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終章 二人だけの秘密
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しおりを挟むライオルは怒りにまかせてハルダートに斬りかかった。凶暴な剣を受け止めきれず、ハルダートは一歩後退した。
「違う! ギレット、ルイは生きてる!」
ライオルが言った。
「だがこいつのせいで死にそうな目に遭わされたんだ!」
「い、生きてる……?」
「そうだ! 生かされてこいつにもてあそばれたんだ! だからこいつは、こいつだけは絶対に殺してやる!」
ライオルの言葉を聞き、愕然としていたギレットは再び活力を取り戻した。ギレットは足首に巻きついた魔術の縄を剣で切り裂いて無理やり引きちぎった。足首から血が噴き出したが、かまわず立ち上がってハルダートに斬りかかった。
ハルダートは二人の猛攻に防戦一方になった。結界のすべてを向けられ、強い魔族がゆえにその力を限界まで奪われている。次第にハルダートは大がかりな魔術の攻撃ができなくなっていった。
「俺は、召喚師だぞ……肉弾戦は苦手なのに……うわっ!」
ライオルの剣が背後からハルダートの左肩を貫いた。ハルダートはすぐに反撃したが、ライオルは素早くそれをかわした。
「いたた……」
ハルダートは血の流れる肩を押さえ、挟み撃ちをしかけてくる二人の隊長をねめつけた。片方に気を取られていると、もう片方の攻撃を食らってしまう。
「やっぱりきみたちは強いな……。俺を見逃してくれたら、魔獣を召喚する方法を教えてあげるよ。俺の一族の門外不出の秘術だ」
「耳を貸すな!」
ハルダートの言葉にかぶせるようにしてライオルが怒鳴った。
「言われるまでもないね」
ギレットは表情一つ変えずに言い捨てた。ハルダートは必死な形相でなおも言いつのった。
「本当に教えるよ! 俺は嘘はつかない! 召喚の力があれば海の国は思いのままだ、きみに逆らう者はいなくなる!」
「貴様の言うことなんか聞くか。さっさと死ね!」
「どうしてそんな意固地になるんだ……! 破格の申し出だぞ! 理解できない」
困り果てたハルダートは助けを求めて周囲を見回した。ライオルはギレットにそっと目配せした。ハルダートの背後にいるギレットはわずかにうなずいた。
ライオルは再び剣を構えた。ハルダートは舌打ちしてライオルめがけて魔術を放った。ライオルは走りながら炎で魔術を溶かし、ハルダートに斬りかかった。ハルダートは逃げようとしたが、足元が凍りついていて動けなかった。ギレットが魔導でハルダートの靴と周辺の地面を凍らせていた。
「あっ」
ハルダートは目を見開いた。ライオルは剣を振りかぶった。一瞬の隙をついてライオルの剣はハルダートの首をとらえた。
しかし、ライオルの剣が貫いたのはアンドラクスの胸だった。ハルダートはすんでのところでアンドラクスを自分の真ん前に呼び寄せ、盾にしていた。アンドラクスはなにが起きたかわからない様子で、ぽかんとして自分の胸を見下ろしている。
「離れろ!!」
ギレットが叫んだ。ライオルがはっと気づいたときには遅かった。ハルダートはアンドラクスごしに魔術の槍を放った。槍はアンドラクスの腹部を貫通し、ライオルの脇腹に刺さった。
「うっ」
ライオルはとっさに飛び退いたが、完全にはかわしきれなかった。ライオルは刺さった槍を剣で切り離し、数歩後ろに下がった。
胸と腹を刺されたアンドラクスは口から血を吐いて倒れ、そのまま動かなくなった。ハルダートはばちっと音を立てて姿を消した。
「ライオル様!!」
ホルシェードが駆けつけてきた。ライオルは剣を握りしめて立ったまま、左手で脇腹を押さえた。魔術の槍はハルダートと共に消え、傷口だけが残った。血があふれて軍服をしとどに濡らしていく。
「……ほかの魔族は?」
ライオルは傷口を手で押さえながらホルシェードにたずねた。
「何人か逃げていきましたが、残った者は全員討ち取りました。それより早く手当を!」
「ハルダートが逃げた……あいつを殺さないと扉を開けられてしまう。手遅れになる前に、なんとしても見つけ出せ……」
「はい、ライオル様。止血しますから、座ってください」
ライオルはホルシェードに促されて地面に座った。ホルシェードは自分の軍服を脱いでライオルの腹にきつく巻きつけた。
戦いは終わり、負傷者が次々にクント師団長のいる本隊のところに運ばれていった。ライオルはうつ伏せに倒れているアンドラクスをじっと見つめた。ハルダートに道具のように使われたあげく、身代わりにさせられて捨てられた、哀れな魔族だった。
ギレットは傷ついた足を引きずってライオルの脇に立ち、魔族が戻って来ないか目を光らせた。ライオルはホルシェードに肩を借り、ギレットと三人で本隊のところに戻った。
◆
カドレック班と共にカリバン・クルスに戻ったルイは、意識がないままタールヴィ家の屋敷に運ばれ、自室のベッドに寝かされた。タールヴィ家専属の医師サーマンがルイの手当にあたった。サーマンは白い顔で死んだように眠るルイを診察し、ため息をついた。
「きみがしょっちゅう傷を作って帰ってくるから、僕はタールヴィ家の医者ではなく、きみ専属の医者になってしまってるぞ……。おかしな話だと思わないか? ……なんとか言ったらどうなんだ。え?」
サーマンは文句を垂れたが、ルイはなんの反応も返さない。サーマンは顔をしかめて小さく首を横に振った。
テオフィロはベッド脇の床にぺたりと座りこみ、ルイの枕元に突っ伏して泣いている。ルイが運びこまれたとき、テオフィロは遺体だと思ってその場に崩れ落ちた。生きているとわかってなんとか立ち上がったが、ルイの状態を知ると今度は泣き崩れてベッドのそばから離れようとしなかった。
「テオフィロ、泣いてる暇があったら手伝え」
サーマンはテオフィロの肩をたたいて言った。
「生きてるんだから、あきらめるな。治療すれば少しずつでも快方に向かうはずだ」
テオフィロはゆっくり顔を上げ、真っ赤になった目でルイを見つめた。ルイの顔は死体のように真っ白で、目は固く閉じられたままぴくりとも動かない。テオフィロの目に再び涙があふれた。
「うっ……ルイ様……なんで……どうして……」
テオフィロは再びシーツに顔を埋めて泣き始めた。サーマンはそれ以上はなにも言わず、テオフィロの気が済むまで放っておいてくれた。
翌日、騎馬師団の作戦部隊がカリバン・クルスに帰還した。魔族の隠れ家の奇襲は成功し、敵の大多数を討ち取ったが、ハルダートに逃げられてしまうという手痛い結果に終わった。
手傷を負ったライオルもルイに続いて屋敷に運びこまれた。ルイにかかりきりだったサーマンは、ライオルの面倒も見なくてはならなくなり、てんてこまいだった。屋敷の使用人たちもサーマンの手伝いで大忙しだった。
それから数日後、テオフィロは眠ったままのルイの足を動かして丁寧にマッサージをしていた。そこへドアが開いてライオルが入ってきた。テオフィロはルイの足を元に戻して布団をかぶせ、急いでライオルに駆け寄った。
「まだ寝ていないといけません。ひどい怪我なのに……」
ライオルは軽く手を振ってテオフィロをいなし、ルイのベッドに近づいた。ルイはまだこんこんと眠り続けている。ライオルはやつれた表情でじっとルイを見下ろした。テオフィロは椅子を持ってきて、ライオルをベッド脇に座らせた。
「……助け出したときから、まるで変わってない……」
ライオルが呟いた。ルイの顔は血の気がなく、まぶたは固く閉ざされている。
「はい……。でも、サーマン先生のお話では、体の状態はだいぶよくなったそうです」
テオフィロが言った。
「ここに運ばれたときは衰弱死する一歩手前だったそうです。でももうその心配はありません。少しずつよくなってます」
「いつ目を覚ますんだ?」
「それは……まだわかりません」
テオフィロは暗い顔でうつむいた。沈黙がおりた。
ライオルは椅子から立ち上がり、ルイの頬に手のひらを当てた。あたたかいベッドで寝ているのに、ルイの肌はひんやりと冷たかった。
「もっと早く助けてやれば……」
ライオルはしぼり出すように言った。
「すまない、ルイ……俺のせいでこんな目に……」
ライオルはルイの髪をくしゃりとなでた。こうすると、ルイはいつも恥ずかしがりながらも嬉しそうに笑ってくれた。だが今のルイは眉一つ動かすことはない。
「頼む、ルイ、目を覚ましてくれ……」
ライオルの懇願がルイに届くことはなかった。
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