64 / 97
六章 嗤う人妖族
10
しおりを挟む「スイ、助かったよ」
「へ?」
「あの人たちはエリト様のファンだよ」
「えっ!?」
「どうやら僕のことをエリト様の恋人と勘違いしたみたい。それで、どういうつもりでフェンステッド隊長と浮気したんだって詰められたの」
スイは言葉を失った。そんなスイを見てジェレミーはおかしそうに笑う。
「そんなこと僕に言われたって困るよねえ」
「ど……どうしてあいつらジェレミーにそんなことを!?」
「そりゃあ噂のせいでしょ。噂によるとエリト様の恋人は『守手の美青年』だからね。きっとあの人たちはこのアパートの前を張ってて、アパートに入ろうとした僕を見てこいつだって思ったんだよ」
ジェレミーは階段の手すりにもたれかかり、困ったような顔を作ってみせた。
「まあ、僕ってばこの通りかわいいし? ふう、かわいすぎるのも罪だね……」
勘違いで嫌味を言われたのにまったく気にしていない。大物だ。スイは拍子抜けしたが、それでも勝手なことをした彼らに怒りを覚えた。
「ほかになにを言われた?」
「んー、大したことじゃなかったよ。インランがーとか、エリト様に近づくなーとか」
「それのどこが大したことないんだ!? お前、自分じゃないって言わなかったのか?」
「言ってないよ。言ったらあいつらまたほかの人に声かけるでしょ。それでスイとはち合わせしちゃったら危ないし、僕が黙って聞いてればそれで済むかなって思って」
「で……でも、黙ってたらまたお前が嫌がらせされるんじゃないか?」
「平気だよ。あの人たち、きゃんきゃん吠えるばっかりで僕に触れようともしなかったから。僕に手を上げてエリト様の怒りを買うのが怖かったんだよ、きっと」
ジェレミーは哀れむような表情で小首をかしげてくすくすと笑った。きれいな顔でそんなことを言っていると、まるで人をたぶらかして遊ぶ小悪魔のようだ。
「ごめんジェレミー……おれのせいで……」
「そんなに気を落とさないでよ。きみは僕を二回も助けてくれた恩人なんだから。これくらいどうってことないって!」
スイは自分のせいでジェレミーにいやな思いをさせてしまったことに落ちこんだ。しかしジェレミーはあっけらかんと笑ってスイに抱きついた。
「僕だって少しはきみの力になれるんだよ!」
「……ありがとう」
スイはジェレミーをそっと抱き返した。しかし、それでもまだスイの心はくもっている。
「これ、いつまで続くのかな……」
「どうだろうね」
スイはジェレミーを離してため息をついた。
「エリトもなんでこの状況を放置してるんだよ……。自分のファンくらいなんとかしろって……」
自分がどれだけ人気なのか知らないとは言わせない。きっとエリトが一言言えば、彼らも落ち着くだろうに。
「え? だってエリト様は今留守じゃないか」
「留守?」
「知らないの?」
ジェレミーはあきれたように肩を落とした。
「三日前からエリト様は遠征でデアマルクトを離れてるよ。副団長たちと一緒に」
「そうなのか……?」
「なんで聞いてないのさ」
「……おれが知りたいよ」
スイが寝こんでいたから言うひまがなかったのだろうか。いや、エリトはいつも好きなときにスイの部屋にやってくる。言おうと思えば言えたはずだ。
今の状況でエリトが不在と聞き、スイは急に不安になってきた。なにかあってもエリトを頼ればいいと心のどこかで思っていたようだ。エリトから離れて四年も暮らしていたのに、いつの間にかエリトがそばにいないと不安に思うようになってしまっている。
「きっとすぐに帰ってきてくれるよ。だからそんな捨て犬みたいな顔しないでよ」
「誰が捨て犬だ」
「だってそんな顔してるし」
「してない」
「してるよぉ」
そのとき、ほかの守手が帰ってきて玄関の扉が開いた。スイは会話を切り上げ、ジェレミーと別れて部屋に戻った。
◆
それからしばらく経ったが、スイの周りに変化はなかった。アパートの周りをうろつく人の数も日ごとに減っていった。ジェレミーもその後エリトのファンに絡まれることはなかったらしい。ガルヴァいわく、デアマルクトは噂であふれているので、新しい噂が立つと古い噂はすぐに忘れられていくのだそうだ。
エリトはまだ遠征から帰らない。いつごろ帰れるかは騎士団でないとわからないので、スイはのんびりエリトの帰りを待つことにした。
スイはニーバリから単独の仕事を言いつかった。オーブリーヌというデアマルクトに昔から住む金持ちの家に悪人よけの結界をはってほしいとの依頼だった。古くからある名家で、以前泥棒に入られてから定期的に結界の依頼が来るのだそうだ。
オーブリーヌ家は古い屋敷だった。煉瓦の黒ずみから察するに、おそらく百年以上前から建っている。スイはオーブリーヌ家の執事に連れられて、屋敷を囲む生け垣沿いを回りながら悪人よけをはっていった。
「最後にあの離れの周りをお願いします。あそこは普段人が立ち入らないので、渡り廊下をのぞいたすべてに人よけをはってください」
「わかりました」
執事はそう言うと家の人に呼ばれて屋敷の中に戻っていった。スイは言われた通り人よけをはり始めた。離れと言っても、スイの部屋が三つは入りそうなくらい大きい建物だ。スイは掃除が大変だろうなとぼんやり考えながら結界をはった。
離れの外周をぐるりと回り、渡り廊下の手前で一度手を止めた。渡り廊下の先には両開きの扉がついている。ここが離れの唯一の出入り口らしい。ちょっと押してみると、鍵がかかっていると思った扉はあっさり開いた。スイは少し焦ったが、まだ執事は戻って来ないし、好奇心に負けて扉の中をのぞいてみた。
どんな豪華な部屋だろうと期待したが、そこにはだだっ広い空間が広がっているだけだった。家具もシャンデリアもなにもない。ただ、床一面にガラス瓶がずらりと並んで置かれていた。
「なんだこれ……」
異様な光景にスイは眉をひそめた。瓶はワインボトルくらいの大きさで、なにも入っておらず蓋もされていない。長年放置されているようで、くすんで灰色に汚れている。そんな瓶が等間隔に何百も並べられている。
「……なにかの儀式か?」
スイは薄暗い離れの中に一歩足を踏み入れた。とたんに体が鉛のように重くなった。空気が淀んでいるせいか、妙に気分の悪くなる場所だ。
2
あなたにおすすめの小説
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる