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第3話「私の道」
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私が10歳になろうという時、何の前触れもなく父である男爵に呼び出された。
初めて入った本邸の廊下は、白い壁に細やかな装飾が施され煌びやか。
所々何の意味があるのかわからない高そうな置き物があった。
お金持ちっぽいというのが、前世でも今世でも庶民な私の感想だ。
目映い世界に、のっけから使用人の別館に帰りたいと思いつつも、執事のアランさんに連れられて男爵の書斎への道を進む。
書斎も廊下のように豪奢だったら、男爵とまともに話せる気がしない。
アランさんが書斎の扉をノックし、部屋の主の返事を待ったのち、入室する。
意外にも、書斎は、思ったほど豪華ではなかった。
飾り気のない壁一面の大きさの本棚に、茶色く光沢のある書き物机、来客用と思われる向かい合わせのソファー、その間に置かれた天板がガラスのローテーブル。
無駄なものはあまり置かれておらず、機能性重視といった感じだった。
部屋には、書き物机で書類を書いている男爵に、ソファーでゆったり紅茶を飲んでいる夫人がいて、そこに私と私を案内してくれたアランさんが加わった。
何かの書類を読んでいる男爵は、私が部屋に入ってきても紙から目を離すことはなかった。
ちらりと夫人の方も見るが、まるで何もいないかのように素知らぬふりだった。
「今日からお前は使用人だ」
抑揚のない声は、端的に言葉の内容を伝えてくれた。
別に令嬢にしてくれるなんて夢を見たことはなかったので、平民扱いも気にしていなかった。
働けと言われれば、衣食住を提供してもらっている以上働くべきだと思うので、使用人になれと言われても了承する。
けれど、一般的に使用人になるのは12歳前後で、私の年齢だとまだ学校で勉強させてもらえる年齢だ。
もっとも、男爵は私に家庭教師をつけてくれたことはないし、屋敷から出てはいけないので、領営の学校にも行ったことはない。
まぁ、相変わらず、双子の姉・ロリヤに授業の身代わりをさせられているので、勉強はさせてもらえているが。
そこでふと気づく。
彼女が私に身代わりをさせていることを訴える、チャンスなのではないだろうか。
本邸には入ってはいけなかったので、男爵や夫人に会う機会などなく、どうやって教えるべきかと思っていた。
面倒を見てくれる使用人に伝えて欲しいと頼んだことがあるが、ロリヤから告げ口したらクビにしてやると言われているらしく断られた。
誰かをクビにしてまで伝えたいわけではないが、このまま放っておくにも問題があった。
けれど、今ならば、男爵が目の前にいるのだから、チャンスだった。
「あの、」
ここで、男爵のことを何と呼ぶのがいいのか悩んだ。
名前など呼ばずに内容だけを言えばよかったのに、私はそこに気を取られた。
「返事は、はい、だ」
「はい、」
冷たく突き放す物言いに、言葉が詰まる。
言わなければという焦りも手伝って、冷や汗が出てきた。
「以上だ。さっさと出て行け」
「あの、お話があるんです!」
「私にはもうない、」
今、伝えなければ、きっとチャンスはない。
使用人になるらしいので本邸に入れる可能性はあるが、同時に、容易に話しかけることができないということだ。
「けど、ロリヤについて」
バシン。
先ほどから一度も書類から目が離れなかったのに、男爵はいつの間にか立ち上がり、私の頬を叩いていた。
何が起きたのかわからず、呆然と男爵を見つめる。
その瞳には、黒い暗い炎が閉じ込めてあるみたいだった。
「あの子はお前が仕えるべき尊い子で、気軽に名前を呼ぶのを憚るべき存在だ」
なぜ急に使用人になれと言ってきたのかわかった気がする。
彼女は私のところにそこそこの頻度で来ていたし、私は私で彼女の言動から妹感覚で接してきていた。
それが、気に食わなかったのだろう。
片や自分たちが何よりも大事にしている娘で、片や自分たちが捨てた少女だ。
一緒にいて気分がいいわけがない。
ましてや、貴族令嬢と平民が普通に話しているなど、許せなかったのだろう。
「今後、間違ってもロリヤのことを呼び捨てにするな!ロリヤはお前の主人だ!ロリヤに何かしろと言われたら絶対にやれ!」
「はい、」
「もしまた、あの子に気安くしたり、命令されたことをしなかったら、地下室に閉じ込めてしまうからな!」
「は、い……」
もう一度、さっさと出て行けと怒号されて私は、書斎を後にした。
一緒に書斎を出たアランさんが何も言わずに、慰めるように肩を抱きしめてくれた。
アランさんに大丈夫の意味を込めて笑顔を返して、ため息を吐きそうになるのを堪える。
結局、勉強の身代わりをさせられていることを言えなかった。
どころか、命令されたことはしろ、とのことなので、身代わりを頼まれたら断れないということだ。
このままで、大丈夫だろうか。
初めて入った本邸の廊下は、白い壁に細やかな装飾が施され煌びやか。
所々何の意味があるのかわからない高そうな置き物があった。
お金持ちっぽいというのが、前世でも今世でも庶民な私の感想だ。
目映い世界に、のっけから使用人の別館に帰りたいと思いつつも、執事のアランさんに連れられて男爵の書斎への道を進む。
書斎も廊下のように豪奢だったら、男爵とまともに話せる気がしない。
アランさんが書斎の扉をノックし、部屋の主の返事を待ったのち、入室する。
意外にも、書斎は、思ったほど豪華ではなかった。
飾り気のない壁一面の大きさの本棚に、茶色く光沢のある書き物机、来客用と思われる向かい合わせのソファー、その間に置かれた天板がガラスのローテーブル。
無駄なものはあまり置かれておらず、機能性重視といった感じだった。
部屋には、書き物机で書類を書いている男爵に、ソファーでゆったり紅茶を飲んでいる夫人がいて、そこに私と私を案内してくれたアランさんが加わった。
何かの書類を読んでいる男爵は、私が部屋に入ってきても紙から目を離すことはなかった。
ちらりと夫人の方も見るが、まるで何もいないかのように素知らぬふりだった。
「今日からお前は使用人だ」
抑揚のない声は、端的に言葉の内容を伝えてくれた。
別に令嬢にしてくれるなんて夢を見たことはなかったので、平民扱いも気にしていなかった。
働けと言われれば、衣食住を提供してもらっている以上働くべきだと思うので、使用人になれと言われても了承する。
けれど、一般的に使用人になるのは12歳前後で、私の年齢だとまだ学校で勉強させてもらえる年齢だ。
もっとも、男爵は私に家庭教師をつけてくれたことはないし、屋敷から出てはいけないので、領営の学校にも行ったことはない。
まぁ、相変わらず、双子の姉・ロリヤに授業の身代わりをさせられているので、勉強はさせてもらえているが。
そこでふと気づく。
彼女が私に身代わりをさせていることを訴える、チャンスなのではないだろうか。
本邸には入ってはいけなかったので、男爵や夫人に会う機会などなく、どうやって教えるべきかと思っていた。
面倒を見てくれる使用人に伝えて欲しいと頼んだことがあるが、ロリヤから告げ口したらクビにしてやると言われているらしく断られた。
誰かをクビにしてまで伝えたいわけではないが、このまま放っておくにも問題があった。
けれど、今ならば、男爵が目の前にいるのだから、チャンスだった。
「あの、」
ここで、男爵のことを何と呼ぶのがいいのか悩んだ。
名前など呼ばずに内容だけを言えばよかったのに、私はそこに気を取られた。
「返事は、はい、だ」
「はい、」
冷たく突き放す物言いに、言葉が詰まる。
言わなければという焦りも手伝って、冷や汗が出てきた。
「以上だ。さっさと出て行け」
「あの、お話があるんです!」
「私にはもうない、」
今、伝えなければ、きっとチャンスはない。
使用人になるらしいので本邸に入れる可能性はあるが、同時に、容易に話しかけることができないということだ。
「けど、ロリヤについて」
バシン。
先ほどから一度も書類から目が離れなかったのに、男爵はいつの間にか立ち上がり、私の頬を叩いていた。
何が起きたのかわからず、呆然と男爵を見つめる。
その瞳には、黒い暗い炎が閉じ込めてあるみたいだった。
「あの子はお前が仕えるべき尊い子で、気軽に名前を呼ぶのを憚るべき存在だ」
なぜ急に使用人になれと言ってきたのかわかった気がする。
彼女は私のところにそこそこの頻度で来ていたし、私は私で彼女の言動から妹感覚で接してきていた。
それが、気に食わなかったのだろう。
片や自分たちが何よりも大事にしている娘で、片や自分たちが捨てた少女だ。
一緒にいて気分がいいわけがない。
ましてや、貴族令嬢と平民が普通に話しているなど、許せなかったのだろう。
「今後、間違ってもロリヤのことを呼び捨てにするな!ロリヤはお前の主人だ!ロリヤに何かしろと言われたら絶対にやれ!」
「はい、」
「もしまた、あの子に気安くしたり、命令されたことをしなかったら、地下室に閉じ込めてしまうからな!」
「は、い……」
もう一度、さっさと出て行けと怒号されて私は、書斎を後にした。
一緒に書斎を出たアランさんが何も言わずに、慰めるように肩を抱きしめてくれた。
アランさんに大丈夫の意味を込めて笑顔を返して、ため息を吐きそうになるのを堪える。
結局、勉強の身代わりをさせられていることを言えなかった。
どころか、命令されたことはしろ、とのことなので、身代わりを頼まれたら断れないということだ。
このままで、大丈夫だろうか。
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