ピースアー 繕われた真実

ukon osumi

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第六章「種明かし」

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 会場を出て、報道の喧騒が遠ざかった後の小さな会議室で、祐奈は梨紗を向かいに座らせた。ガラス越しに見えるホールの入口では、取材陣がまだ群れている。だがその声はここまで届かない。机の上には、当日の録画の書き出しファイル名と捺印された鑑定書のコピー、法務のメモが整然と並んでいた。
 祐奈は深く息を吐き、ゆっくりと言葉を紡いだ。「まず最初に。やったことは全部、計画的でした。偶然の暴露ではありません」彼女の指先がテーブルの資料に触れる。梨紗は膝に力を入れ、封筒の端を爪で押さえたまま黙って聞いた。
 祐奈は続ける。「演出部分は、草薙さんに頼みました。あの『像』と音声は、超自然ではなくて、演出です。会場の一部の角度からだけ像が結ばれるプロジェクションを用意し、特定の席にだけ明瞭に聞こえる音響演出を合わせました。要するに『ある場所にいる人だけが見る・聞く』ように設計したのです」
 梨紗は俯いていたが、顔を上げて言った。「具体的な仕組みは今ここで必要ないけれど、法的に危なくなかったの?」
 祐奈は頷いた。「そこが私たちの一番の懸念でした。だから事前に法務と弁護士に相談し、被害者の遺族にも状況を逐一説明しました。演出は相手を脅すための脅迫ではなく、既に集まっている物的証拠を見せるためのきっかけに過ぎないと弁護士と確認しました。重要なのは、最終的な証拠は演出ではなく、外部鑑定とログ、振込記録、監視映像だったことです」
 祐奈がテーブルの上の一枚を指差した。そこには鑑定機関の押印と分析結果が示されている。梨紗の指先がその文字を追う。祐奈の声が静かに続く。「証拠の保全は徹底しました。外部鑑定は第三者に依頼し、原本を封印。サーバーログは改ざんできない形で出力して保存しました。監視カメラの映像も公式に書き出してバックアップを複数の媒体に分散してあります。録音は現場で複数台が同時録音し、コピーは法務がそのまま保全しています」
 梨紗は息を吐いた。「でも、なんであの方法だったの? 直接証拠だけ突きつければ良かったんじゃないの?」
 祐奈の目が少しだけ揺れた。「それは私も検討しました。物的証拠だけで裁けることも多い。だが今回、関係者は互いに依存し合い、同僚や上司の圧力の中で事実を隠蔽していた。証拠を並べても、即座に否認されたり言い逃れされたりする可能性が高かった。私たちの狙いは二つ。ひとつは“孤立”させること。あの映像と声で、後藤と平田だけが『自分たちが見ているもの』に直面させられる。もう一つは、公開の場で心理的均衡を崩させること。孤立が動揺を生み、目の前に提示された物的証拠が決定打になる。そうして、彼ら自身がその場で語るよう仕向ける——それが目的でした」
 梨紗は封筒を握る手に力を入れた。「でも、演出で(自白に)追い込むのは……倫理的に」言葉が詰まる。祐奈は即座に答える。
「私もそれを一番怖がっていました。だから私たちは、演出の前提と限界を厳しく決めました。事前に弁護士と相談し、法的リスクをできる限り潰しました。遺族には説明と了承を得ました。私たちは『真実を明らかにする責務』があった。被害者は声を失っている。放置すれば、会社の都合で隠蔽が続き、同様の危険が別の誰かに降りかかるかもしれない。だから、苦しい選択だけれど、私は実行を決めたのです」
 短い沈黙が落ちる。梨紗は窓の外の光を見た。遠くで発表のニュースが流れるのがかすかに聞こえる。祐奈は続けた。「草薙は芸術家として、技術を’魅せる’仕事をしてくれたが、装置の詳しい設計や製作手順は我々は求めなかったし、ここで公開もしません。演出は結果を出すためのトリガーでしかない。真相の証拠はすべて別に存在します。そして、我々はその証拠を法に提出するつもりです」
 梨紗は小さく吐露した。「あなたは怖くなかった?」
 祐奈は肩をすくめ、笑わない笑みを浮かべた。「怖かった。毎晩眠れなかった。けれど被害者の顔を思い出すたびに、ここで止めないという決断が私を動かした。誰かが責任を取らない限り、同じことがまた起きるかもしれない。私には、それが耐えられなかった」
 机の上の資料が再び目に入る。梨紗は封筒をそっと開けることはしなかった。代わりに祐奈の手元にある一枚を摘んで、ちらりと見た。そこには、証拠の一覧と保全箇所、そして法務が控えた連絡先が整理してあった。すべてが綿密に準備されている。
 祐奈は最後に付け足した。「公開の場での演出は、報道の前提を崩すためのものでした。私たちはその後、関係当局に全てを提出します。演出があったことも、後で明確にします。今日の段階ではまず、事実を止めること。真実を公にし、手続きを進めることが最優先です」
 梨紗は軽く頷いた。胸の内で渦巻く感情は複雑だった。被害者のための解決への道筋ができた一方で、そのやり方に伴う倫理的な負荷が消えたわけではない。だが今は、まず目の前の事実が動き出したことを受け止めるしかない。
 会議室のドアが静かに開き、法務の担当が書類を手に入ってきた。外では既に、捜査の手が動き始めている。祐奈は梨紗の肩に短く触れ、声を落とした。「これからが本当の始まりよ。手順は厳格に。私たちは逃げない」梨紗はその言葉を胸に刻むように頷いた。
 窓の外、発表会場の明かりがまだ輝いている。映像と音声という“演出”が一時の衝撃を与え、人の言葉と記録がそれに取って代わった。種明かしは終わり、あとは法の手続きと、被害者に向けられるべき責任の清算が残るだけだった。

最後まで読んでくださってありがとうございます。
「洗う」という行為に宿る祈りを書きたくて生まれた物語です。
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