悪役令嬢の幸せは新月の晩に

シアノ

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どうかその冷たい指を握らせて3

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 王城から少し離れた場所にポツリと立つ銀の塔。
 重々しいその建物は監獄であり、特に刑の重く身分の高い人間が入る場所であった。エレノアがいるのもこの銀の塔である。ここに入る者は極刑か、終身刑だけであるためにこの銀の塔に入った受刑者は生きて出ることがない、帰らずの塔と呼ばれていた。
 その銀の塔の下には一面に咲き誇る白薔薇の庭園があるが、処刑された人間の血を吸って大輪の花を咲かせるのだとまことしやかに囁かれていた。

 日は沈み、僅かな明かりに白薔薇が浮き出ている。確かに美しいが、処刑場と聞けばなんとなくおどろおどろしい気がしてしまう。

「今日は綺麗なところに連れて行ってくれるって行ったのに……ここなの?」

 シェリーは頰を膨らませて傍らの月の王を見上げた。
 月の王はひどく機嫌良さげに頷く。

「オズワルドが今宵の趣向を凝らしてくれたのだ。ああ、待ち遠しい……」
「へえ、王子様が……? 確かに薔薇が綺麗だけど、ここって処刑とかやるのでしょう。なんだか幽霊が出そう」
「幽霊……霊体の魔物であれば守護吸血鬼に任せるといい。そなたに危険は及ぶまいよ」
「う、うん……そうなんだけど……」

 月の王はシェリーの髪を一房指に絡め取った。シェリーはその冷たい指がなんとなく苦手だった。
 シェリーは月の王の花嫁に大抜擢され、この一カ月ほどの間、本物のお姫様になったかのように頭のてっぺんからつま先まで磨き抜かれ、今も贅を凝らした白いドレスを着ている。一生縁がないと思っていた贅沢な日々を過ごし、しかし月の王はそのままのシェリーが良いのだと、堅苦しい立ち振る舞いを強要することはなかった。
 オズワルドもまさに王子様として、シェリーをお姫様のように扱い、慣れない生活を送るシェリーに気を配りいつも優しい言葉をかけてくれる。
 シェリーは信じられないほどの幸運に舞い上がり、幸せを噛み締めていた。

 と、そこにオズワルドがいつも通りの優しげな微笑みで歩み寄ってくる。

「お待たせしました。もう間も無く今夜の趣向をご覧いただけますよ。シェリー、そのドレスとてもよくお似合いです。とても愛らしい」
「あっ、ありがとうございます!」

 オズワルドはシェリーの手を取り、その甲に口付けをした。シェリーの頰が林檎のように赤く染まった。
 すると月の王も負けじと、シェリーの髪の一房に口付けてくる。
 シェリーは月の王にもオズワルドにもまた違う魅力を感じ、ドキドキと胸を高鳴らせていた。

「……月の王よ、此度の芳醇なワインのことなのですが」
「ああ、聞こう」
「たまにはボトル全て開けてしまっても構いませんが、如何なさいますか?」
「ほう……良いのか? 何時もであれば健康のためにグラス一杯に留めろと言われていたはずだが」
「ええ、構いませんとも。守護吸血鬼の方々も、喉が渇いていらっしゃるでしょう?」
「へえー、月の王もワインを飲むのですね! グラス一杯だけだなんて、なんだか意外だわ。ふふ、可愛い!」

 シェリーは屈託無くクスクスと笑うが、当然ながらワインとはそのままの意味ではない。
 そのシェリーに流れる芳醇で魔力に溢れる血のことであった。

「ああ、芳醇な赤ワインが好みでね……今日は気持ちよく乾杯出来そうだ」
「お喜びいただけて、嬉しく思います」

 オズワルドは恭しく頭を下げた。

 何時もであれば月の王の花嫁からは、花嫁の健康を損なわない僅かな量しか血を飲むことを許されない。月の王の花嫁に選ばれるのは高位の貴族令嬢で、王族に嫁ぐ予定があるからだ。それでも有象無象の平民から採取した量ばかりある血よりはマシと言えたが。
 しかし、シェリーは違う。太陽の王たるオズワルドから飲み干しても良い、と許可が出たのだ。喜んでそうさせてもらおう。さすれば同胞にも分け与えることが出来、力を増すに違いない。

 小首を傾げているシェリーの白い首筋を見て、月の王はニタリと笑い、逸る心を落ち着かせるかのように手にしたステッキの赤い石を冷たい指で撫でた。








 エレノアは両腕を背中側で縛られ、久方ぶりに牢から出ることとなった。
 前後を武装した兵士に囲まれている。
 そのつもりも最初からなかったが、逃げることはまず不可能だろう。
 それより何よりも、手を縛られたことで、まだエレノアの腹の中にあるかもしれない珊瑚を撫でることが出来ないのが残念だった。

 塔の外に出れば、冷たい夜風がエレノアの髪を揺らした。新月だから月のない、暗い夜である。
 美しい白薔薇の咲き乱れる庭園の真ん中に、白木の台座が据えられていた。

 薔薇の甘い香りでむせ返りそうな中、エレノアはその台座への階段を自らの足で登らされる。一段上がることに、階段はギシリと激しく軋む音を立てた。階段が落ちるのではというほどの音に、思わず身を竦めてしまいそうになりながら登る。
 エレノアがちんたらしないよう、後ろから仮面を被った処刑人が付いて背中を小突いた。
 台座を上りきれば、塔の上からまるでスポットライトのような明かりがエレノアに降り注ぎ、足元の影を濃くした。それは処刑台というよりも小さな舞台のようにも見えた。
 エレノアは台座の上に跪かされ、白薔薇の庭園を見下ろした。
 特等席のつもりなのか、互いの表情すらも見えるほどすぐ間近にテーブルや椅子が設えられており、そこには月の王とオズワルド、そして青い顔をして目を見開いているシェリーが座っていた。








「えっ……な、なんなのこれ……ねえ!?」

 シェリーの口から思わず言葉が漏れる。
 思わず縋るように月の王とオズワルドを見るが、どちらも平然としていた。
 オズワルドは立ち上がり、朗々とした声を響かせる。

「大変お待たせいたしました。月の王よ。此度の趣向は、この白く純真無垢な白薔薇を、匂い立つ濃艶な赤い薔薇にしてご覧にいれましょう!」
「ま、待って、王子様……これ、しょ……処刑……?」
「赤薔薇にするのはいいが、終わったら燃やせ。よいな」
「もちろん、その準備は出来ております。ラストは青い炎で青薔薇、というのは如何です?」
「待ってよ、私……こんなの聞いてない! やだ、帰る!」

 顔面蒼白で立ち上がろうとするシェリーの肩をオズワルドが押さえる。
 シェリーは激しく首を振った。こんなのは知らない。ただ綺麗なところに連れて行ってくれると聞いただけなのに。メアリー・リーズとキャロライン・リーズも笑顔で送り出してくれた。何も言っていなかった。
 しかしオズワルドの押さえつける手も揺らがない。

「あの者は守護吸血鬼の方々に害を成した魔女ですから。これを見届けるのは月の王の花嫁としての責務です。さあ、座ってください、シェリー」

 その声も笑顔も、シェリーがほんのりと恋心を寄せていたオズワルドのままであった。





「首を落とす際に剣が滑らぬよう、髪を切ります」

 錆びた声の処刑人は無感動に小刀を取り出して、エレノアの長い髪を掴む。

「身じろぎしないでください。耳を切り落としてしまいますと、月の王の不興を買いますから」

 そして一房ずつ、小刀で髪を切り落としていった。ぴんと髪を強く引っ張られ、その張った箇所に小刀を当て、ザリ、と刃を滑らせる。
 切り終えた髪を手放せば、キラキラと光りながら少しずつ白薔薇の上に落ちていった。ハラリと落ちるそれは鳥の羽のようにも見えた。
 エレノアはこれも全て見世物になっていることを理解していた。悲しい顔や、絶望的な顔は、きっと彼らを喜ばせるだけだろう。それにもう、やっと終わるのだ。死ねばきっと、ルカーシュに会いに行ける。
 エレノアは目も伏せず、しっかりと前を見据えていた。オズワルドが望んでいた涙はその透き通った翠の瞳にはこれっぽっちも浮かんでいない。


 虹色の羽根を貰った。緑の水晶を貰った。写真の入っていないロケットペンダントや、鼈甲の櫛に空色の石のついた銀の指輪。花やお菓子も貰った。珊瑚のペンダントも貰った。たくさんの小さな幸せを貰った。
 全てルカーシュがくれたものだ。
 知らず知らずのうちに、エレノアの口元には微笑みが浮かんでいた。

 髪をざんばらに切られ、長かったエレノアの髪は、首元をすっかり露出するほどに短い。処刑人の手が離れ、軽く首を振ってエレノアは笑う。

「髪って重かったんだ。すごい、軽い!」
「ど……どうして……笑ってるのよ! し……死んじゃうのに……どうして」

 エレノアはシェリーに笑いかけた。
 気絶したエレノアはシェリーに庇われた記憶はない。それでも、そこにシェリーにペンダントを奪われかけ、怯えて震えていたエレノアの面影はない。

「私は幸せだったから。幸せな思い出、たくさん持っていたから。ルカの……ルカーシュとの思い出を……」

「もう良い! 首を落とせ!」

 月の王は青い顔でみっともなく泣きじゃくり命乞いをするエレノアが見たかったのだ。これでは興醒めだとばかりにオズワルドへと指示を飛ばす。それはオズワルドも同意見だった。あの娘の嗜虐心をそそる顔をもう一度見たかったと言うのに。

「鐘をならせ!」

 処刑の合図である銀の塔の鐘が鳴る。
 間近で聞く鐘の音はビリビリと鼓膜を揺さぶる。
 シェリーは思わず耳を塞ぎ、目を閉じた。だから何が起こったのか、よく分からなかった。








 鐘が鳴る。体がビリビリと震え、音叉にでもなったかのようだった。
 エレノアは跪いた状態で白木の丸く窪んだ箇所へと頭を押さえつけられる。処刑人は足元に小刀を放り出し、巨大な剣を取り出した。

 重そうだな、と関係のないことを少しだけ考えた時、エレノアのお腹の中がカッと熱くなった気がした。いや、冷たくなったのかもしれない。
 熱いような冷たいような何かが、エレノアの体内を循環していく。エレノアは跪いてなお、ガクガクと体を震わせた。

「おい、大人しくしろ」

 最期を悟り、ただ恐怖に震えているのかと思った処刑人は錆びた声でそう言い、エレノアの体をより強く押さえた時、スポットライトで照らされたエレノアの影がズルリと動いた。
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