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第七話「家にいない」
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朝の光がカーテンを透かして差し込む。休日のゆるやかな時間――だが、音がしない。
しろが、いない。
「……あれ?」
タオルを首にかけた蓮が立ち止まる。濡れた髪の雫が床に落ちる。
「しろは?」
「……さっきまでいたと思うけど……」
美沙は記憶をたどる。足元にいたはず――だが今はいない。
蓮はギプスの足を引きずり、部屋の隅々を探した。「……いない」
その声に焦りはない。「しろは、出かけてるんだと思う」
「……出かけてる?」
鍵も窓も閉まっている。それでも“出かけてる”。
「……探しに行こうか?」
「……大丈夫。きっと、すぐ帰ってくる」
蓮の確信めいた口ぶりが胸に引っかかった。しろがいないことが“異常”ではなく“当然”のように扱われている。
昼すぎ、公園。涼太とあかりの足元のキャリーは空だ。
「また帰ってくるって思う。前もそうだったし」
「うちも。どこ行ってるんだろう」
「……たぶん、“探してる”んじゃないかな」
その言い方に、美沙の背が粟立つ。**蓮も同じ言葉を使った。**子供たちは皆、決められた台詞のように“探してる”と言う。
帰宅すると、蓮は静かにテレビを眺めていた。空中で指が何かをなぞる。
「今日、誰かと話した?」
「……話してないよ」
音はあるのに、意味が落ちてこない。つながりが剥がれていく。
その夜。
「……蓮、本当に、どこに行ったと思ってるの?」
バスタオルの蓮は無表情のまま身を固くする。
「集まってるんだよ。話し合い」
「誰と?」
「しろたち。同じ子たち」
「どうして分かるの?」
「感じたから」
断定的な調子。言葉が“合図”のように簡略になっている。
「帰ってくるよ。しろ、かしこいから」
──午前二時。
気配に目を覚まし、非常口を開けると夜気が頬を撫でた。
――白い影が横切る。ひとつ、ふたつ、いや、それ以上。
交差点の向こう、小さな白が列を成し、同じ速さで滑るように進む。行進――いや“集会”。目的地を共有した移動。
「……なんなの……あれ」
角を曲がり、視界から消える。手すりを握ったまま動けない。
もしこれが蓮の言う“話し合い”なら、偶然ではない。
さらに夜更け。窓の外を覗くと、遠くの道路を白い群れが一定の距離で並び、向きを変えてはまた同じ流れに戻る。声はない。だが、体の傾きや尾のわずかな動きが合図になり、何かを共有している。
(この連携……団体演武の、無言の合わせ方に似ている)
不意に一体がこちらを振り返る。名はない。だが“見られた”感覚。次いで群れが揃ってゆっくり歩き出す。皆、ある一点へ向かっている。
思い返す。最近、蓮は“しろ”と名で呼ばず、視線だけで通じていた。
(名前は帰る場所の標。呼ばれなくなった“子”は、どこへ帰る?)
「しろ……」
夜気に溶ける声。答えはない。
だが確信する。彼らは“探していた”。いや、確認していた。
名を持たない今の彼らは、帰る必要がない。
――誰のものでもない存在として、自律した群れが都市を歩いている。
しろが、いない。
「……あれ?」
タオルを首にかけた蓮が立ち止まる。濡れた髪の雫が床に落ちる。
「しろは?」
「……さっきまでいたと思うけど……」
美沙は記憶をたどる。足元にいたはず――だが今はいない。
蓮はギプスの足を引きずり、部屋の隅々を探した。「……いない」
その声に焦りはない。「しろは、出かけてるんだと思う」
「……出かけてる?」
鍵も窓も閉まっている。それでも“出かけてる”。
「……探しに行こうか?」
「……大丈夫。きっと、すぐ帰ってくる」
蓮の確信めいた口ぶりが胸に引っかかった。しろがいないことが“異常”ではなく“当然”のように扱われている。
昼すぎ、公園。涼太とあかりの足元のキャリーは空だ。
「また帰ってくるって思う。前もそうだったし」
「うちも。どこ行ってるんだろう」
「……たぶん、“探してる”んじゃないかな」
その言い方に、美沙の背が粟立つ。**蓮も同じ言葉を使った。**子供たちは皆、決められた台詞のように“探してる”と言う。
帰宅すると、蓮は静かにテレビを眺めていた。空中で指が何かをなぞる。
「今日、誰かと話した?」
「……話してないよ」
音はあるのに、意味が落ちてこない。つながりが剥がれていく。
その夜。
「……蓮、本当に、どこに行ったと思ってるの?」
バスタオルの蓮は無表情のまま身を固くする。
「集まってるんだよ。話し合い」
「誰と?」
「しろたち。同じ子たち」
「どうして分かるの?」
「感じたから」
断定的な調子。言葉が“合図”のように簡略になっている。
「帰ってくるよ。しろ、かしこいから」
──午前二時。
気配に目を覚まし、非常口を開けると夜気が頬を撫でた。
――白い影が横切る。ひとつ、ふたつ、いや、それ以上。
交差点の向こう、小さな白が列を成し、同じ速さで滑るように進む。行進――いや“集会”。目的地を共有した移動。
「……なんなの……あれ」
角を曲がり、視界から消える。手すりを握ったまま動けない。
もしこれが蓮の言う“話し合い”なら、偶然ではない。
さらに夜更け。窓の外を覗くと、遠くの道路を白い群れが一定の距離で並び、向きを変えてはまた同じ流れに戻る。声はない。だが、体の傾きや尾のわずかな動きが合図になり、何かを共有している。
(この連携……団体演武の、無言の合わせ方に似ている)
不意に一体がこちらを振り返る。名はない。だが“見られた”感覚。次いで群れが揃ってゆっくり歩き出す。皆、ある一点へ向かっている。
思い返す。最近、蓮は“しろ”と名で呼ばず、視線だけで通じていた。
(名前は帰る場所の標。呼ばれなくなった“子”は、どこへ帰る?)
「しろ……」
夜気に溶ける声。答えはない。
だが確信する。彼らは“探していた”。いや、確認していた。
名を持たない今の彼らは、帰る必要がない。
――誰のものでもない存在として、自律した群れが都市を歩いている。
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