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後日談2 星の見えるところ
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しおりを挟むルイの着替えが済むと、遠慮がちにドアが少し開いてギレットが顔を出した。
「おい、ハウカ家の使いがやってきたんだが、入れていいか?」
「え? ああ、いいよ」
ギレットはドアを開けて一人の青年を部屋に入れた。青年は入り口近くで立ち止まり、ゆっくりとお辞儀をした。
「失礼します、ルーウェン様。我が主、アドルフェルド様がルーウェン様にお会いになりたいとのことですが、いかがでしょうか」
「……今?」
「はい、すでに離宮においでです。ルーウェン様のお時間がとれるまで待たれるとのことでした」
ルイはアドルフェルドの行動の早さに戸惑った。いずれ来るだろうとは思っていたが、まさか翌朝すぐにやってくるとは。ライオルに一人では会うなと言われていたのでどうするべきか悩んでいると、ギレットが言った。
「アドルフェルドってお前の元婚約者だろ? ライオルから聞いてるよ。もうここに来てるんだし、会えばいいんじゃないか?」
「あ……うん。そうだね。でも、ライオルは?」
「あいつはしばらく面会で予定がびっちりだよ」
「面会?」
「昨日のパーティーに来てた連中だよ。昨日は顔見せで、今日から順番にライオルのところに来ていろいろ話をするんだと」
「なるほど……まあそうなるよな」
「代わりに俺がついていくから心配するな。あいつにも一応伝えておくから」
「うん、わかった」
ルイはこくりとうなずき、ハウカ家の使いに向かって言った。
「朝食をとったら行きますと伝えてください」
「ありがとうございます。では」
使いの青年が帰ると、ルイは部屋に朝食を運んでもらって食べた。食べ終えて食器が片付けられると、再び使いの青年が迎えにやってきた。ルイはギレットと一緒に部屋を出て、アドルフェルドのところに向かった。
アドルフェルドは一階の応接室でルイを待っていた。ルイがやってくると、アドルフェルドはさっと椅子から立ち上がり、大仰な仕草で喜びを表した。
「お会いできて嬉しいです、殿下。このときをどれだけ待ち望んでいたか!」
「こうして話すのは久しぶりだね。昨夜はありがとう。おかげで助かったよ」
「殿下のためならなんでもしますよ。本当にご無事でなによりでした。刺された方の様子はどうですか?」
「……なんかすごい元気になってた」
「そうですか。安心しました」
「きみも元気そうだね」
「そりゃ殿下が帰ってきてくださったからですよ。またこうしてあなたと話すことができて、それだけで俺は満足です」
アドルフェルドは心底ほっとしたようにほほ笑んだ。ルイはイオンだけでなく彼にも悲しい思いをさせてしまったと知り、胸が痛んだ。
「殿下、どうぞおかけください」
アドルフェルドはルイを椅子に座らせ、自分は向かいの椅子に座った。ギレットは一言も発さず、静かにルイの後ろに立った。軍服を着ているので、そうしていると本当にただの従者に見える。
ルイがギレットに座るよう言おうとしたとき、アドルフェルドが片手を上げてギレットに言った。
「きみ、殿下の分のお茶を頼むよ」
アドルフェルドが勘違いしているようなので、ルイは慌てて声をかけた。
「アドルフェルド、この人はそういうんじゃないんだ。俺の護衛をしてくれてるんだけど、ええと……」
「え? 昨日怪我した従者の代わりじゃないんですか?」
「えーと、そうと言えばそうなんだけど……、この人はライオルやエキムと同じ海の国の使者の一人なんだ。ヴァフラーム地方次期首長のギレットだよ」
ルイの説明にアドルフェルドは飛び上がった。
「えっ、使者どのなんですか!? なのにどうしてこんな……」
「ギレットはとても剣の腕が立つんだ。それで昨日の事件を心配したライオルが護衛として俺のそばにいさせてる……んだよね?」
ルイがちらりと振り向くと、ギレットは軽くうなずいた。
「そうだ」
「それは……、……大変失礼いたしました」
「いえ」
「そんな風に立ってたらみんな勘違いするよ……。ギレット、とりあえず座ったら? さすがにきみを立たせておくのはちょっと気まずい」
「そりゃどうも」
ギレットはルイの隣の椅子に腰かけた。平静を取り戻したアドルフェルドは、椅子から身を乗り出してギレットに握手を求めた。
「アドルフェルド・ハウカと申します」
「ギレット・ヴァフラームです」
ギレットはがっしりした手でアドルフェルドと握手した。アドルフェルドは好奇心に満ちた目でギレットを見た。
「次期首長とおっしゃいましたが、首長のご子息なんですか?」
「そうです。ヴァフラーム家は代々ヴァフラーム地方の首長をつとめています」
「ほお。俺もゆくゆくはハウカ侯爵の名を継いで、ティグラノスを治めることになるんです。似た立場ですね」
「そうですね」
「ヴァフラーム地方というのは、どのあたりにあるんですか?」
「王領のとなりですね。うーん……リーゲンスとフェデリアの沖合の一帯……と言ったほうがわかりやすいでしょうか」
「ほお……?」
アドルフェルドがぴんと来ていないようなので、ルイが補足した。
「ヴァフラーム地方はリーゲンスとフェデリアを足したくらい大きいんだ」
「そ、そんなに!? 一つの地方で!?」
「うん。まあ、ヴァフラーム地方はほかの地方と比べてもかなり大きいほうだけどね。俺も地図を見てびっくりしたよ。本当、海って広いよねえ」
「本当ですね……。地上の二カ国分の領土を有しているとは、もはや一地方で一つの国じゃないですか」
「ああ、昔は国だったんですよ」
ギレットが言った。
「昔、海には十九の国があったんです。それを初代の王が統一して、海の国という一つの国家を作ったんです。で、十九あった王家はそのまま各地方を治める首長一家になって、各首長の息子たちから次の王を選ぶようになったんです」
「ほおー」
アドルフェルドはギレットの説明に聞き入った。今まで知ることの叶わなかった海の国の成り立ちを知ることができて嬉しそうだ。
ルイはいつライオルとの婚約の話を切り出そうかと、タイミングをうかがっていた。あんなにルイとの再会を喜んだということは、まだアドルフェルドにはルイへの想いがあるのだろうか。
アドルフェルドもルイとライオルが婚約したことを知っているはずだ。だが、そのことについて彼はなにも触れようとしない。話すほどのことではないと思っているのか、話したくなくてわざと黙っているのか、ルイには判断がつかなかった。
もう彼がルイに特別な思いを抱いていないのなら話は簡単だ。だが、自分との縁談がまとまっていたにも関わらず、勝手になかったものにされて別の婚約を結ばれてしまい、怒っていることもありうる。ルイはそれが怖くてなかなか言い出せずにいた。
ルイがもじもじしていると、使用人がしずしずとやってきて言った。
「失礼します。海の国の王太子殿下がお見えです」
「あ……来たんだ」
ルイはほっとして入り口のほうを向いた。ライオルは足早に部屋に入ってきた。アドルフェルドはぱっと立ち上がり、にこやかにライオルを出迎えた。
「これはこれは、わざわざおいでいただき光栄です」
「昨夜の礼をきちんと言っていなかったものですから」
「そんな、気にしていただくほどのことではありませんよ」
アドルフェルドは笑って言った。ライオルはアドルフェルドと握手をすると、ルイのはす向かいの椅子に足を組んで腰かけた。ギレットは少し首を傾けた。
「忙しいんじゃなかったのかよ?」
「ああ、ちょうど予定が変わって時間が取れたんでね」
ライオルはそう言うとアドルフェルドのほうに体を向けた。
「ご挨拶が遅れました。ライオル・タールヴィと申します。ご存じでしょうが、ルイと婚約してます」
ライオルの最後の言葉に、アドルフェルドの笑顔がわずかに消えた。だが、瞬時に元通りになった。
「もちろん、存じております。最近はルーウェン様とあなた様が婚約した話でどこも持ちきりですから」
「そのようですね。昨夜はルイの危ないところを救っていただきありがとうございました。あなたが駆けつけてくれたおかげで無事に済みました」
「当然のことをしたまでです」
ルイは背筋をぴんと伸ばし、勇気を出して口を挟んだ。
「アドルフェルド、あの……あなたとの婚約のことだけど」
「はい、殿下」
「その……話が進んでいたのに、いろいろな出来事があったせいでいつの間にか婚約が立ち消えになってしまって……きちんと俺から話をするべきだったのに、なにも話さないままになってしまって申し訳なかった。俺のためにいろいろ時間を割いてくれてたのに、あなたには悪いことをしてしまったと思ってる……」
しばしの沈黙が流れた。アドルフェルドはルイをまっすぐ見つめ、くすりと笑った。
「殿下は本当に優しい方ですね。俺にまでそんなに気を遣ってくださっている」
「アドルフェルド……」
「謝ることなんかなにもありませんよ、殿下。あなたの言う通り、いろいろなことがありましたから。先ほども言ったとおり、俺はあなたと再び会うことができただけで満足なんです」
アドルフェルドは優しく言った。
「ご婚約おめでとうございます、殿下。心からお慶び申し上げます」
アドルフェルドはルイとライオルに順番に会釈をした。ルイはアドルフェルドの度量の広さを見せつけられ、申し訳なさ半分安心半分といった気分になった。アドルフェルドが怒っているんじゃないかと心配していた自分が情けなかった。
「ありがとう、アドルフェルド」
ルイが礼を言うと、アドルフェルドは恐縮したように微笑した。ライオルもアドルフェルドの反応を見て安心したのか、固かった表情を緩めた。
四人はしばらく応接室で談笑して過ごした。アドルフェルドはルイが海の国でどのように過ごしていたのか聞きたがった。ルイはカリバン・クルスで見てきたことを話して聞かせた。海の国の暮らしを知らないアドルフェルドは、興味深そうにルイの話を聞いた。
ライオルとアドルフェルドもすぐに打ち解けることができた。アドルフェルドはライオルに、ティグラノスはとても楽しい街だと力説した。
ティグラノスは近隣諸国でも有名な歓楽街だ。劇場や見世物小屋など様々な遊び場があり、それ目当てに多方面から観光客がやってくる。昼も夜も関係なくにぎやかな眠らない街だ。
ライオルが華やかなティグラノスに興味を示すと、アドルフェルドが言った。
「よければティグラノスをご案内しましょうか? せっかくここまで来たのに、離宮の中だけでお過ごしになるのはもったいないです。この辺りはハウカ家の領地ですので、俺が名乗ればどこにでも入れますよ」
「そうですか。じゃあまだ時間もあるし見ていきます。案内してもらえますか?」
「喜んで」
アドルフェルドはさっそく従者を呼び、馬車の用意をするように言いつけた。ルイとギレットも一緒に行くことにした。ライオルが行くのでホルシェードも当然のようについて来た。
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