風の魔導師はおとなしくしてくれない

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三章 魔力を食べる魚

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 翌日、ルイは意気揚々とカリバン・クルスの大通りを歩いていた。その半歩後ろからライオルがついていく。ちょうどライオルも休みの日だったので、買い物につきあってもらうことにしたのだ。

 ルイは買い物客で賑わう通りをきょろきょろしながら歩いた。特に目当てのものがあるわけではなかったので、どの店に入るか決めかねてさんざんうろつき、ライオルをいらだたせた。

 結局、ゾレイと一緒に来たことのある道具店に入ることにした。重い木の玄関扉を押し開けるとカランと鐘の音がして、カウンターの奥でうたた寝をしていた白髪の店主が目を覚ました。

「いらっしゃい」
「こんにちは」

 ルイは店主に挨拶をして店内を眺めた。古い紙のにおいがぷんとする、魔導師が使う様々な道具が置かれている店だ。ルイの手が届かないほど高い棚の上までずらりと商品が並んでいるが、上の棚には分厚い埃がかぶっていて、なんの商品が置かれているのか判別できなくなっている。

 手に取りやすい下のほうの棚はペンやノートや魔導ランプなど、日常的なものが多く並んでいた。魔導に関する書籍も多く扱っていて、アクトール院生はよく利用しているようだった。

「なにかお探しかい?」

 白髪の店主がやってきてルイにたずねた。ライオルはルイとは別に、珍しそうに店の中を見て回っている。ルイはうーんと悩んだ。

「特に探しているものはないんだけど、なにかおもしろいものはあるかな? 最近海の森の植物について調べてるから、本もいいかもな……」
「調べもの? 図鑑ならこちらにあるから、手にとって見てみるといい。『有毒球状株百選』は最近出版されたもので、評判がいいよ」
「あ、それはもうアクトール図書館で読んだな。毒の効果が恐ろしすぎた」
「おや、アクトール魔導院の子か。あまり見かけない顔だからわからなかったわい。ならこっちの新しい器材はどうかな?」

 店主は嬉々として多様な道具について説明し始めた。強力な薬液を入れても割れない特殊な瓶や改良された計算機など、王宮魔導師が研究に使いそうな品が多く、ルイはそんなに興味を引かれなかった。

「これが今一番のおすすめだね」

 店主がそうっと手の上に乗せてルイに見せてきたのは、木箱に入った小さな桃色の宝石だった。

「きれいだな」
「きれいなだけじゃないよ。この石は触れた人を幸福にしてくれるんだ」
「幸福?」
「そう。この石を持って魔力をこめると、花畑の中を走っているような楽しい感覚に陥るんだよ。人によって見えるものは違うが、好きなところに行ったり、好きな子と一緒に楽しいことをしたり、そんな感じらしいね」
「ふうん……」

 ルイがしげしげと宝石を見つめていると、店主は小声でルイにささやいた。

「どう、試してみたいでしょう? 安くしておくよ」

 ルイはそんなに店主がおすすめするならいいものなのだろうと思ってうなずいた。

「じゃあ買おうかな」
「いや、いらん」

 急にライオルがルイを押しのけて前に出てきた。威圧的に店主に詰め寄るので、いたいけな老人に暴力をふるうのではないかとルイは心配になった。

「今の話だとそれには幻覚作用があるんじゃないのか? 正規品か?」
「そりゃもちろん、正規の品だよ」
「よくわかっていない客に変なものを売りつけるなよ? アトライパの売人の摘発だけでも大忙しなのに、新しい非合法なものをカリバン・クルスに持ちこむのはやめろ」
「あっお兄さん、海王軍の人かい」

 店主は慌てて木箱をポケットにしまいこみ、にっこり笑った。

「本当にたいしたことない商品ですよ。お気になさらず……」

 ライオルは険しい目つきで店主を見据えていたが、それ以上追求はしなかった。

「で? ルイ、買うものは決めたのか」
「そうだな、うーん……」

 ルイは周囲を見回し、ふと見覚えのある紙の束を見つけた。

「あっこれ、ゾレイが持ってた爆発する紙だ」

 棚の上に積まれているのは、紋章が描かれた真四角の紙だった。数枚ずつひもでくくられて陳列されている。描かれた紋章にはいくつか種類があった。

「ええそうです。爆発する紙と、燃える紙と、水を弾く紙と、震える紙ですよ」

 店主はとってつけたような笑顔で説明した。

「こっちは魔力を遮断する紙です。ちょっと値は張るが、魔導具をしまう箱に貼っておくと安心ですよ」
「いいな。俺もこれを使ってみたい。買うよ」
「どれくらいいるかね?」

 ルイはふところから財布を取り出し、開けて見せた。

「これでどれくらい買える?」

 財布の中をのぞきこんだ店主は変な声をあげた。中にはオヴェンからもらった金貨がみっちり詰まっている。ライオルはルイの頭をはたいた。

「早くしまえ馬鹿」
「なんで!?」

 ライオルは自分の財布を取り出して、店主に数枚の銀貨を渡した。

「各種類、十個ずつくれ」
「は、はい、どうも……」

 店主はライオルから代金を受け取り、動揺しながらも注文された品を数えてルイに手渡した。

 店を出たルイは、隣のライオルを不服そうに見上げた。

「自分の金で買いたくて来たのに、意味ないじゃないか」

 ライオルはいらっとしたようだった。

「王子様にはちょっと難しい計算のようでしたので」
「なんだよそりゃ。銀貨でいいならそう言ってくれよ。値段がわからなかったから聞いただけじゃないか」
「値札見てなかったのかよ……テオフィロがあきらめるわけだ」

 欲しいものは得られたが、本来の目的を達成していないルイは、別の店で買い物をしようと歩き出した。

「そうだ。ルイ、服を買えよ」

 ライオルが出し抜けに言った。

「服ならもう持ってるよ」
「いやお前の趣味はだめだ。新しいのを買いに行こう」
「ええ……」

 ルイは自分の着ている服をなでた。今日は好んでよく着る生成りのシャツに、草の汁で染めた素朴な深緑の上着をはおり、町中でよく見る灰色のズボンをはいている。似た格好で歩いている男の人は多く、目立たないので気に入っている服装だった。

 一方ライオルは、刺繍入りのシャツに明るい茶色の丈の長い上着、黒いズボンという出で立ちだった。市井に溶けこめるよう派手さはないが、背が高くて足が長いのでよく似合っている。ルイの背丈では同じ格好をしてもライオルのようにはなれないだろう。

 服装を駄目だしされて落ちこむルイを、ライオルは大通り沿いのひときわ大きな仕立屋に連れて行った。玄関を入ると、きらきらしたシャンデリアがぶら下がった円形のホールになっていて、藍色のきれいな服を着た女性が二人を出迎えてくれた。

「いらっしゃいませ。お受け取りでしょうか?」

 ライオルはいや、と手を振った。

「新しい服を頼みたい。オーグスタはいるか?」
「はい、呼んできますのでお待ちください」

 女性店員は一礼すると奥に引っこんだ。しばらくして口ひげを生やした巻き毛の男がやってきた。

「おっ、ライオル様! 店にいらっしゃるとは珍しいですね」
「ちょっと買い物ついでにな。こいつの服を頼みたいんだが、いいか?」

 ライオルはルイの肩をたたいて言った。オーグスタはルイを品定めするように見ながらうなずいた。

「もちろんですとも。仕立屋のオーグスタです。よろしく」
「よろしくお願いします」
「では早速採寸させていただきましょう。こちらへどうぞ」

 オーグスタはルイとライオルを奥の部屋に案内した。部屋の中にはずらりと置台が並んでいて、上にいくつか注文品らしき服が乗せられている。オーグスタはまるめて置いてあった毛皮の絨毯を敷き、ルイにその上にあがるよう指示した。ルイが上着と靴をぬいで絨毯の上にあがると、オーグスタは鞄から巻き尺を取り出してルイの採寸を始めた。

「ほー、あなたがライオル様がお連れになった風の魔導師様ですか! 毎日さわやかな空気が得られるようになったと王都中の評判でございますよ」
「俺が評判になってるのか?」
「そりゃあもう。生まれてこの方カリバン・クルスに風など吹いたことありませんでしたからね。夏はじっとり汗ばむので扇であおぎますが、ちっとも涼しくならないんですよ。海上のような地獄の暑さにはなりませんが、海水が温まればそれなりに蒸し暑いですからね……」

 オーグスタはルイの体中のサイズを測りながら、ぺらぺらとよく喋った。

「それで、魔導師様はどのような服をお好みですか? 今日着てらしたものもお似合いですが」
「買い物するのにちょうどいい服がいいかなあ。あんまり派手じゃないやつで」
「なるほど?」

 オーグスタはちらりと後ろを振り向いた。ライオルは客用のソファに横向きに寝そべり、肘をついて頭を支え採寸を眺めている。オーグスタと目が合ったライオルは意見を述べた。

「こいつは地味な服ばっかり着たがるんだ。もっと明るい色で、はやりの飾りボタンがついてるものなんかがいい」
「おい、なんでお前が答えるんだ。俺の服だろ」
「かしこまりました。普通の日に着る服だけでよろしいので?」
「ああ、そうだな。パーティー用の衣装と、式典用の正装も作っておくか。あと狩り用の服とブーツも。あとはこいつに合いそうな服があったら持ってきてくれ」
「かしこまりました」

 オーグスタは大声で店員を呼び、走ってやってきた店員にいろいろと言いつけた。店員はうなずくとまた走って去っていった。オーグスタは採寸を終えると、少し離れたところからルイの全身を眺めた。

「魔導師様は色白ですし、パーティー用はその青い目に映えるような水色の衣装がいいかもしれませんね。ボタンは銀にいたしましょう。飾り紐は紺色で。正装に入れる家紋はどうしましょうか」
「タールヴィ家で」

 ライオルが当然のように言った。ルイは血のつながりがないのに変じゃないかと思ったが、リーゲンス王家の紋章を入れるわけにもいかないので、そうするしかないのかと納得した。

 オーグスタがライオルと相談しているところに、二人の男女の店員が服をたくさん抱えてやってきた。置台に服を並べると、女性店員が一番端の服をルイのところに持ってきた。

「お客様、こちらを着てみてください」
「あ、はい。……ちょっと待て、まさかあの服全部着るのか!?」
「ほかにもご用意ありますから、ご希望がありましたら教えてくださいね!」

 女性店員はにこにこして、ルイにふわっとした生地でできた白いシャツを見せた。男性店員は衝立を持ってきて、ライオルからルイの着替えが見えないようにした。

 ルイは有無を言わさず女性店員に着替えさせられた。肌触りのいいシャツとズボンを身につけると、男性店員が衝立をどかしてライオルに見せた。

「ああ、いいんじゃないのか。買おう」
「ありがとうございます」

 ライオルが即断してオーグスタが紙になにか書き留めた。ルイは再び衝立の裏で着替えさせられた。それが何回も繰り返され、ライオルが買うか買わないかを決めていった。

 ルイが流れ作業に慣れてきたころ、ひらひらした薄い生地のワンピースを着せられた。ローブのように前が開くタイプで、脇の紐で結んで留めるだけの簡単な作りをしている。

「これなに!? 女性用だろ!」
「いえ、男女兼用の夜着です。今人気のデザインですよ」
「そ、そうなのか?」

 衝立が外されてライオルとオーグスタの目にさらされ、ルイは頬を赤らめた。

「買う」
「ありがとうございます」
「はやっ」

 その後も何着も着せ替えられ、結局着た服の半分以上を買い上げることになった。買った服のうち一つをそのまま着ていくことになり、ルイは亜麻色のチュニックの上に青いフード付きコートを羽織った。ライオルはオーグスタが差し出した注文票にサインをして、ルイを連れて店を出た。残りの服はあとでオーグスタが屋敷に届けてくれるそうだ。

「こんな色着たことないから落ち着かないなあ」
「よく似合ってるよ」
「また払ってもらっちゃったし」
「俺が買いたかったんだから気にするな」

 ルイはすっかりくたびれてしまい、買い物は終わりにして帰ろうと来た道を引き返した。だが、そこに香ばしいにおいがただよってきて足を止めた。大通りと交差するにぎやかな商店街の中に、見覚えのある店を見つけた。

「あっ、ロンロ焼きを売ってる店だ」

 狩りの日の祭りのとき、ルイとライオルに焼きたてのロンロ焼きをふるまってくれた女性の店だった。ルイは甘くて少し塩っ気のあるロンロ焼きが大層気に入っていた。

「買って帰ろう」

 ルイは香ばしいにおいをさせている店に入った。店内はさらにいいにおいで包まれていて、たくさんの焼き菓子が売られていた。ルイは皿の上にたくさん乗せられているロンロ焼きと、甘そうな砂糖漬けの果実が乗ったお菓子を金貨一枚分買った。若い女性の店員は、ライオルをちらちら見ながらバスケットにお菓子を入れて渡してくれた。

 ようやく自分のお金で買い物ができたルイは満足していた。

「さて、今度こそ帰ろうか。テオフィロに食べさせてあげよう」
「そうだな。ちょうどお茶の時間だ」
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