迦国あやかし後宮譚

シアノ

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番外編

【迦国4巻発売記念番外編】薫春殿の蕾たち

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 私には最近気になることがあった。

「ねえ、二人はどうして後宮に来たの? もしよければなんだけど、宮女になろうと思ったきっかけがあったら教えてくれないかしら」

 金苑と恩永玉が目をぱちくりとさせている。

 薫春殿の優秀な宮女たち。どうして彼女たちは宮女になろうと思ったのか、気になったのだ。
 その理由は、最近薫春殿に出戻りをした蔡美宣のせいだろうか。
 彼女は舞台役者にのめり込み過ぎるあまり、家のお金まで使い込んでしまい、親から宮女になるよう言われ、後宮に放り込まれたそうだ。
 なんというか、とても蔡美宣らしい。美青年を前にした蔡美宣はどれだけ締めても、タガがどこかに行ってしまうのだ。

「あ、言いたくなかったら言わなくていいのよ! ただの好奇心だから」

 慌てて私はそう言う。言いたくないことなら無理に聞き出したいわけではない。
 そんな私に、恩永玉は丸い頬にエクボを作り、微笑みを浮かべる。

「私の話でよければ喜んで。ですが、たいした話ではないですよ」
「いいのよ。みんなのこと、もっと知りたいと思って」
「私は商家の生まれで……というのは以前お話しましたよね」
「うん。弟さんや妹さんがたくさんいるんでしょ」
「はい。両親の店も順調だったのですが……その、ある時縁談が来まして。成人したばかりなので私が十五歳の頃ですね。お相手は年がうんと上の方で……あまり素行もいいとは言えないのですが、取引先の関係者で、無碍にも扱えず……」
「年上って、幾つくらい?」
「確か、四十と少し……でしたでしょうか」
「……そ、それはちょっと離れ過ぎているわね」
「ええ、前の奥様との間には私より年上のお子さんもいらっしゃって……」

 本人がいいなら歳の差は構わないだろうが、そういうわけではなかったため、恩永玉は今ここにいるようだ。

「年齢を理由にお断りするのは角が立ちそうで。そんな時、宮女を募集しているのを知りました。宮女になると言えば縁談を断る理由にもなりますし」

 なんでも、宮廷で働く人々は皇帝陛下の大切な宝として権力に守られるため、下手に手出しができなくなるようだ。

「それから弟が優秀なので、上の学校に通わせてあげたかったのです。給金を貯めて弟の学費にも出来ますから」
「さすが恩永玉ね。しっかりしてる。弟さんもきっと喜ぶでしょうね」

 金苑も恩永玉の話を聞いて、うんうんと頷いている。

「宮女試験に合格して、最初はただの下働きという話だったのですが、気が付くと薫春殿に朱妃の身の回りの世話をする係として配属されていました。でも、私はとても幸運です。朱妃にお仕えできるんですから。一生の自慢になります!」
「そんな風に思ってもらえるのは嬉しいわね」
「恩永玉が薫春殿に配属されたのは偶然ではありませんよ。試験の成績がよかったのはもちろんですが、特にその人柄が朱妃に合うのでは、と抜擢されたそうです」
「へえ、そうなの」
「そ、そうだったのですか……!」

 恩永玉も金苑の話に驚いている。

「でも納得ね! 恩永玉はよく気がつくし、とってもいい子だもの!」
「ええ、その通りです」

 うんうんうん、と金苑が何度も頷いている。金苑は恩永玉のことがとても気に入っているのだ。

「では、次は私の話を。全然面白みはないのですが、私の実家、金家は官吏や女官を多く出している家系なのです」

 私は頷く。確か以前にそんな話を聞いたことがあった。

「そういえば、今更なんだけど、宮女と女官って、どう違うの?」
「ざっくり言えば試験と仕事内容が違います。宮女は後宮を中心に働きます。外廷で働く者や離宮勤務になる者もおりますが、仕事内容は、基本的に生活に関わることです」

 確かに身の回りの世話は宮女がやってくれる。
 衣食住に関わることが仕事の中心になるということのようだ。

「そして女官は政務に関わる仕事となります。宮廷で宦官や官吏への引き継ぎや、書類作成、管理など……。例えば外部からの食材の入手に関しての手続きや書類の作成は女官の仕事ですが、食材が納入された後の管理は宮女の仕事となる、という感じです」
「なるほど」
「あとは、女官には官位がありますよね。宮女もまとめ役のような上の立場の人は官位があるので、それで言うと金苑はどちらかといえば女官ということになるのでしょうか?」
「そうですね。宮女の仕事も女官の仕事もしています。主に朱妃付きの仕事ですから、外廷にいる女官とはまったく異なる仕事内容です」
「え、知らなかった……」
「そうなんですよ。なので金苑は責任重大でいつも大変そうにしています。私も、もっと手伝えればいいのですが」
「恩永玉はじゅうぶんにやってくれています。──さて、話を戻しますね。私はあまり異性に興味がないのですが、年頃になると縁談がたくさん来て困っていました」

 官吏を輩出する家系であれば、縁談も多く舞い込むらしい。それを思い出したのか、金苑の眉がわずかに顰められる。

「そんな折り、女官をしている叔母が、私には後宮での仕事が向いているのではないかと勧めてくれたのです。恩永玉と同じで、縁談を断ると角が立ちますが、後宮で勤めるから、と言えば断りやすいので。両親も結婚に渋る娘がずっと家にいるより、後宮で重用されていると言う方が聞こえがいいようですから」

 その言い方に、複雑な親子関係が感じられる。

「金苑もなかなか大変そうねぇ」

 そもそも、まったく問題がない人は後宮勤めをしようとは思わないのかもしれない。
 給金はいいそうだが、仕事は大変だし、休みの日でも遊びに行けるわけではないのだから。

「ですが、実際に働いてみるといい職場だと思います。後宮には宦官はいますが、それ以外の異性とはほとんど口も聞きませんし、働くのは好きなので、性に合っていますね。……すみません、思っていた以上に面白みのない話でしたね」

 私は首を横に振る。

「ううん。金苑のことが少しわかった気がするわ。結婚願望はまったくないの?」
「そうですね。特に考えておりません。外だと色々うるさく言われますが、後宮内では生涯未婚の宮女も少なくありませんから、体が動く限り働き続けたいですね」

 とても金苑らしい。私も金苑が長くそばにいてくれるのは心強い。

「わ、私はいつか結婚したいなーとは思っているのですが……それでもあと十年くらい働きたいです。でも、後宮では相手を見つけられませんし、十年後に結婚できる気もしませんねえ……」

 恩永玉は頬を染め、もじもじと指を動かした。

「そうかしら。恩永玉ほど可愛くて仕事ができていい子ならすぐにいい人が現れそうだけれど」
「……ええ。私が男でしたら恩永玉を妻にしたいです」

 金苑、ちょっと目が本気に見える。
 ……深くは追求しないでおこう。

「まあ、数年後のことなんて今から考えても意味ないんじゃない? 後宮じゃ出会いもないでしょうけど、何がきっかけになるかわからないから」

 私が、宮女募集の札の前で雨了に会った時のように。運命のような瞬間がいつか恩永玉にも訪れるかもしれない。

「それに、何があっても私がなんとかしてあげるわ! 結婚したいなら、責任を持っていい相手を探すし、働きたいならずっと私のそばで働けるよう計らう。私は妃としてまだまだへっぽこだけど、甲斐性見せられるように頑張るから!」

 私がそう言うと、恩永玉と金苑はにっこりと微笑む。

「はい! これからもよろしくお願いします、朱妃!」
「でも、今の言葉は蔡美宣には言わない方がいいでしょうね。美男子と結婚させてほしいと騒ぐでしょうから」
「……た、確かに」

 まさに蔡美宣が言いそうな台詞に、つい笑いが込み上げる。

「……ふふっ……笑ってはいけないですけど、つ、つい……」

 恩永玉と金苑も口元を押さえている。

 私と宮女たちの弾けるような笑い声が、薫春殿にこだましたのだった。





====================
※迦国4巻発売しました!
今回も書き下ろしです。
大変だった時期は過ぎ、穏やかな秋、と思いきや、またも後宮内で騒動勃発。
新しい妃嬪がやってきたり、幽霊騒動に妖事件。
そして莉珠が貴妃になる……?
というお話です。
読んでいただけると嬉しいです!

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