逆襲のグレイス〜意地悪な公爵令息と結婚なんて絶対にお断りなので、やり返して婚約破棄を目指します〜

シアノ

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1 婚約者はいじめっ子

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「グレイス、よく聞いておくれ。公爵家のレオン・オルブライト殿との婚約が決まった」

 お父様の言葉を聞いた瞬間、世界がぐるりと回った気がした。いや、実際に回っていたのは私の目だった。
 危うく頭から倒れそうになったのを、慌てたお父様が支えてくれる。

「グッ、グレイス! しっかりしなさい!」
「お……お父様……婚約って、私とレオンが?」

 私はお父様の腕に縋りながらやっとのことでそれを口にする。レオンの名前を出しただけで血の気が引いてしまう。

 どうか嘘だと言ってほしい。もしくは聞き間違いであって──しかしその願いはあっさり崩れた。

「ああ、そうだ。オルブライト公爵夫人からのたっての願いでね。夫人はグレイスをとても気に入っているのを知っているだろう?」
「い……いや! 絶対に嫌です!! お父様もご存知でしょう? 私、レオンにすっごく嫌われているもの。子供の頃からずっといじめられて!」
「だが、オルブライト公爵家の前には我がガーフィール伯爵家など吹けば飛ぶようなもの。すまないが、この婚約はお前の一存でどうにかなるものではないのだよ」

 私はお父様の手を借りてソファに座った。あまりのショックにか、キーンと耳鳴りがしている。

「グレイスはレオン殿に嫌われているというが、私にはそうと思えない。だって毎年招待されていたじゃないか。それに男の子というのは気になる子を、ついからかってしまうものだから──」

 耳鳴りのせいか、お父様の声が遠くから聞こえる気がしてよく聞き取れなかった。

 ──レオン・オルブライトと婚約? まさかあの、いじめっ子のレオンと?



 レオンとの出会いは十年以上も前に遡る。

 オルブライト公爵夫人は少し変わった方で、毎年夏になると同じ派閥の貴族の子供たちを領地内の別荘に招待してくれていた。
 十四年前、私が六歳の時にその別荘でレオンと出会ったのだ。

 オルブライト公爵家の広大な領地には避暑地として有名な土地があった。そこに建てられた別荘は我がガーフィール伯爵家の本邸より立派な城であり、招待されるのはステイタスなことだとされていた。

 風変わりだけれど、優しく知識人のオルブライト公爵夫人のことはたちまち大好きになった。親元から離れて環境のよい公爵領で過ごすのも嫌ではなかった。

 城にはたくさんの本や玩具が用意され、更に他国の有名な人物が教師として招かれていたからだ。

 勉強だけでなく、音楽や絵画などの芸術方面、剣術や魔術など、望めば即座に一流の教師が用意されて幼い才能を伸ばすことも出来たのだ。──生憎と私には特別な才能はなかったのだが。それでも外国の珍しい本が読めるのは利点ではあった。

 毎年入れ替わりながらたくさんの子供たちが招待されていたが、オルブライト公爵夫人に何故か気に入られた私は毎年招待され続けていた。十二歳になるまでの六年間ずっと招待されたのはおそらく私だけだろう。

 しかし、よかったのは最初だけで、すぐに苦痛でしかなくなった。
 オルブライト公爵夫人の一人息子であるレオンが意地悪ないじめっ子だったからだ。

 六歳から十二歳までの六年間、私はレオンにいじめられ続けていた。
 どれだけ嫌がっても「夏の間だけだから」と両親に宥めすかされ毎年招待に応じ続けるしかなかった。公爵家の一人息子には逆らうことも許されず、ひたすら耐え続けていたのだ。

 夏の間だけでもあれほど辛かったのだ。百の利点があったとしても、レオンとの婚約はお断りだ

 具体的に何をされたかというと、大嫌いな虫を大量にハンカチに包んで渡されたり、蛙を鞄に入れられたりという嫌がらせだ。
 お気に入りだった庭園の薔薇をこれ見よがしに毟られたり、スカートを引っ張られて転ばされたりもした。
 それから招待された他の子供と仲良くしたら怒られて引き離されたりなんてことも。
 そう、少し年上の穏やかで優しい少年に初恋をしたことがあったのだが、話しただけでレオンに邪魔をされ、あげく石まで投げられたのだ。

 その後もレオンに引っ張り回されて、穏やかな少年と連絡先の交換も出来なかった。招待されている以上、あの彼も貴族の令息のはずだが、どこの家だったろうか。

 夏の記憶を思い出そうとすればレオンの顔がチラついて胃がキリキリと痛む。
 レオンと婚約なんて絶対に嫌だ。結婚した後、一生レオンにいじめられ続ける未来しか想像できない。考えただけでゾッとする。

 私は首をブンブンと横に振った。
 今回だけは我慢するというわけにはいかない。

 ──どうにか婚約回避しないと!

 私はそう強く決心したのだった。
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