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第8話「使用人とは」前

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使用人用の別館の食堂にて朝食をとりつつも、考えるのは昨日のお茶会のことばかり。
どうにかなると甘い考えでとった行動は、状況を悪化させただけだった。
うまくいかなかったことはもちろん、状況を悪化させてしまったことにため息が出てしまう。

「おはようございます。大丈夫ですか?」

トレーを持ったロンくんが隣に座りながら声をかけてくる。
昔はそれなりの人数がいたためそこそこ広い食堂だが、今は人数が少なく、使われるのは炊事場近くのテーブルだけだ。
だから、みんな、広いのに固まって食べることが多い。

「大丈夫よ」
「それならよかった。体調が悪かったり、何か悩み事があったら言ってください」

微力ですがお力添えします、と今日も爽やかな笑顔で気を遣われた。
むしろ、ロンくんの方が心配だ。
使用人に出される食事が減っていっているせいか、お腹を鳴らしているのを聞いたことがある。
大体お嬢様から何かもらうことで凌いでいるようだけれど。
成長期のロンくんには辛いことだろう。

「ロンくんもご飯少なかったら言って。私のをあげるから」
「いえ!全然足りてますよ!」

食い気味に否定された。
何か分けてあげるべきかと自分のトレーを見ていれば、慌てたようにロンくんが話し出す。

「そういえば、昨日は大変でしたね」
「……うん。お嬢様の状態を気づいてもらうチャンスだと思ったんだけど、」
「……無理でしたね」

私とお嬢様が双子だと知っているのは、執事のアランさん、家政婦長のマーガレットさんにアンナだけになった。
しかし、お嬢様の代わりに私が授業を受けているということは、使用人の全員が知っている。
始めのうちは皆、勉強させてもらえていいじゃないと言っていた。
それもお嬢様の年齢が上がってくるにつれ、さすがに不安になったのか身代わりを断れないのかと聞いてくることもあった。
最終的に、身代わりは断れないし、お嬢様が全くもって勉強する意思がないと知って、もう手遅れだろうと諦めていった。
もしかしたら、人手が減ったのは男爵に首を切られたのではなく、男爵家に見切りをつけたという可能性もあるのかもしれない。

「お嬢様の勉強嫌いをどうにかしたいんだけど、」

私は残念ながら、男爵家を見限ることはできない。
私はずっと漠然とみんながいなくなることに、自分もいつかそうなるんだろうと思っていた。
そのとき、外に出れるんだろうと思っていた。
けれど、よく考えれば、あの男爵が私を外に出すなんてことはあり得ないと気づいた。
かつての同僚たちは口外できないだろうから存在は外に知られていないだろうし、戸籍がどうなっているのかもわからない。
ただ働きさせても、問題にならない存在だ。
貧乏貴族に成り果て、使用人は私一人だけなんてことになることはあれど、男爵家以外のところで働くというのは無理だ。
私が男爵家から出られるのは、男爵家がなくなった時ぐらいだろう。
いや、男爵家がなくなろうとも、男爵たちがいる限り、使用人としてこき使われ続けるかもしれない。
だから、なんとしてでも財政状況を復活は無理でも、このまま維持させて、お嬢様には良い結婚相手を掴んできて欲しい。
それを昨日のお茶会で潰してしまった可能性があるのが、辛い。
あそこまで悪い状況になると予測できなかった私の自業自得な気もする。
うぅ、と小さく呻いてしまう。

「そ、そうですね、このままだと非常にまずいでしょうし」

やっぱり、ロンくんから見てもまずい状態らしい。
遠くを見ながらもぐもぐと食べるロンくんを横目で見て、ふと思いつく。

「ロンくんからお嬢様に勉強するように言ってみるのはどう?」

ロンくん好きのお嬢様ならほいほい言うことを聞くかもしれない。
名案だと思ったのだが、ロンくんに首を横に振られる。

「以前、アランさんに頼まれて、お勉強しましょうと誘ったんですけど……」

ダメだったのか。
徐々に小さくなっていく声に、察してしまう。
アランさんも一応手を打とうとしてくれたらしい。
しかし、ロンくんでもダメとは、お嬢様は断固として勉強をしたくないらしい。

「勉強、楽しいと思うんだけど、」
「そうですね、歴史とかはちょっと、あれ、ですけど。魔法の勉強は楽しいですよね!」

ロンくんは歴史の勉強が好きではないらしい。
歴史の勉強というときは眉を寄せていたが、魔法の勉強というときは弾けた笑顔だった。
この国の成り立ちとか意外と面白いけれど、まぁ、興味のない人には興味のないことかな、と納得する。

「なんとかできないかなぁ……」

もそもそと食事をしながら、二人で考えるも妙案は浮かばない。
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