88 / 134
八章 湖畔の村の子供たち
9
しおりを挟む「ギレット・ヴァフラーム!」
広間に感嘆の声とざわめきがさざ波のように広がった。ギレットが呼ばれたことで、残るはライオル一人となった。王太子が決定した瞬間だった。ルイは背中で組まれたライオルの手が固く握られたのを見た。
ギレットは第一部隊の班長らと共に王の前に進み出てひざまずいた。オヴェンはよく通る声で言った。
「ヴァフラーム家第三子ギレットは、海王軍騎馬師団第一部隊の隊長として、騎馬師団でもっとも優れた剣の使い手たちを率いて王領の領民を守ってきた。六年に渡って海の国を荒らし回ったチャティオン盗賊団の頭領を捕縛し、二百余名を擁する盗賊団を壊滅させた。ほかにも大罪人マグリフ・ゲールやシェーラ海賊団など、危険な犯罪者や犯罪組織を捕らえてきた。数多の危険な任務をこなしてきた鬼神のような剣の腕を、王は高く評価しておられる」
ヒューベル王は大きくうなずいた。
「すばらしい働きだった、ギレット。お前の率いる騎馬師団第一部隊に命を救われた領民は大勢いる。突撃隊と呼ばれるお前たちは、海の国の守護者と呼ぶにふさわしい。これからも領民の安全を頼む」
「ありがとうございます、陛下」
ギレットはそう言って立ち上がった。戻っていくギレットのあとに従う班長の一人が涙ぐんでいる。王に海の国の守護者と評されたからか、ギレットが王太子になれなかったからかはわからないが、ルイはその両方ではないかと思った。
「ライオル・タールヴィ! 前へ」
オヴェンが王太子候補最後の一人の名を呼んだ。ライオルは組んでいた手を離して前に進み、ルイは慌ててその背中を追いかけた。
ライオルは広間の全員の注目を浴びながら、王の前に進み出た。ルイやホルシェードたちはライオルの後ろに横並びに立った。ライオルが王にひざまずくと、ルイたちもならって膝をついた。
「タールヴィ家第二子ライオルは、海王軍騎馬師団第九部隊の隊長として魔導師の兵士を率い、ほかの隊に真似のできぬ手法で王領の安全を守ってきた。特筆すべきは、海の国の人間計四十三名を殺害したリーゲンス国の元宮宰サルヴァトへの報復である。リーゲンスに赴き、正当な王位継承者であるルーウェン・エレオノ・リーゲンス王子を擁する一派に潜入し、玉座を奪ったサルヴァトを倒して処刑に追いこんだ。そして、新しく即位したルーウェン王を奪取し、我が国に狼藉を働いたリーゲンス王家への報復とした」
オヴェンは巻物を最後まで広げ、末尾の一文を読み上げた。
「そして、若き王ルーウェンは風の魔導師であったため、カリバン・クルスに連れて戻り、海の国に風をもたらした。王はその勇敢な行動を高く評価しておられる」
オヴェンは言い終えると巻物をくるくると巻いて閉じた。ルイは両脇にいるカドレックとスラオが驚愕のまなざしで自分を凝視しているのを視界の端にとらえていた。だがルイはじっとこうべを垂れたまま動かなかった。
「ライオルよ、お前の戦果はすばらしい」
ヒューベル王が言った。
「我が民の命を奪った対価として、リーゲンス王家を廃しようとする動きも出ていた。しかし、お前の働きかけによって血を流すことなく事が収まった。さて、それに関してだが」
ヒューベル王は段差を下りてライオルの脇を通り、ルイの前で立ち止まった。
「どうぞ顔をお上げください、ルーウェン様」
ルイはほんの少し顔を上げたが、ライオルがひざまずいたままなのでそれ以上動けなかった。ヒューベル王は小さく笑った。ルイが考えあぐねていることも全部お見通しのようだ。
「さあ、お立ちください、陛下。あなたとはずっと話をしたかった」
ルイはゆっくりと立ち上がり、ヒューベル王と向かい合った。ヒューベル王はところどころ白髪のまじった黒髪で、目尻にしわが刻まれているが若々しく精悍な顔立ちをしていた。肩幅が広くがっしりとしていて、年を感じさせない鍛えられた体躯の持ち主だった。
「……お言葉痛み入ります、陛下」
ルイは腰を折って丁寧に一礼した。
「俺のことを陛下と呼んでいただく必要はありません。とうに王位はしりぞいた身です」
「そうでしょうが、あなたへの敬意の印です」
「我が叔父の不始末を改めてお詫び申し上げます」
「それはもう片のついた話です。蒸し返す必要はありません。それに、あなたは海の国に十分貢献してきました。罪滅ぼしのつもりでお考えでしたら、もう結構ですからどうぞ楽になさってください」
ヒューベル王は両手を広げて言った。
「あなたはその身にリーゲンス国の責任をすべて背負ってここに来られた。もう十分にあなたの責務は果たされました。献身的に働いてくれたあなたをいつまでも囚われの身とするのは、海の国の本意ではありません。あなたはこれより自由の身です。国に帰られるというのであれば、私が責任を持ってお送りいたします」
「俺を解放していただけると……?」
「はい、あなたの望むままに」
「では、このままカリバン・クルスに住まわせていただきたい。俺はここが好きです」
ヒューベル王はほほ笑んだ。予想通りの答えだとでも言いたげだ。
「あなたを連れてきたライオルと共に歩む道を選ばれるのですね」
「お許しをいただけるのであれば、そうしたいです」
「もちろん結構ですよ。あなたは自由なのですから」
「ありがとうございます、陛下」
ルイは感謝をこめて再度一礼した。ヒューベル王も礼を返し、再び段差を上がって膝をつくライオルの前に立った。
「ライオル、お前は海の国のために戦ってきた。これからもその身を捧げることを誓えるか?」
「生涯かけて海の国に尽くします」
「よし。ではお前を私の後継者と認め、王太子の地位を授けよう」
ライオルは差し出された王の手をとった。
「拝命いたします」
万雷の拍手がわき起こった。ライオルは立ち上がって玉座の間を振り返った。王太子候補とその参列者たち、王太子の行方を見守っていた人々全員が、ライオルに祝福の拍手を送った。オヴェンも嬉しそうに手をたたいている。ホルシェードたちも膝をついたままライオルを見上げて拍手した。
ルイはライオルが目立つように、ちょっと脇によけて拍手した。ライオルはルイと目が合うと口端を少しつり上げて笑った。誇らしげな顔だった。ルイは胸が熱くなった。
拍手鳴り止まぬ中、ルイはカドレックが手をたたくのをやめて、手の中に黒いものを作り出したことに気がついた。アンドラクスが黒い手枷を作り出したときとよく似ている。
黒いなにかは一瞬のうちに長い槍となり、カドレックの手から飛び出した。黒い槍はまっすぐ飛んでいき、ヒューベル王の胸を貫いた。
ルイはぽかんとして目をしばたたかせた。ヒューベル王はなにが起きたかわからない様子で、胸から生えた黒い槍を見下ろしている。ヒューベル王は一歩下がるとぐらりと後ろに倒れた。振り返ったライオルはあっけにとられて倒れた王を見つめた。
「……班長?」
わけがわからず、ルイはカドレックに声をかけた。カドレックは目を見開き、ひどく嬉しそうに歯をむき出して笑った。
「やれ、お前ら!」
カドレックは立ち上がりざまにルイの知らない声で叫んだ。一番最初に我に返ったのは近衛兵たちだった。ルイのそばにいた近衛兵は真っ青になって抜刀したが、にやりと笑った隣の近衛兵に剣で脇腹を刺されて崩れ落ちた。
「へ、陛下っ」
オヴェンと数名の官吏が凶刃に倒れたヒューベル王に駆け寄った。いつの間にか拍手はやみ、悲鳴と怒号が聞こえてきた。
オヴェンはヒューベル王の胸に突き刺さった槍に触れて叫んだ。
「魔術だ! 魔族の攻撃だ!」
カドレックは斬りかかってきた近衛兵の剣をかわして空中に飛び上がった。カドレックは魔術で黒い足場を作り上げ、高みに立った。カドレックの橙色の髪はいつの間にかくすんだ赤色に変わっている。ルイが瞬きするあいだに顔も変わり、カドレックはまったくの別人になった。
「どうして……」
「ルイ、ぼさっとするな! 奇襲だ!」
ライオルに腕を引かれ、カドレックだった男を見上げていたルイは視線を戻した。カドレックのほか、近衛兵の一人と見物客だった十九家の男一人が姿を変え、魔術を使って集まった人々に襲いかかっている。ルイは腰に下げていた剣を抜いた。
0
あなたにおすすめの小説
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】お義父さんが、だいすきです
* ゆるゆ
BL
闇の髪に闇の瞳で、悪魔の子と生まれてすぐ捨てられた僕を拾ってくれたのは、月の精霊でした。
種族が違っても、僕は、おとうさんが、だいすきです。
ぜったいハッピーエンド保証な本編、おまけのお話、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
トェルとリィフェルの動画つくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのWebサイトから、どちらにも飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】弟を幸せにする唯一のルートを探すため、兄は何度も『やり直す』
バナナ男さん
BL
優秀な騎士の家系である伯爵家の【クレパス家】に生まれた<グレイ>は、容姿、実力、共に恵まれず、常に平均以上が取れない事から両親に冷たく扱われて育った。 そんなある日、父が気まぐれに手を出した娼婦が生んだ子供、腹違いの弟<ルーカス>が家にやってくる。 その生まれから弟は自分以上に両親にも使用人達にも冷たく扱われ、グレイは初めて『褒められる』という行為を知る。 それに恐怖を感じつつ、グレイはルーカスに接触を試みるも「金に困った事がないお坊ちゃんが!」と手酷く拒絶されてしまい……。 最初ツンツン、のちヤンデレ執着に変化する美形の弟✕平凡な兄です。兄弟、ヤンデレなので、地雷の方はご注意下さいm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる