風の魔導師はおとなしくしてくれない

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二章 ジェドニスの花

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 翌朝、ルイはもったりと重たい気分で目を覚ました。長い夢を見ていたような気がして、思いだそうとしながら目をこすった。すると、すぐ隣にライオルが寝ていて、しかも目を覚ましていてばっちり視線があった。

「えっ、なんで!?」

 ライオルは枕に肘をついて手で頭を支え、ルイを見下ろした。

「気分はどうだ?」

 体調をたずねられ、ルイは昨日の出来事となぜライオルのベッドで寝ていたのかを思いだし、両手で顔を覆った。恥ずかしすぎてライオルの顔をまともに見られなかった。

「まだ気分が悪いのか? 医者を呼ぶか?」
「いや、大丈夫……」
「そうか。じゃあ風呂に入ってこい。拭いといたけど、きれいに流したほうが気持ちいいだろ」
「わああああ」

 ルイはなにも聞くまいと枕に顔を押しつけた。ライオルはその反応ににやにやして、ルイの肩をぐいっと引っ張って自分のほうを向かせた。

「一緒に入るか?」

 ルイは耳まで真っ赤になり、ライオルから目をそらした。

「ははっ、照れてんのか? かわいいやつ」
「うるさい黙れ……」

 そのとき、寝室のドアがこんこんとノックされた。ルイは慌ててライオルを蹴ってベッドから落とした。

「おはようございます、ライオル様。入ってもよろしいですか? ルイ様のお着替えをお持ちしました」

 テオフィロの声だった。

「……ああ、入れ」

 床から起き上がり、一転して不機嫌になったライオルは低い声をあげた。

「本当に入ってもいいですか? ルイ様?」
「ど、どうぞ」

 ルイはベッドの上で体を起こして髪の毛をなでつけた。テオフィロは静かに入室し、ルイの服を持って近寄ってきた。ルイははっとして自分の格好を確認したが、昨日の破れたシャツではなく、いつもの寝間着をきちんと着ていた。

「昨日は災難でしたね。怪我がなくてよかったです」
「心配かけてごめん」
「いや、俺もあなたが買い物に行ったりしてここに慣れるのはいいことだと思ってましたし……今後は俺が付き添いますよ」

 ルイはテオフィロの信頼を失ったことにショックを受けた。だがテオフィロはルイを責めることはせず、ルイの体を気遣って優しく接してくれた。

「顔色は問題ないですね。食事はとれそうですか?」
「はい……」
「じゃあライオル様の朝食と一緒にお持ちしましょう。着替えはここに置いておきますから」
「はい……」

 テオフィロは奥の洗面室の浴槽にお湯をためて、てきぱきと風呂の支度をした。

「まずお風呂に入って体を温めてください。そのあと朝食にしましょう。ぬるかったらライオル様に焚いてもらってくださいね」

 テオフィロが朝食の準備のために退室すると、ルイはもそもそと起き上がって洗面室に向かった。たばこの効果の残滓なのか、少し頭がぼうっとしていた。あと腰が痛かった。ルイの足取りが危ういので、ライオルが腰を支えて歩かせた。

「不安だからやっぱり一緒に入ろう」
「いい! 来るな!」

 ルイは入ってこようとするライオルを押し出して洗面室のドアを閉めた。



 ルイはあたたかい風呂につかって体を洗い、寝室で用意された服に着替えてから隣の居室に行った。ライオルはすでに軍服を着こみ、テーブルに並べられた朝食を食べていた。ルイも席について朝食をとった。

 朝食が下げられ、テオフィロにいれてもらったおいしいお茶を飲んでいると、ホルシェードがやってきた。ライオルに呼ばれていたようだ。ホルシェードもテーブルにつき、三人で昨日の話をした。ルイはライオルたちがあの店を押さえたことを知り、店の男が捕まったと聞いて安心した。

「お前に聞きたいことはいくつかある」

 ライオルが切り出した。

「その赤い髪の男につけられたっていう、黒い手枷のことだ。それをつけたら魔導が使えなくなったって?」

 ルイはうなずいた。

「うん。魔導で作った枷で、赤い髪の奴の指先から出てきて形になった感じがした。かなり重たかったよ。つけられたときに体の奥で妙な感じがしたんだけど、それが魔導を封じられた感覚だったのかもしれない。枷をつけた状態ではまったく風は出なかった」
「そいつは手になにか持っていたか?」
「いや、なにも持ってなかったと思う」
「じゃあなにか唱えながら魔導を使っていたか?」
「ううん、黙ってた」
「うーん、知らない魔導だな。ホルシェード、お前アクトールで聞いたことあるか?」
「ないっすね。手ぶらで瞬時に魔導具を作るなんて芸当、コニアテス先生でもできないと思います」

 海の国の魔導師である二人とも初耳の技のようだった。

「ところで、なんで俺が連れてかれたかはわかったのか? 魔導師だとなにかあるのか?」
「ああ、店の男曰く、赤い髪の男……アンドラクスと言ったな。そいつが魔導師を探していたから、魔導師を捕まえたら金をもらえると思ったと言っていた。特定の誰かを探していたんじゃなさそうだ」
「じゃあ誰でもよかったんじゃないか」

 ルイは自分の運の悪さにうなだれた。

「いや、かわいかったから声をかけたんだとは思うけど」
「なに言ってんの?」
「そうしたら魔導師だったから、ついでに金も得ようとしたんだろうな。まああんな小物のことはどうでもいい。問題はアンドラクスだ」

 ライオルはホルシェードとちらりと目を見交わした。

「ルイ、今からする話は誰にも話すな。海王軍の機密事項だ」
「えっ! それを俺に話していいのか?」
「関係者になっちまったからな。今日クント師団長にも話しておく。だから、いいな」
「わかった」

 ルイが真剣な顔でうなずくと、ライオルが話しだした。

「ジェドニスの花って知ってるか? 海の森に咲く花だけど」
「知らない」
「そうか。ジェドニスは海の森にまれに咲く珍しい花で、花弁に魔力をためる性質がある。かなり純粋で密度の高い魔力をためるから、花を乾燥して粉末にして魔導具に組みこんで使えるんだ。ジェドニスを使えば強力な兵器も作れるから、栽培するのも保有するのも禁止されてる」
「へえ……それで?」
「そのジェドニスの粉末が入った袋が大量に盗まれたんだ。計画的な犯行で、犯人はまだ見つかっていない」
「それは大事だな……ん?」

 ルイはふとあの店の倉庫で見かけた、紋章がびっしり描かれた袋のことを思いだした。

「もしかして、あの店の倉庫にあった袋のことか?」
「見たのか? アンドラクスがなにか言ってなかったか?」
「ちらっと見ただけで、なにも聞いてないよ」
「……そうか。そう、あそこで盗まれたジェドニスのうち七袋が見つかったんだ。ジェドニスの袋はアンドラクスが運んできたらしい。盗まれた全量の半分にも満たないが、大きな収穫だ」
「アンドラクスが犯人ってことか」
「犯人の一味で間違いはないだろうな。ジェドニスは危険だから、賊の手からなんとしても取り戻さないといけない。王都に持ちこまれた理由も突きとめないと。あとは最近行方不明になった魔導師がいないか、だな。だからルイ、なにか思いだしたことがあれば必ず教えてくれ」
「わかった」
「俺かホルシェード……どちらもいなければギレットでもいい」

 ライオルは不本意そうに付け加えた。ホルシェードは頭をかいてルイに説明した。

「ジェドニス捜索はクント師団長より、第一部隊と第九部隊の両方に下された任務なんだ。だからギレット隊長に伝えてもかまわない。第一部隊との合同任務なんてそうそうあることじゃないから、それだけ師団長も事態を重く見ているんだ」

 ホルシェードはそう言ったが、ルイは別のとらえ方をしていた。大事な任務を任せるには、信頼できる王太子候補の部隊が適任だ。しかしどちらかだけに頼むと角が立つので、両方に頼んだのだろう。リーゲンスではよくある采配だった。


 ◆


 ルイはその日一日大事をとって自室で休み、次の日アクトール魔導院の図書館に行った。謎の手枷について調べ物をするためだ。ホルシェードが有無を言わさずついてきて、ルイは申し訳なく思ったが昨日の今日なのでなにも言えなかった。

 アクトール図書館の大量の蔵書の中から目当ての本を探すのは大変な作業だった。管理人が本を分類ごとに陳列しているが、とにかく本棚の量が膨大なので、ホルシェードがいなかったら迷子になっていただろう。とても一日で見きれるものではなかったが、「魔導具今昔」「魔導抑制装置概論」「魔導師に関する犯罪の歴史」などの本を選び、机にかじりついて読んだ。

「あれ? ルイ、来てたの」

 ゾレイがルイに気づいて声をかけてきた。分厚い本を何冊も抱えている。

「やあ、ゾレイ。仕事か?」
「研究だよ。そっちは?」
「調べもの」

 ゾレイはルイの隣の机に本を置いて座った。

「ルイ、なに調べてるの?」
「うーん、たとえば、魔導師の力を抑える魔導を使う方法とか、魔力を封じる装置を作る方法とか」
「なんで?」

 ルイはちらりと向かいに座るホルシェードを見た。ホルシェードは目が合うと軽くうなずいたので、ルイはゾレイに謎の手枷について話した。

「……魔導を完全に封じる魔導具?」
「やっぱりきみも知らないか」
「鉄枷ならある程度魔力を阻害するけど、魔導をまったく使えなくする魔導具をその場で作り上げるというのは聞かないなあ。どうやるんだろう」

 ゾレイはその場で考えこんでしまった。

「自分の魔力を使って作るのかな? うーん、でもどんな魔力を持っているかわからない初対面の人に使って効果があるだろうか……」
「あー、ごめん。そんなに悩ませたいわけじゃないんだ。……そうだ、きみはカリバン・クルスに実家があるんだよな。なにか最近噂を聞かなかった? 見慣れない人がいるとか、なにか変わったことがあったとか」
「そうだなあ」

 ゾレイはなにか思いだしたようで、ルイにずいっと顔を近づけてきた。

「うちの薬草店に来る客たちが話していることならあるよ」
「な、なに?」
「最近、カリバン・クルスには呪いが広がってるんだ……」

 ゾレイはおどろおどろしい声色を作った。

「まず、明け方に目を覚める。そこには一つ目の男がいて、じっと顔をのぞきこまれる。逃げようとしても体が動かない……。それを見た日から呪いが始まるんだ。眠れなくなって衰弱していき、気力を吸いとられてなにもできなくなってしまう。そして最後はついに……」
「ただの怪談じゃないか。夢でも見たんじゃないの」
「でも客の知り合いにはその呪いにかかった人が何人もいるそうだよ。ある日突然呪われてしまうんだ。怖いだろ?」
「そういう怪談ってだいたい知り合いのそのまた知り合いの話で、自分が体験したって言う人は絶対出てこないんだよな」

 ルイがちっとも怖がらないので、ゾレイはつまらなそうに椅子にもたれかかった。

「でも未知の魔導が見つかったって言うなら、呪いも本当にあるかもしれないでしょ!」

 ルイはそうだねと相づちを打った。結局一日中図書館にいてもなにもわからず、目をしょぼしょぼさせながら屋敷に戻った。
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