銀色の精霊族と鬼の騎士団長

文字の大きさ
76 / 97
八章 安全で快適な暮らし

しおりを挟む

 守手たちは大忙しだった。一連の精霊族狩り騒動のせいで、デアマルクトのあちこちで結界が破壊されてしまったためだ。守手は監督官も総動員で街中に繰り出し、壊された結界の修繕に当たった。

 ガルヴァもさぼる暇もなく朝から晩まで働きづめだった。連日の重労働で疲労がたまっているが仕事はちっともなくならない。仕事にいそしむガルヴァの背後で、平穏な生活を取り戻したデアマルクトの住人たちが楽しそうに噂話に興じている。

「へえ、じゃあ騎士団というよりエリト様が直接精霊族を保護してるんだ。それなら安心よね。エリト様に適う人なんていないし」
「そりゃ、エリト様に正面から喧嘩をふっかけられる命知らずはいないでしょうね」
「精霊族のこと大事にしてるのねえ。精霊族ってそんなにきれいなの? あんた顔見たんじゃなかった?」
「いや顔は見てないわよ。エリト様が連れ帰ってきたときにちらっと見たけど、エリト様がマントでしっかり隠してたから細身の男の人ってくらいしかわからなかったわ」
「ふーん。でもエリト様は精霊族の美しさの虜になってしまったとか言われてるじゃない?」
「え、そうなの? 精霊はまぶしいほどの美しさを持ってるって言うけど、精霊族は珍しいってだけで人の種族の一つでしょ? 今まで正体を隠して暮らせてたんだからそんなに人間離れした姿をしてるわけじゃないと思うけどな」
「……そう言われればそうかも」

 ガルヴァは仕事に集中しようとがんばったが、耳に入ってくる噂話が気になりすぎてまったく作業がはかどらなかった。

 なんとか仕事を終えて一息ついていると、一人の男が近づいてきた。

「なあ、ちょっと教えてくれないか」
「なに?」

 男は落ち着かない様子で声を低める。

「精霊族は守手の中にいたって本当なのか?」
「……さあ? 俺は知らないけど」
「なにも知らないのか? 守手で誰かいなくなった奴とかいないのか?」
「デアマルクトの守手はいっぱいいるからいちいち覚えてねーよ」
「でも別の守手がこそこそ話してるのを聞いたぞ。まさかあいつが精霊族だったなんてって」
「だから俺は知らねえって言ってんだろ」

 ガルヴァはうんざりしてその場を立ち去ろうとしたが、男はしつこく追いかけてきた。

「頼むよ、誰にも言わないから教えてくれよ! 俺、彼女に振られるし仕事で失敗するし最近いいことないんだよ。一度でいいから精霊族を見たいんだ!」

 ガルヴァは男を無視して歩き続けた。しかし男はあきらめずについてくる。

「ガルヴァ!」

 そのとき、少し向こうでビリスが片手を挙げて大声を上げた。

「話がある! 早く来い!」

 ガルヴァはこれ幸いとビリスのところに走っていった。男はそれ以上追いかけてはこなかった。

「誰だあの野郎は?」
「知らねー。また精霊族のことを聞かれたんだ」
「だと思った」

 ビリスはふんと鼻を鳴らし、腕を組んで渋い顔をする。

「どうする? どうせいつまでも隠しておけないし、もういっそ言っちまったほうが楽になるんじゃ?」
「言ったほうが面倒になるに決まってるだろ。一目会わせろって連中が大挙して押し寄せるぞ」
「そうかなあ」

 ビリスは早く言いたくて仕方がないといった様子だ。ガルヴァは深々とため息を落とす。

「ったく、あいつのあほ面を拝んだくらいで幸福になれるわけねーのによ。そんなんで幸せになれるなら俺はとっくに美人と結婚して大金持ちになってるっつの」
「だよな」
「風邪引いた精霊族様のために薬と食べ物買って持ってったりとか献身してやったのによぉ、その見返りがこの仕事の山だぜ! なのにあいつは寿退職して悠々自適に暮らしやがって」
「貢ぎ物が足りなかったんじゃねえの?」
「うるせえ。あの食いしん坊の食いたいもの全部買ってられるか」

 ビリスは笑ってガルヴァの肩をたたき、自分の持ち場に戻っていった。

 その後、仕事を終えたジェレミーがガルヴァのところにやってきた。ビリスに先ほどの一件を聞いたようで心配そうな顔をしている。

「大丈夫? また声かけられたんだって?」
「まーな。でもうまく追い払えたから大丈夫だよ」
「そっか……」

 ジェレミーは大きな目を悲しそうに伏せた。

「スイ、大丈夫かな……」
「大丈夫に決まってんだろ。ヴィーク団長がついてるんだから」
「でもあれから一度も顔見せてくれないじゃないか。自分にできるのは守手しかないって言ってたのに、本当にこのまま辞めちゃうのかな……。最後に見たときもなんだか辛そうだったし……」
「…………。まあ、そうだな……」

 ガルヴァはエリトの馬に乗ったスイのことを思い出していた。戻って来ちゃったと言って笑っていたが、その笑顔は引きつっていていびつだった。さよならと言ってエリトのマントの中に戻るときは今にも泣きそうだった。

 ジェレミーはぱっと顔を上げてガルヴァの腕を引いた。

「ねえ、ちょっと会いに行ってみようよ」
「えっ? 会いにって、あいつにか?」
「うん」
「でもあいつはヴィーク団長の家にいるんだぞ? 俺たちなんか絶対入れてもらえねーよ」
「そうかもしれないけど、ちょっとだけ。ためしに家の前まで行ってみようよ」

 ジェレミーは行くと言って聞かなかった。ガルヴァは渋っていたが、そのうち根負けしてジェレミーと二人でエリトの家に向かった。

 ガルヴァはエリトの家に行ったことはなかったが、有名なので場所は知っていた。デアマルクトの比較的新しい富裕層が住むとある区画で一番大きな屋敷だと聞いている。

 普段立ち入ることのないその区画は、木立が並んだ静かで美しい通りだった。ジェレミーは口をぽかんと開けて道の両側に立ち並ぶ豪華な家々に見とれている。

 一軒の家の前でガルヴァは立ち止まった。おそらくここがエリト・ヴィークの邸宅だ。

「着いたぞ」
「ほええ……」

 その立派な門構えにジェレミーはたちまち萎縮した。黒い鉄でできた柵状の門扉は二人の背丈より高い。守手であるガルヴァには敷地全体が堅固な結界で守られていることがわかった。

「さすが騎士団長の家、厳重だな。招かれざる客が一歩でも入ったら吹っ飛ばされるな」

 門ごしに大きな家が見えるが、玄関は固く閉ざされていて人の気配は見当たらない。

「すごい家だね……。スイ、こんなところに住んでるんだ……」
「どうだジェレミー、満足したか?」
「え? あ、そうだった。スイに会いに来たんだった。えっと、呼び鈴はこれ?」
「あっおいっ」

 ガルヴァが止めるまもなくジェレミーは門の脇に下がっている細い鎖を引いた。二人の頭上でガラガラと呼び鈴の大きな音が鳴り響く。ガルヴァは思わず姿勢を正した。

 玄関扉が開いて一人の男が姿を現した。眼帯をした背の高い男だ。

 眼帯の男は門扉ごしにガルヴァとジェレミーと向かい合った。探るような視線にさらされてガルヴァは思わず逃げ出したくなった。美形だしこの威圧感からして鬼族かもしれない。

「どちら様?」
「あの、僕たち守手で、スイの友達です。スイはいますか?」
「……団長からはなにも聞いてないな。悪いけど、団長の許可なしに誰も入れられないんだ」
「あ……そうですか……」

 素っ気なく断られ、ジェレミーはしゅんと肩を落とした。それを見たガルヴァは駄目もとで口を開いた。

「スイ元気ですか? あれから音沙汰ないから心配してるんです。スイがデアマルクトを出奔する手伝いをしたのは俺たちだから、別れてからなにがあったのか気になってて」
「……きみたち、名前は?」
「ガルヴァ・ルモニエ、こっちはジェレミーです。ヴィーク団長に言えばわかるはずです。何度か顔を合わせてますから」
「わかった、きみたちが来たことは団長に伝えておくよ」

 眼帯の男はそう言うと家の中に戻っていった。ガルヴァとジェレミーは顔を見合わせ、黙ってエリトの家をあとにした。どうやらスイは中にいるようだが、それ以上はなにもわからない。それがかえってガルヴァを不安にさせた。

 歩きながらガルヴァはちらりと後ろを振り返ってエリトの家を仰いだ。どの窓も閉め切られているがカーテンは開けられている。あの部屋のどこかにスイがいるのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜

キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」 (いえ、ただの生存戦略です!!) 【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】 生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。 ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。 のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。 「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。 「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。 「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」 なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!? 勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。 捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!? 「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」 ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます! 元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!

強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない

砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。 自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。 ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。 とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。 恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。 ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。 落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!? 最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。 12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました

芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」 魔王討伐の祝宴の夜。 英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。 酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。 その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。 一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。 これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。

処理中です...