EchidnaProjectⅠ-ラミアの眼

ukon osumi

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第一話「白い贈り物」

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 第一話「白い贈り物」

 空手道場の稽古を終えた蓮が、湿った前髪を額に貼りつかせていた。
「モール寄っていい?」
 久しぶりの願いだった。美沙は立ち止まり、息子の顔を覗き込む。
「いいけど……なにか欲しいものあるの?」
「……見たいだけ」
 短い返事の奥に、何かを決めている気配があった。ここ数週間、蓮は言葉が減り、表情も薄くなっていた。だからこそ、この一言が妙に心に残った。
「じゃあ、行こうか」
 肩の鞄を直し、美沙は歩き出した。蓮は黙ってついてくる。ぎこちない足取りのまま。
 モールのガラス壁が陽を受けて光った。
 蓮は迷わず三階の奥へ進む。
 白い店舗のガラス面に「Maison Lamia」とだけ記されていた。装飾も音楽もない。空気が密室のように静かだ。
「ここ……?」
「うん」
 蓮はしばらく動かず、ガラスの向こうを凝視していた。店内には丸く白いものが並んでいる。ぬいぐるみのようで、呼吸しているようにも見えた。
「いらっしゃいませ。エキドナのご見学でしょうか?」
 背後から声がした。エプロン姿の女性が、穏やかに立っている。
「この子たちは……動物なんですか?」
「ええ。アルビノ個体を基にした改良種です。声や気配に反応する――共鳴型のペット、と言えば伝わるでしょうか」
 聞き慣れない言葉。美沙の胸に、かすかなざらつきが残る。
「鳴かない分、静かで、人の感情をよく覚えるんですよ」
 女性が言う間も、蓮は一匹の個体をじっと見つめていた。奥のガラスの中、わずかに大きく、毛並みの長いもの。光の加減で、目が“こちらを見ている”ように見えた。
「この子がいい」
 蓮の声は小さかったが、迷いがなかった。
 販売員が端末を操作し、「A-07、健康良好です」と静かに言う。
「名前の登録はこちらでお願いします」
「“しろ”がいい。白いから」
 美沙は笑い、用紙に記入した。
「いい名前ね」と店員が言う。
 蓮の口元が、ほんの少しだけ動いた。微笑――それはここ最近見なかった表情だった。
 契約説明は簡潔だった。
「静かな環境を好みます。食事は週に数回の栄養ペーストで十分。アレルギー報告はありません」
 言葉を聞きながらも、美沙の意識は半透明のケースに吸い寄せられていた。
 ――この子は、蓮に必要なのだろうか。
 初めてのペット、というより、もっと個人的な“救い”のように感じられた。
 引き渡しの瞬間、蓮は何も言わずにケースを受け取った。
 白い毛玉が、小さく震えた。
 それだけの動きなのに、蓮の表情がほどけた。
 美沙は胸の奥が熱くなるのを感じた。
 帰路の途中、蓮は歩きながら何度もケースを覗いた。
「……ほんとに、連れて帰っていいんだよね?」
「もちろん。もう家族よ」
 その言葉に、蓮は目元をくしゃりとさせた。
 赤信号で立ち止まるたび、彼は白い中身を確かめるように覗きこむ。
 「今、動いた」
 「ほんとだね」
 短い会話。それだけで、久しぶりに家の中に“音”が戻る気がした。
 玄関をくぐると、蓮は靴を脱ぎ捨て、リビングの隅に用意されたケージにそっと移した。
 しろは丸くなり、眠っているように見えた。
「ねえ、“しろ”って呼んでもいい?」
「もう呼んでるじゃない。気に入ってるみたいよ」
 蓮は笑い、ガラス越しに顔を近づけた。
「しろ。……これから、よろしくね」
 エキドナの目が、わずかに光を反射した。
「落ち着いてるね」
「うん。なんか、安心する」
 その言葉に、美沙は少しだけ息を呑んだ。
 安心――その響きが、あまりに真剣だったから。
 夜、美沙は台所からリビングを覗いた。
 蓮はケージの横に布団を敷いて眠っている。
 しろは微動だにせず、まるで少年の呼吸を聴いているようだった。
 静かな夜。
 時計の秒針と、冷蔵庫の低い唸り。
 美沙は椅子に腰を下ろし、ただ二人を見つめていた。
 温かさと、ほんのわずかな違和感。
 けれど、それを母の杞憂と呼ぶには、あまりに静かすぎた。
 その夜、美沙は思った。
 息子と、新しい家族。
 それがもたらす変化が、肌に触れるほどはっきりと感じられたのは、いつ以来だろう――。

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