雑草姫、選ばれし花の庭で踏まれて生きる 〜ガラスの靴は、土いじりには不向きです〜

お月見ましろ

文字の大きさ
10 / 37

第9話 王子様は素直になれない

しおりを挟む


 放課後の喧騒が遠のいた、学園の貴賓室。
 重厚の扉の向こう側では、外の身分階級とはまた異なる、閉ざされた「身内」だけの空気が流れていた。
 
 ソファに深く身を沈めたレオンハルトは、窓の外を眺めながら、苛立ちを隠そうともせずに指先でテーブルを叩いていた。その脳裏に焼き付いているのは、あの日の回廊で自分に向けられた、あの「灰緑色の冷めた瞳」だ。

「……まだ、あの『古着』のことで拗ねているのかい? レオ」
 
 対面に座るノアが、くすりと笑いながら声をかけた。
 ノア・フェルド。今は隣国の辺境伯の息子という立場だが、レオンハルトとは幼少の折から互いの情勢を抜きにして競い合ってきた、数少ない「対等」な友人だ。
 
「拗ねてなどいない! 俺はただ、あの女のあまりの無礼さに腹を立てているだけだ。良かれと思って……いや、目障りだから処分に困っていたものを投げてやったというのに」
 
「『処分に困っていた』ねぇ。……あれ、どう見ても今期の王都で一番流行っている、最高級の令嬢用コートだったよね? しかも、絶妙な配色の」
 
 ノアの指摘に、レオンハルトの指先がぴたりと止まった。

「……偶然だ! 倉庫の隅に転がっていたゴミ同然の代物だと言っただろう!」
 
「倉庫の隅に、あんなふかふかの新品が落ちているなんて、随分と夢のあるお城だ。……でもレオ、あんな派手なもの……センスが壊滅的というか、君、本当に乙女心が分かってないね」
 
「貴様……っ! 俺の選ん……いや、俺の拾ったものが、センスが悪いと言うのか!」
 
 顔を真っ赤にして立ち上がるレオンハルト。その様子は、威厳ある王子というよりは、精一杯背伸びをして失敗した少年のようだった。
 
「そう言いながら、君の視線はあの子を追ってばかりだ。……あの子、面白いよね。僕もさっき、少しだけ彼女と過ごしたけれど」
 
 ノアはそう言うと、わざとらしく制服の袖を捲り上げた。白磁のような生地に残る、焦げ茶色の泥の筋。それを見たレオンハルトの眉が、ピクリと跳ねる。
 
「……貴様、その袖はどうした。まさか、あの女の仕業か」
 
「仕業、なんて人聞きが悪いな。彼女がよろけたのを助けたら、少しお裾分けをもらっただけだよ。……ねえ、レオ」
 
 ノアの瞳が、一瞬だけ遊び心を捨て、深淵のような琥珀色に沈んだ。
 
「今の君のやり方は、少し――いや、かなり『子供っぽい』んじゃないかな。好きな子のスカートをめくって泣かせる幼児と、大差ないよ」
 
「貴様……っ、言葉を選べ!」
 
 レオンハルトが立ち上がり、激昂の炎を宿した真紅の瞳でノアを睨みつける。だが、ノアは動じない。むしろ愉しげに、ロザリーから贈られたあの「無骨な苦味」を思い出すように舌先で唇をなぞった。
 
「怒るなよ。僕はただ、助言しているだけさ。君がそうやって彼女を遠ざけ、傷つけている間に……彼女の本当の価値に誰かが気づいて、君の手の届かないところへ持っていってしまっても知らないよ」
 
「……価値だと? あんな、食うものにも困っているような没落寸前の女に、何があるというんだ」
 
「さあね。それは僕だけが知っていればいいことだ。……ああ、そうだ。もし君にその気が無いなら、僕が彼女を本格的に口説いても文句は言わないでくれよ? 」
 
 ノアの挑発的な言葉が、レオンハルトの胸の奥にある、自分でも正体の分からない独占欲を鋭く抉った。

「馬鹿を言うな。俺の民だぞ」
 
 ——俺が、最初に見つけた。
 自分が見下し、屈服させるべき存在だと断じたはずの女。けれど、誰よりも先に彼女の異質さに気づき、その瞳に映りたいと願っていたのは、自分ではなかったか。
 
 ノアが去った後の静寂の中で、レオンハルトは拳を固く握りしめた。
 
「……何があるというんだ。あんな女に」
 
 確かめなければならない。
 彼女が学園で見せている、あの不遜なほどの誇りの源泉がどこにあるのか。彼女が帰り、心を預けている場所が、どれほど惨めで、あるいはどれほど「豊か」なのか。
 
「……おい。エヴァレット男爵家の屋敷の場所を調べろ。今すぐにだ」
 
 控えていた従僕に命じるレオンハルトの声は、これまでの不器用な嫌がらせとは一線を画す、狩人のような熱を帯びていた。そこには、もはや苛立ちよりも、静かな執着があった。

 ノアは振り返らず、ただ一度だけ、楽しげに笑った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

十年越しの幼馴染は今や冷徹な国王でした

柴田はつみ
恋愛
侯爵令嬢エラナは、父親の命令で突然、10歳年上の国王アレンと結婚することに。 幼馴染みだったものの、年の差と疎遠だった期間のせいですっかり他人行儀な二人の新婚生活は、どこかギクシャクしていました。エラナは国王の冷たい態度に心を閉ざし、離婚を決意します。 そんなある日、国王と聖女マリアが親密に話している姿を頻繁に目撃したエラナは、二人の関係を不審に思い始めます。 護衛騎士レオナルドの協力を得て真相を突き止めることにしますが、逆に国王からはレオナルドとの仲を疑われてしまい、事態は思わぬ方向に進んでいきます。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。

みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。 死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。 母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。 無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。 王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え? 「ファビアン様に死期が迫ってる!」 王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ? 慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。 不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。 幸せな結末を、ぜひご確認ください!! (※本編はヒロイン視点、全5話完結) (※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします) ※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...