絶対盟約の美少年従者(メイデンメイド)

あさみこと

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#030 ご奉仕するならご褒美を♡

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「「――その手で、服を着せて頂戴」」
 二人のご主人様から下された、あまりにも無慈悲で、そして、あまりにも甘美な命令。僕の脳裏には、先ほどまでこの手で触れていた、二つの肢体の感触が生々しく焼き付いている。その記憶が消えぬうちに、今度は、あの扇情的な姿を、僕自身の手で一枚一枚、隠していかなければならないというのか。
「……承知、いたしました」
 か細い、自分のものではないような声で、僕は答える。メイドとしての虚ろな忠誠心が、僕の身体を操り人形のように動かした。
 まずは、杏那様から。
 僕は、震える手で、丁寧に畳まれた純白のブラウスを手に取った。ベッドの端に腰掛け、背中を向けてくれる彼女の前に立つ。シルクのように滑らかな背中に、そっとブラウスを羽織らせる。ひんやりとした生地の下から伝わる、彼女の温かい体温に、僕の心臓がまた一つ、大きく跳ねた。
「……晴人さん」
 彼女が、僕の名前を、囁くように呼ぶ。
「……はい」
「ボタン、お願いできますこと?」
 振り返った彼女の、潤んだ瞳。その視線に射抜かれ、僕はただこくりと頷くことしかできなかった。
 指先が、震える。
 一番下のボタンから、一つ、また一つと、慎重に留めていく。その過程で、僕の指先が彼女の柔らかい素肌に何度も触れてしまう。そのたびに彼女の身体が、びくり、と小さく震えるのが分かった。それは、僕の心をかき乱すには、十分すぎる反応だった。
 胸元のボタンを留める頃には、僕の呼吸はすっかり乱れていた。ボタンホールのすぐそばに存在する、圧倒的な存在感を放つ二つの膨らみ。その谷間に、僕の視線は何度も吸い込まれそうになる。それを必死に堪え、最後のボタンを留め終えた時、僕の額には、びっしょりと汗が浮かんでいた。
 スカートを履かせ、リボンを結び、靴下を履かせる。一つ一つの所作が、まるでスローモーションのように感じられた。普段、何気なく目にしているはずの彼女の制服姿が、今日だけは、世界で最も扇情的な衣服に見えた。
「……ありがとう、ございました」
 ようやく、杏那様のお着替えが終わる。僕は、達成感と、それ以上の疲労感に包まれながら、深々と頭を下げた。
「ふふっ、ご苦労様でしたわ。とても、丁寧でしたわよ」
 満足げに微笑む杏那様。だが、僕の試練は、まだ半分しか終わっていない。
 次に僕の前に立ちはだかったのは、ラスボス――美王零音先生だった。
「さーて、ハルきゅん♡ あたしは、杏那みたいに、じっとしててあげないからねぇ?」
 彼女は、悪戯っぽく笑うと、僕がブラウスを手に取った瞬間、くるりと僕の周りを回り始めた。
「わ、わっ! 危ないですよ、先生!」
「えー? メイドさんなら、動くご主人様のお着替えくらい、できて当然でしょー?」
 まるで子供のようにはしゃぐ彼女を、僕は必死に追いかける。そのたびに、彼女の豊満な胸や、弾むようなヒップが、僕の目の前で、これでもかというほどに揺れ動く。もはや、どこに視線を向ければいいのか分からない。
 なんとか彼女を捕まえ、ブラウスの袖に腕を通させる。だが、彼女の悪戯は、まだ終わらない。
「んしょっと」
「ひゃっ!?」
 ボタンを留めようとする僕の手に、彼女は、自らの胸を、ぐり、と押し付けてきたのだ。
 手の甲に伝わる、あまりにも柔らかく、そして、あまりにも巨大な感触。僕の思考は、再びショートする。
「あはは♡ ハルきゅん、顔、真っ赤~♡ 可愛い~♡」
 僕の反応を見て、彼女は心の底から楽しそうに笑っている。もう、勘弁してほしい。
 杏那さんの時とは、また違う種類の緊張感。予測不能な彼女の動きに翻弄されながらも、僕は、汗だくになりながら、なんとか彼女に制服を着せていく。スカートのホックを留めるために屈めば、上からは彼女の胸の谷間が僕を見下ろし、靴下を履かせるために膝をつけば、彼女のスカートの中の、禁断の領域が、僕を誘惑する。
 地獄だ。ここは、天国に最も近い、地獄に違いない。

 どれほどの時間が、永遠のように過ぎ去っただろうか。
 ついに僕は、二人のご主人様のお着替えという、あまりにも過酷な任務を、完遂した。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
 僕は、ベッドの脇に膝から崩れ落ち、荒い息を繰り返す。もう、指一本動かす気力も残っていない。精神的な消耗が、これほどまでに肉体を疲弊させるものだとは、思わなかった。
 そんな僕の頭上から、二つの、満足げな声が降り注いだ。
「――よくできました、私の優秀なメイドさん」
「――よく頑張ったわね、あたしのハルきゅん」
 僕は、ぼんやりと顔を上げる。そこには、完璧に着こなされた制服姿の、二人の絶世の美女が、僕を優しく見下ろしていた。
「「――お礼に」」
 二人の声が、綺麗に重なる。
 お礼? まさか、これ以上、何かさせられるというのか。
 だが、僕に与えられたのは、命令ではなかった。
 ちゅ。
 ちゅ。
 柔らかく、そして、温かい感触が、僕の左右の頬を、同時に包み込んだ。
 何が起こったのか、理解するのに、数秒かかった。
 僕の右の頬には、杏那様の唇が。
 僕の左の頬には、美王先生の唇が。
 二人の、キス。
 杏那様からは、彼女がいつも愛用している、気品のある、薔薇のような甘い香りが。
 美王先生からは、彼女の研究室にいつも漂っている、少し刺激的で、大人びた、エキゾチックな香りが。
 二つの、種類の異なる甘ったるい匂いが、僕の鼻腔をくすぐる。
 頬に当たる、二人の唇の、信じられないほど柔らかい感触。
 そして、左右を、二人の絶世の美女に挟まれている、この、あまりにも非現実的な状況。
 僕の中で、張り詰めていた理性の糸が、ぷつん、と音を立てて、切れた。
 僕の視界から、色が消える。音が、遠のいていく。
 目の前にいる二人の笑顔が、スローモーションで、ゆっくりと、遠ざかっていく。
「あら……」
「……少し、やりすぎちゃったみたいね♡」
 最後に僕の耳に届いたのは、二人の、楽しげな、そんな声だった。
 そして、僕の意識は、完全に、真っ白な光の中へと、落ちていった。

 あの日、二人のご主人様からの、あまりにも刺激的すぎるお礼によって、僕が気絶するという前代未聞の失態を演じてから、数日が過ぎた。
 僕の日常は、すっかり様変わりしてしまった。
『晴人さん、少々お疲れのようですわね。わたくしの部屋で、特別なハーブティーをご馳走して差し上げますわ。……もちろん、メイド服でいらっしゃいな♡』
『ハルくーん、新しい装備のテストしたいんだけど、一人じゃ寂しいから、メイド姿で応援しに来てくれなーい?♡』
 何かにつけて、僕は杏那様と美王先生に呼び出され、そのたびにフリルのついたロッカーからメイド服を取り出し、甲斐甲斐しく――あるいは、不承不承、ご奉仕をする日々。
 お着替えの手伝いやマッサージは、流石にあれ以来、一度きりだが、それでも、二人のお世話係としての僕の役割は、すっかり定着してしまった。
 最初は、ただただ屈辱的で、恥ずかしいだけだった。
 だが、不思議なもので、人間とは、どんな環境にも慣れてしまう生き物らしい。
「晴人さん、この紅茶、とても美味しいですわ。あなた、淹れるのが上手ですのね」
「んー、ハルくんの肩もみ、絶妙なのよねぇ♡」
 そんな風に、二人に褒められるたびに、僕の胸の奥が、なんだかむず痒いような、温かいような、不思議な感覚に包まれるのだ。
 頼られている。必要とされている。
 たとえ、それがメイドとして、という、少し歪んだ形であったとしても。二人の、とびきりの笑顔を、僕の手で作り出せているという事実が、僕の心を、少しずつ、満たしていった。
 ……まずい。これって、もしかして、飼いならされてるってことなんじゃ……。
 そんな危機感を抱きつつも、僕は、この奇妙で、賑やかで、そして、どこか満たされた日常を、悪くない、と思ってしまっている自分に、気づいていた。
 ……なぜなら。ご奉仕するだけではない。2人のご主人様は、ちゃんとご奉仕に対するご褒美を用意してくれているからだ。

 その日の奉仕を終え、僕が研究室の片付けをしていると、杏那さんが不意に僕の袖を、くい、と引いた。
「晴人さん。少々、よろしいですこと?」
「え、はい。なんでしょうか、杏那様」
 彼女は、僕の手から箒をそっと奪うと、にっこりと、しかしどこか企みを秘めた笑みを浮かべた。
「いつも、お姉様や、時には鍔井さんの無理難題まで聞いて、ご苦労様ですわ。……今宵は、わたくしから、あなたに特別な『ご褒美』を差し上げます」
 ご褒美、という単語に、僕の心臓がどきりと跳ねる。先日、気絶させられた両頬へのキスの記憶が、鮮明に蘇ったからだ。
 僕の警戒を読み取ったのか、彼女はふふっ、と優雅に笑うと、僕の手を引き、自分の寮の部屋へと、有無を言わさず連れて行った。
 通された彼女の部屋は、いつも通り、上品な調度品で整えられ、清らかな花の香りに満ちていた。彼女は、部屋の中央に敷かれた、毛足の長い、ふかふかの絨毯を指し示す。
「さあ、こちらへ」
「え……?」
「日々の奉仕で、お疲れでしょう。特別に、わたくしの膝を貸して差し上げますわ」
 ひざ、まくら。
 その、あまりにも甘美な響きに、僕の思考は一瞬、フリーズした。
「い、いえ! そんな、滅相もございません!」
「あら、ご主人様の言うことが聞けませんの?」
 小悪魔のように、彼女の瞳が細められる。もはや、僕に拒否権などなかった。
 僕は、恐る恐る、絨毯の上に横たわり、彼女の膝へと、そろり、と頭を乗せた。
「…………っ!」
 後頭部に伝わる、信じられないほどの、柔らかさと、温かさ。
 スカートの生地越しだというのに、女性の、それも杏那さんの太ももの感触が、あまりにも鮮明に、僕の脳へと伝わってくる。
 頭上からは、彼女の優しい声と、シャンプーの甘い香りが、シャワーのように降り注いできた。
「ふふっ、ずいぶんと、固くなっていらっしゃるようですわね」
 最初は緊張でガチガチだった僕の身体も、その抗いがたい心地よさの前に、徐々に、そして確実に、その力を抜いていった。
 ああ、ダメだ。意識が、溶けていく……。
 僕が、心地よい微睡みの海に、沈みかけた、その時だった。
 ふわり、と。
 杏那さんの指が、まるで猫をあやすかのように、優しく、僕の髪を梳き始めた。その感触が、あまりにも気持ちよくて、僕は、されるがままに、その指使いに身を委ねる。
 指はやがて、僕のこめかみを、そして、頬をなぞり……ついに、僕の耳元へと、滑り落ちてきた。
「――いつも、ご苦労様ですわ、わたくしの、可愛いメイドさん」
 吐息がかかるほどの至近距離で、そう囁かれた瞬間、僕の背筋に、ぞくり、とした甘い痺れが駆け巡った。
 そして彼女の指先は、僕の耳たぶを、そっと、つまんだ。
 くるり、と。くすぐるように、撫で回される。
「んっ……!」
 思わず、僕の口から、情けないほど甘い声が漏れた。
 耳。そんな、無防備な場所を、こんな風に触られたことなんて、今まで一度もなかった。
 眠気は、一瞬で吹き飛んだ。代わりに、全身が、ぞくぞくとした、未知の快感に支配されていく。
「ふふっ、感じていらっしゃるんですの?」
 頭上から聞こえてくる、楽しげな声。
 いつもは、僕が彼女たちに尽くす側だというのに。
 今、この瞬間、僕は、彼女の指先一つで、完全に「お世話」されてしまっている。
 この、抗いがたい主従関係の逆転。
 それこそが、彼女が僕に与えた、最高に意地悪で、そして、最高に甘美なご褒美なのだった。

 もう一人のご主人様もまた、異なったタイプのご褒美を用意してくれていた。
 美王先生の研究室で、山のように積まれた実験器具の洗浄を命じられていた時のことである。
「ふぅ……こんなものかな」
 最後のフラスコを洗い終え、水気を拭き取っていると、背後から、不意に、甘い香りと共に柔らかな感触が僕を包み込んだ。
「――お疲れ様、ハルきゅん♡」
「わっ! 美王先生!?」
 背後から、豊満な胸を押し付けるように抱きしめてきたのは、ご主人様である美王先生だった。
「いつも、あたしや杏那のために、一生懸命頑張ってくれてる、ハルくんのための、特別なプレゼントを用意してるのよ~」
「ぷ、プレゼント、ですか?」
「そう♡ 夏休みにあげる予定だから、乞うご期待、ってとこかしらね。」
 彼女は、僕の耳元で、意味ありげに囁くと、満足げに僕から身を離した。
 夏休みの、プレゼント。
 一体、何をくれるというのだろうか。きっと、僕の想像の斜め上を行く、とんでもないものであるに違いない。
 一抹の不安と、それを上回る好奇心。僕の心は、夏休みの訪れを、いつもとは少し違う意味で、待ち遠しく思うのだった。
 僕のメイドとしての側面も加わった、新たな日常。
 それは、これからも、きっと、こうして続いていくのだろう。

 ……そう、思っていたのだが。
 どうやら、僕のメイドとしての優秀さは、僕が思っている以上に、周囲を堕落させていたらしい。
 それが僕のもう一人のご主人様、鍔井真角くんだった。彼に呼ばれて彼の部屋へと行くと、彼はその手に、油で汚れたフライパンを持っていた。そして洗面台には、食べかすのついた皿が山積みになっていた。
 そして、彼はいつもの無表情のまま、こう言い放った。
「七座さん。お願いします」
「…………」
 僕は、無言で、彼と、洗面台とを、交互に見つめた。
 ……メイドとして、呼び出されたわけではない。現に、僕は、今、普通の制服姿だ。
 つまりこれは、メイドとか、ご主人様とか、そういう関係性を抜きにした、純粋な、ただの面倒事の押し付け。
 僕は怒る気もなく、ただ淡々とこう言った。
「――流石にそれは、自分でやるか、家事代行でも雇ってよ……」
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