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第2章:ここで、生きてく人たち

第14話「その子が帰る場所」

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 午後の静けさの中、ひなたは一枚の連絡票を手にしていた。

 差出人:児童福祉センター
 件名:「リュウジくんの家庭状況について」

 そこには、簡潔ながら重たい言葉が並んでいた。

「母親の精神的負担が大きく、登校・生活リズムが乱れがち」
「日中は祖母に任されているが、支援の手が十分ではない」
「現在、訪問支援の調整が進んでいる」



 ひなたは静かにファイルを閉じた。

 リュウジくん――
 カイと一緒にサッカーをして、笑って、泣いて、全力で駆け回るあの子。

 その裏に、“居場所の不安定さ”があったなんて。

 



 「……私、今まで“ここだけ”を見てたのかもしれません」

 スタッフルームでつぶやいたひなたに、ナナが優しく首を振った。

 「“ここで見えたもの”が、すべての始まりです。
 でも支援は、そこから“広げていくこと”でもあるんですよ」

 「じゃあ……私は、次にどうしたらいいですか?」

 「“知ること”から始めてください。
 リュウジくんが、どんな場所に帰っていくのか。
 その上で“ここに戻ってきたいと思える場所”を守ることが、あなたの役目です」

 



 後日。ひなたは、リュウジくんのおばあちゃんに会うことになった。
 築年数の古い団地の一角。エレベーターのない3階。

 ドアの向こうに現れたのは、小柄でやつれた表情の女性。

「作業療法士さん……ですか?
 ……あの子が、そちらではお世話になってるって……」

 その声には、どこか“申し訳なさ”が滲んでいた。

 



 室内は整理されていたが、狭くて暗い。
 そして何より、生活の余裕がなかった。

 「娘は……うつで、部屋にほとんどこもっていて。
 あの子も、学校に行ったり行かなかったり……
 私ももう、体が思うように動かなくて……」

 それでも彼女は、
「でもあの子が“カフェ行きたい”って言う日は、体が軽くなるんですよ」と微笑んだ。

 



 帰り道、ひなたは胸の奥に強く刻みつけた。

 リュウジくんが、
 「ただ元気な子」じゃなくて、「がんばって“普通”を装ってた子」だったこと。

 “カフェ”という場所が、彼にとっては“数少ない安全地帯”だったこと。

 ――そして、自分はそれを、知らずに笑っていたこと。

 


 次の日。ひなたはナナたちに提案をする。

 「週1でいい。カフェに来られない日があっても、
 “カフェが近くにある”って感じられる方法を考えたいんです」

 「訪問?」
 レオが即座に反応する。

 「簡単なやつでいい。“わんだふる便り”とか、“今日のカイ動画”とか、
 “誰かが見てるよ”って伝えられる、そんな支援を」

 



 その日のセッション。
 リュウジくんは、いつもより少しだけ慎重にカイを追いかけていた。

 「疲れてる?」
 さきが尋ねると、彼は首を振った。

 「……ううん。今日はね、がんばらない日」

 「そういう日も、大事だよ」

 そのやりとりを見守りながら、ひなたはゆっくりと頷いた。

 “支援”って、力を与えることだけじゃない。
 “がんばらなくていい”と伝えることも、立派な作業療法なんだ。

 



 帰り際。リュウジくんがふと、ひなたに囁いた。

 「ひなた先生、うちのばーちゃん……“オレが行くと安心する”って言ってた」

 「そうなんだ。リュウジくんがここで楽しそうにしてるの、
 きっとばーちゃんにとっても嬉しいんだよ」

 「オレ、ばーちゃんのこと好きだけど、めっちゃ怒るからさ」

 「うん、わかる。好きだから怒れるんだよ。
 でも、“怒られない場所”も必要だよね」

 リュウジくんはにやっと笑った。

 「じゃあさ、カイにも1回怒っといて。うるさすぎって」

 「カイ、明日反省会だな……」

 



 その夜。ひなたは新しく始めた“わんだふるだより”第1号に、こう書き添えた。

「がんばれない日があっても大丈夫。
わたしたちは、あなたが帰ってくる場所で、
今日もちゃんと待っています。」


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