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第2章:ここで、生きてく人たち
第13話「その支援、誰のため?」
しおりを挟むある午後。いつもより落ち着いた空気の中、ナナがぽつりと告げた。
「今日、ちょっと特別な見学者が来ます。
近くの大学病院に勤める作業療法士さん。地域との連携を検討しているようで」
「えっ、現役のOTさん……!」
ひなたの背筋がピンと伸びる。
「緊張しますか?」
ナナが優しく笑う。
「そりゃしますよ……! 私、まだここのスタッフになって間もないのに……」
「だからこそ、見てもらえることもあるはずですよ。
“誰かとちゃんと向き合う力”って、年数じゃないですから」
15時すぎ、玄関から現れたのは――
スーツ姿で黒縁メガネをかけた、冷静な雰囲気の女性。
「初めまして。大学病院OT室の三笘志保と申します。
本日は見学を希望しまして。職場の部下が“面白い場所がある”と教えてくれまして」
「あっ……私、その部下だったかも……」
ひなたが気まずく笑う。
「そうでしたか。なるほど……では、率直に拝見させていただきます」
その一言に、空気がきゅっと引き締まる。
見学中、三笘は終始無言で記録を取り続けた。
カイとリュウジくんのセッション、青山さんのコーヒー淹れ、
ミルクがマユちゃんと塗り絵をしている場面――
そして、ナナが利用者と“ただ一緒に座って”いる時間。
「失礼ですが、この“会話なしの時間”は……?」
「“関わりの前の関係づくり”ですね」
ナナが落ち着いた声で返す。
「……なるほど。ちょっと特殊ですね」
休憩中、三笘がひなたに声をかけた。
「神崎さん、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょう」
「ここでは、“訓練”らしい訓練をしていませんね。
私の見た限り、“作業療法”と呼べる明確な機能回復訓練はほとんど……」
その言葉に、ひなたは一瞬、言葉を詰まらせた。
でも、胸の奥から、自然に言葉がこぼれた。
「……“やりたいこと”が先にあって、“できること”が育つ。
それが、ここでの支援の形なんです」
「ですが、病院では“評価→目標設定→訓練”が基本です」
「分かってます。私も、かつてはそこで学びました。
でも――」
ひなたは静かに、青山さんと佐伯さんの姿を指さした。
「この方たちは、“何のために訓練するか”がわからなかったら、動く意味を見失ってしまう人たちなんです。
だから、私たちはまず“その人の大切な作業”に触れる。
そして、それが“できる”ように支える。それもOTだと思ってます」
しばらく沈黙のあと、三笘がポツリとつぶやいた。
「神崎さん……あなた、以前うちの病棟にいた“ひなたさん”ですか?」
「……はい」
「やっぱり。あのとき、急に退職されたって聞いて驚きました。
でも、今のあなたを見て、“あのときの迷い”が無駄じゃなかったと、思えました」
「……ありがとうございます」
見学終了後、三笘は最後に、こう言った。
「“作業療法の本質”は、現場によって変わるものではない。
でも、“支援の形”は、現場ごとに育てるものだと、今日わかりました」
そして、控えめに笑った。
「私、少しだけ、作業療法士として初心を思い出しました。
また、来ていいですか?」
「もちろん。また、いつでも」
その夜、ひなたはカフェの記録ノートにこう綴った。
> 「“支援”とは、形じゃなく“意図”であり“関係”であり、
“一緒にいる覚悟”のことだと思う。
見られることで、自分の支援をもう一度、見直すことができた。
OTは“何をしたか”じゃない。“誰と、なぜ、それをしたか”。
わたしは今日、それを確かめられた気がする。」
月明かりの中、カフェの看板がそっと光る。
その下を歩く三笘の手には、小さなメモがあった。
「カフェの片隅で見た、ある作業療法士の“目”。
それが、とても真っ直ぐだった。」
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