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八章 湖畔の村の子供たち
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しおりを挟むそして、ついに王太子選定の儀の日がやってきた。
当日の朝、ルイは正装に身を包んで式典用の剣を腰に差した。そして、同じく正装したホルシェードと一緒に馬車に乗りこんだ。ヒューベル王が臨席する場に行くので、今日ばかりはフェイは屋敷でテオフィロと留守番だ。
少し前に王太子候補のための特別な馬車が迎えにきて、ライオルはそれに乗って先に王宮へ向かっている。王宮の外門ではラッパの音が鳴り響き、これから儀式が始まることを知らせていた。
ルイとホルシェードは内門の前で馬車をおりた。ルイは外門は毎日のようにくぐっていたが、内門の中に入るのはオヴェンの前で初めて風を披露したとき以来だった。
ルイとホルシェードは門番に名前を名乗り、武器のたぐいを持っていないか念入りに身体検査を受けた。官吏は分厚い書類に指を滑らせ、ルイとホルシェードがライオルの参列者であることを確認した。
ルイとホルシェードは厳重な警備の敷かれた王宮の内部に進んだ。白い煉瓦の王宮はとても大きく、廊下は五人並んで歩けるほど広かった。近衛兵が廊下の両脇に並んで立ち、参列者の進む道を示している。ルイとホルシェードは長々と廊下を歩いてとある広間に通された。
広間は正装したたくさんの人でにぎわっていた。百人以上の人が広間に押しこめられていて、まっすぐ歩くこともできない。広間は壁際に並んだ椅子のほかになにもなく、ほとんどの人が立ったまま緊張した面持ちで知り合いと話しこんでいる。ルイはライオルを探したが、ここにはいないようだった。
「あそこを通れば玉座の間だ」
ホルシェードが奥の観音開きの扉を指さして言った。扉の両脇には、槍を持った近衛兵が正面を向いて微動だにせず立っている。
「選定は玉座の間で行われる。それまで俺たちはここで待機だ」
「わかった。うちの班長たちも来てるはずだよな?」
「ああ、ライオル様の戦績に寄与した者が呼ばれているから、その辺にいると思う」
ルイは人混みの中を歩き、窓際に固まって立っている第九部隊の班長らを見つけた。
「カドレック班長!」
ルイはカドレックに声をかけた。輪になって話していたカドレックたちは会話を中断し、二人に挨拶をした。
「あれ、五人だけですか?」
ルイが聞くと、スラオ班長がうなずいた。
「ああ。参列できる人数には制限があるからな。俺たちとホルシェード隊長補佐とルイの七人が限度だ」
「つまり選ばれし班長というわけだ」
コルクス班長はそう言って笑ったが、緊張のせいか不自然な笑顔だった。
ルイは班長たちと一緒に窓辺に立ち、ほかの参列者たちを眺めて時が来るのを待った。誰もが落ち着かない様子で、広間を歩き回ったり奥の扉をちらちら見たりしている。
しばらくして奥の扉が開き、広間は水を打ったように静まりかえった。中から十人以上の官吏がぞろぞろと入ってきて、先頭の一人が声を張り上げた。
「これより陛下の御前に順番に案内する。まずはギレット・ヴァフラームの参列者、こちらへ」
第一部隊の班長たちが足早に進み出て、案内人と共に扉の奥に消えた。次に別の案内人がクシャスラ家の王太子候補の名前を呼び、数人が進み出ると案内人に連れられて玉座の間に入っていった。
そうしてどんどん参列者たちが奥に進んでいき、半数程度まで人数が減ったところでようやくルイたちの番が来た。
「ライオル・タールヴィの参列者はこちらへ」
ルイとホルシェードと班長五名が前に出た。ルイは案内人に続いて玉座の間に入った。
今までいた広間の倍はある大きな広間だった。広間の奥の数段上がった高みに、長い背もたれのついた玉座が鎮座している。玉座の後ろの壁には、海の国の国章が描かれた巨大なタペストリーがかけられていた。
玉座にはヒューベル王が座っていて、身を乗り出して脇に立っている男になにか話していた。王の周りの一段下がったところに官吏と近衛兵が左右に並び、威圧感たっぷりに広間を睥睨している。広間の中央には王太子候補たちが横一列に立っていて、彼らの後ろに参列者たちが並んでいた。
広間の後方には、十九家の親族や王宮に出入りする文官武官たちが見物に詰めかけていた。美しく着飾ったユーノもいて、隣の若い青年と小声でおしゃべりしている。
端には数人の王宮魔導師たちの姿もあった。アクトール魔導院教育棟の責任者コニアテスが最前列に陣取っていて、入ってきたルイとホルシェードを目で追っている。年配の王宮魔導師らの中になぜかゾレイも混じっていて、興奮した様子で広間を眺めていた。ルイはどうせまた王太子候補を見るために無理を言ってついてきたんだろうなと思った。
案内人はルイたちをライオルのところに連れて行った。ライオルは背中で手を組み、ヒューベル王のほうを向いてじっと立っている。ルイは黙ってライオルの背後に立った。ルイの後ろにホルシェードが立ち、その後ろにカドレックたちが並んだ。玉座の間はざわめいていて、ルイは背後から王太子選定を見守る見物人たちの視線を感じた。
すべての参列者が入場すると、扉が閉められて重たい閂がかけられた。ヒューベル王は立ち上がって咳払いをした。
「皆、集まったな。オヴェン、準備はできたか?」
王の後ろで控えているオヴェンがはいと短く返事をした。
「よし。それでは、ジルガー・ヒューベルの名において、これより私の後継者となる王太子を決定する」
ヒューベル王は右手を上げて宣言した。玉座の間はこれだけ人数がいるにも関わらず、耳が痛くなるほどの静寂に包まれた。ルイは緊張で心臓がどきどきした。静かすぎて自分の鼻息がやけに大きく聞こえた。
ヒューベル王は玉座の脇に置かれていた巻物を手に取り、封蝋を指ではがした。封蝋が割れる小さな音が静まりかえった広間に響いた。ヒューベル王は巻物をオヴェンに手渡した。オヴェンは膝をついて巻物を受け取った。
「……では」
オヴェンは立ち上がって巻物を両手で広げ、冒頭を読み上げた。
「まず始めに、今回の選定では十八名が王太子候補として挙げられている。エディーズ家のクウリーは彼自身の咎により、候補より外れたことをここに述べておく。異議のある者はこの場で名乗り出なさい」
オヴェンは言葉を切って広間を見つめたが、声をあげる者はいなかった。
「異議なしということで選定を続行する。これより各人が王に奉公したこと、国に尽くしたことを発表する。王の目にとまる功績を残したことを誇りに思い、王の決定を不服とせぬように。呼ばれた者から前に出て王にひざまずきなさい。ゲイル・レージーン!」
オヴェンの声がとどろいた。ゲイル・レージーンとその参列者たちは王の前に進み出て、玉座から一段下がったところで片膝をついた。オヴェンは巻物に書かれた王の言葉を読み上げた。
「レージーン家第一子ゲイルは、ネウスグントの調伏師であり、海の国随一の調伏師ギルド、カルレ・ナムスの長として働いた。優秀な調伏師たちをまとめ上げ、海王軍海中師団に質の良い水棲馬をもたらした。そして、ネウスグントにカルレ・ナムスの新たな飼育場を設け、ガラの大猿やドルクシーなどの調伏に貢献した。王はその勤勉な働きを評価に値するとお考えだ」
オヴェンはそう締めくくり、巻物を持つ手を下ろした。
「すばらしい働きだった、ゲイル」
ヒューベル王が言った。
「カルレ・ナムスの水棲馬は疲れ知らずで賢く、海中師団になくてはならない存在だ。こんな水棲馬を育てられるのはカルレ・ナムスの調伏師しかいない。我が国でもっとも優れた調伏師たちを、これからもお前に任せたい」
「ありがとうございます、陛下」
ゲイルは深々と頭を下げた。ゲイルと参列者は立ち上がって元の場所に戻った。後方の見物客たちから拍手がわき起こった。
オヴェンが次の王太子候補の名を呼び、彼の功績が粛々を伝えられていった。暗黙の了解として、王太子に選ばれた者が一番最後に名を呼ばれることを、ルイは事前にテオフィロに聞いて知っていた。ルイはオヴェンが口を開くたびに心臓が口から飛び出そうになったが、ライオルの名はまだ呼ばれない。
グンウィツェ家の王太子候補の名が呼ばれたとき、見物人たちのほうから安堵とも落胆ともつかないため息がした。彼の親族だろう。ルイと同じく、皆自分の家の者がいつ名を呼ばれるか固唾をのんで見守っている。
ルイはオヴェンの口から語られる彼らの武勇伝を聞き、誰もが国のためにと言って差し支えない規模の功績をあげていることに感銘を受けた。ライオルが命がけでリーゲンスにやってきたように、この場にいる全員が身命を賭してなにかしらのことを成している。王になれなくとも、十分に海の国を背負っていけるだけの人材がそろっていた。
オヴェンに呼ばれ、王の前に進み出た王太子候補たちは、王からねぎらいの言葉をかけられると満足そうに感謝の言葉を述べた。王の前から戻っていく彼らは、王太子選定の重圧から解放されてすがすがしい表情をしていた。見物客たちは選定を終えた彼らに惜しみなく拍手を送った。
「クロセオ・イザート! 前へ」
イザート家の王太子候補の名が呼ばれると、少し広間がざわついた。これで十六人目だ。残るはギレットとライオルの二人だけとなった。
クロセオは妹のユーノと同じ蜂蜜色の髪を持った美青年だった。クロセオはヒューベル王の前で膝を折り、静かにオヴェンの言葉を聞いている。最後にヒューベル王が言った。
「クロセオ、お前の求心力はまことにすばらしい。お前のおかげでミューリエン家が今後イザート家に反旗を翻すことはなくなるだろう。お前はイザート地方の安寧になくてはならない存在だ」
「ありがとうございます、陛下」
クロセオは王に謝辞を述べて戻っていった。クロセオが元いたところに戻ると、オヴェンは再び巻物に視線を落とした。ルイは息を止めて次の言葉を待った。
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