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八章 湖畔の村の子供たち
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しおりを挟むカリバン・クルスに戻ったライオルは、オヴェンにネマでの出来事を報告した。オヴェンはすぐに海中師団に指令を出し、扉の捜索はネマとその隣町近辺に的を絞って行われることになった。
ルイはホルシェードと一緒に、またアクトール図書館に通って神話を読むようになった。ホルシェードはネマでルイが魔族と戦って負傷したことを知り、いつもの無口が嘘のようにしょっちゅう体調は問題ないかと聞くようになっていた。ファスマーも魔術でつけられた傷だからと心配していたが、いたって普通の切り傷だった。毎晩テオフィロに傷薬を塗ってもらっているうちに、化膿することもなくすぐに癒えた。
ある夜、ルイはライオルの部屋で帰りの遅いライオルを待っていた。ソファに座ってうつらうつらしていると、ドアが開いて軍服姿のライオルが入ってきた。
「おかえり」
「なんだ、ここにいたのか。ただいま」
ライオルは疲れた様子だったが、ルイが自分を待っていたとわかると顔を緩めた。
「夕食は済ませたのか?」
ライオルは上着を脱いで従者に渡しながら言った。
「ああ、もう食べたよ。話したいことがあって待ってたんだ」
「なんだ?」
「調べてたことについてだよ」
ルイはアクトール図書館で調べたことを書きとめたメモ書きの束を持ち上げた。
「わかった、聞こう」
ライオルは従者に夕食を部屋に運ぶよう言いつけた。従者ははいと返事をして部屋を出て行った。
ライオルはルイにキスをしてから服を着替え、従者が運んできた夕食を窓際のテーブルで食べた。ルイはライオルの隣に立ち、メモ書きを読みながら話した。
「今日は創世記を読んだんだ。それで、神界の王が死んだときの『主を失った玉座は崩壊し、背もたれに支えられていた空が落ち、脚が折れて人間界と死の国が繋がってしまった』っていう話だけど。結局これって神の世界と人間の世界と死の世界の三つがつながったってことだよね。このときにできたつながりが厄災となってしまったけど、俺たちのいる人間の世界は絶望と希望どっちにもつながっているっていうのが、俺の解釈だ」
「ああ」
「そして再び世界が造られたあと、シユウルの予言のくだりで三つの厄災のことが書かれてる。シユウルは危機が訪れるたび、それを防ぐための希望が与えられると言っている。扉はおそらく『巡らぬ水脈から黒き翼が放たれ、嵐が吹き荒れる』から始まる厄災のことだ。……これはシャムス様もご存じのことだけどな」
「予言の話は有名だし、子供にもよく聞かせる話だからな」
ルイはこくりとうなずいた。
「そうらしいね。それで、俺が気になったのは『沈んだ悪魔を観察しようとして、池の底に穴を開けてのぞきこんだ』っていうところなんだけど。毒の池の底にあいた穴のおかげで、悪魔が外に出るのが防がれたんだ。つまり、扉の内部につながるのぞき窓のようなものが、扉とは別のところにあるんじゃないか?」
「のぞき窓か」
「うん、それが希望なんじゃないかと思ったんだ。そこから悪魔は出られないけど、男神ペルタリオは出入りすることができた。こののぞき窓を利用して、扉の内部を探ったりできないかな?」
「なるほどな……で、そののぞき窓はどこにあるんだ?」
「神話に実際の地名なんか出てこないから、場所はわからないよ」
「なにか手がかりになるような記述は?」
「なかった。今日読んだ中で気になったのは、これだけ」
ライオルはスープを飲みながらうーんとうなった。
「悪くない説かもしれないが、確かめようがないな……」
「まあね」
ルイは持っていた紙をテーブルの端に置き、ライオルの向かいの椅子に座ってあくびをした。
「疲れたのか? 今日はもう寝ろ」
「そうする……」
ルイは立ち上がって奥の寝室に行き、ライオルのベッドに潜りこんで目を閉じた。
◆
ユーノが久しぶりにカリバン・クルス基地に顔を出した。ユーノは侍女と一緒に座っておとなしく第九部隊の訓練を見学していたが、休憩のためにルイが広場から戻ってくると、さっと駆け寄ってきた。
「ルイ」
「やあユーノ。久々じゃないか」
「仕事が忙しくてなかなか来られなかったの。今日はお休みをもらって来たのよ」
ユーノはにっこり笑って言った。今日のユーノは白と橙色のワンピースを着て揃いの帽子をかぶり、花柄の刺繍入りのストールを肩にかけている。ブルダ大浴場で会ったときは汚れたエプロンをつけた従業員の格好だったが、今日は良家の令嬢らしい出で立ちだった。
「まだあそこで働いてるんだね?」
ルイがたずねると、ユーノは誇らしげにうなずいた。
「もちろん! お仕事も全部覚えたし、最初の頃に比べてだいぶ楽にこなせるようになったわ。最近新しい人が入ったから、私が仕事を教えてるのよ」
「へえ。すごいね」
「私が名乗ると皆驚いて、緊張されてしまうのがちょっと困るんだけどね」
「……イザート家当主の娘が相手じゃ、誰だってそうなるよ」
「最初は先輩たちにも気を遣われていやだったけど、もうすっかり仲良くなれたわ。お友達もできたの。このあとお昼ご飯を一緒に食べて、お買い物する予定なの!」
ユーノはとても楽しそうで、ルイはまるで海の国に来た頃の自分を見ているようで嬉しくなった。最近ライオルが休みの日に出かけなくなったと思っていたが、ユーノが新しい友達と一緒に出かけるようになったからのようだった。
「それでね、ルイに謝りたいことがあって……」
ユーノは少しもじもじしながら言った。
「謝りたいこと?」
「うん。このあいだブルダの廊下で会ったとき、今日は人がたくさん来ているから裏にいたほうがいいって言ってくれたでしょ? せっかくあなたが私のことを心配して忠告してくれたのに、私、考えが至らなくて……ちょっとね、いやなお客さんと出会ってしまったの」
「……それは」
「だからルイはああ言ってくれたんだってやっとわかったの。忠告を聞かなくてごめんなさい」
しゅんと肩を落として謝るユーノに、ルイは慌てて言った。
「そんな、謝らないでくれ。きみはなにも悪くないだろ。大丈夫だったか? いやな思いをしたんじゃないか?」
「ちょっとびっくりしたけど、もう平気。先輩に話したら、今度またそういう客が来たらキンタマ蹴ってよしって言われたわ」
「ユーノ!? そんな言葉使っちゃだめだ!」
「蹴り方も教わったの!」
ユーノは細い足を上げてシュッと鋭く空を蹴った。ルイの後ろでユーノにでれでれしていた隊員は、ひっと息をのんで股間を押さえた。
「変なこと覚えちゃった……」
ルイはがっくりとうなだれた。シャムスが聞いたら卒倒するだろう。
「ルイ、どうかしたか?」
うなだれるルイをめざとく見つけたライオルがやってきた。
「隊長、大変です……」
「どうした」
「イザート家のご令嬢がキ……キンタマとか言ってます」
「はあ?」
「ちっ違うのライオル」
ユーノは慌てて弁解した。
「ブルダの先輩に、また変な客が来たらキンタマ蹴っていいって言われたって話しただけなの!」
「ユーノ……」
ライオルは眉をひそめた。
「仕事中はスカートだろ? 股間を蹴り上げたらスカートがめくれてしまうぞ。やるならズボンのときにしろ」
「た、確かに……スカートで練習してたけどちょっとはしたなかったわね」
「そこじゃないんだよなあ……」
「どうしたルイ、女が戦うのがそんなに珍しいか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「お前の姉さんはお前以上に剣が達者だったじゃないか。あれだけ勇ましいんだから、無頼漢に襲われたら股間を蹴るくらいやるだろ」
「イオンがそんなことするわけないだろ! 不敬だぞ!」
「いや、あの姉はやるな。俺も気をつけておこうと思ってる」
「なんでライオルが気をつけるんだよ」
「そりゃ俺がお前を……」
ライオルはなにか言いかけたが、ちらりとユーノを見ると咳払いをした。
「あー……まあ、なんだ。護身ができるにこしたことはないからな」
「そうかもしれないけどさ」
「ルイ、あなたのお姉様はとてもお強い方なのね。憧れるわぁ」
「ユーノ……きみは今のままでじゅうぶんだよ。どうかそのままでいてほしい。本当に」
「まあ」
ユーノは顔をほころばせて鈴を転がすように笑った。ライオルは微妙な表情をしていたが、ホルシェードに会議の時間だと声をかけられて去って行った。
ルイとユーノは並び立ち、ホルシェードと一緒に歩いて行くライオルの後ろ姿を見送った。
「ついに王太子選定の日がやってくるわね」
「ああ」
「私はもちろんお兄様を応援してるけど、ライオルのことも応援してるわ。お兄様には内緒よ」
「はは……それは、ライオルも喜ぶだろうね」
ルイとユーノはひそひそ声で話して笑い合った。
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