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#002 盟約はスカートの裾を揺らす
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「ま、そんなわけで。まずは自己紹介から入りましょうか」
蠱惑的な微笑みを浮かべたまま、彼女は優雅に革張りのソファへと腰を下ろした。
「あたしは美王零音。『麗しい音』じゃなくて『零れる音』よ。ここで教師の仕事がてら、ちょっとした研究をさせてもらってるわ。よろしくね、ハルくん」
ひらひらと手を振る仕草は、教師というより親しい友人に対するそれだ。呆気に取られる晴人を面白そうに一瞥すると、零音はさらに言葉を続けた。
「ちなみに歳と体重はレディの秘密。だけど特別に教えてあげる。身長は172cm、スリーサイズは上から111・59・102のLカップよ♡」
「きっ、聞いてませんってそんなこと!」
思わず素っ頓狂な声が出た。情報量が多すぎて、脳の処理が追いつかない。
「え~? 男の子なら普通、こういうデータは真っ先に知りたくなるものでしょ?」
いたずらっぽく片目を瞑る零音に、晴人はしどろもどろになる。否定できない自分が悔しい。
「と、とにかく! 僕は七座晴人です! この度は先生のご厚意で特別に合格させていただき、誠にありがとうございます!」
慌てて背筋を伸ばし、深く頭を下げる。すると、ふふっ、と吐息の混じった笑い声が聞こえた。
「そんなに畏まらなくていいわよ。あたしがそういう堅苦しいの、嫌いだってわかるでしょ?」
顔を上げると、零音はソファの背にだらしなくもたれかかり、艶めかしい脚を組んでいた。深く開いた白衣の胸元からは、先ほど晴人の顔面が埋まった豊満な谷間が惜しげもなく晒されている。
——いけない、いけない! 視線が吸い寄せられるのを必死にこらえ、晴人は咳払い一つで本題を切り出した。
「……それで、早速本題なのですが。僕がこの学園に入学するための『条件』というのは、具体的にどういうものになるんでしょうか」
「よくぞ聞いてくれました」
零音の瞳が、それまでのからかうような色から、一瞬にして研究者のそれへと変わる。その鋭い眼光に、晴人は背筋が伸びるのを感じた。
「まず、ハルくんはこの機術学園を志望してたなら、基本的なカリキュラムくらいは調べてるわよね?」
「はい。ここは高専と同じ5年制で、一般教養に加えて最新鋭の科学技術を学ぶ特別授業が設けられている、と。生徒はそこで自身の適性に合わせて専門とする魔術や装備を定め、5年間を通してその道を極めていく……」
「上出来。よく調べてるわね。それだけこの学園に入りたかったっていう熱意が伝わってくるわ」
不意に褒められ、晴人の口元がわずかに緩む。その瞬間を、零音は見逃さなかった。
「でも残念。ハルくんには、その『選ぶ権利』がないの」
「……え?」
「それが今回の条件。ハルくんには、あたしが作った装備を専属で使ってもらう。あたしの研究に、その身をもって協力すること。それが、ハルくんをここにねじ込んだ対価よ」
そういうことか。学園に入ってから、どんな武器を使おうか、どんな魔法を覚えようか……そんな胸躍る妄想を繰り広げていただけに、肩を落とさずにはいられなかった。
「不満かしら? なら、この話は今すぐ無しにしてもいいのよ?」
零音の声が、急に温度を失う。
「勘違いしないで。ハルくんは本来、この学園のレベルに達していなかった不合格者。それをあたしの権限で特別に引き上げた、いわば『劣等生』なの。ここに通わせてもらえるだけでも、ありがたいと思いなさい」
「……はい」
ぐうの音も出ない正論だった。
「ま、そう落ち込まないで。どんな装備かもわからないと、判断のしようがないわよね」
そう言って、零音は白衣のポケットから小さな銀色のオブジェクトを取り出した。
「これがハルくんの専用装備。普段から肌身離さず身につけてもらうわ」
手渡されたのは、青い宝石のようなものが埋め込まれた、シンプルなデザインのブレスレットだった。
「これを、付けるだけでいいんですか?」
「いいえ? 装着した上で、『トランス』って唱えてみて」
「……わかりました。——トランス!」
言われた通りに叫んだ途端、ブレスレットが眩い光を放ち、無数の光の粒子が晴人の全身を包み込んだ。
「うわぁっ!?」
暖かくも不思議な感覚に身を任せていると、光は程なくして収束していく。
……なんだか、服の感触がいつもと違う。特に、下半身が妙にスースーするし、胸のあたりがやけに窮屈だ。
「そこに姿見があるから、見てみるといいわ」
にやにやと、実に意地の悪い笑みを浮かべる零音に促され、おそるおそる部屋の隅に置かれた鏡へと視線を向ける。
そこに映っていたのは。
「う、うわあああああああっ!? なにこれえええええええええ!?」
見慣れた自分の顔。しかし、その身にまとっているのは、先ほど校庭で見かけた機術学園の制服。
——ただし、プリーツが揺れるスカートと、胸元にリボンが結ばれたブラウス仕様の、『女子生徒用』、だった。
それだけじゃない。肩にもかからなかったはずの黒髪は、つやつやと光を反射しながら腰まで届くほどの超ロングヘアへと変貌している。鏡の中の「少女」が、自分の動きと全く同じように、驚愕に目を見開いていた。
「あ、あの……先生、これは一体……?」
返事のない零音の方を振り返ると、彼女は恍惚とした表情でこちらを見つめていた。その瞳は潤み、頬は朱に染まっている。完全に理性のタガが外れた顔だった。
「はぁ~……♡ やっぱりあたしの目に狂いはなかった……。最っ高に似合ってるわ、ハルくん……♡」
「せ、先生……?」
「あぁもうっ! 何なのこの可愛さはっ!? これで本当に男の子!? 一目見た時から逸材だとは思ってたけど、あたしの『ギア』を纏ったらもう完全に神話の美少女じゃないっ! こんな可憐な顔して! 華奢な体つきで! それでいて!男の子だなんて! 矛盾! 矛盾してるわよっ! この奇跡の存在にっ!」
「ちょっ、ちょっと先生!? 落ち着いて、やめっ、はひぃんっ!?♡」
叫びと共に突進してきた零音に組み敷かれ、晴人は小一時間ほど、その飽くなき探究心の餌食となった。そして、その濃密すぎる時間の中で、股間のものが健在であることから、少なくとも性別までは変わっていない、という事実だけは辛うじて認識できた。
「はぁっ……はぁっ……ごめんあそばせ? あまりにも理想の『適合者』が目の前に現れたものだから、研究者としての本能が抑えきれなくて……」
ブレスレットが解除され、服装も髪も元の姿に戻った晴人は、ソファの隅でぐったりとしながら頷いた。
「……でも、これで何となくわかりました。僕が特別合格になった理由……。本当に、ただ先生のお眼鏡にかなった、ってことだったんですね……」
「半分正解で、半分不正解よ」
息を整えた零音は、不意に真剣な研究者の顔に戻る。
「あたしが開発した、生体適合型戦闘システム『メタモフォシス・ギア』。それは、装着者の肉体を戦闘に最適化された形態へと変容させる、あたしの研究の集大成。……でもこのギア、あたしの趣味と実益を兼ねた結果、『中性的な少年』にしか最高の性能を発揮できないの」
「……え?」
「平たく言えば、ハルくんみたいに中性的で華奢な体つきの子ほど、ギアとの適合率が高い。変容への負担も少なく、ギアの性能を限界まで引き出せる。そんなギアがあるところに、キミという最高の『原石』が現れたのよ。やる気も出て、キミの体格データに合わせた調整も一週間で終わっちゃった♡」
「そ、そうだったんですか……」
ただの変態的な趣味ではなかった。自分のこの見た目には、技術的な価値があったのだ。
「で、どうするの? ハルくん」
零音は、晴人の目をまっすぐに見つめる。
「キミには、この『メタモフォシス・ギア』の専属被験者として、あたしの研究に協力してもらう。それが、この機術学園に入学するための、唯一の条件よ」
ふぅ、と零音は息をつく。
「一週間あげる。よく考えて、自分の人生を選びなさい。それと、これ」
そう言って、彼女はもう一つ、同じデザインのブレスレットを晴人に手渡した。
「家に持ち帰って、親御さんにもちゃんと見てもらって、相談しなさいな」
「……そこまで配慮してくださるなら、最初から男子用の制服を用意してくれれば……」
「それはやだ♡」
零音は、再び小悪魔のような笑みを浮かべた。
「折角こんな可愛い子の、こんな面白い弱みを握れたんですもの。そう簡単に手放してたまるもんですか♡」
晴人の深いため息が、応接室に虚しく響いた。
……そして、家へと僕が帰宅すると。
実家のリビングに、重苦しい沈黙が流れた。父は深く眉間にしわを寄せ、腕を組んだまま黙り込んでいる。母は、ハンカチを握りしめたまま、心配そうにこちらを見ていた。
無理もない。目の前にいるのは、腰まで届くロングヘアに、可愛らしい女子用の制服を着こなした、見慣れない「娘」なのだから。
「えーと……この格好をすることが、あの学校に入学するための条件、らしいです」
僕は、鏡で見た時と同じくらい戸惑っているであろう両親に、精一杯平静を装って告げた。
「この姿に変身することで、僕に戦闘能力が宿る……って話なんだ。僕を選んでくれた先生が開発した、特別な装備なんだって」
「……その格好は、なんだ」
父の低い声が、沈黙を破った。
「……僕をスカウトしてくれた先生の、趣味……だそうです」
「…………そうか」
父はそれだけ言うと、再び押し黙ってしまった。代わりに、母がおそるおそる口を開く。
「晴人、本当にその学校に行きたいの? そんな……そんな格好をしてまで?」
母の瞳は、心配の色で揺れていた。無理もない。僕だって、数日前までは想像もしなかった未来だ。それでも——。
「正直なことを言うと……うん。やっぱり、行けるなら行きたい」
僕はまっすぐに両親を見つめ返した。今、ここで視線を逸らしたら、覚悟が揺らいでしまいそうだったから。
「あの学園は、僕が今まで知らなかった世界そのものだった。すごい技術や、すごい人たちがたくさんいて、みんな自分の夢に向かって本気で頑張ってた。……僕は、そんな世界を、この目で見てみたいんだ」
父の鋭い視線が、僕を射抜く。
「女装云々を抜きにしても、だ。晴人、お前は本来なら不合格だった。レベルの高い生徒たちの中で、無理をして入学してお前が辛くなるだけじゃないのか。その覚悟はあるのか?」
それは、僕がこの数日間、ずっと考えていたことだった。でも、答えはもう出ている。
「……大丈夫。ここで諦めたら、きっと一生後悔するから。一度掴み損ねたチャンスが、もう一度目の前に来たんだ。これを手放す方が、僕はずっと辛いと思う」
僕の言葉に嘘はなかった。その覚悟が伝わったのだろう。父は組んでいた腕をほどき、天を仰ぐように一つ、大きなため息をついた。
「……どうやら、何を言っても無駄なようだな」
「えぇ、あなた。この子の目は本気よ」
母が、そっと僕の肩に手を置く。その手は、まだ少し震えていたけれど、温かかった。
「わかった。晴人。お前の人生だ。折角掴んだチャンスなんだから、行ってきなさい」
父の言葉に、僕は顔を上げた。
「ただし、条件がある。何があっても、自分のその決断を後悔するな。私たちも、お前が後悔しないように全力で応援する。……いいな?」
「……うん!」
二人の声を聞いて、堪えていたものが込み上げてくる。僕は満面の笑顔で、何度も頷いた。
「ありがとう……! お父さん、お母さん!」
それからの日々は、嵐のように過ぎ去っていった。学生寮への入寮手続き、新生活に必要なものの買い出し、荷造り……。めまぐるしい忙しさの中で、気づけば旅立ちの朝を迎えていた。
見慣れた我が家の玄関前。僕の隣には、大きなキャリーケースが鎮座している。
「……それじゃ、お父さん、お母さん」
僕は二人の前で、左腕にはめられた銀色のブレスレットを静かに掲げた。これが、新しい僕の始まりの合図。もう、迷いはない。
「——トランス!」
眩い光が全身を包み込み、見慣れた自分の体が、見慣れない制服姿へと変わっていく。髪が伸び、視線が少しだけ高くなる不思議な感覚。
光が収まった時、そこに立っていたのは「七座晴人」という名の、一人の「少女」だった。
「行ってきます」
僕は振り返ることなく、そう告げて歩き出す。ここで振り返ってしまったら、決意が鈍ってしまいそうだったから。
「「行ってらっしゃい」」
背中にかけられた温かい声に、胸の奥が熱くなるのを感じながら、僕は未来へと続く道を、一歩、踏み出した。
これから始まるのは、きっと波乱に満ちた毎日だ。それでも、この胸の高鳴りは本物だった。未知の世界への扉を開ける、始まりの合図なのだから。
蠱惑的な微笑みを浮かべたまま、彼女は優雅に革張りのソファへと腰を下ろした。
「あたしは美王零音。『麗しい音』じゃなくて『零れる音』よ。ここで教師の仕事がてら、ちょっとした研究をさせてもらってるわ。よろしくね、ハルくん」
ひらひらと手を振る仕草は、教師というより親しい友人に対するそれだ。呆気に取られる晴人を面白そうに一瞥すると、零音はさらに言葉を続けた。
「ちなみに歳と体重はレディの秘密。だけど特別に教えてあげる。身長は172cm、スリーサイズは上から111・59・102のLカップよ♡」
「きっ、聞いてませんってそんなこと!」
思わず素っ頓狂な声が出た。情報量が多すぎて、脳の処理が追いつかない。
「え~? 男の子なら普通、こういうデータは真っ先に知りたくなるものでしょ?」
いたずらっぽく片目を瞑る零音に、晴人はしどろもどろになる。否定できない自分が悔しい。
「と、とにかく! 僕は七座晴人です! この度は先生のご厚意で特別に合格させていただき、誠にありがとうございます!」
慌てて背筋を伸ばし、深く頭を下げる。すると、ふふっ、と吐息の混じった笑い声が聞こえた。
「そんなに畏まらなくていいわよ。あたしがそういう堅苦しいの、嫌いだってわかるでしょ?」
顔を上げると、零音はソファの背にだらしなくもたれかかり、艶めかしい脚を組んでいた。深く開いた白衣の胸元からは、先ほど晴人の顔面が埋まった豊満な谷間が惜しげもなく晒されている。
——いけない、いけない! 視線が吸い寄せられるのを必死にこらえ、晴人は咳払い一つで本題を切り出した。
「……それで、早速本題なのですが。僕がこの学園に入学するための『条件』というのは、具体的にどういうものになるんでしょうか」
「よくぞ聞いてくれました」
零音の瞳が、それまでのからかうような色から、一瞬にして研究者のそれへと変わる。その鋭い眼光に、晴人は背筋が伸びるのを感じた。
「まず、ハルくんはこの機術学園を志望してたなら、基本的なカリキュラムくらいは調べてるわよね?」
「はい。ここは高専と同じ5年制で、一般教養に加えて最新鋭の科学技術を学ぶ特別授業が設けられている、と。生徒はそこで自身の適性に合わせて専門とする魔術や装備を定め、5年間を通してその道を極めていく……」
「上出来。よく調べてるわね。それだけこの学園に入りたかったっていう熱意が伝わってくるわ」
不意に褒められ、晴人の口元がわずかに緩む。その瞬間を、零音は見逃さなかった。
「でも残念。ハルくんには、その『選ぶ権利』がないの」
「……え?」
「それが今回の条件。ハルくんには、あたしが作った装備を専属で使ってもらう。あたしの研究に、その身をもって協力すること。それが、ハルくんをここにねじ込んだ対価よ」
そういうことか。学園に入ってから、どんな武器を使おうか、どんな魔法を覚えようか……そんな胸躍る妄想を繰り広げていただけに、肩を落とさずにはいられなかった。
「不満かしら? なら、この話は今すぐ無しにしてもいいのよ?」
零音の声が、急に温度を失う。
「勘違いしないで。ハルくんは本来、この学園のレベルに達していなかった不合格者。それをあたしの権限で特別に引き上げた、いわば『劣等生』なの。ここに通わせてもらえるだけでも、ありがたいと思いなさい」
「……はい」
ぐうの音も出ない正論だった。
「ま、そう落ち込まないで。どんな装備かもわからないと、判断のしようがないわよね」
そう言って、零音は白衣のポケットから小さな銀色のオブジェクトを取り出した。
「これがハルくんの専用装備。普段から肌身離さず身につけてもらうわ」
手渡されたのは、青い宝石のようなものが埋め込まれた、シンプルなデザインのブレスレットだった。
「これを、付けるだけでいいんですか?」
「いいえ? 装着した上で、『トランス』って唱えてみて」
「……わかりました。——トランス!」
言われた通りに叫んだ途端、ブレスレットが眩い光を放ち、無数の光の粒子が晴人の全身を包み込んだ。
「うわぁっ!?」
暖かくも不思議な感覚に身を任せていると、光は程なくして収束していく。
……なんだか、服の感触がいつもと違う。特に、下半身が妙にスースーするし、胸のあたりがやけに窮屈だ。
「そこに姿見があるから、見てみるといいわ」
にやにやと、実に意地の悪い笑みを浮かべる零音に促され、おそるおそる部屋の隅に置かれた鏡へと視線を向ける。
そこに映っていたのは。
「う、うわあああああああっ!? なにこれえええええええええ!?」
見慣れた自分の顔。しかし、その身にまとっているのは、先ほど校庭で見かけた機術学園の制服。
——ただし、プリーツが揺れるスカートと、胸元にリボンが結ばれたブラウス仕様の、『女子生徒用』、だった。
それだけじゃない。肩にもかからなかったはずの黒髪は、つやつやと光を反射しながら腰まで届くほどの超ロングヘアへと変貌している。鏡の中の「少女」が、自分の動きと全く同じように、驚愕に目を見開いていた。
「あ、あの……先生、これは一体……?」
返事のない零音の方を振り返ると、彼女は恍惚とした表情でこちらを見つめていた。その瞳は潤み、頬は朱に染まっている。完全に理性のタガが外れた顔だった。
「はぁ~……♡ やっぱりあたしの目に狂いはなかった……。最っ高に似合ってるわ、ハルくん……♡」
「せ、先生……?」
「あぁもうっ! 何なのこの可愛さはっ!? これで本当に男の子!? 一目見た時から逸材だとは思ってたけど、あたしの『ギア』を纏ったらもう完全に神話の美少女じゃないっ! こんな可憐な顔して! 華奢な体つきで! それでいて!男の子だなんて! 矛盾! 矛盾してるわよっ! この奇跡の存在にっ!」
「ちょっ、ちょっと先生!? 落ち着いて、やめっ、はひぃんっ!?♡」
叫びと共に突進してきた零音に組み敷かれ、晴人は小一時間ほど、その飽くなき探究心の餌食となった。そして、その濃密すぎる時間の中で、股間のものが健在であることから、少なくとも性別までは変わっていない、という事実だけは辛うじて認識できた。
「はぁっ……はぁっ……ごめんあそばせ? あまりにも理想の『適合者』が目の前に現れたものだから、研究者としての本能が抑えきれなくて……」
ブレスレットが解除され、服装も髪も元の姿に戻った晴人は、ソファの隅でぐったりとしながら頷いた。
「……でも、これで何となくわかりました。僕が特別合格になった理由……。本当に、ただ先生のお眼鏡にかなった、ってことだったんですね……」
「半分正解で、半分不正解よ」
息を整えた零音は、不意に真剣な研究者の顔に戻る。
「あたしが開発した、生体適合型戦闘システム『メタモフォシス・ギア』。それは、装着者の肉体を戦闘に最適化された形態へと変容させる、あたしの研究の集大成。……でもこのギア、あたしの趣味と実益を兼ねた結果、『中性的な少年』にしか最高の性能を発揮できないの」
「……え?」
「平たく言えば、ハルくんみたいに中性的で華奢な体つきの子ほど、ギアとの適合率が高い。変容への負担も少なく、ギアの性能を限界まで引き出せる。そんなギアがあるところに、キミという最高の『原石』が現れたのよ。やる気も出て、キミの体格データに合わせた調整も一週間で終わっちゃった♡」
「そ、そうだったんですか……」
ただの変態的な趣味ではなかった。自分のこの見た目には、技術的な価値があったのだ。
「で、どうするの? ハルくん」
零音は、晴人の目をまっすぐに見つめる。
「キミには、この『メタモフォシス・ギア』の専属被験者として、あたしの研究に協力してもらう。それが、この機術学園に入学するための、唯一の条件よ」
ふぅ、と零音は息をつく。
「一週間あげる。よく考えて、自分の人生を選びなさい。それと、これ」
そう言って、彼女はもう一つ、同じデザインのブレスレットを晴人に手渡した。
「家に持ち帰って、親御さんにもちゃんと見てもらって、相談しなさいな」
「……そこまで配慮してくださるなら、最初から男子用の制服を用意してくれれば……」
「それはやだ♡」
零音は、再び小悪魔のような笑みを浮かべた。
「折角こんな可愛い子の、こんな面白い弱みを握れたんですもの。そう簡単に手放してたまるもんですか♡」
晴人の深いため息が、応接室に虚しく響いた。
……そして、家へと僕が帰宅すると。
実家のリビングに、重苦しい沈黙が流れた。父は深く眉間にしわを寄せ、腕を組んだまま黙り込んでいる。母は、ハンカチを握りしめたまま、心配そうにこちらを見ていた。
無理もない。目の前にいるのは、腰まで届くロングヘアに、可愛らしい女子用の制服を着こなした、見慣れない「娘」なのだから。
「えーと……この格好をすることが、あの学校に入学するための条件、らしいです」
僕は、鏡で見た時と同じくらい戸惑っているであろう両親に、精一杯平静を装って告げた。
「この姿に変身することで、僕に戦闘能力が宿る……って話なんだ。僕を選んでくれた先生が開発した、特別な装備なんだって」
「……その格好は、なんだ」
父の低い声が、沈黙を破った。
「……僕をスカウトしてくれた先生の、趣味……だそうです」
「…………そうか」
父はそれだけ言うと、再び押し黙ってしまった。代わりに、母がおそるおそる口を開く。
「晴人、本当にその学校に行きたいの? そんな……そんな格好をしてまで?」
母の瞳は、心配の色で揺れていた。無理もない。僕だって、数日前までは想像もしなかった未来だ。それでも——。
「正直なことを言うと……うん。やっぱり、行けるなら行きたい」
僕はまっすぐに両親を見つめ返した。今、ここで視線を逸らしたら、覚悟が揺らいでしまいそうだったから。
「あの学園は、僕が今まで知らなかった世界そのものだった。すごい技術や、すごい人たちがたくさんいて、みんな自分の夢に向かって本気で頑張ってた。……僕は、そんな世界を、この目で見てみたいんだ」
父の鋭い視線が、僕を射抜く。
「女装云々を抜きにしても、だ。晴人、お前は本来なら不合格だった。レベルの高い生徒たちの中で、無理をして入学してお前が辛くなるだけじゃないのか。その覚悟はあるのか?」
それは、僕がこの数日間、ずっと考えていたことだった。でも、答えはもう出ている。
「……大丈夫。ここで諦めたら、きっと一生後悔するから。一度掴み損ねたチャンスが、もう一度目の前に来たんだ。これを手放す方が、僕はずっと辛いと思う」
僕の言葉に嘘はなかった。その覚悟が伝わったのだろう。父は組んでいた腕をほどき、天を仰ぐように一つ、大きなため息をついた。
「……どうやら、何を言っても無駄なようだな」
「えぇ、あなた。この子の目は本気よ」
母が、そっと僕の肩に手を置く。その手は、まだ少し震えていたけれど、温かかった。
「わかった。晴人。お前の人生だ。折角掴んだチャンスなんだから、行ってきなさい」
父の言葉に、僕は顔を上げた。
「ただし、条件がある。何があっても、自分のその決断を後悔するな。私たちも、お前が後悔しないように全力で応援する。……いいな?」
「……うん!」
二人の声を聞いて、堪えていたものが込み上げてくる。僕は満面の笑顔で、何度も頷いた。
「ありがとう……! お父さん、お母さん!」
それからの日々は、嵐のように過ぎ去っていった。学生寮への入寮手続き、新生活に必要なものの買い出し、荷造り……。めまぐるしい忙しさの中で、気づけば旅立ちの朝を迎えていた。
見慣れた我が家の玄関前。僕の隣には、大きなキャリーケースが鎮座している。
「……それじゃ、お父さん、お母さん」
僕は二人の前で、左腕にはめられた銀色のブレスレットを静かに掲げた。これが、新しい僕の始まりの合図。もう、迷いはない。
「——トランス!」
眩い光が全身を包み込み、見慣れた自分の体が、見慣れない制服姿へと変わっていく。髪が伸び、視線が少しだけ高くなる不思議な感覚。
光が収まった時、そこに立っていたのは「七座晴人」という名の、一人の「少女」だった。
「行ってきます」
僕は振り返ることなく、そう告げて歩き出す。ここで振り返ってしまったら、決意が鈍ってしまいそうだったから。
「「行ってらっしゃい」」
背中にかけられた温かい声に、胸の奥が熱くなるのを感じながら、僕は未来へと続く道を、一歩、踏み出した。
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【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
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