わんだふるOTカフェへようこそ!

OT.deguchi

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第2章:ここで、生きてく人たち

第15話「この一歩のために」

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 わんだふるOTカフェの一角で、ひなたは少し緊張した面持ちでカバンの中を確認していた。

 「名刺、メモ、資料、カイの動画入りUSB……」

 「本日、外出支援初担当ですね」
 レオが背後からぬっと現れる。

 「やめて、緊張してるときに現れるのやめて……!」

 「“記録も持参してますか?”」
 「それを言われると正論すぎてグゥの音も出ない!」

 



 目的地は、リュウジくんの住む団地。
 今日は「わんだふるだより第1号」を届けに行く名目だが、
 本音は――“今のリュウジくんの状態を、直接見たい”という気持ちだった。

 でも、それは簡単なことじゃない。
 人の生活に踏み込むということは、
 その人の“リアル”と“痛み”を、正面から見ることでもあるから。

 



 玄関のチャイムを押す手が、少し震える。
 扉の向こうで「はーい」と返事があった時、心臓がひとつ跳ねた。

 出てきたのは、リュウジくんのおばあちゃん。
 やっぱり、少し疲れて見える。

 「こんにちは。わんだふるカフェの神崎です。
 今日は少しだけ、お顔見に来させていただきました」

 「まぁ……どうぞ。狭い部屋ですけど……」

 



 室内は、先日よりほんの少し散らかっていた。
 ああ、今日は、きっと気持ちに余裕がなかったんだ。

 そんな空気を感じながら、ひなたはカバンから“わんだふるだより”を取り出した。

 「今回はカイとリュウジくんの“サッカー名場面”特集です!」

 それを見た瞬間、おばあちゃんの表情がふっと緩む。

 「……あの子、本当にあそこが好きで。
 昨日も、“行けないけど、また行くから”って、言ってて……」

 その声が、かすかに震えていた。

 



 部屋の奥から、小さな足音が近づいてくる。
 「……ひなた先生?」

 リュウジくんが、顔を半分だけ出していた。

 「うん。今日はちょっとだけ会いに来たよ」

 「オレ、行けなくてごめん」

 「そんなことないよ。
 来られない日も、こうして会えたら嬉しいんだから」

 リュウジくんの表情が、すこしだけ柔らかくなった。

 



 「ひなた先生。……うちって、変?」

 唐突な質問だった。

 「友達んち行くとさ、玄関が広かったり、テレビがでっかかったり……
 でも、オレんちは、カーテンも破れてるし、ママも寝てばっかで……」

 ひなたは言葉に詰まった。
 でも、それでも――答えることを選んだ。

 「リュウジくんの家は、“頑張ってる家”だよ。
 私にはそう見える」

 「……本当に?」

 「うん。そして“誰かが頑張ってる家”には、“誰かが支える人”が必要なんだ。
 私が今日ここに来たのは、“君の家を一緒に支えたい”って思ったからだよ」

 



 帰り道、団地の階段を降りながら、ひなたは自分の手のひらを見つめていた。

 支援って、何だろう。
 作業療法って、どこまでが“仕事”で、どこからが“覚悟”なんだろう。

 その答えはまだ出ていない。
 でも、あの子の“先生”でいたいと願う限り、私はきっと何度でも足を運ぶだろう。

 



 その夜、スタッフルームで、ナナが静かに言った。

 「どうでしたか? “踏み出してみた外”は」

 「……怖かったです。
 でも、私、ひとつ思ったんです」

 「なんですか?」

 「“ここがあってよかった”って思える場所が、
 “帰る場所にならない人”もいる。
 だからこそ、私たちは“ここ”と“外”をつなげていかないと」

 ナナはゆっくりと頷いた。

 「それは、まさに地域作業療法士の始まりですね」

 



 その夜、ひなたは“わんだふるだより第2号”のタイトルをこう決めた。

「あなたの場所と、ここをつなぐ、わんだふるな線をひこう。」
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