絶対盟約の美少年従者(メイデンメイド)

あさみこと

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#005 予行演習は突然に

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ターミナル駅で乗り換え、僕たちは次の車両に乗り込んだ。車内は平日の昼間だというのに多くの人で賑わっており、東京という都市の持つエネルギーを肌で感じる。
「池袋かぁ……何があるんだっけ」
 僕の素朴な疑問に、隣に立つ杏那さんは優雅に微笑んだ。
「何でもありますわ。新宿や渋谷と並ぶ、東京の三大副都心ですもの。でも、今回の目的は一つ……コスプレショップ巡りですわね」
「コ、コスプレ?」
 予想だにしない単語に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
「えぇ。池袋は元々ファッション施設が充実していますけれど、今や秋葉原にも引けを取らないオタクの聖地でもあるのです。特に女性向けのコンテンツは、池袋の方が強いとまで言われていますわ。そこに、私の行きつけのお店があるのです」
「へぇ~……杏那さん、コスプレとかするんだ。なんだか意外だな」
「中学の頃は、お友達とよく撮影会をしていましたのよ? 特に、お嬢様系のキャラクターは私の十八番。元々の育ちも相まって、普段の言葉遣いまでキャラクターに引っ張られてしまったくらいですわ」
 なるほど、この特徴的な喋り方はその名残だったのか。
「ま、まぁ、それはそれで杏那さんらしくて、いいと思うけど」
「まぁ、ありがとうございます。……でも私、他にも得意なタイプがありまして……こちらです♡」
 杏那さんがスマホを操作し、差し出してきた画面を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
 そこに映っていたのは、深い胸の谷間を惜しげもなく晒した、蠱惑的な魔女の衣装を纏う杏那さんの姿だった。紫と黒を基調としたドレスは肌の白さを際立たせ、その豊かな胸を強調するかのように前屈みになり、人差し指を妖艶に口元へあてている。背景の洋館と相まって、まるでゲームのキャラクターが現実世界に飛び出してきたかのようだ。
 エ、エロい……エロすぎる……! これが、僕と同い年の中学生が放つ色気だというのか……!
「うふふ……♡ 釘付けになってくださって、ありがとうございます。とても嬉しいですわ♡」
「あ、いや! そりゃ、こんな写真を見せられたら……ねぇ? あはは……。でも、すごいな。どの衣装も似合ってる」
「そうですわね。でも、今日はその逆もしていただきますわよ」
「……ぎゃ、逆?」
 嫌な予感が、背筋を駆け上がった。
「はい♡ 貴方にも、私の選んだコスチュームを着ていただきますの。いつものお店で」
「え、えぇ!? だって、そこって女性向けなんじゃ……!」
「そうですわよ?」
 杏那さんは、さも当然といった顔で首を傾げる。
「そ、そんな! 杏那さんが着てたみたいな、フリフリの衣装を僕が!?」
「えぇ。でも、今のうちに慣れておかないと、後々苦労なさいますわよ? お姉様が作る貴方の戦闘服、ああいう系統のものですから」
「そ、そうなの!?」
 マジか。あの変身は制服だけだと思っていたのに、戦闘装備まで……僕の学園生活は、完全にフリルとレースに彩られることが決定してしまった。
「お姉様の作る装備の性能はどれも一級品ですけれど、肝心の装着者が羞恥心でもじもじしていたら、実戦ではあっさりやられてしまいますわ。だから、今のうちに耐性を付けておきませんと」
「あ、あのー……タキシードとか、せめて王子様みたいなかっこいい系の服装は……」
「諦めてくださいまし♡ お姉様は無類の『可愛い男の子』好き。ご自身の興味がないものには、全くやる気の出ない方ですのよ。何度も言いますが、貴方は本来この学園に存在しないはずの身。お姉様の劣情……もとい、温情によって今ここにいるのです。装備に口出しする権限など、貴方にはございませんゆえ」
「……はい」
 ぐうの音も出ない正論だった。僕のささやかな男としてのプライドは、木っ端微塵に砕け散った。
「逆に言えば、私たちの言う通りにしている限り、貴方の学園生活は安泰です。安心して、その身を預けてくださいませ」
 有無を言わせぬその言葉に、僕はただ頷くしかなかった。
「あれ? そういえば、零音先生の研究って、僕みたいな『男の子用』だよね。杏那さんが使ってるデバイスは?」
「私のものは、お姉様が学生時代に使っていた装備の改良型ですわ。それをベースに、晴人さんの『メタモフォシス・ギア』の研究が進められた、といったところですわね。つまり、基本性能は貴方の使うものの方が上。安心してお任せくださいな」
「う、うん……ところで、その戦闘服ってどんなのか知ってたりするの?」
「知ってるも何も、今まさに持っていますわ。何かあった際の護身用として試作品を渡されていますの。見ます?こちらが...」
 その瞬間だった。
 ゴオオオォォンッ!
 耳をつんざく轟音と共に、凄まじい衝撃が車両を襲った。
「うわあっ!?」
「きゃあっ!」
 車内に悲鳴が木霊し、僕も他の乗客たちと一緒に為す術なく宙を舞う。重力がどこかへ消え失せたかのような浮遊感の後、受け身も取れずに床へ背中から叩きつけられた。
 衝撃で霞む視界の中、顔面に重く、しかし驚くほど柔らかい感触がのしかかってきた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ま、まぁ! ごめんなさい、晴人さん! 大丈夫ですの!?」
 顔を覆っていたものをかき分けると、そこには僕の上に跨るような形で座り込んでいる杏那さんの姿が。つまり、僕の顔面を押し潰していたのは、彼女の……お尻。強烈すぎるヒッププレスを受けてしまったらしい。
「い、いえぇ……むしろご褒美というか……あはは……」
「もう……! それにしても、一体何が……」
 電車は駅でもない線路の途中で、きしむような音を立てて停止している。その時、後方車両との連結部のドアが乱暴に開かれ、乗客たちが血相を変えてなだれ込んできた。
「た、大変だ! 後ろの車両で、誰かが暴れてる……!」
「落ち着けって! 人が暴れたくらいで、電車が爆発したりするかよ!」
「それが……! そいつ、いきなり大きな鎌みたいなのを取り出して、壁を斬りつけ始めたんだよ!」
「「!」」
 僕と杏那さんは、互いに顔を見合わせた。間違いない。——機術。僕らがこれから学園で学ぶことになるであろう、最先端の科学の使い手だ。
「杏那さん、どうすれば……!」
「どうやら早速、お姉様のお力をお借りする時が来たようですわね。落ち着いてくださいまし、晴人さん」
 杏那さんは冷静に立ち上がると、スカートのポケットから何かを取り出した。
「こちらが護身用の試作として預かっていた、戦闘用のデバイスですわ」
 彼女はそう言うと、僕の腕から制服用のブレスレットを外し、代わりにゴシックな意匠の施された新しいブレスレットを取り付けた。杏那さん自身も、アンティーク調の手鏡のようなコンパクトケースを手にしている。
「晴人さんは戦闘経験のない素人ですが、私はお姉様のデータ収集に付き合い、ある程度の経験は積んでいます。相手がおそらく一人で、計画的でない突発的な犯行だとすれば……二人なら、十分に鎮圧できますわ」
「……うん!」
「よろしいですわね? 私に続いて、『メイド・アップ』と叫んでくださいまし」
「わかった……!」
 僕は頷き、杏那さんと共に、決意の言葉を口にした。
「ゴシック・メイド」
「メイド・アップ!」
 眩い光が僕たちの体を包み込む。制服が光の粒子となって分解され、新たな情報がナノマシンによって再構築されていく。
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