異世界で、二人乗り

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異世界で、二人乗り 第一部

異世界で、二人乗り 第一部 第19話 「役に立つということ」

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異世界で、二人乗り 第一部 第19話
「役に立つということ」

白梟亭を出ると、昨日より人の流れが多かった。

朝の市場が立ち上がる時間帯だ。布を広げる音、木箱を引きずる音、呼び声。生活が、音として町に満ちている。

タイラーは歩きながら、その“密度”を感じていた。森での音は警戒の対象だった。ここでは、音は安心の証だ。
人の営みがある。営みの中に身を置くことの大きさを感じている。

正直、この世界に迷い込んで最初に生活したあの森。
いくら不思議な力があるとはいえ、あの森にまた戻るのは無理だな。
あおいと一緒に町へ来れて、本当に良かった。
タイラーは思う。

「今日は、どれにする?」
冒険者ギルドの掲示板の前で、タイラーが聞く。

あおいは、紙を一枚一枚、無言で見ていく。指でなぞるように、ゆっくりと。
討伐。護衛。素材採取。

彼女の視線は、自然と下に落ちる。
 
「……これ」
指さしたのは、水路整備の依頼だった。

「初めての仕事だな。」

「でもやってみたい、と思う。」
あおいはそう言って、依頼書の端を指で押さえる。

「流れを変える、って書いてある」
タイラーは文面を読み直す。なぜか読める異世界の文字。日本語がそのまま通用するのは、都合がいい。

依頼書に書いてある内容は、ただの清掃ではない。水の通り道そのものを調整する必要がある。

「判断が要るな」

「うん」

あおいの返事は短いが、迷いがない。
タイラーは、その様子を見て一つ思った。

――もう、相談する相手として自然に見れくれる。
それは、悪くない。嬉しい。

現場は、畑地帯の中央を流れる水路だった。
少し距離がある。この世界の住人だったら徒歩だと思うが、ジュリオで行こうと思う。

数日ぶりのエンジン始動。
異世界で不思議な力を身につけた、ジュリオ。
世界中に輸出されて活躍するホンダのバイク。でも、異世界まで来ていて、こんな使われ方をしているとは思うまい。 

ジュリオで二人乗り。
あおいがオレの腰を掴む。

この町に来て最初の夜。
あおいと1つのベッドをシェアして眠りについた。

なにもない。眠りにつくだけ。
隣で寝息を立てるあおいが、気になって眠れなかった。

でも、ここ数日は自分自身も安心したのか、同じベッドでも眠れるようになった。
いまさらあおいが腰を掴んだところで、何も思わない。

――今日は以前よりも掴む力が強く、背中との密着度が高い気がする。

それ以上考えるのをやめた。

町の中心地からジュリオで15分ほど。
おそらく徒歩だったら1時間以上かかったと思う。
この世界では魔導機械として認識されているジュリオだが、混乱を避けるために木々の裏あたりに隠した。

やがて目的の水路に到着した。

倉庫の仕事よりも、人が多い。農民、作業員、責任者らしき男。
川の水は濁っていて、流れが不規則だ。場所によっては溢れ、場所によっては淀んでいる。上流の雨の影響らしいことを言っていた。

責任者の男は、開口一番こう言った。
「下流が詰まってる。そこを掘り返して、水を流せばいい」
指さす先には、泥と石が溜まった箇所。
作業員たちはすでに道具を持っている。掘る気満々だ。

作業をjはじめてしばらく経過した頃。
タイラーは、あおいの様子がおかしいことに気づく。

「あおい、どうした?」
声をかける。

あおいが小さく言った。
 「……先に、上」
上流の方を見ている。

水路全体を見る。流れ。勾配。上流の様子。

「上流?」
 
「うん。ここだけ掘っても、また詰まる」
タイラーは一瞬で理解した。
声は小さいが、あおいには確信がある。森に住んでいたあおい。町の住人と見ているところが違う。

タイラーはすぐに責任者へ向き直った。
「すみません。一度、上流を確認しませんか」

責任者は眉をひそめる。
「時間がない」

「すぐに済みます。彼女はエルフです。森で暮らす知識がある。」
「……」
責任者の男は何言ってんだ?という目で見ている。
 
「問題なければ、すぐ戻ります。」
もうひと押し。

現実世界でも似たような場面があった。
部下が提案した企画がすごくいい。正直、自分の企画じゃない事が悔しいほどに。

その企画を握りつぶすこともできた。
オレの自己満足。プライドを守ること。
でも、会社の利益と部下からの信頼を捨ててまで守ることか?

この場の答えは一つだ。
オレはどうしても、あおいの気づきを尊重したかった。

「……エルフって、その女か」
責任者は、あおいを見る。

細身で、腰につけたワンド。装備は軽い。戦士にも、職人にも見えない。エルフの少女。
空気が、わずかに張る。

タイラーは、さらに答えた。
「彼女は森での暮らしが長い。自然の知識が役に立ちます。」

責任者の視線が、あおいに戻る。
あおいは一歩も引かず、静かに立っていた。

タイラーは続ける。
「間違っていたら、戻ります。作業の邪魔になるような事は無いと思います。」

責任者は、しばらく黙った。
やがて、短く息を吐く。
「……いい。お前たちだけで行ってこい。」


上流は、案の定だった。
倒木。絡まった枝。石が不自然に積もっている。
水は、そこから溢れていた。
 
「……この木をどかさないといけない。」

「これ、先にやらないと意味がないな」

すぐに責任者に報告した。
最初は認められないといった雰囲気だった男も、この光景を見れば納得せざるを得ない。 

作業の方針が、即座に切り替わる。
倒木を処理し、枝を取り除き、水の流れを戻す。
下流は、自然と落ち着いた。
作業員たちの表情が変わる。無駄な労力が消えたときの、あの顔だ。

休憩の合間。
作業員の一人が、あおいに声をかけた。
「お姉ちゃん、さっきよく気づいたな!」

あおいは少し驚いたように目を瞬かせ、それから短く答えた。
「……見えただけ」
 
「いい相棒つれてんな、兄ちゃん。」
 タイラーは頷く。作業員は笑って去っていく。

あおいは、その背中を少し不思議そうに見送った。
タイラーは、その様子を横目で見ていた。

――評価されることに、慣れてないな。
でも、それでいい。
慣れる必要はない。目的が変わるからだ。
ただ、必要な場面で、必要な判断をすればいい。

作業が進むにつれ、タイラーははっきりと感じていた。
今日の現場は、自分一人では回らなかった。
あおいの判断が、確実に全体を救っている。
 
「……あおい」
夕方に差し掛かる頃、タイラーは声をかけた。
「なに」
「昼間の判断、助かった」

「……うん」
それだけ。

多くは褒めない。持ち上げない。評価を誇示しない。
ただ、事実を伝える。

会社の中で心がけていたことだ。
それが、タイラーにとって自然だった。

だが――あおいの中では、何かが少しずつ積もっていく。


作業が終わる頃、水路の空気は明らかに変わった。
水の音が違う。濁りが引き、流れが一定になる。泥の匂いが薄れ、湿った土の匂いが前に出てくる。
「……流れてきたな」
誰かが言った。
それは、成果が目に見えた瞬間だった。人は、結果が見えると態度が変わる。責任者の男も、作業員たちも、どこか余裕が出てきた。
笑顔だ。
厳しい肉体労働の現場でも、笑顔で作業できる事はとても重要だ。
異世界だろうが、現実世界だろうが、関係ない。

その中で、あおいは淡々と動き続けていた。
倒木の残りを処理する位置。枝をどこへ逃がせば、また詰まらないか。流れが速すぎる場所と、遅すぎる場所。
言葉にせず、体で示す。

作業員たちが、自然とそれに従う。
「……次、そこです。」

「了解だ。姉ちゃん!」
誰かが返事をする。

あおいは一瞬、戸惑ったような顔をした。
自分に向けられた返事。指示として受け取られた言葉。
でも、拒まなかった。必要だと思ったから言った。それが通った。
ただ、それだけのことなのに、胸の奥が、少しざわついた。


ギルドからの依頼書にサインをもらう時、責任者の男があおいに聞いた。
「また次も、手伝ってくれるか?」
 
唐突な言葉だった。
あおいは顔を上げる。
「……私?」
「お前だ。判断が早い。今日は本当に助かった。」
男は、事務的に言った。だが、それは明確な信頼の表明だった。
あおいは、答えられなかった。タイラーの顔を見る。
自分の判断が、他人の仕事を動かす。
その事実が重くもあり、同時に、どこか心地よくもあった。あおいには良い経験だったに違いない。

初めての経験で少しキャパオーバーぎみのあおい。
ここはパートナーのオレが答えるべきかな。タイラーは思った。

「また、呼んでください。」
タイラーが答える。

「そうか。今日はご苦労だった。」


帰り道。町へ向かってジュリオが走る。
背中越しに感じるあおいの体温。

風が草を揺らし、水路の音が遠ざかる。
しばらく、二人とも何も言わなかった。沈黙が気まずくない。
それが少し不思議だった。

「あおい」
タイラーが先に口を開いた。

「さっきの話」
 
「……うん」

「どうするかは、あおいが決めていい。オレは、どっちでもいい」
それは、突き放す言葉じゃない。丸投げでもない。ただ、選択権を渡しただけ。

あおいは、しばらく考えた。
「……また、手伝う」

「そっか」
タイラーはそれ以上、理由を聞かなかった。
それが、あおいにはありがたかった。

説明しなくていい。正当化しなくていい。
決めたことを、そのまま受け取ってもらえる。


白梟亭の部屋は、夜になると静かだった。
通りの音は壁一枚隔てただけで遠くなり、聞こえるのは木造の建物がきしむ音と、風が窓を撫でる気配だけ。

ベッドは一つ。
それは、もう説明のいらない状況になっていた。
タイラーは布団に横になりながら、自然に息を整えていた。隣に人がいることを、頭から追い出すわけでもなく、必要以上に考えないようにすることができる。

――慣れた。
というより、「大丈夫だ」と体が理解した。という感じだ。
湯浴みを終えたあおいが隣で横になる気配を感じる。
布がわずかに擦れ、体温が近づく。
それだけ。
タイラーは、目を閉じた。

今日は疲労を感じていたせいか、思ったより早く眠りについた。


------▫️風の兆し▫️------
目を閉じても眠れない。

今日は疲れていると思っていたのに。意識が冴えている。
タイラーの存在が、すぐそこにある。
横で感じる熱。呼吸している。寝返りを打たない、安定した気配。
 
前は気にならなかった。一緒に眠るのは、必要だった。寒さをしのぐため。安全のため。ベッドが一つしか無いため。
理由がはっきりしていた。

でも、今日は違う。
理由がなくても、この距離にいることを、自然に受け入れている自分に気づいた。
それが少し怖かった。
昼の出来事が、頭の中で繰り返される。

判断したこと。任されたこと。守られたわけじゃない。
代わりに決められたわけでもない。
ただ、自分の考えを“そのまま”扱われた。
その感覚が、胸の奥に残っている。

あおいは、布団の中で小さく息を吐いた。

――この人は。
強い。でも、それを振りかざさない。
優しい。でも、押しつけない。
隣にいるのに、縛られている感じがしない。

それが、
いつの間にか、心地よくなっていた。

気づけば、タイラーの反応を待っている自分がいる。
意見を言うとき。判断をするとき。黙っているときでさえ。
名前はつけられない。
どういう感情なのかも、まだわからない。

――大きくなっている。

心の中で、そう思った。
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