの。」
黒いローブの女は、鶯黒弥宵を止めると、俺達の方に一歩近づき、かぶっていたフードを降ろした。
……そいつの容姿に、俺達は言葉を失った。
「凱君。うちの弥宵の腕を切り落とすなんて、悪い子ですね。
めっ!ですよ。」
目を疑うというのは、こういう時のことを言うのだろう。
黒いローブの女の顔は、俺の隣にいる小夜啼 百合子と、瓜二つだった。
クラーケンと同化した鶯黒弥宵は調子に乗りながら、タコ足を俺に向かって叩きつけた。
俺と鶯黒弥宵の周りは、叩きつけたタコ足によって、コンクリートの地面のあちこちが、ひび割れ、抉れていた。
俺は、つい先ほどまでは、鶯黒悠と交戦していた百合子を気にかける余裕があったが、合体して本調子となった鶯黒弥宵の猛攻に、そんな余裕はなくなっていた。
「クソッ!」
タコ足をかわし、隙を見てタコ足を切断しようと切りつけるが、切断には至らない。
強度も先ほどとは比べ物にならない。
「いったー!このっ!不細工がぁ!」
鶯黒弥宵が怒りに任せて振るった2本のタコ足が俺の体を薙ぎ払う。
「ぐぅッ!」
降魔の剣と力を込めた腕で、なんとかガードをするが、あまりの強さに体勢を崩し吹っ飛ばされた。
「もういっちょおおおお!」
鶯黒弥宵は嬉々とした声を上げながら、別のタコ足で更に俺を殴りつけた。
俺は、テニスのラリーのボールのように、左右のタコ足に何度も何度も打たれ返され続けた。
「キャハハハ!さっきまでの威勢はどぉうしたぁ!」
「ぐはっ!調子に乗るなッ!こ、この化物!ぐおっ!」
「しぶとい奴だなぁ!でもぉ!これで……フィニーッシュ!」
鶯黒弥宵は渾身の力を込めた3本のタコ足で、俺を打ち上げた。
身体に伝わる衝撃と共に、パァーンという乾いた音が耳に大きく響いた。
激しく打ちのめされながらも、なんとか頭や急所は守ってはいたが、流石にキツイ。
どのくらいの高さにいるのか考える間もなく、上空に打ち上げられた俺は緑地の中に突っ込んだ。
「イテテテ……あのクソアマ……」
木の枝を緩衝に利用し、受け身を取りながら地面に落ちた俺は、自分の状態を確認する。
体中が痛いが、腕と脚の動きに支障は無い。どうやら骨折は免れたようだ。
あれだけの攻撃を受けても、なんとか立ち上がれることに、自分でも驚いていた。
「キャハッ!最高の気分!さぁて、死んだかどうか確認ターイム!」
鶯黒弥宵の嬉々とした大声が、俺の耳に届いた。
あの巨体で、この緑地の木々の間を入ってくるには、少し時間がかかるだろう。
俺は懐から準備していた『ある道具』を取り出した。
「森の精霊さんよ。ちょっとばかり木に傷がつくかもしれないが、許してくれよ。」
俺は辺りの木を使って、罠を張ることにした。
「畜生……こいつを使うのは、気乗りはしねぇが、背に腹は代えられねぇ。」
…
……
そして『罠』の準備を終えた俺は、木の近くに仰向けで寝転がり、奴が来るのを待った。
「クッソ、邪魔な木だなぁ。」
鶯黒弥宵は巨体をグニャグニャと変形させながら、じわりじわりと俺に向かって進んでくる。
「みーっけ!」
薄目で確認すると、鶯黒弥宵がニンマリ笑みを浮かべながら、俺を見下ろしていた。
「……死んだふりぃ?それとも死んでるぅ?
どっちでもいいかぁ!ミンチにしちゃえば、絶対に死ぬんだしぃ!」
巨体を持ち上げると、俺に向かって5本のタコ足を振り下ろしてきた。
「な!?」
しかし、奴の足は俺に届く前に宙で停止し、更に張った糸が食い込んだように一部がへこんでいた。
それは、俺が緑地の木々を使って張り巡らせた、糸よりも細く強度の高い鋼線。
小鳥遊の、一矢の爺さん仕込みの暗器術の一つだ。
「はぁ~ドキドキしたぜ!
女の子とのデートの待ち合わせとかって、こんな感じなのかな?」
鶯黒弥宵とのデートなんて、絶対に願い下げだけどな!
俺はスクっと立ち上がり、手元に忍ばせていた2本のクナイを、鶯黒弥宵の足元にある2本の鋼線に向かって投げつけた。
鋼線を使って張っておいた別の鋼線が、鶯黒弥宵の体に絡みつき、奴の動きを止めた。
「か、身動きが、取れないぃ!」
あの鋼線は小鳥遊特注のもので、切るにはコツがある。
それを力任せに切ろうとすれば、逆に大怪我をするだけなのだが……
「この線、人間の皮膚だったら触れ方によっては、スッパリ切れるんだが、やっぱ無理だったか。」
鋼線に気を取られている鶯黒弥宵に向け、俺は降魔の剣を構えた。
そこで奴は、ようやく俺に気付いて慌てふためき、驚きの声を上げた。
「こ、これはお前の仕業か!
クソが!あれだけブチのめしたのにぃ!化物かぁ!」
「てめぇに言われたくは……ねぇよ!」
俺は奴の腹を目掛けて、降魔の剣を突き刺した。
「ギャアアアアアアアアア!」
鶯黒弥宵の腹の辺りから、禍々しい紫色の血が噴き出した。
クソ……まだ浅いか。
俺はもう一撃加えるため、剣を引き抜こうとするが、剣と腕にタコ足が絡みついた。
「このカスが!
ああ!大いなる闇の神よ!我が前に立ち塞がる野蛮なる光の徒に、地獄の裁きを与え給へ!」
鶯黒弥宵の体から禍々しい魔力が立ち昇る。
こいつ、この状態でも魔法は使えるようだ!
「畜生!放しやがれ!」
俺は力任せに腕を動かし、絡みついたタコ足を、なんとか振りほどいたが、
「もう遅い!死ねッ!
『闇の包雷!』」
鶯黒弥宵は、目を見開いて邪悪な笑みを浮かべながら、振り上げた右腕を素早く降ろし、俺を指差した。
避ける間もなく、黒い雷が俺を捉えた!
「ぐああああああああああ!」
俺は黒いエネルギー体に包まれ、体全体に広がる激しい痛みと痺れに、もがき苦しんだ!
雷と闇の複合魔法……こんな魔法を食らうのは初めてだった。
自分を包み込む闇は、人間の根源的な恐怖、いわば原初の恐怖を呼び起こすような効果があるのだろうか……
俺は、体を包みこむ闇によって呼び起こされた恐怖心に支配され、『魔法に対する抗う気持ち、自分の中に取り込み消し去るイメージを持て』というジジイの教えをすっかり忘れてしまっていた。
一瞬なのか一時間なのか、全く分からないが、闇の包雷から解放された俺は、ズタボロの雑巾のようになりながら、地面に転がった。
「…くん!……凱くん!」
俺の耳に、百合子の声が入った。
声のする方に、なんとか首を動かすと、木々に囲まれているにも関わらず、百合子がこちらに走って向かってくるのが目に入った。
これは魔法を食らって俺がおかしくなったのか?
どちらにしろ、百合子に鶯黒弥宵を近づけさせたくないことに変わりはない。
「く……来るな。」
百合子に向かって叫びたいが、あまりのダメージに掠れた声が出るだった。
多分、この状態の鶯黒弥宵が相手では、百合子は防戦一方になるだけだろう。
魔力が尽きて防御魔法が張れなくなれば、そこで終わりだ。
「あらま!悠の奴、捕まってんじゃん。
仕方ないねぇ、私が代わりに小夜啼百合子をブチ殺してやるわ!」
鶯黒弥宵は俺が放ったクナイを念道力で拾い上げてコントロールすると、いくつかのタコ足に絡まっていた鋼線を切り裂いた。
「安心しなよ。アイツをとっ捕まえたら、仲良くアンタと一緒にバラバラに引き裂いてやるよ……寂しくないようにねぇ!」
鶯黒弥宵は俺を見下ろしながら、ニンマリと笑みを浮かべた。
そして、鋼線を切ったクナイを俺の近くに放って捨てると、意気揚々に木々の間を抜けながら百合子の方に向かっていく。
俺は懐から、親父から貰っていた札を取り出し、どの魔法が使えるのか確認する。
「『風刃』か……」
なんとか取り出したのは、風を刃にして切り裂く魔法・『風刃』が封じられた札だった。
俺は、奴が捨てたクナイを拾い上げ、電撃で焦げている親指を切り裂き、札に塗り付けた。
魔力の無い俺が使ったところで、威力は大したこと無いだろうが、まずは奴を怒らせて、こちらに引き戻せることが出来ればいい。
痛む身体を、気力を振り絞ってなんとか起こし、札を顔の前に構えて必死にイメージする。
タコ足の強度は高いが、奴の腹は降魔の剣でなんとか切り裂くことが出来た。
上半身は大して強くは無いと判断した俺は、鶯黒弥宵の背中を狙い……
「いけ!『風刃!』」
俺がそう呟いた瞬間、手元の札が輝くと、鶯黒弥宵に向かって物凄い速さの風の刃が射出された。
「何?!」
辺りの風の不自然な流れに気付いた鶯黒弥宵は、咄嗟に上半身を捻って風刃を避けようとするが、
「ギャアアアアアアアア!」
避けきることが出来ずに、俺の放った風刃は奴の右肩から右腕を吹っ飛ばした。
「……な、なんだ、あの威力と速さ。
ジジイの風刃と同等じゃねぇか。」
それだけ親父が凄いのか?
それなりに高位の魔術師とは聞いていたが、これほどのものとは……
しかし、なぜ俺が並外れた風刃を放つことが出来た本当の理由を知るのは、まだ先のことだった。
右腕を切り落とされた鶯黒弥宵は、クラーケンと分離した状態にみるみるうちに戻り、切られて真っ赤な血を噴き出した上腕を手で押さえながら、痛みに奇声と泣き声を上げ、地面をのたうち回っていた。
「あああああああ!痛いッ!痛いぃ!」
俺は転がっていた降魔の剣を回収すると、鶯黒弥宵の元に歩いていく。
百合子や朱兄、先輩達、敵方の奴らは戦いを止め、呆然としていた。
「ほーら、言わんこっちゃない!なめてかかるなって言ったろっ!」
そんな中、百合子の結界に捕らえられていた鶯黒 悠だけは、ニヤニヤしながら鶯黒弥宵を窘めた。
「凱君!」
百合子は、ボロボロ状態の俺に気付くと、こちらに駆け寄ってきて、俺に対して治癒呪文を唱え始めた。
俺は体の痛みや傷が癒えるのを感じながらも、泣き叫ぶ鶯黒弥宵に再び降魔の剣を向けた。
「待ってください凱君!この子も早く治療しないと!」
俺は、鶯黒弥宵に駆け寄ろうとする百合子の腕を掴んで、引き止めた。
「待て!百合子。
このガキは常人とは違う。そう簡単に死なねぇよ。」
泣き、のた打ち回る鶯黒弥宵に剣を突き付けることに抵抗はある。
しかし、こいつは俺達を殺そうとしている凶悪な敵だ。
それに、あの好戦的な態度と残忍さ……
治療してやった途端、俺達に再び戦いを挑んでくるのは目に見えていた。
変な動きを見せたら、剣でブッ刺すぐらいの態度で脅しておくべきだろう。
「…おい、鶯黒弥宵って言ったな?
降参するなら、百合子が腕を治してくれるぜ。
ただし、治った後に変な動きをしたら、また腕を切り落とすけどな……」
俺はまず、鶯黒弥宵に降伏を持ち掛け、次に、
「あと、ハウレスとアンドラスと言ったな!こいつの命が惜しかったら動くんじゃねぇ!」
ハウレスとアンドラスに大声で警告した。
「はいはい、分かったよ……」
「これは、仕方がありませんね。」
二人は素直に動きを止め、両手を挙げた。
しかし、鶯黒弥宵には俺の声が届いていないようで……
「痛いよ!痛いぃ!ママッ!ママァッ!助けてぇ!」
それどころか、ここには居ないであろう『母親』に助けを求め始めた。
「ママなんて、来ねぇよ!
死にたくなかったら、とっとと降参しろや!」
俺は焦りを覚え、鶯黒弥宵を怒鳴りつけた。
治療をしようとした百合子を止めておいてなんだが、やはり死なれたら夢見が悪い。
そんなときだった。
キュウウウウウウン……
急に妙な耳鳴りがし始め、肌がヒリ付く感覚に襲われ、次に上空に禍々しい気配を感じ取った。
「凱…君。」
百合子は俺の名を呼びながら、俺が禍々しい気配を感じた辺りを指差した。
そこに黒く激しい渦とうねりが生まれ、それがおさまると、その場に黒いローブの人影が浮かんでいた。
「あら、あらあら、弥宵ちゃん。
腕を切られちゃったのね。可哀想に……」
キレイな女性の声……
そいつはスーッと鶯黒弥宵の近くに降りて来るが、この場にいる俺達は誰一人動く事は出来なかった。
そいつが発する、あまりに強力で、禍々しい妖気に……
「ワン!ワンッ!」
今まで、どこかに隠れていたエイチが、俺達に向かって緊迫した様子で鳴き声を上げた。
俺達に対する警告だった。
黒いローブの女(?)は、鶯黒弥宵の切り落とした腕を両手で大事そうに拾うと、鶯黒弥宵の近くに腰を降ろした。
近くにいるのに、この女の勝手を止めることは、俺には出来なかった。
更に俺は、鶯黒弥宵に突き付けていた降魔の剣を、無意識に降ろしていた。
「すぐに治してあげるわね。」
黒いローブの女は、鶯黒弥宵に顔を近づけ、頭を撫でると優しい声をかけた。
「グスっ……ママァ……来てくれたんだね……ママァ……」
鶯黒弥宵は泣くのを止め、甘えるような声を出した。
黒いローブの女は、鶯黒弥宵の切り落とした腕を肩の切断部の辺りにくっつけ、そこに手をかざした。
すると、淡く暗い光がその部分を包み、鶯黒弥宵の腕をあっという間に治してしまった。
闇の治癒魔法……
その力は百合子と同等か、それ以上だった。
「……やってくれたわねぇ!鷹空 凱!
私をこんな目に遭わせてくれたのは、お前が初めてだ!」
憎悪と喜びからなのか、鶯黒弥宵は俺に向かって目を見開きながら、笑顔を浮かべた。
「弥宵ちゃん。待ちなさい。
ちょっとママに言わせて欲しいの。」
黒いローブの女は、鶯黒弥宵を止めると、俺達の方に一歩近づき、かぶっていたフードを降ろした。
……そいつの容姿に、俺達は言葉を失った。
「凱君。うちの弥宵の腕を切り落とすなんて、悪い子ですね。
めっ!ですよ。」
目を疑うというのは、こういう時のことを言うのだろう。
黒いローブの女の顔は、俺の隣にいる小夜啼 百合子と、瓜二つだった。
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この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
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