ウィルとアルと図書館の守人

凪 紅葉

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第一章 ウィルとアルと図書館の守人

ウィリアムとアルマジロ

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 朝はいつもバタバタと騒がしい。
 なかなか思い通りに事が運ばないのはいつものことだ。
 教会の朝は早い。
 熱心な信者が祈りを捧げるためにやってくるからだ。
 僕も日課となっている祈りを欠かさない。
 神様に祈りを捧げて朝食の準備に取り掛かる。
 パンと昨日の残り物のシチューで腹を満たし、幼い子供たちの世話もしつつ、僕は学校へ向かう準備をする。
 ようやく家である教会を出たのは始業開始三十分前だ。
 ここから学校までは数分で着くから特に問題ではないが、毎朝目まぐるしいほど忙しい。
 でも僕はこんな毎日が嫌いじゃない。

「いってきまーす」
「いってらっしゃい、ウィル」
「ウィルにいちゃん、いってらっしゃーい」

 義母の優しい笑みと兄弟たちに見送られて今日が始まる。



 学校は目と鼻の先にある。
 小高い丘にある教会から下れば民家が立ち並ぶ街がある。
 その中心にあるのが僕が通う学校だ。
 僕と二つしか離れていないマールも以前は学校に通っていた。
 しかし、孤児と言うことを理由に苛めに合い、今は学校へは行っていない。
 義理の養父母も無理して行くことはないと言ってくれていた。
 それでもある程度の読み書きが出来ないと不便だからと時折、僕がマールの先生として勉強を教えている。
 当の僕もレズリーたちにからかわれているわけだけど、気にしない。
 幸いなのか、からかってくる同級生はレズリーたちだけだから。
 僕はいつものように慣れた足取りで丘を下っていく。
 ふと、視界の端に奇妙な影が映り込んだように見えた。
 気のせいか。
 散歩中に迷子になった飼い犬か、野良猫か。
 僕はそう思った。再び歩き出そうとした。
 しかし、それを目の前にして僕は自分でも驚くほど声が裏返ってしまう。

「あ、あ、アルマジロ? なんで!?」

 これは間違いなく厄介なことに巻き込まれる。
 すぐにそう直感した。

「頼む、逃げないでくれ、ウィリアム! 私はずっと君を探していたんだ!」
「え? 僕の名前、どうして知って」

 いやそれ以前に。

「アルマジロが、喋った」
「まあ、無理もないさ。今の私はどう見ても、アルマジロだ」

 たしかに、と思わず納得してしまったけど違う、そうじゃない。
 僕は頭を振って冷静さを取り戻そうとした。
 しかし、どっからどう見てもアルマジロで、しかも人間と同じように言葉を話す。
 おまけに良く見れば四つん這いではなく、ちゃんと二足歩行で立って歩いている。
 しかもきっちり服を着こなしている。
 アルマジロが。
 まるで紳士のようだ。
 だけど見たこともない衣装。
 ゲームに出てくるような、そんな。
 これは夢の続きなんだろうか?
 わけがわからない。
 これを驚かない人間は果たしているのだろうか。
 頭がパンクしてしまいそうだ。

「ウィリアム、とにかく落ち着いて。ほら深呼吸~」

 僕は言われるまま、深く息を吸い込み、吐き出し、深呼吸をした。
 幾分かはマシになったかもしれない。僕は改めて喋るアルマジロへと視線を落とした。
 身長はやはりアルマジロと同じで自然と僕が見下ろす恰好となる。
 僕は恐る恐る(特に怖くはなかったが)喋るアルマジロに話しかけようと試みた。

「……君は、何? 一体、何者?」

 混乱しているせいか、言葉がたどたどしくなってしまった。
 当のアルマジロは気にしていないようで、僕の質問に小さな口を開いた。

「私のことはアルマジロのアルとでも呼んでくれたまえ。皆そう呼ぶんだ」

 僕は眉根をピクリと吊り上げながら、

「みんなってことは、君には他にも仲間がいるのかい?」

 こんな、喋るアルマジロが他にも?
 僕は背中に冷たいものが伝い落ちていった。
 喋るアルマジロが他にも、たくさん?
 ……想像したら何だか怖くなってきた。

「ああ、たっくさんいるよ。まあ、種族はバラバラだけどね」

 また新たな情報が。
 種族はバラバラ?
 アルマジロだけでなく、他の動物も彼、アルのように喋るのか。
 僕は目の前が真っ暗になりそうになった。
 額に手を当てながら、

「そ、それで、アル。君は僕に何の用でここへ? 僕はこれから学校に行かなければならないんだけど」
「ああ、知っているよ。実はどうしても君に来て欲しいところがあるんだ。でも急ぎではない。今は急いでも仕方ないからね。だから、学校が終わったら、また迎えに来るよ」
「え? ちょっ、突然そんなこと言われても困るよ」

 文字通り困った表情を見せる僕に、アルはうんうんと頷き、

「大丈夫さ。何の問題もない。それじゃあ、また後で会おう、ウィル!」
「ちょっ、十分問題大有り……、あぁ~、行っちゃったよ」

 僕はため息を付いた。
 姿を消した小さな謎の生物を見失って途方にくれる。

「そういえば、あいつ、さっきウィリアムじゃなくてウィルって呼んだ」

 と、学校の予鈴を知らせる鐘が聞える。

「まっずい!」

 一旦は頭を切り替え、僕は急いで丘を下った。
 頭の片隅にどうして僕の名前を知っていたのだろう、という疑問に思いながら。



 今日ほど胸がざわめく日はない。
 どうにかギリギリ、授業開始間際には間に合ったわけだけど……どうしよう。
 その授業に意識が集中できない。
 今朝、出会ってしまった奇妙な喋るアルマジロ。
 そのアルマジロが、おそらく、いや、必ずまた僕の前に現れる。
 本人がそう言っていたのだから間違いないだろう。
 ……憂鬱だ
 僕は教室の窓から覗く蒼い空を見上げながら深いため息をついた。
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