風の魔導師はおとなしくしてくれない

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終章 二人だけの秘密

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 そして王太子選定の儀の日、ハルダートはスラオ班長らと一緒に堂々と正面から王宮に入った。ハルダートはルイの後ろに立ち、ヒューベル王を見つめていた。

 そして、ライオルが王太子に選ばれて祝福されているさなか、ハルダートは魔術の槍を作り出してヒューベル王の胸を貫いた。カドレックはあまりの事態に悲鳴をあげた。ハルダートが正体を現し、カドレックの意識はどんどん薄れていった。

 最後に見たのは、ハルダートの放った黒い槍がルイの胸を刺したところだった。ルイが苦しげに口から血を流すのを見て、カドレックは絶叫した。

 カドレックは自分の叫び声で目を覚ました。そこは風の吹く森の中だった。カドレックはハルダートに襲われたときの状態のまま、草むらの中に隠されて倒れていた。カドレックは震える体にむち打ち、何度も転びながら森の入り口まで戻った。

 そこでは調査団の一行が野営をしていて、突然現れたカドレックに驚きおののいた。カドレックが事情を説明すると、調査団は半信半疑ながらもひとまずカドレックを海王軍に渡すべくカリバン・クルスに引き返した。

 到着したカリバン・クルスは大混乱だった。カドレックは夢の中の通り王宮が襲撃されたことを知り、絶望した。

 カドレックは海王軍の手でただちに拘束された。自分の姿をした者が王を刺したのだから、反逆者のごとく扱われた。カドレックは地下で尋問を受け、見聞きしたことをすべて正直に話した。ライオルにも直接伝えたかったが、魔族に狙われている王太子に会わせてもらえるはずもなかった。

 王宮魔導師会は、カドレックがもう魔術にかけられていないかどうか念入りに確かめた。結果、もう害はないと判断され、カドレックは無罪放免となった。カドレックは久しぶりに第九部隊のところに戻り、ついにライオルと対面した。カドレックはライオルに涙ながらにハルダートのことを話した。

 ライオルは黙ってカドレックの話を聞いた。話を聞き終えたライオルはカドレックの肩をたたき、よく戻ったと無事を喜んだ。カドレックはルイが魔族と共に姿を消して生死不明だと聞き、やりきれなさに涙を流した。

「カドレックの話では、召喚術を使える魔族はハルダートだけだ。そいつさえ殺せば、最悪の事態は免れる」

 ライオルの言葉に、半歩後ろを走るホルシェードはうなずいた。

「はい、必ずここでしとめましょう」

 ライオルとホルシェードは階段をおりて庭園に向かった。広大な庭では騎馬師団の精鋭たちに追いつめられた魔族たちが後退しながら戦っていた。十数人の魔族に対して騎馬師団の大多数が投入されていて、さしもの魔族たちも手を焼いている。騎馬師団は第一部隊を先頭にしてどんどん斬りこんでいき、すでに何人かの魔族が倒されていた。

 ライオルは後方の支援部隊のところに行き、戦況を聞いた。第一部隊の猛進によって魔族はばらばらになり、各個撃破できているとのことだった。

「改良された魔族避けの結界を発動させてから、奴らの魔術が格段に鈍くなりました。かなり効いているようです」

 第三部隊の隊長が言った。

「深手を負った魔族が二人ほど魔術で姿をくらましましたが、何人か特に力の強い者がしぶとく粘って戦っています。こちらもかなりやられてます」

 ライオルは奥のほうにいる赤錆色の髪の魔族に目を留めた。黒い魔術を駆使して兵士たちを蹴散らしている。

「あいつだ。あの黒い魔術を使う奴、あいつがハルダートだ」
「陛下を攻撃した奴ですか!」
「ああ。結界は全部あいつに向けろ。あいつの力を全力でそぎ落とせ」
「了解です、タールヴィ隊長。王太子どの」

 ライオルは指示を出すとハルダートのところへ走った。魔族避けの結界によって力を奪われた魔族たちは、海王軍の攻撃をかわせなくなってきている。勝てないと踏んだ一人の魔族は、仲間を置いてばちっという音とともに姿を消した。

「ハルダート!!」

 ライオルは兵士たちのあいだを駆け抜けながら叫んだ。ハルダートは第一部隊の隊員に囲まれ、黒い魔術で体を覆って身を守りながら戦っている。

「俺はここにいるぞ、ハルダート!」

 ハルダートはライオルの声に気づいて振り向いた。ライオルはなおも叫んだ。

「俺を殺したいんだろ! 殺しに来い!」

 ハルダートは体を覆っていた黒い魔術を一瞬のうちに膨張させた。ハルダートを囲んでいた兵士たちは避ける間もなく黒い魔術に体を覆われ、身動きが取れなくなって地面に転がった。

 自由になったハルダートは一直線にライオルのところに走ってきた。ライオルは剣を抜き放ち、刀身に炎をまとわせた。

 ハルダートの黒い魔術の刃がライオルを襲った。だが、ライオルはそれをすべて剣で斬り伏せた。玉座の間の襲撃のときより魔術の速度が鈍くなっている。

 ハルダートはぱちんと指を鳴らした。すると、離れたところにいたアンドラクスが地面を滑るようにして吸い寄せられてきた。アンドラクスの右腕は血まみれで、もう動かないようで肩からだらりと垂れ下がっている。

「てめえ……こんなときに呼びつけるなよ……!」

 アンドラクスは忌々しげにハルダートをにらんだ。ほかにも数人の魔族がハルダートの元に集まってきた。全員傷だらけで、いやそうに顔をゆがめている。無理やりハルダートに従わされているようだ。

 ライオルは迷わずハルダートに向かっていき、ホルシェードは慌ててそのあとを追いかけた。ライオルとホルシェードは魔族たちに囲まれたが、ギレットと第一部隊の一班がハルダートを追いかけてやってきて、ライオルを囲む魔族たちを取り囲んだ。ハルダート以外の魔族は振り向いて第一部隊と向かい合った。

「なんでてめえがのこのこ出てきてんだ! ひっこんでろ!」

 鬼気迫った表情のギレットが怒鳴った。額に玉の汗をかいているが、怪我らしい怪我はしていない。ライオルはギレットの言葉を無視してハルダートに斬りかかった。ギレットもハルダートに背後から走り寄った。

 ハルダートは魔術を駆使してライオルとギレットの攻撃を一度になぎ払った。ライオルとギレットはハルダートから一定の距離を保ち、じりじりとタイミングをうかがった。

 アンドラクスは死角からこっそりライオルを狙っていた。だが、つららがいくつも空から降ってきて慌てて飛び退いた。

「動くな」

 ホルシェードはアンドラクスを見据えて言った。アンドラクスは歯ぎしりをしてホルシェードをにらみつけた。

 ライオルは剣を振って炎の渦を作り出し、ハルダートの周囲を取り巻く黒い魔術を燃やした。魔術の防具はぼろぼろになって崩れ落ちた。その隙にライオルとギレットは同時にハルダートに斬りかかった。

「ちっ」

 ハルダートは器用に二人の攻撃を受け流した。ライオルは剣の束を強く握りしめて叫んだ。

「ルイをあんな目に遭わせたのは貴様だな!」
「ええ!? 違うよ、あれは勝手にああなったんだ。俺は悪くない!」
「なにもないのにああなるわけないだろうが!!」
「俺はただ、きみみたいにルイから愛されたかっただけだ!」

 ハルダートはそう言って手を振った。黒い槍が空から降ってきてライオルを襲った。ライオルは炎の剣で槍をたたき切った。

「愛されたかっただと……!?」
「そうだよ。だから怪我を治してあげたし、ご飯やお菓子をあげてもてなした! なにも悪いことしてないだろ!?」
「ならなんでルイは死を望んだ!? あの体についた跡はなんなんだ!!」
「いくら優しくしても好きになってもらえなかったから、俺の子を身ごもってもらおうと思ったんだよ! 家族になれればいいと思って……でもそれがいやだったみたい。死なせるつもりは毛頭なかった!」

 ハルダートに斬りかかろうとしていたギレットの顔色がさっと変わった。

「助からなかったのか……?」

 その一瞬の油断が命取りだった。ギレットは地面を覆っていた魔術の罠に足を取られて地面に倒れた。
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