風の魔導師はおとなしくしてくれない

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後日談2 星の見えるところ

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 テオフィロは宮殿の一室に運びこまれ、フェデリアの医者の治療を受けた。ルイはベッドの脇に椅子を持ってきて座り、寝かされているテオフィロをじっと見つめていた。

「ごめんねテオフィロ……俺が庭に出ようなんて言わなければ……」

 ルイがしょんぼりして言うと、テオフィロは弱々しく笑った。

「やめてください……あなたのせいじゃありませんよ。そんな顔をしないでください」
「でも……結果的にきみをこんな目に遭わせてしまって……」

 優しいテオフィロはルイを責めることなどしなかったが、ルイは罪悪感でうなだれていた。テオフィロはルイの手前気丈に振る舞っているが、額の脂汗の量から相当苦しいのだとわかる。ルイはテオフィロのこんな姿など見たくなかった。

「この方の言う通りですわ、ルーウェン様」

 立ったまま様子を見ていたトリシュカが言った。

「あなたの責任ではありません。もっとも、あそこに行けば襲われるとわかっていて行ったなら話は別ですが」
「まさか……そんなこと思いもしなかった……」
「そうですよね。わたくしも驚きました。ですから、ここで落ちこんでいても仕方ありませんわ。この方の力になりたいのであれば、うちの医者に看護の方法でも聞いたらいかがですか」
「え、ああ……そうだね」

 ルイはトリシュカの圧力に押されてうなずいた。トリシュカは部屋に入ってからも、お湯を従者に持ってこさせたりとてきぱき動いている。その間、ルイは椅子に座ってテオフィロのそばにいてやることくらいしかできなかった。トリシュカは実に賢く有能な王女だった。

 ルイが椅子の上で小さくなっているのを見て、トリシュカはふうとため息をついた。

「あの方の婚約者がこんな弱々しい方とはね……」

 トリシュカがぽつりと言った。ルイは傷ついたがなにも言い返せなかった。彼女の言う通りだと思った。だが、聞きとがめたテオフィロが怖い顔をして頭をもたげた。

「そのような言い方はルイ様に――」
「だめだよ、テオフィロ。動くと傷にさわるよ」

 ルイは慌ててテオフィロをなだめて再び横たわらせた。テオフィロは憤懣やるかたない様子でトリシュカをにらんでいたが、それ以上なにも言わなかった。

 一方、ライオルは遅れてやってきたギレットと部屋のかたすみで話をしていた。

「で、なにか見つけたか?」

 ライオルが声をひそめて言うと、ギレットは肩をひょいと上げた。

「なーんにも。暗かったし」
「あの男、ルイを狙ってやってきたんだと思うか?」
「さあ、どうだろうな……捕まって転がされてる姿を見たけど、暗殺者にしてはあまりに貧相な装備だったな。俺にはただの浮浪者に見えた」
「ただの浮浪者が宮殿にたった一人で忍びこんでくるか?」
「なくはないんじゃないか? 金目当てとかさ。今日は王族貴族がたくさん来てるから、獲物には困らないだろ」
「だとしてもこれだけの警備を一人で突破できるか?」
「それは……まだよくわからんな」
「……なんか気に入らないな」

 ライオルは腕組みをして考えこんだ。

「……まあ、ここで考えててもしょうがないか……ギレット、お前明日からルイのそばにいろ。俺はしばらく客相手で動けそうにないからな」
「え? ルイと親しくしていいってことか?」

 ギレットが茶化すように言うと、ライオルはギレットに顔を近づけてすごんだ。

「手を出したらぶっ殺すぞ……テオフィロの代わりに決まってんだろ。お前なら襲われたって大丈夫だろ」
「冗談だって。そんな怖い顔すんなよ」

 ギレットはへらりと笑った。

「でも、お前はどうするんだ? 俺は使者の一員だけど本当はお前の護衛も兼ねてるんだぞ?」
「ホルシェードがいるから大丈夫だ」
「それもそうか。別に戦場ってわけじゃないしな」

 ちょうどそのとき、部屋のドアが開いてサーマンが入ってきた。二人はひそひそ話を切り上げて皆のところに戻った。


 ◆


 その夜、ルイはろくに眠ることができなかった。庭での出来事が頭の中から離れず、眠ろうとするとナイフのきらめきを思いだして飛び起きる、の繰り返しだった。

 だがいつの間にか寝入っていたようで、気づくと部屋に朝日が差しこんでいた。ルイは仰向けに寝たまましばらくぼんやりとしていた。

 そのとき、とんとんと部屋のドアがノックされた。ルイが返事をする前にドアはがちゃりと開いた。

「おはようございます!」
「……ギレット?」

 やってきたのはギレットだった。海王軍の軍服を着て、すでにきちんと身だしなみを整えている。ギレットはにこにこしながら背筋を伸ばして歩いてきて、手に持っていたものをルイのベッドに置いた。

「お召し物をお持ちしました」
「ええ? なんできみが?」
「お着替えのお手伝いをしましょう」
「いやいや、ちょっと!」

 ルイはなにがなんだかわからなかった。どうしてギレットがルイの着替えを持ってきて、なおかつ着替えさせようとしているのだろうか。

 ギレットは強引にルイをベッドからおろして立たせ、寝間着をはぎとった。

「ぎゃっ」
「さあこれに着替えましょう」
「ちょっ……自分でやれるって!」
「井戸も使えない人がなに言ってるんでしょうねえ」
「うるさいな! というか、なんでこんな使用人みたいな真似してるんだよ!」
「真似じゃないですー。俺は今日からあなたの使用人なんですー」
「はあっ?」

 ルイは目をぱちくりさせた。ギレットはルイの頭に無理やりシャツをかぶせた。

「わぶっ……まさか……テオフィロが怪我したから……?」
「おっ、鋭いな。そうそう、あいつの代わりに俺がお前の世話をすることになったんだ」
「えっ」
「言っとくけどライオルの指示だからな」
「ええっ?」

 ルイはシャツの中でもごもごと言った。

「きみに従者なんて無理だろ!」
「馬鹿にするなよ。黙って俺に身を任せてろって」
「首を出すところが見当たらないよお」
「こっちこっち」

 ギレットは楽しそうにルイの世話を焼いた。なにを言っても聞いてもらえなさそうなので、ルイはギレットの好きにさせることにした。

 ギレットは乱暴な手つきでルイにシャツを着せた。そしてズボンと靴下をはかせ終えると、満足そうにうなずいた。

「これでよし!」

 ルイは自分の姿を見下ろした。ベストのボタンは途中から掛け違えているし、タイの結び目もおかしい。

「……やっぱり自分でやる」

 ルイはそう言ってベストのボタンを外していった。

「いいよ俺がやるって」
「きみがやって変になったんじゃないか!」
「今度はちゃんとやるから」
「いいってば! わっ」
「うおっ」

 構ってくるギレットの手をよけようとしたら、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。ギレットも巻きこまれ、二人一緒にベッドに倒れこんだ。

 そのとき、入り口のドアが開いた。

「ルイ様、朝食の準備ができたとのことです……が……」

 部屋に入ってきたのはテオフィロだった。右腕を肩から布でつっているが、昨夜に比べて格段に顔色がよくなっている。テオフィロは部屋の中を一瞥すると凍りついた。

「…………」
「あ」
「あっ」

 ベッドにルイが仰向けに倒れ、その上にギレットがかぶさるように倒れこんでいる。ギレットがとっさに両手をついたため、まるでルイを押し倒しているように見える。着替えの途中でベストのボタンが外れているのもよくなかった。

「テ、テオフィロ、具合はどう?」

 ルイは急いで立ち上がりながら声をかけた。ギレットは無言でベッドに腰かけ、腕組みをして窓のほうを向いた。

「……熱が下がったので、様子を見に来たんです」
「それはよかった。ちょうど今着替えてたところだよ。ちょっと足を滑らせちゃって――」
「ギレット様」

 テオフィロはルイの言葉を無視してギレットに話しかけた。ギレットは何事もなかったかのような顔でテオフィロを見上げた。

「なんだ?」
「俺の代わりにルイ様の面倒を見ていただけるとのことで、ありがとうございます」

 テオフィロはギレットに深々と頭を下げた。

「あなたにこのような雑事をさせてしまい申し訳なく思っています」
「……これくらい全然かまわねえよ」
「ギレット様は、あのようなことをするのが俺の仕事だと思ってらしたんですね」

 頭を上げたテオフィロは満面の笑みでギレットを見つめた。だが目の奥がかけらも笑っていない。ギレットの顔が引きつった。

「……あのようなこと?」
「ルイ様相手に朝からイッパツやることが、俺の仕事だとでも?」
「ちげえって! 誤解だ!」
「じゃあどうしてルイ様の服を脱がしてたんですか!」
「着替えさせようとしてただけだっつの!」
「もう結構です! 別の使用人を手配しますので、あなたはお部屋の前に立って見張りでもしていてください! ルイ様のそばにいてくださればそれで十分です!!」

 テオフィロはついに爆発してギレットを部屋から追い出した。

「すみませんルイ様、お騒がせしました」
「いや、さっきのは本当にただの事故で……」

 ルイが弁解しようとしたとき、再び入り口のドアが勢いよく開かれた。入ってきたのは鬼の形相のサーマンだった。

「やっぱりここにいた! テオフィロ、勝手に起き上がるな! なに考えてるんだ!」
「だってルイ様が心配で……」
「今は自分の心配をするべきだろう! お前は重傷なんだぞ、仕事なんかするな! まったく、どうして俺の患者はどいつもこいつも勝手に動き回るんだ!」

 額に青筋を立てたサーマンは、テオフィロの首根っこをつかんで部屋を出て行った。ようやく一人になれたルイは、手早く服を正して上着をはおった。
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