悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ

文字の大きさ
20 / 21

どうかその冷たい指を握らせて4

しおりを挟む

 月のない夜、影は踊る。

 エレノアから広がった影は処刑人を台から振り落とした。
 処刑人は白木の階段を破壊しながら転がり落ち、地面に倒れる。そのままピクリともせず、重そうな剣は重力のままに半ば程まで地面に突き刺さった。

 エレノアの後ろ手を拘束していた縄がふっつりと切れた。影は処刑人がエレノアの髪を切った小刀をスルリと飲み込んでいた。

「……ルカーシュ……!」

 エレノアの呟きは鳴り続ける鐘の音にかき消された。




 ルカーシュはこの時を待っていた。
 吸血鬼は鋭敏な感覚を持っているが、むせ返るような薔薇の匂いで鼻が利かず、激しい鐘の音で聴覚も麻痺するこの一瞬。

 ルカーシュは処刑台の上から月の王へと踊りかかった。

「貴様、生きていたのか!」

 月の王へと飛びかかる影は瞬時に人の形を作り出す。
 月の王を目掛け、重力のスピードも足したルカーシュは一瞬で間合いを詰める。月の王がそのステッキを掲げ、作り出した炎の壁に髪の先が焦げても、風のカマイタチで体に傷が出来ようとも、そのスピードは緩まない。




 選定の儀の前日、エレノアの血を吸ったルカーシュはその魔力の濃い血によって成体にまで成長し、吸血鬼としての力をより強くさせていた。
 しかしそれでも一度は月の王に敗北した。

 ルカーシュはどうしてもエレノアを月の王の花嫁にしたくなかったのだ。血を吸ってルカーシュの臭いを付けることでエレノアが死ぬかもしれない。それでも、と。愛とエゴの区別など、自分でもつかなかった。
 ルカーシュとてエレノアの血を吸い尽くし、己の中で永遠にしてしまいたいと思ったこともある。だがどうしてもエレノアを殺すことは出来なかった。
 だから、エレノアが花嫁に選ばれる前に命を賭けてでも、月の王を殺すと決めた。

 多勢に無勢であったのもあるが、それでもルカーシュは、庇おうとする若い吸血鬼ごと月の王の胸をその爪で貫いたはずだった。現にその若い吸血鬼は消滅した。だというのに月の王の胸の傷はみるみる塞がり、涼しい顔で赤い石のステッキを振り上げ、風でカマイタチを作り出してルカーシュのその四肢を切り裂いた。そして身動きが出来なくなったルカーシュに、杭を打ち込んだのだ。




「……確かに杭を打ち込んだ! 貴様の核は破壊したはずだ!」

 月の王は叫んだ。確かにあの時、ルカーシュが消滅する様を見たはずだというのに。

「それはお互い様だ!」
「貴様ぁあああ!!!」


 ルカーシュは月の王と何度も戦ったことがある。
 幼体だった頃は逃げたり隠れるのに精一杯であったが、月の王が山奥に隠れ住むはぐれの吸血鬼を殺す様も何度も見た。
 その中にはルカーシュの育ての親もいた。ルカーシュは育ての親であったはぐれの吸血鬼が殺され、彼と生活を共にしていた人間の血が吸い尽くされて死ぬのを隠れて見ていたのだった。

 そしてその際に気になっていたことがあった。それは手にしたステッキを一度も物理攻撃に使わないことだった。ただ、掲げて魔法を生み出すためにのみ使う。しかし、ルカーシュも吸血鬼の端くれである。吸血鬼は生まれながらにして魔法を扱えることを知っていた。わざわざ道具を必要としない。もちろん、威力を高めたり、射出スピードを上げる魔道具もある。そうであればもっと別の形……戦闘に役立てる槍や棍、仕込み杖にしても良さそうなものなのに。混戦では邪魔になるそれを、月の王は決して手放さず、偶然に炎の攻撃が杖に向かった時には庇うようにしていた。あからさまな仕草ではなかったから、気のせいとも思えたが、そのステッキに秘密があるとすれば。




 ルカーシュは威力は小さいが、風のカマイタチを針のような形にして射出する。利点は通常のカマイタチよりも広範囲に数多く出せることだった。

「オズワルド様! オズワルド様をお守りせよ!」

 重鎧を着込んだ護衛騎士は王太子であるオズワルドを真っ先に庇い、盾とその分厚い鎧で針のような風を防いだ。
 それでもその鎧はズタズタになり、護衛騎士に傷を負わせ、そのまま動けなくした。
 護衛騎士には月の王を守る余力などあるはずもなく、かといって一般の兵士にルカーシュの動きについていけるような強さを持つ者はいない。


 この時、いくつかの偶然がルカーシュに味方していた。

 新月で最も力の溢れる時間であること。
 ルカーシュが守るべきエレノアは攻撃の届かない頭上にいること。階段は処刑人が落ちる際にクッションとなって壊されており、人間ではそこに辿り着けない。この場で最も安全な位置にいた。
 ルカーシュは全力を攻撃に回すことが出来たのだ。

 そして護衛騎士はオズワルドを優先する。人は吸血鬼を守らない。
 他の守護吸血鬼は人間との契約を果たすため、国の各地で魔物を狩り、今この場にはいない。異変を感じたところで来るまでに時間がかかる。ここに月の王を守る者は誰もいなかった。

 それでも月の王が魔力の濃いシェリーの血を既に吸っていたならば、若いルカーシュには勝ち目はなかっただろう。しかし勝利を慢心し、シェリーの血を吸うことを後回しにしていた月の王の力は最盛期よりも落ち込んでいる。
 月の王とて、ただ1人であれば対処が出来たかもしれない。だが、月の王のすぐ横には呆然と目を見開くシェリーがいた。

 月の王は思わず防壁の範囲を広げ、ルカーシュの攻撃を防いだ。
 防壁に針の風がマシンガンのように突き刺さる。

「きゃああっ!」

 爆音にシェリーは身を竦ませる。そのシェリーを庇うように立つ背中が見えた。

 雪のように白い肌、一つに括った長い黒髪、シルクの黒い外套を身に付けて、赤い石のステッキをいつも持っている。
 シェリーは魅力的だと思う反面、時折怖いとも思っていた。シェリーには優しいがその体には体温がなく冷たい。人とは違う、魔物。
 吸血鬼の王……彼はシェリーを庇い、ルカーシュの攻撃を受けていた。防壁を引き伸ばせばその分薄くなる。それでもシェリーが傷を負わないよう、手を広げて立つその姿は、かつてシェリーがエレノアを庇った時と同じであった。

 ルカーシュは月の王の防壁を破り、その胸元に飛び込んだ。
 しかし狙ったのは、月の王の心臓ではなく、手にしているそのステッキの赤い石。それを先程拾った小刀で、全身全霊の力を込め、突いた。

 エレノアの髪を切った小刀には偶然にもエレノアの髪が数本絡んだままであった。濃い魔力を含む乙女の髪。それはルカーシュの力と共にただの小刀に神秘の力を与え、威力を上げていく。

 ステッキの赤い石……月の王の核にヒビが入る。ピシリと儚い音を立てて割れ、その赤い破片がハラハラと散った。




「シェリー……」

 月の王は背中に庇うシェリーを見た。怯えたように目を見開いていたが、どこにも怪我はしていない。

「ああ……良かった、無事なようだ」
「……なんでっ……わ、私を……」

 核を破壊された月の王は、末端からサラサラと灰になっていく。

 何故、シェリーを庇ったのか。

 月の王にとって、シェリーはただの吸血対象でしかなかった。素晴らしい血だと思ってはいたが、それは人間にとっての滅多に食べられないご馳走と同じ。この処刑が終わればその血を吸い尽くす予定で、結果、死んだところで構わなかったはずなのに。

 月の王含め、守護吸血鬼はアテマ国から血液の提供を受けていたが、それでも時折、いなくなっても分からないような暮らしをしている平民を拐かし、その血を吸い、証拠の死体すらも平気で処分していた。人間など、ただの餌でしかなかったはずだ。だというのに無意識にシェリーを庇ってしまっていた。

「何故だろうか……ただ、お前が傷付くのが許せなかったのだ。我が花嫁……シェリーよ」
「あ……」

 シェリーは思わず月の王から伸ばされた手を握り、その冷たい指がシェリーの手の中で灰になり、手の隙間からサラサラと零れて行くのを見守った。


「……今まで人間を守ってくれて、ありがとう」

 その返事はなく、月の王は灰となって消滅した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!

クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。 ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。 しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。 ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。 そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。 国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。 樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

翡翠蓮
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます

なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。 過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。 魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。 そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。 これはシナリオなのかバグなのか? その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。 【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】

転生したら悪役令嬢だった婚約者様の溺愛に気づいたようですが、実は私も無関心でした

ハリネズミの肉球
恋愛
気づけば私は、“悪役令嬢”として断罪寸前――しかも、乙女ゲームのクライマックス目前!? 容赦ないヒロインと取り巻きたちに追いつめられ、開き直った私はこう言い放った。 「……まぁ、別に婚約者様にも未練ないし?」 ところが。 ずっと私に冷たかった“婚約者様”こと第一王子アレクシスが、まさかの豹変。 無関心だったはずの彼が、なぜか私にだけやたらと優しい。甘い。距離が近い……って、え、なにこれ、溺愛モード突入!?今さらどういうつもり!? でも、よく考えたら―― 私だって最初からアレクシスに興味なんてなかったんですけど?(ほんとに) お互いに「どうでもいい」と思っていたはずの関係が、“転生”という非常識な出来事をきっかけに、静かに、でも確実に動き始める。 これは、すれ違いと誤解の果てに生まれる、ちょっとズレたふたりの再恋(?)物語。 じれじれで不器用な“無自覚すれ違いラブ”、ここに開幕――! 本作は、アルファポリス様、小説家になろう様、カクヨム様にて掲載させていただいております。 アイデア提供者:ゆう(YuFidi) URL:https://note.com/yufidi88/n/n8caa44812464

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

処理中です...